しなやか会公式サイトにおけるリンク集についての考察
しなやか会の公式ホームページが2001年9月20日に開設され2006年の落選後解散し閉鎖された。
このサイト内容の変遷を定点観察することにより、しなやか会の内情の変化を考察してみようと思う。
まず一番わかりやすい、「どのサイトをリンク集に載せてきたか」を考察してみよう。
リンク集とは、そのサイトが推薦する他のサイトを紹介するページのこと。
「このページも読んでもらいたい」という意思表示であり、彼らの内情を知るには一番良いものじゃろう。
研究に際して、過去の「しなやか会」サイトを調べるため、「インターネットアーカイブ」を利用した。
「インターネットアーカイブ」とは、ホームページの過去の姿を保存している機関なんじゃ。
| 2001年9月24日top | 2001年10月16日top | 2002年2月4日top | 2002年6月9日link | 2003年以降 | 2004年 | 2005年 |
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| 連載・インタビュー | 連載・インタビュー・講演 | |||||
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| 長野県 | 長野県 | 長野県 | 長野県 | |||
| ●長野県(知事情報) | ●長野県(知事情報) | ●長野県 | ●長野県 | ●長野県 | ●長野県 | ●長野県 |
| 表現者関連(一般) | 表現者関連(一般) | 表現者関連(一般) | 表現者関連(一般) | |||
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| 新聞 | 新聞 | 新聞 | 新聞 | |||
| (削除) | (削除) | (削除) | ||||
| テレビ・ラジオ・ビデオ | テレビ・ラジオ・ビデオ | テレビ・ラジオ・ビデオ | テレビ・ラジオ・ビデオ | |||
| (削除) | (削除) | (削除) | ||||
| メールマガジン | メールマガジン | メールマガジン | メールマガジン | |||
| (削除) | (削除) | (削除) | |||
| その他 | その他 | その他 | その他 | |||
| (削除) | ||||||
| 反田中県政 | 反田中県政 | |||||
| ■脱・田中県政ネット | ■脱・田中県政ネット | (削除) | ||||
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2001.10.15 反田中カテゴリを追加 |
2002年8月15日〜9月1日 選挙期間により閉鎖 |
■しなやか会公式サイトにおけるリンク集についての考察
| 2001年9月24日 | 2001年10月16日 | 2002年2月4日 | 2002年9月14日 | 2003年 | 2004年 | 2005年 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 来訪者数2947人 | 不明 | 来訪者数13984人 | 来訪者数表示なし | 来訪者数表示なし | ||
| なし | なし | |||||
お問い合わせ:
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お問い合わせ:
| お問い合わせ:
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お問い合わせ:
| メールアドレス 表示なし | メールによるお問い合わせ:shinayaka@yassy.net | |
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| 長野事務所 | 柳沢京子の個人事務所内 | 柳沢の脱会後、廃止 |
| 諏訪支部 | 根津八紘の病院内 | |
| やっしーログハウス | 林友の本社敷地内 | 柳沢脱会後、こちらが本部となる |
| やっしー事務所 | 不明 |
- しなやかな長野県をはぐくむ会 長野事務所shinayaka@yassy.net
-
▼長野市西尾張部1115−5、と住所が記載されているが、これは「柳沢京子」が所有する「特定非営利活動法人 ふるさと研究所」の事務所と同じ住所だ。
「長野から日本を変える政策討論会実行委員会」という自作自演委員会も、住所がここになっている。
柳沢が持つこの事務所は、田中擁立・当選の中心的な役割を果たしていたと思われ、shinayaka@yassy.netのメールアドレスも、この事務所のものとされている。
しかし、田中の悪徳政治が露見し始めたため、それを批判した柳沢のグループは田中と対立し、柳沢は後援会会長を辞職した。
同時に長野事務所も閉鎖された模様で、2003年にはサイト上から長野事務所の記載が消えており、しなやか会の連絡先は松本市の林友事務所に変更されている。
またshinayaka@yassy.netのメールアドレスも2003年にはサイト上から消えている。
2004年2月に柳沢京子は「しなやか会」を正式脱退した。
そして、かつて田中を擁立した長野の柳沢事務所で使われていたshinayaka@yassy.netのメールアドレスは松本の林友事務所で使われるようになっている。
- しなやかな長野県をはぐくむ会 諏訪支部shinayaka-suwa@smc.or.jp
-
▼下諏訪町矢木97−1 諏訪メディカルサービス内、と住所が記載されているが、これは「根津八紘」が経営する医院の住所だ。
- やっしーログハウス
-
▼松本市渚4-1-1、と住所が記載されているが、これは建設会社「林友」の本社所在地と同じ住所だ。
田中擁立の中心的人物である柳沢京子や茅野実が脱会して以降、田中康夫教団の中心的施設となっている。
- やっしー事務所
-
▼松本市新村2322-7。詳細不明。
皆様の情報をお待ちしております。
- しなやかな信州をはぐくむ会
- ▼〒390-0841松本市渚4-1-1。やっしーログハウスが本拠となっている模様。建設会社「林友」の本社所在地と同じ住所だ。
- 新政策機構 チームニッポン
- ▼。
http://www.yassy.net/support/member.html Sep 24, 2001-Apr 13, 2002 しなやかな長野県をはぐくむ会のご案内 平成13年9月7日 しなやかな長野県をはぐくむ会 会長 柳沢京子 しなやかな長野県をはぐくむ会(略称:しなやか会)は、長野県知事田中康夫さんを支援する人の集まりです。 会の目的は次の通りです。 「この会は、田中康夫の社会的、政治的活動を支援し、会員相互の連帯、親睦をはかることを目的とします。」 事務所の所在地及び連絡先は次の通りです。 〒381-0031 長野市西尾張部1115−5 電話 026-239-7558 FAX 026-239-7557 e-mail shinayaka@yassy.net 田中知事支援者の皆様方のご参加をお待ちしております。 上記までご連絡をいただくか、あるいはお知り合いの会員の方にお声をかけて下さい。入会用会員カードを用意しております。 事務局より ★会員の登録をご希望のかたは、以下の会員規約をお読みの上、会員申し込み(当ホームページまたは印刷によるFAX送信)を行った後に、会費をお支払いください。会費のお支払方法は、銀行および郵便局振込みとなります。 ★会員の方への情報交換用に、専用の掲示板やチャット・ルームを用意してあります。 会員規約 会員申し込み(ホームページ用) 会員申し込み用紙(印刷用) 会費お支払方法
Aug 08, 2002-Aug 13, 2003 しなやかな長野県をはぐくむ会のご案内 申し訳ありません、現在、新規会員の募集を一時中止しております。
■ヤスキチ.comにおけるサイト内容についての考察
田中康夫公式サイト「ヤスキチ.com」について考察します。トップページを含めてわずか3ページしか無いサイトです。
| 2000年10月18日〜2002年2月3日 | 2002年5月29日〜2002年6月13日 | 2002年8月2日〜2004年2月20日 | 2004年3月29日〜2005年8月12日 | 2005年8月29日〜12月17日 | 2006年2月3日〜2006年4月12日 | 2007年 |
|---|---|---|---|---|---|---|
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更新停止中、と表示されています。 コンテンツも「プロフィール」と著作リストのみ。 神戸についてや選挙について書く予定らしく、タイトルだけが記入してあるがコンテンツは無し。 更新停止中。 2年経っても、何の更新も無し。 |
コンテンツはプロフィールと著作リストのみ。 あいかわらず何の更新も無しだが、「しなやか会サイト」へのリンクと「K嬢日記」へのリンクが追加された。 |
県議ふしぎ発見という 知事シンパ団体のサイトが追加。 |
県議ふしぎ発見が削除され、北山早苗サイトと 吉江健太朗サイトが追加。 2004元旦に、県名を信州県に変更するとしたため、「知事情報」が「信州知事情報」に、「しなやかな長野県をはぐくむ会」が「しなやかな信州をはぐくむ会」に 変更されてます。 せこいです。 |
新党日本の党首様にご就任あそばされたため、新党がらみのリンクが追加。 あと青山貞一サイト(独立系コラム・信州ルネッサンス革命)へのリンクと、雑誌連載がらみのリンクも追加。 |
平井草が運営している田中翼賛匿名掲示板へのリンクが追加されています。 |
著作リストへのリンクが削除されました。ページ自体は残っているようなのでURL打ち込んで直接アクセスしてみると、最新の「著作」が1999年のものでした。 青山貞一サイトへのリンクが削除され、特に信州ルネッサンス革命はサイト自体が消失してます。 平井草が運営している田中翼賛匿名掲示板へのリンクが削除されています。 吉江けんたろうサイトへのリンクが削除されています。 かわりに、しょぼいブログへのリンクが4件ほど追加されています。 「知事へのメール」へのリンクがだぶってます。だいぶ混乱しているようです。 |
K嬢日記におけるサイト内容についての考察
K嬢とは、田中知事の手下として選挙運動をする工作員のひとりだ。長野市近隣に在住する中年女性だそうだが、田中からの指令に従い田中を翼賛するための活動を続けているそうだ。主にネット上で「K嬢の長野県政ウォッチング日記」と称するネット日記ページを運営しているという事になっているが、実際には田中からの指示どおりの記事を載せるだけの作業をしているだけであるようだ。
実質的な「田中康夫公式サイト」
田中知事は連載記事などに必ずこの日記のURLを掲載し、読むように紹介している。知事が紹介するサイトのなかで毎日更新しているのはこのサイトだけであり、田中知事の広報を担当する実質的な「田中知事の大本営発表」の場となっている。
マスコミ記者も読んでいる?
田中支持者たちは「K嬢の報告をマスコミが敷き写ししている」と自慢していますが、これは本当の事ですよ。田中知事は自分の未公開情報を『K嬢日記』にだけ流していますからね。
田中知事は、事前に誰にも情報を公開しなません。議論もせずにいきなり独断で決め発表します。だから、知事が握っている大切な県の方針を誰も知らないのです。新聞記者も県職員も県民も。『K嬢日記』を読むしかない。
『K嬢日記』は実質的に田中康夫の公式サイトです。田中知事の情報は、K嬢日記に対してだけオープンにされておりますが、他者に対しては情報が全く閉ざされています。だから取材者は『K嬢日記』を読むしかなくなるんです。
知事の情報は『K嬢日記』にのみしか開かれていない。だからこぞ、「K嬢の報告をマスコミが敷き写ししている」という事態に陥るわけです。知事の泰阜村への住民票移動騒動の時にもこの日記だけは先に騒ぎ出していました。偉大な知事先生の先進的な行動が始まるぞ、と。
また、田中知事は情報を一部のメディアだけに流して「スクープ」を取らせるという事もやっています。そうやってメディアを威圧し、報道を操ろうという手口なのでしょう。以前知事が住基ネットに侵入実験しようとした時には毎日新聞だけが異常に早く「侵入成功」を伝え、知事派のウェブサイトも異常に早く「侵入成功」を伝えました。ところが遅れた他のメディアでは「侵入失敗」を伝えた。現実には侵入できていなかったのです。つまり、知事の思惑とは違う結果になってしまったため、知事から事前に情報をリークされていた連中だけが誤報を伝えたというマヌケな事件だったのです。
北山早苗サイトの内容についての考察
田中チルドレンと呼ばれる、田中康夫の腰ぎんちゃく一味のひとりである北山早苗は自分で自分の事を「さわやか」と称して、ネット上で好き勝手な発言を続けている。長野県内各地で台風で水害がおきていても平然と無視して他の話題を掲載していた厚顔無恥というか何と言うか。そんな北山議員のリンク集について記録しておく。
北山早苗サイトのリンク集
- 県議会会派 あおぞら
- 宮川速雄 長野県議会議員
- 吉江健太朗 松本市議会議員
- アトリエ・ビンサンチ 北山敏と北山早苗のアトリエ
吉江健太朗サイトの内容についての考察
田中チルドレンと呼ばれる、田中康夫の腰ぎんちゃく一味のひとりである吉江健太朗は自分で自分の事を「まっすぐ君」と称して、ネット上で好き勝手な発言を続けている。そんな吉江健太朗議員のリンク集について記録しておく。
吉江健太朗サイトのリンク集
- チーム・ニッポン:田中康夫に献金し、田中と談合を続けている平山誠が運営している田中の政治献金団体。
- しなやかな信州をはぐくむ会
- 後藤雄一
- 北山早苗
- すげのや昭
- 松本市
上田市どっと混む(上田市 上田市役所)
上田の宮沢幸治が運営する田中康夫翼賛サイト。
http://www.uedasi.com/というドメインを取得するのにカネがかかるらしく、とにかく集金するのに必死なサイトだった。
当初、サイトのタイトルを「上田市 上田市役所」としていたが、これはhttp://www.uedasi.com/というドメインを利用して「上田市の正式サイト」と誤認させる意図があったものと思われる。
これについてはネット上で激しく批判され、タイトルを削除。釈明のコメントが入った。
| 年度 | サイトのタイトル | 備考 |
|---|---|---|
| 2001 | 上田市 上田市役所 | サイト新設 |
| 2002 | 上田市どっと混む | 宮澤幸治後援会サイト新設 |
| 2003 | 上田市どっと混むは上田市役所と関係ありません(*^_^*) | 年間5000円でサイト加入を熱烈営業 |
| 2004 | イオン ジャスコ 公害 騒音 低周波騒音 ゴミ 渋滞 近隣被害 環境問題 | ??サイト消滅 |
| 2005 | (信州市民オンブズマンのサイトがメインになった模様で本サイト消滅中) | http://www.uedasi.com/si/index.htm |
| 2006 | (信州市民オンブズマンのサイトには、デカデカと田中後援会へのリンクが…) | http://www.uedasi.com/si/index.htm |
| 2007 | 上田市どっと混む | サイト復活。信州市民オンブズマンと宮沢幸治後援会へのリンクのみ |
このサイトからのリンクを列挙する。
ほとんどが同じドメインであり、同一グループによる内輪のサークルであることが推察される。
http://www.uedasi.com/内のページについては、宮澤が年間5000円の運営費を受け取って提供しているもの。
http://www.avis.ne.jp/~kaze/内のページについては別途解説するが、オンブズマンを名乗るプロ市民団体のドメインだ。
| URL | サイト | 名詳細 |
|---|---|---|
| http://www.avis.ne.jp/~kaze/hoho/ | 上田市の景観を考える会「ほーほの会」 | |
| http://www.avis.ne.jp/~kaze/yasuo/ | やっしーの実 東信ネット「田中康夫応援・情報サイト」 | |
| http://www.avis.ne.jp/~kaze/yasuo/eki/ | 「上田駅前再開発を考える」 | |
| http://www.avis.ne.jp/~kaze/yasuo/kodomo/ | 「子ども未来センター」 | |
| http://www.avis.ne.jp/~kaze/yasuo/shinano/ | 「しなの鉄道を考える会」 | |
| http://www.uedasi.com/ | 上田市どっと混む | メインページ。現在は信州市民オンブズマンへのリンクのみ。 |
| http://www.uedasi.com/si/ | 信州市民オンブズマン | 現在のメインページ。 |
| http://www.uedasi.com/m/ | 松葉謙三 軽井沢法律事務所 | 信州市民オンブズマンの人。田中康夫と一心同体。 |
| http://www.uedasi.com/yochan/ | 土屋陽一(上田市議会議員) | 議員 |
| http://www.uedasi.com/kawa/ | 千曲川のいかし方を考える会 | |
| http://www.uedasi.com/denku/ | 田園空間博物館の会 | |
| http://www.uedasi.com/v/ | 自然食品のお店「のんどり」 | 「のんどりはうす」で上田近辺の田中康夫信者が集会する |
| http://www.uedasi.com/npo/ | ルーバンデザイン研究所 | |
| http://www.uedasi.com/z/ | 地域通貨 ZUKU・まーゆ | |
| http://www.uedasi.com/s/ | 宮沢幸治後援会 | サイト運営者 |
| http://www.ued.janis.or.jp/~kuropull/katteren/ | 「田中康夫応援・情報サイト」ヤッシの実 | |
| http://mccj.com/kozuku/ | 市民ネットワーク「小ずくネット」 | |
| http://www.avis.ne.jp/~torebi/ | 「トレビの泉」有限会社泉園 塚原 | |
| http://homepage2.nifty.com/copernicus/ | コペルニクス野池 | |
| http://plaza24.mbn.or.jp/~bunyahome/ | 「文屋」木下豊 | |
| http://www.isshinjuku.com/ | 「一新塾」大前研一 |
市民運動・活動のホームページ
http://www.avis.ne.jp/~kaze/
ヤッシの実
http://www.ued.janis.or.jp/~kuropull/katteren/
ヤッシの実けいじばん
http://free.has-u.co.jp/cgi-bin/free/business/u-bbs.cgi?room=kuro
やっしーの実東信ネット掲示板http://free.has-u.co.jp/cgi-bin/free/business/u-bbs.cgi?room=kuro
「デジボ・フォーラム」BBS
長野県の田中知事にアドバイスしよう(7) 【田中支持→田中不支持】・・・・民間企業・市民運動家・良識派・ほか [民間企業] 茅野実 仁科恵敏 [五輪批判] 江沢正雄 今井寿一郎 岡部英則 相川俊英 [旧弊批判] 柳沢京子 杉原秘書 永田弁護士 [そ の 他 ] 河野義行 樺嶋秀吉 一ノ瀬修一 斉藤久典 【田中不支持→田中支持】・・・・土建屋・利権屋・反社会的暴力団体 小林誠一 吉田総一郎 島田基正 共産党(石坂千穂や大井基男など) 長野ジャズタクシー物語 安保洋一田中康夫の政治団体幹部
田中康夫支持者サイトや脱田中サイトなどより転載。ゼネコン・金融の大物が幹部を務め、松本深志高同窓生が役職を独占しているらしい。よくわからんが。脱田中サイトによると「吉田総一郎氏は招致委員会の大額の金をばらまいたりまかれたりして、五輪帳簿焼却の原因をつくったとウワサされた人物であるが、焼却したのだろうか。」だそうです。「よくよくみれば八十二銀行からの借金だらけで、首が回らないとウワサされた企業ばかりではないか。借り入れの義理で茅野組に義理立てし、ついでに田中組の提灯を持たせられたということであろうか。」だそうで。金融業会はよくわからん。
2000年10月結成。「しなやかな長野県をはぐくむ会」。
2004年1月、田中知事が「信州県」への県名変更宣言。これに伴い「しなやかな信州をはぐくむ会」に改称。
2006年12月解散。
会長
- 柳沢京子2000〜2002/3辞任
- 穂刈甲子男2002/3〜
事務局長
- 小林誠一2002〜私設秘書兼任
事務長
- 篠原淑生2000死亡
- 吉江健太郎2004/12〜
事務局次長
- 吉江健太郎2003〜2004/12
役員
吉田総一郎2003〜
顧問
- 茅野実2000〜2005/3脱会
- 仁科恵敏2000〜
- 柳沢京子2002/3〜2004/3脱会
私設秘書
- 小林誠一2002〜事務局長兼任
副会長
- 山根敏郎2001〜2005
- 根津八紘2005〜
- 宮沢マサ代2001〜2003
- 武井秀夫2000〜2002
- 平野稔-2003〜
- 樫山高士-2003〜
- 宮ノ尾秀日人2003
- 星野佳路-2003
- 向山信二-2003
会計責任者
- 星野直信2001
- 吉田総一郎
- 塩沢壮吉2002〜2004/2脱会
- 山根敏郎2004〜
事務担当者
- 片山友子2001
- 川上守俊2002
会計事務責任者
- 宮沢幸治2003
- 川上守俊2003
会計責任者職務代行者
- 塚田国之
幹事長
- 茅野俊幸2003〜
- 小笠原康博〜2005/2脱会
幹事
- 斎藤久典
| しなやか会メンバー | 名前 | 肩書き | 出身校 | 献金額 |
|---|---|---|---|---|
| 会長 | 穂刈甲子男 | 林友会長・松本深志高校同窓会長 | 松本深志高校 | 64万円 |
| 事務局長 | 小林誠一 | トーヨークリエイト株式会社 | 120万円 | |
| 事務局次長 | 吉江健太郎 | 松本市議会議員選に出馬・ | ||
| 役員 | 吉田総一郎 | 吉田興産社長(長野市) 長野五輪招致に関与・帳簿疑惑 | 五輪御殿で 知事を接待 | |
| 顧問 | 柳沢京子 | 切り絵屋 | 50万円 | |
| 茅野實 | 八十二銀行会長 | 150万円 | ||
| 仁科恵敏 | マルイチ産商社長 | 一橋大学 | 300万円 | |
| 副会長 | 山根敏郎 | 県内大手ゼネコン守谷商会の相談役 | 130万円 | |
| 平野稔 | 平安堂会長 | 50万円 | ||
| 樫山高士 | エムケーカシヤマ社長 | 5万円 | ||
| 宮ノ尾秀日人 | 信州ヤナセ社長 | |||
| 星野佳路 | 星野リゾート社長 | |||
| 向山信二 | 流通経済研究所長 南箕輪村子ども未来センター検討委員 南箕輪村子ども未来センター実行委員 | 30万円 | ||
| 宮沢マサ代 | 建設業者川西木材代表社員(上田市) | 94万円 | ||
| 会計責任者 | 塩沢壮吉 | ベイクックコーポレーション株式会社 スキー王国NAGANO誘客推進協議会 | 100万円 | |
| 会計実務責任者 | 川上守俊 | |||
| 宮沢幸治 | 上田勝手連 | |||
| 幹事長 | 茅野俊幸 | 曹洞宗萬年山瑞松寺(松本市) 震災ボランティア(社民党系?) 副住職 | 39万円 | |
| しなやか編集長 | 木内基裕 | 株式会社翁堂(松本市) | ||
| しなやか副編集長 | 斎藤久典 | 斎藤コーヒー店(松本市) 2003年県議選に出馬・大差で落選 | 松本深志高校 | |
| 企画室長 | 吉沢敬太郎 | |||
| やっしープロジェクト責任者 | 松田隆 | 広告代理店・ラーメン屋経営 |
帳簿焼却関連リンク集
- オリンピック帳簿焼却疑惑特集
- ▼:疑惑の人物はなぜか田中知事の後援会「しなやか会」の役員に。
- 【長野県議選】吉田氏のしなやか会、信用できるのか
- ▼匿名掲示板です。
- 五輪帳簿焼却疑惑関連資料
- ▼関連資料が集められている。
- 読売新聞記事(2002年8月6日)混迷・長野−「五輪帳簿問題」再びアピールなぜ今?田中氏一転
- ▼読売新聞に掲載された記事です。
- ◆『FRIDAY』 2002年8月16・23日合併号記事(8月9日発売)“帳簿焼き捨て”渦中の人物はなぜか後援会幹部に 田中康夫さん「長野五輪招致疑惑」追及はどうなった?
- ▼週刊誌「フライデー」の記事です。
- 五輪帳簿問題の真実!?
- ▼裏事情が語られています。
- ヤフー掲示板より
- ▼掲示板に寄せられた、県民の意見。
- ・Yahoo!掲示板 「五輪帳簿消却疑惑」トピックにて帳簿焼却疑惑を議論中です。
- ・「しなやか会」について:しなやか会の内情について議論中です。
- 「五輪帳簿、不起訴処分は不当」 県内の26人、検察審に申し立て(1996年3月22日 信濃毎日新聞掲載)
- ▼帳簿疑惑を追求し続けている江沢正雄氏は、当初田中康夫を支持していましたが、田中知事が「変節」して疑惑隠蔽を始めたため、今は「反田中」となっている。
- 田中知事が吉田総一郎の出版記念パーティーに出席
- ▼帳簿疑惑の張本人である吉田社長と田中知事は癒着してしまいました。吉田社長は今や「しなやか会」の幹部です。
- ■読売新聞長野支局
- ▼しなやか会は今―県議選の舞台裏
しなやかな長野県をはぐくむ会が主催する「時局説明会」について…
2004年7月5日 の「知事会見」の様子をご覧ください。
記者と知事のやりとりです。
記者本日の信濃毎日新聞社の報道の時局講演会の件なんですけれども、知事が各地で、…ご覧になってると思いますが、私は事実関係の方はこの通りか確認してないんですが、そのとおりでよろしいですか。やってらっしゃるんですか。
田中康夫それはぜひお越しになってください。昨日は奈川村に出掛けまして、奈川村は確か千人ぐらいの人口でございますけれど、200人ほどの方々がお越しでございました。
記者この講演会の主催者はどなたになりますか。
田中康夫これはそれぞれの地域の方々であります。 無論、本県も広域でありますから、例えば安曇野のようなところは、隣接した行政体をまたがって、そうした地域にお住まいの方が私の話を、…車座集会は県の公的な立場の集会でございますので、やはりそうした場では、例えば国政の話であるとか、私の文学感などというものはあまり持っていないかもしれませんが、私のさまざまな考えというものを述べるには限りがありますので、私の最近考えていること、またご存じのように泰阜村の住民でありますので、今回、BRIOという光文社が出している雑誌もカラーで7ページ、南信州の特集を組ませていただいております。幸いに、多くの掲載させていただいた旅館や料理店には予約がきているということでありますが、…イタリアのトレンティーノ−アルト・アディジェのような地域が南信州じゃないかと思いますが…、そうした話であったりをするという形で、それぞれ車座集会あるいはマスメディアを通じての私の発言にとどまらない、さまざまな長野県に対する思いや考えを聴きたいということで、 それぞれの地域の方々が企画をしてくださっています。
ですからおそらく地区でのタイトルや地区でのチラシの具合も、それぞれ異なる、皆、手作りのものだと思います。
記者これはしなやか会が主催しているということではないんですか。
田中康夫違います。
現在は、ご存じのように参議院選挙の期間中でありますので、無論、私が参議院議員選挙に出ているわけではございませんし、また県内でのどなたかも候補者を応援しているわけでもございませんが、そうした期間中でありますので、とりわけこの期間の会合に関しては、…もとよりそれぞれの地域の中から自発的に、私に来てほしいという形で行われておりますが。
田中康夫そうです。
記者はい、ありがとうございました。
知事会見よりhttp://www.pref.nagano.jp/hisyo/press/20040702n.htm
…と、知事は会見で答えておるが、では、この写真をご覧いただきたい。
| 時局講演会 松本 2004年3月2日(火) | 時局講演会 伊那 2004年5月23日(日) |
|---|---|
![]() | ![]() |
時局講演会とやらは、「しなやか会」が主催しておるようじゃな。
おもいっきり公職選挙法違反じゃん!
しなやか会主催の「時局説明会」のリストを以下に示します。
| 日時 | 場所 | タイトル | 主催 |
|---|---|---|---|
| 2004年3月2日(火) | 松本市 | 「県政時局講演会〜コモンズからはじまる、信州ルネッサンス革命」 | しなやか会主催 |
| 2004年4月18日(日) | 臼田町 | 「県政時局講演会〜コモンズからはじまる、信州ルネッサンス革命」 | |
| 2004年5月23日(日) | 伊那市 | 「県政時局講演会〜信州伊那谷を語る」 | しなやか会主催 |
| 2004年6月17日(木) | 波田町 | 「県政時局講演会〜コモンズからはじまる、信州ルネッサンス革命」 | |
| 2004年7月1日(木) | 奈川村 | 「奈川村の観光と農林業を考える〜村民と知事とのパネルディスカッション」 | |
| 2004年7月4日(木) | 豊科町 | 「県政時局講演会〜信州伊那谷を語る」 | |
| 2004年7月21日(水) | 中野市 | 「県政時局講演会〜コモンズからはじまる、信州ルネッサンス革命」 |
参議院議員選挙は2004年6月24日公示、7月11日投票、でした。
公職選挙法の条文
公職選挙法の条文です。
- 第201条の6(通常選挙における政治活動の規制)
-
政党その他の政治活動を行う団体は、その政治活動のうち、
- 政談演説会及び街頭政談演説の開催、
- ポスターの掲示、
- 立札及び看板の類の掲示
- 並びにビラの頒布並びに宣伝告知のための自動車及び拡声機の使用
については、
参議院議員の通常選挙の期日の公示の日から選挙の当日までの間に限り、これをすることができない。
http://spa.fusosha.co.jp/oomedama/pero_002.html
3月2日(火)
南松本の総合社会福祉センター。
僕の改革を支援する後援組織「しなやかな信州をはぐくむ会」が主催の「県政時局講演会」。
パワーポイントを用いて1時間余り講演。
http://spa.fusosha.co.jp/oomedama/pero_016.html
7月1日(木)
抜本的発想転換を福祉部門に齎すべく、4年間の任期付き任用部長級としてコムスンの役員から転職の田中透氏に辞令交付。外郭団体等の抜本的組織改変を担当する中川照行氏と並んで、得難き戦力。共に不惑を迎えたばかり。
総務委員会へ知事の出席を求める、との県議会情報が寄せられるも結局、招聘されず。
嘗 て土木委員会で執拗に僕を問い詰める光景がTVで放映され、逆に議会側が県民の批判を浴びた学習効果として直接対決を避けたのかな。野麦峠で知られる奈川村。有権者数が900人余りの村で150人以上が文化センターで聴講下さる。
自律を目指す勝山吉一村長も出席下さる。
終了後、企画・運営して下さった地元のO氏らと歓談。松本市へ戻り、開店初日の日本海庄や。
若き従業員等と記念撮影。遅くなり、ホテルブエナビスタ。
7月2日(金)
松本市との合併を拒否し、自律の道を選択した波田町の小林巧町議と娘さんのA嬢が運転する車で午前4時半にホテルを出発。両親が暮らす軽井沢町。着替えて、新幹線で長野駅。県本庁舎。8時半から打ち合わせ各種。
午後1時から県議会本会議。小布施町の立役者たる小布施堂の市村次夫氏を人事委員に、意欲的蒐集と活動が寧ろ県外で高い評価を得る駒ヶ根高原美術館長の松井君子女史を公安委員に、磐梯リゾートへの金融機関からの不正融資解明で活躍した公認会計士の安井洸治氏を包括外部監査人として専任する人事案は、何れも御同意頂くも、長野県ふるさとの森林づくり条例案は継続審議に。
その制定を2年前に県議会の場で僕が表明。その具体的内容に関して全99町村長が賛同し、18市長の中で1人だけが慎重意見の修正案を、議会は更に慎重審議すべきと決定。地主の高齢化、集落の過疎化で荒廃が深刻な森林整備を市町村と県が協力して進めるべく、様々な公益的実効性を有する件の条例には、愛知、岐阜等の隣接県の森林組合からも早期制定を願う署名が寄せられている。
「知事に誠意ある県政運営専念を求める決議」が、共産党を含む賛成多数で可決。長野県に骨を埋める覚悟を2年半前に総務委員会で表明するも、昨年末に入院中の僕の病室で、東京在住の父親介護専念を理由に本籍・総務省への帰還を申し出た副知事を務めし阿部守一氏を玄関前で、引き続き僕と2人3脚を組む青山篤司出納長を始めとする多くの職員等と見送る。
羽田からNH41便で伊丹。阪急インターナショナルホテルで開催の畏友・河内家菊水丸師匠の盆踊り出陣式。岡崎ゆみ嬢とも邂逅。長野県原産地呼称管理制度認定ワイン、日本酒を大量に御提供下さった師匠に深謝。
7月3日(土)
NH18便で羽田。
三枝成彰、松尾貴史氏らと新橋駅前から数寄屋橋交差点へと「選挙に行こう勢!」。
NH31便で伊丹。
千里中央で辻元清美嬢の応援演説。
服部緑地、十三を経て梅田駅前。
数多くの人々が立ち止まった儘、最後まで耳を傾けて下さる。
御堂筋沿いのブチック街でも好反応。
じゃりン子チエの世界だけが彼女の支持者ではない、と実感。
同行取材の知己と、桃谷のオモニでお好み焼き。
7月4日(日)
JL2271便で信州まつもと空港。
野良作業姿で新名称のセレモニーに出席。札幌行きの便に搭乗される御客様に記念品を手渡す。
安曇野は豊科町に位置するスイス村で田中康夫時局講演会。
北山早苗県議を始めとする地元のウルトラ無党派層が企画・運営。
280名を超える皆さんが日曜日の午後に3時間、聴講下さる。
詳しくは彼女のHPさわやか早苗日記274号に詳しいが、北山議員も驚く程に初対面の、市民運動家でも政党活動家でもない、老若男女が多数、詰め掛けて下さる。
その北山議員は同273号で、「知事への決議幻の反対討論」の全文を掲載している。
「表面的な現象を追えば確かに普通の知事はしない事をしているが、その事を問題にして大事な本質に蓋をしてはいけない。本質に気付いている住民は沢山居る。又、利害に関係ない県外の人々は本質を見抜いている。長野県の報道や県議会が感情論に走って本質や大局を見る事が出来ないなら、全国に恥ずかしい」。なあんて、引用すると、誇り高き「信濃毎日」や「朝日」は、嘲弄するのかな。五輪帳簿疑惑を解明するべく設立の「長野県」調査委員会の「大局」を報ずるのに何故か及び腰にも拘らず、ね。
しなやかな長野県をはぐくむ会の穂苅甲子男会長、根津八紘、宮沢マサ代両副会長、松本市議の吉江健太朗氏らと会食。
シベリア抑留経験を有する松本市在住の穂苅氏も、夫の死去後に経営に携わる上田市在住の宮沢女史も、名だたる材木商。
下諏訪町在住の根津氏は言わずと知れた産婦人科学会と闘いし不妊治療の名医。
泰阜村の自宅。松島貞治村長に、最高裁への上告の意思を伝える。
頑張れ、田中康夫!http://new-governor.hp.infoseek.co.jp/
田中康夫応援ネット http://yasuo-nagano.com/
管理者:矢野善久ペンション ロビン2001年2/2
田中さん関連のURLアドレス 上のURLアドレスの下に一言解説を入れました。
- ┣堂本あき子さんが、千葉県知事選挙に立候補!
- ┣長野市環境基本計画を考える会 コペルニクスのHP
- ┣神保町の書店街をオフィス街化する計画に反対し、すずらん通りを守ろうとする会
- ┣「がんばれ、長野県」デジタル ボランティアによる私設サイトです。
- ┣田中康夫東信地区連絡会 「こども未来センター」へもリンクしてあります。
- ┣マスコミで取り上げられた田中康夫さん
- ┣怪文書館
- ┣田中康夫さんのホームページ
- ┣神戸市民投票を実現する会
- ┣「信濃毎日新聞」田中日記 地元紙の中では、一番詳しく紹介
- ┣朝日新聞長野版
- ┣読売新聞長野版
- ┣「長野日報」記事検索「検索文字-田中康夫」でまとめて関連ニュース閲覧可能
- ┣「産経新聞」田中知事ダイアリー 面白くて読みやすい。
- ┣「共同通信」康夫知事観察記 結構詳しくて面白い記事多数
- ┣「朝日ニュースター」
- ┣長野県のHP
リンクご希望の方、または何か田中さん関連のホームページありましたら是非メールを下さいね。
上のURLアドレスの下に一言解説を入れました。
Home |info@yasuo-nagano.com
2001年3/1
長野県知事、田中康夫と申します 長野県のホームページ内に、田中さんの情報ページが新設掲載されております。会議の予定や対外行事、知事のスケジュール等も掲載されております。
長野県のホームページ 「田中知事ダイアリー」 「知事24時」 「神戸市民投票を実現する会」
ABNのインターネットライブ中継! 「堂本あき子さんの知事選奮戦記」 ■サイバー ボランティア募集中■
2001年7/21
小山峰男「みねカバ隊」デビュー
2002年8/2
閉鎖
2003年5/30
田中知事関連本の紹介サイト 県議ふしぎ発見・木佐本 パスワード制の閉鎖サイトに
2003年4/23
勝手連諏訪
〒393-0077 下諏訪町矢木112−13 諏訪マタニティークリニック内
担当:三澤龍骨
田中康夫応援団県民ネットワーク(やすおネット・田中康夫後援会)
〒380‐0816長野市三輪田町1313クイーンズKビル1F(長野大通梭り沿い、田町交差点坂上。善光寺下駅徒歩3分)
【個人演説会・集会担当】木下豊
しなやかネット事務局
若林敏明〒396-0021長野県伊那市西町区4908-8
当サイトは、作家・ジャーナリストの木佐芳男が主宰し、エンジニアの高橋茂がサポートする有料ウェブマガジンです。
料金:500円/月(消費税別)
http://web.archive.org/web/20010609113536/http://www.rab-timely.net/
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料金:500円/月(消費税別)
http://web.archive.org/web/20010810211939/http://www.rab-timely.net/index.html
当サイトは、作家・ジャーナリストの木佐芳男が主宰する有料ウェブマガジンです。
料金:500円/月(消費税別)
http://web.archive.org/web/20020122023700/www.rab-timely.net/
パソコンの画面に映し出された1枚の写真。
そろいのオレンジ色のジャンパーを着た笑顔の自分がいる。
「いろいろな人と会えて楽しかったな」
長野県須坂市の元会社員(61)は、自分のホームページを久しぶりに開いた。
田中陣営のボランティアとして汗を流した日々の記録だ。ビラを配り、声をからした。
でも、今回は参加しない。あの気持ちには、戻れないからだ。
当選後、確かに「田中効果」を感じる。県職員の態度が良くなった。車座集会などで知事と直接言葉を交わせる。
だが、当選から4ヶ月後に発表した「脱ダム宣言」に唐突さを感じた。立候補時の公約にはなかった。
「こんな大事なことを議会に諮らず、突然言うなんて」
その後、側近が次々に離れるのを見て「やはりおかしい」と思った。
理念はよし。でも実行に移す段取りがあまりにも稚拙だ。部下を使いこなせない人格にも、不信が募る。
同じ課題を抱えた全国の知事との連携や、議会とのつなぎ役、ブレーンが欠かせないはずなのに。
「このままじゃ、裸の王様になる」
今のところ、田中氏に投票するつもりはない。
かといって、県議の言いなりになる候補者も選びたくない。
改革の中身をぶっつけ合う選挙戦を、まず見たい。
朝日新聞2002.8.4
解説コピペ 長野県の田中知事にアドバイスしよう(81)http://society.2ch.net/test/read.cgi/mayor/1060349910/より
124
名前:名無しさん投稿日:2003年8月9日 12:18 ID:1FQUFEuP
康夫君かあ。
彼が切り絵の人とまだ仲良しだった2000年の某日、長野市内の某イタメシ屋で側近たち(松本方面の人たち)と飯食ってるのを見かけたことがあるのだが(席が近かった)。
康夫君、激しい勢いできりえの人の悪口言ってたなあ。
「あ、こいつ人間として最低」。
漏れの判断は正しかったと、ますます確信を強める昨今です。
127
名前:名無しさん投稿日:2003年8月9日 15:10 ID:VQwaoW2L
»124
>きりえの人の悪口言ってたなあ。「あ、こいつ人間として最低」。
どんな悪口か具体的に詳しく教えて欲しい。
>長野市内の某イタメシ屋で側近たち
なんて店?どの辺にあるかとか追撃に教えてやれ
129
名前:名無しさん投稿日:2003年8月9日 15:25
»124
ということは、松本方面の康夫マンセーは人格に問題あるのを承知でこびり付いているということか。
こいつらも最低の人格と言うことじゃん。
康夫の仲間はK壌といい松本の坊主といい最低のクソ野郎ばかりだということだな。
あの坊主、今は松本に居られなくて東京でなんとかいうNPOやってるとか。
NPOというのはこの前の北朝鮮の時にも出たが怪しいやつの吹き溜まりか。(w
151
名前:名無しさん投稿日:2003年8月9日 16:17 ID:1FQUFEuP
»127
»129
イタメシ屋ですが、言えば誰でもわかる店です。
松本の人たちを擁護するわけではないですが、康夫くんの毒舌に「仕方ないから笑おう」というココロがなんとなく伝わってきたで、ちとかわいそうでした。
解説コピペ 長野県の田中知事にアドバイスしよう(85)http://society.2ch.net/test/read.cgi/mayor/1062599959/より
115
名前:名無しさん投稿日:2003年9月5日 13:22
今週の「大目玉」に「夏の夜の森の劇場」とご大層に書いていた。
企画は県の林務部とか、クマの話とか会場に使われたホテルとか、関わっているのは「星野グループ」って何だろうと検索したら。
社長は「しなやか会」副会長だった。
早い話がしなやかさんちのホームパーティーでしたか。
しかもメインは「コシノジュンコ」のファッションショーとか、興味があるなしがめいっぱい分かれる催し物ですね。
「県民が15%しかいなかった」とかほざいているが、そんなモノに何で時間と金を掛けていかなければならない?
420
名前:名無しさん投稿日:2003年9月10日 21:46
伊那市で向山信二という人のパンフが各戸配布されていた。
中身のレイアウトとかは県議選の時の”小田中”に似ている。
421
名前:名無しさん投稿日:2003年9月10日 21:51
»420
デタ、しんちゃん。
そら、しなやか会副会長ですもん(w
しかし、子供未来センター凍結で康夫に裏切られたのに平然と市長選に出るとはねぇ。
なにか奥深い闇でもあるんでしょうか?
424
名前:名無しさん投稿日:2003年9月10日 22:48
»421
パンフの中身に田中康夫関係のことは、「しなやか会」関係で2箇所でさらっと触れているだけ。
ほかは一切田中康夫の字は出てこない。
ちなみにHPは http://www.mukaiyamashinji.jp/
425
名前:名無しさん投稿日:2003年9月10日 22:50
424つづき パンフの中身はHPの中身とまったく同じ
426
名前:名無しさん投稿日:2003年9月10日 22:52
»424-425
康夫色はなるべく薄めたいんでしょな。
それで県議選で敗退した人もいるしw
高橋亀吉のように出さなくても、おまいはしなやか会だと色づけされた香具師もいるしで。
| 当 | 19079 | 小坂樫男 | 無現 | 68 | 三選 自・公・社推薦 |
| 9211 | 向山信二 | 無新 | 53 |
| 当 | 10219 | 中原正純 | 無現 | 63 | 五選 |
| 10021 | 杉本幸治 | 無新 | 54 |
田中知事再選から2年 改革停滞
不満渦巻く 「独善」と“田中離れ”も
田中知事は一日、再選から二年を経て、中間点を折り返した。「壊す」から「創る」を掲げた二期目。
理念を実現に移す手腕が注目されたが、停滞感を強める県政に県民は不満を募らせている。
残る二年で、山積する懸案に、どう向き合うのか。
(赤津 良太)■県民に不満?
「引き続き県知事と県議会の不毛なる“千日手”を選択したのは、ほかならぬ二百二十万県民という事実を指摘する向きは、県内にはいまだ数少ない」
八月三日に発売された週刊誌の日記形式の連載で、知事は「県民への不満」とも取れる見解を披露した。
この前段では
「もっとも厄介なのは、(辞職しないで)座り込んだ県議の大半を、県民は翌〇三年四月の統一地方選で信任している点」
とも言い切っている。
「日記」は七月十七日付。
本紙世論調査で知事支持率が全国最低の35・6%を記録するなど、各報道機関が支持率低下を伝えて間もないころだ。
世論の後押しを受けていた知事が、不満の矛先を県民にも向け始めたことは興味深い。
■進まない改革
全国から脚光を浴びた脱ダム宣言も、県内では県政停滞の象徴だ。県が三月に示した浅川(長野市)の代替治水策は、最大で高さ三十メートルの「えん堤」を設ける内容。
構造的にはダムにほかならず、浅川については手詰まり感は否めない。
県議会で不信任を受けた経験から、二期目の公約とした県議会、市町村との対話も進んでいない。
市町村長や県議の執務室などを訪ねる「お出かけ知事室」、知事と議会側による「新しい県のあり方を考える勉強会」などは、さして障害もないのに実現していない。
むしろ関係は悪化している。
昨秋以降だけでも、阿智村などで極秘に行われた住民基本台帳ネットワークシステムへの侵入実験、市町村事務の一般廃棄物処理に県関与を強める廃棄物抑制条例案などを巡り衝突。信頼関係の構築は、もはや絶望的な雰囲気すら漂う。
■変わらぬ手法
目的を明確にせず、十分な説明がないまま、強行を図ろうとする――。知事の手法は、二〇〇〇年十月の就任以来、大きな変化はない。
県民はもとより、議会、関係自治体の理解が得られなければ、改革が「理念の押し付け」「独善」と受け取られても仕方ない。
昨年九月の長野市から泰阜村への住民票移転は、その最たるものだ。
「好きな自治体に税金を払いたい」という個人の思いは別にして、知事として裁判で県民の税金を用いて、世に問う必要性はあるのだろうか。
係争中に同村で参院選の投票をしたため、「パフォーマンス」「県政の私物化」との批判は今も絶えない。
■「最後通告」も
知事の“産みの親”と言われる茅野実・八十二銀行顧問と仁科恵敏・長野商工会議所会頭が八月十六日、長野市内で知事と会談し、県政運営の改善点をまとめた要望書を手渡した。
知事後援会の顧問も務める両氏は、要望書で
「『創る』面がなかなか進まず、改革が『壊し』だけで挫折するのではないかと憂慮しています」
と苦言を呈し、
- 〈1〉中央向けのパフォーマンス(目立ちたがり)を慎む
- 〈2〉耳に逆らうことでも我慢して対話する
- 〈3〉独善やつじつまの合わない指示をしない
――などを進言した。
知事は十八日の会見で
「前向きな意見を交換できた」
と強調したが、両氏を知る経済人の一人は
「二人とも『もう田中には県政を託せない』という段階に来ているのでは」
と心情を代弁してみせる。
知事に近い後援会幹部の間でも、“田中離れ”は加速している。
2004年11月14日
勝谷誠彦で大丈夫なのか?
勝谷誠彦さんには、一度お目にかかったことがあります。松本で開かれた田中康夫の後援会の設立1周年のパーティ会場で。
当時は、私も田中知事から
<
「大石英司を何とかしろっ!」
と言われていた時期でしたから、会場で独りグラスを手にして立っている勝谷さんに気づき、こう話しかけてみました。
<
「あの〜大石英司さんって、どうなんでしょうね…」。
私と大石さんとは、20年前からの付き合い。カネの無かった学生時代には、ご自宅に泊めていただいた恩義もあります。今更どうも、こうもありません。
私は勝谷さんに、ささやかな期待を持ったのです。
当時の私の役割は、田中知事が開く集会に来た人たちの反応を見て、その逐一を知事に報告することでした。
会場の隅々まで見渡して、知事のスピーチのどの部分に、どんな人が、どう反応したか?その観察をすることが習慣のようになっていました。
それで、私は勝谷さんを見て考えた。この人は、どんな役割をしてくれるのだろう。
私の問いかけに、勝谷さんは、そっけなく答えました。
<
「ぼくは大石という人を知らないし、ぼくの周りの人間も知らない」。
この瞬間、私は悟りました。あぁ、この人は、自分が改革派知事のシンパだっていう話題作りのために来てるだけなんだな。
会場には、知事選を現場で支えた多くの支持者がスタッフとして参加している。
みな、地元の市長や県議や国会議員の意向に逆らって、知事選を戦ってきた人たちばかりです。
しかし、勝谷誠彦さんは、その誰にも話しかけようとはしないし、状況を知りたいという態度も見せない。
東京のマスコミ界にあって「改革を支持する言論人」というポジションだけが欲しいんだな。私は、そう確信ました。
先週は、四国の新聞社から長野県に若い記者が来ました。
彼は、高知県の橋本知事と長野県の田中知事との連携は戦術的かつ野合的だと察知していました。
<
「理想の知事像とは、どんなものだとお考えですか?」。
質問された私は、戸惑ってしまった。どこかに理想の知事がいると考えるのは、まるで白馬に乗った王子さまが迎えに来てくれる…と考えるのと一緒。
橋本大二郎さんが再選されても、田中知事が失速しても、次に見える光景は同じです。2つの県の財政は厳しい。
県民ひとりひとりが、自立を求められることに変りはないだろう。そういうお話をしました。
そして、次に考えたのは勝谷誠彦さんと若い地方記者との違いです。
一方に、連日のようにテレビにコメンテーターとして出演している勝谷誠彦がいる。
もう一方には、はるばる四国から信州に来て知事選のスタッフを訪ねまわる無名の若い地方記者がいる。
印象的なのは、勝谷さんが繰り返した
<
「知らない」
という表現です。
これは、東京のマスコミ界では、いかに知られているかが重要なんだよ、という勝谷さんなりの言い方ですね。
自分は知られているんだ。そういう自負でもあると思う。
私は、学生時代にマスコミでバイトしていることを自慢気に語っていた連中の事を思い出しました。
彼らにとって重要なのは、ポジションだけなんですね。ジャーナリズムとは無縁なのです。
デイヴィッド・ハルバースタムの『ベスト・アンド・ブライテスト』には、ボブ・ウッドワードが登場します。
ワシントンポスト紙の駆け出しの記者だったウッドワードは、ウォーターゲート事件を追い、ニクソンを追い詰める。
印象的なのは、事件がないときのウッドワードです。首都の深夜の道路工事の現場で、作業員に話しかける。
何か変化はないか?いてもたってもいられないんですね。
今日に至るも、ウッドワードは、ホワイトハウスやFRBに深く食い込む取材の成果を次々とあげていますが、「なるほどな」と思います。
勝谷さんは、しばしば田中知事から直接メールが来たことを自慢気に書いています。
私には、それが「自分はセレブなんだ」と勘違いしている女子大生と同じように見えてしまう。
だから、勝谷さんのイラク行きも、まるでテレビのロケのように思えてしまうのです。
私には、もう彼が登場するワイドショーや『朝まで生テレビ』にチャンネルを合わせる気力が起きない。
東京のマスコミ各社は、大丈夫なんでしょうか?国際競争力は、あるのでしょうか?株の問題もさることながら、人選にも問題がありそうですね。
http://blog.livedoor.jp/takahashikamekichi/archives/9290031.html
>>ぼくの周りの人間も知らない
これは嘘なんですよね。実は、ボクと勝谷誠彦両方の知人友人って、あの出直し知事選の時点でも一杯いましたよ。
Posted by 大石at 2004年11月14日 12:50
あちゃー。
「コメンテーター」が嘘つきでは、救いようがありませんね。
Posted by 斉藤久典at 2004年11月14日 13:45
知事後援会幹部が辞任
2005年1月12日
田中康夫知事の後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」の小笠原康博幹事長が、11日までに辞任していたことが分かった。
木曽郡山口村の越県合併問題をめぐる知事の対応が理由という。
同氏は長野市の茶販売会社「喜多の園」社長。00年知事選から田中知事を応援し、「しなやか会」の実務を取り仕切っていた。
越県合併問題で同氏は
「村民意向調査で合併賛成が上回ったにもかかわらず、議会に関連議案を出さないのはおかしい」
と考え、議案を出すよう知事に伝えたが、知事は12月議会最終日まで議案を出さなかった。
「最後は議案を出すと信じていたが、そのカンは外れてしまった」
として、幹事長辞任を決断したという。
越県合併問題をめぐっては、ほかの幹部からも知事の対応に不満の声が上がっており、後援会内部で知事の求心力は薄れつつある。
http://mytown.asahi.com/nagano/news02.asp?c=33&kiji=296
さるさる日記 - うどん屋かっちゃんの××な日記。それにしてもどうした卓月曰
「『しなやかな信州をはぐくむ会』の小笠原康博幹事長が、11日までに辞任していたことが分かった」
http://mytown.asahi.com/nagano/news02.asp?c=33&kiji=296
そんなこと報道している場合じゃないだろバーローバーロー。
知事与党解散へ 「トライアルしなの」
田中康夫知事の与党会派「トライアルしなの」(島田基正代表、4人)は14日開いた会議で、今月末にも会派を解散する方針を固めた。
越県合併問題などをめぐり、会派内で意見の相違が強まっていた。
木内均氏と田中清一氏は野党的立場の会派との合流を目指すものとみられる。
数少ない与党が解散することで、知事の議会運営はさらに厳しいものになりそうだ。
島田代表は会議後、
「結成以来ちょうど2年たつので、この辺が『トライアル』の見直しの時期だと思う」
と述べた。
関係者によると、「解散」の正式決定は今月下旬の会議になるとみられる。
「トライアル」は03年春の県議選後、田中知事を支持する旧県政会出身の島田代表(4期目)を中心に、新人の木内、田中、今井正子、宮川速雄の5氏で結成された。
このうち、宮川氏は昨年5月、別の与党会派「あおぞら」(3人)の結成に参加し、脱会している。
「トライアル」は「知事支持」の姿勢を基本としながらも、個別政策の賛否を各議員の判断に任せていたため、会派内の意見がまとまらない時もあり、最近では知事の県政運営手法に対する考え方の違いも出てきた。
さらに越県合併問題が起きてからは、島田、今井氏と、木内、田中氏との間で意見の相違が決定的となった。
島田氏らは合併慎重・反対の論陣を張るのに対し、木内氏らは賛成の立場を取り、12月議会での議員提案による合併関連議案については、島田氏らは反対、木内氏らは賛成した。
木内、田中氏は解散後、「緑のフォーラム」(6人)など、野党的立場の会派との合流を目指すものとみられる。
現在、議会内には11会派があるが、「トライアル」が解散すると、与党的立場を明確にしているのは「あおぞら」(3人)だけとなる。
当初、知事を支持してきた共産党県議団は越県合併問題などをめぐり、知事との距離を置き始めている。
(1/15)
朝日
トライアルしなの解散:田中知事が批判「改革の寄与で反すうを」 /長野
田中康夫知事は20日の会見で、県議会の知事与党会派「トライアルしなの」(島田基正代表、4人)の解散方針について、
<
「県政改革を支持すると言いながら、どのくらい寄与したか自ら反すうすべきことなのではないか」
と語り、知事野党会派入りが有力視される木内均、田中清一両氏を暗に批判した。
田中知事は両氏を念頭に、
<
「田中県政改革、長野県政改革を支持すると言いながら、具体的にどのくらい寄与したのか、発言し、行動し、あるいは私に助言し、改革を県民に説明したのか」
と語気を強めた。
一方で、知事支持の立場を保つ島田氏に対しては
<
「きちんと自分の考えを述べている」
と評価した。
【中山裕司】 毎日新聞2005年1月21日
しなやか会: 「田中知事の支援、今後はもうない」−−顧問の茅野氏 /長野
知事の支援団体「しなやかな信州をはぐくむ会」顧問の茅野実・八十二銀行顧問は23日の信越放送のラジオ番組で、田中康夫知事を今後支援するかどうかについて
「それはもうない」
と述べ、これまでの支持姿勢を転換することを示唆した。
番組は事前に収録された。
茅野氏は、山口村の越県合併議案を県議会に提出せず、申請もすぐには決断しなかった知事に対し不快感を示した後
「これからも同じスタンスで知事と接していくか」
と問われ、
「しなやか会で今後も知事を応援したいという意味なら、それはもうないと思う」
と明言。
同会顧問の辞任など去就については言及しなかったが、県政に望むことについても
「もう何望んでもやってくれないんだから、絶望じゃないでしょうか」
と話した。
【反橋希美】 毎日新聞2005年1月24日
トライアルしなの解散:「会派解散方針」31日に正式結論 /長野
県議会会派「トライアルしなの」(島田基正代表、4人)は26日の団会議で、会派の解散方針について、31日の団会議で正式に結論を出すことを決めた。
この日の団会議では、会派自体は解散しない方針で臨むことを確認したものの、個々の議員の離脱や他会派との連携は個々の議員の判断に委ねることにした。
田中清一議員は27日、会派「緑のフォーラム」入りを視野に同会と協議する。
【中山裕司】 毎日新聞2005年1月27日
2005/1/28/20:01
TSB田中知事 支援者トップを批判
田中知事が28日、自身の後援会しなやか会の茅野実顧問に対し、
「私が言うことを聞かないと言うが、具体的にこうしろと仰ってもいない」
と批判しました。
県庁での定例会見で発言。田中県政誕生に大きな影響を与えた茅野顧問は、去年秋ごろから知事に苦言を呈し、距離を置いています。
県議会:田中清一、木内均両氏が「緑のフォーラム」入会へ /長野
県議会の知事与党会派「トライアルしなの」(島田基正代表、4人)の田中清一、木内均の両氏は27日、トライアルを31日に離脱し、知事野党会派「緑のフォーラム」(6人)へ2月1日に入ることを表明した。
田中氏は離脱理由について、昨年12月県議会で越県合併の議案提出を巡って会派内で意見が割れたことを挙げ、
「(提案を知事に求めないのは)住民自治や議会制民主主義など政治理念の根幹にかかわる問題。会派の許容範囲を超えていた」
と話した。
木内氏は、田中康夫知事の政治姿勢に関し、
「県政の仕組みを大胆に転換する考えは共鳴する」
と評価。
一方で
「一番欠けるものは感謝協力の気持ち。壊すことは一人でできるが、『創る』ことは一人ではできない」
と語り、県議会や市町村らの協力の必要性を訴えた。
フォーラムは2氏の加入で計8人となり、県民クラブ(7人)を上回って、自民党県議団(9人)に次ぐ第2会派になった。
本郷一彦代表は
「いっそうの高い見識と、緊張感を持ちたい」
と語った。
田中氏は事務総長、木内氏は幹事長代行に就く。
【中山裕司】 毎日新聞2005年1月28日
田中知事:「絶対不可侵になり不幸」 茅野実氏を批判 /長野
田中康夫知事は28日の会見で、知事の支援団体「しなやかな信州をはぐくむ会」顧問の茅野実・八十二銀行顧問について、
「知事の私とて絶対ではない。八十二銀行頭取経験者には誰も面と向かって意見を言えないなら、彼は絶対不可侵となり、彼自身にも不幸なこと」
と批判した。
茅野氏はラジオ番組で、従来の知事への支持姿勢を変える方針を示唆していた。
田中知事は
「施策のどの点がいたらないのか、どの点を進めていくべきかを具体的に話してもらいたい」
と茅野氏に求めた。
茅野氏は、昨年8月に田中知事に「県政への専従度を高める」など5項目の要望をし、今月に入って「しなやか会」顧問を辞任する意向を穂苅甲子男・同会長に伝えた。
穂苅会長は
「顧問という役職は大きな負担にならないはず」
などと慰留している。
【中山裕司】 毎日新聞2005年1月29日
「決別宣言」に知事反発
(1月29日)
知事後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」顧問の茅野実・八十二銀行顧問が田中知事に“決別宣言”したことについて、知事は二十八日の会見で
「茅野さんは『私の意見を聞かない』と言うが、県の施策のどこを強化し、どこを改良すべきなのか具体的にお伝えいただきたい」
と反発した。
トライアルしなの:島田基正、今井正子両氏で会派存続決める /長野
県議会の知事与党会派「トライアルしなの」は31日の団会議で、田中清一、木内均両氏の知事野党会派「緑のフォーラム」への離脱後も、島田基正、今井正子両氏の2人で会派を存続させることを正式に決めた。
今井氏は他会派との調整がつかなかった。島田氏らは離脱した2氏と、引き続き情報交換を続けることなども確認した。
【中山裕司】 毎日新聞2005年2月1日
2005年2.12
知事支持母体ピンチ しなやか会総会
茅野顧問ら幹部欠席
田中康夫知事を支持する政治団体「しなやかな信州をはぐくむ会」(しなやか会、穂苅甲子男会長)の総会が十一日、松本市内で開かれた。
辞意を穂刈会長に伝えている茅野実顧問(八十二銀行顧問)と、小笠原康博幹事長(会社経営)の二人をはじめ、主な幹部が軒並み欠席。
知事は顔を見せたものの、事実上の後援会に対する知事の求心力は、明らかに失われつつある。
総会には、会員約二百五十人が集まった。
知事の支持率低下が続いているだけに、穂苅会長は
「理想と現実、改革と創造は容易ではない。これからが本当の勝負」
と支持を訴えた。
一方、茅野顧問、小笠原幹事長のほか、仁科恵敏顧問(長野商工会議所会頭)、山根敏郎副会長(守谷商会相談役)、小林誠一事務局長(会社経営)は「所用のため」(穂苅会長)、姿を見せなかった。
しなやか会は、越県合併に対する知事の姿勢をめぐり、内部で賛否両論が渦巻いた。
会としての統一見解は持たなかったが、知事は結局、合併議案を県議会に提出しなかった。
茅野氏が穂苅会長に辞意を伝えたのは、この問題の後だった。
小笠原幹事長は、
「合併議案を提出すると信じて疑わなかった。知事に対する自分の勘が狂ったので辞める判断をした」
と話す。
また、総会に欠席した山根副会長、小林事務局長ら複数の幹部も、合併議案の提出を求め、知事と衝突したとされる。
次期知事選に向け、総会を欠席した幹部からは
「改革という大きな方向性は継続させなければいけない。しかし、人物は必ずしも田中康夫氏でなくてもいい」
との声が出ている。
茅野氏は取材に
「二月県議会を見た上で、態度を明らかにしたい」
とコメント。
田中県政の「生みの親」として、シンボル的な存在でもある茅野氏が離反すれば、知事の最大支持基盤は、その支柱を失うことになる。
2月12日(土)
知事支援結束呼び掛け しなやか会総会、茅野氏ら欠席
田中知事後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」(穂苅甲子男会長、通称・しなやか会)は十一日、松本市で総会を開いた。
会の幹部が辞意を示したり、一部県議が知事与党的会派を脱会したりする中、約二百五十人が出席。
穂苅会長はあいさつで
「壊して創(つく)り出すのは困難。これからが勝負」
と述べ、結束を呼び掛けた。
田中知事は、行政ジャーナリストの福田志乃氏や、知事を支持する島田基正(トライアルしなの)、北山早苗(あおぞら)両県議と対談。
県債残高を減らし、教育や福祉を重視する県予算に転換してきた―と強調した。
対談で北山氏は
「誰でもものが言える県政は、田中知事でなければできなかった」と評価。
会場からは拍手が上がり、総会後、根津八紘副会長(諏訪マタニティークリニック院長)は
「(知事から)去る者は追わず、来る者は拒まずでいい。(知事は)私益を考えず頑張っている」
と話した。
総会開催は〇三年二月以来、二年ぶり。
会計責任者の塩沢荘吉氏(ベイクックコーポレーション社長)が昨年末で退任、山根敏郎副会長(守谷商会相談役)が兼務する役員人事を承認した。
塩沢氏はこれまでの取材に対し、田中知事を評価しない姿勢を示していた。
知事が木曽郡山口村の越県合併関連議案を提出しなかったことなどを機に、田中知事擁立に動いた茅野実氏(八十二銀行顧問)は一月、しなやか会顧問辞任の意向を穂苅会長に伝えた。
小笠原康博幹事長(長野市、会社経営)も知事に辞意を伝え、小林誠一事務局長(同)は実務から事実上離れた。
県議では木内均、田中清一両氏がトライアルしなのを脱会。茅野氏らはいずれもこの日出席しなかった。
茅野氏は穂苅会長から慰留され、判断を保留。
一月下旬にしなやか会顧問の仁科恵敏氏(マルイチ産商社長、長野商工会議所会頭)とも相談、
「二月県会終了まで様子をみる」
としている。
茅野氏、知事後援会顧問辞任を撤回 新副会長に根津氏就任
(2月12日)
田中知事の後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」顧問の茅野実氏(八十二銀行顧問)が一月末、顧問を辞任する意向を示したが、慰留を了承していたことが十一日わかった。
松本市内で開かれた同会総会で、穂苅甲子男会長が報道陣に明らかにした。
それによると、茅野氏が
「私の任務は終わった。解放してほしい」
などと述べたのに対し、穂苅会長が
「知事の『産みの親』として、今後も助言をお願いしたい」
と説得、茅野氏は了承したという。
茅野氏は一月下旬、越県合併などへの知事の対応を巡って“知事不支持”の姿勢をラジオ番組で表明。この日の総会は欠席した。
また、総会では、新しい副会長に諏訪マタニティークリニック(下諏訪町)の根津八紘院長(62)を選んだ。
根津氏は知事就任当初からの支持者。
昨年末に会から就任要請があったといい、
「知事を支える一人になってほしいという意味だと思う」
と話した。
2005年8月1日
『週刊新潮』の田中批判について。
茅野さん、言うようになりましたね。
八十二銀行の頭取だった茅野實さんは、いわば田中県政という名の手形の裏書をしていたような人です。
その茅野さんが田中知事を『週刊新潮』で批判しています。
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「田中さんは気に入らないことがあるとすぐに相手を
<
"お前なんかダメだ"
と面罵し、プライドを平気で傷つける。
彼のために一肌脱ごうという人が現れても、田中さんの棘が刺さるので、みな途中で嫌になって去ってゆく。
これは田中さんの人格的な問題に起因するものです」。
この「面罵」の現場は、私も何度か見ています。
より正確に言えば、田中さんの場合は「気に入らないことがあるとすぐに」ではなく、マスコミの上で自分のイメージが悪くなりそうになったときに、特に怒りが激しい。
たとえば、2002年の夏、2度目の知事選が始まったとき。
松本のお寺で後援会の主な人たちが集まり、窓の外にマスコミが集まっている場面がありました。
会合が終わった後、田中さんがポツリと
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「窓、閉めようか?」
と言った瞬間、私は「これは来るな」と直感し、窓だけでなく障子も丁寧に閉めました。
それを確認したとたん、田中さんは読売新聞の記事を後援会長の穂苅さんに示しながら、
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「こういう記事が載ってしまうん・で・す・よっ!」
と目をむいて怒りまくる。
で、その数分後には、平気な顔をして後援会長と2ショットのインタビューに答えている。
予算や議案が否決された田中知事がカメラの前で「深い悲しみ」とか言っているときも、私は「こりゃ、ハラワタ煮えくり返っているな〜」と感じます。
メディアの前では冷静かつ丁寧な対応を心がける田中知事ですが、こういうときは近い人たちとの飲食の席で怒りが爆発する。
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「財政課は、全員を変えますっ!」
と後援会の事務局長に言っていたのは、長野市の焼き鳥屋の2階でした。
県庁の主な課の全員を入れ替えるというのは、尋常な話ではありません。
私もファミレスで同席したときに、ふと心配になって質問したことがあります。
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「飛ばすって、どんな所に飛ばすんですか?」。
すると
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「う〜ん、たとえば××高校の事務とかさ」
と県境に近い高校の名前を挙げる。
茅野さんが言う「田中さんの棘」というのは、直接的な罵倒だけではありません。
後援会の数人が集まるような席で、そこにいない人の陰口を漏らすことも多かった。
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「あいつはダメだよ〜」
とか、ウェッブ・サイトを作ったスタッフについて
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「値段が高いよな〜」
とか平気で言ってしまい、それが間接的に伝わって人が離れることもあった。
私は、そのたびに思いました。
田中さんは、女子大生やスチュワーデスと次々と付き合いながら、ベッドやクルマの中で他の女性の悪口を言っていたのではないか?
男が他の女を貶すのを聞きて、それを自分への愛の表現だと感じてしまう女性も多いものです。
私は、田中県政を松本サリン事件の延長線上にある問題として意識しています。
サリン事件では、警察という権力がマスコミを間接的に操作して、河野義之さんという被害者が出てしまった。
田中県政では、知事という権力がマスコミを利用することによって問題の焦点がぼやけ、課題の解決が先送りされてしまう。
茅野實さんは
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「他の人に代わってもらう。これが私の果たすべき責任だ」
と語っていますが、テレビばかりを見ている県民が多い限り、田中知事の再選の可能性が高いと考える人は多いですね。
http://blog.livedoor.jp/takahashikamekichi/archives/29443497.html
田中康夫が罵倒していたという「ウェッブ・サイトを作ったスタッフ」は誰でしょう?
デジタルボランティアと称して活動していたのは
- 高橋茂
- 小林純子
- 折井健
- 矢野善久
などのメンバーでしたが。
2005年8月21日
田中康夫の新党「日本」。
田中知事が、新党の党首です。
会見で目が左右に頻繁に動いていたのは、マスコミ各社の顔ぶれと、その反応を追っているから。
一緒に食事をし、温泉にも入り、あちこちの選挙や講演の現場を共にしてきた私には分かります。
田中さんは、つねにマスコミという名の鏡に自分を映し、自分を確認してきた人なのです。
2003年、私は祈るような気持ちで田中さんにメールを書き送っていました。
これからは経済というテーマが重要になる。
田中さんは、他人と自分とを比較する気持ちが強い人ですから、「村上龍のJMMなどを引用すれば、負けん気に火がつくかも…」と思ったりもしました。
しかし、再選を目の前にして絶頂だった田中さんは、松本の中町商店街で私にこう言いました。
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田中康夫「あの村上龍のも、大したことないよな」。
ダムに反対し、住基ネットに反対し、小泉内閣に反対してきた田中さんが、郵政の民営化にも反対という立場になりました。
淺川ダムの代替案は、いまだに地元の理解を得られていない。
住基ネットは、侵入実験をさせた部下を左遷し、その後はウヤムヤのままです。
郵政の民営化も、公務員の削減や預貯金をどうするか…な〜んてところまでは考えずに反対しているのだと思います。
その時々のマスコミで話題になっていることに食いついていくので精一杯なのが分かる。
顔が大きく中心に載った新党「日本」のポスターは、田中さん自身の細かい指示によるものでしょう。
背後で3名の男性がプレートを持ち上げていましたが、あれは2度目の選挙に勝利したときの演出と同じ。
サッカーの日本代表やサポーターを意識した新党「日本」ですが、私は
「どうして、もっと早く気づいてくれなかったのか?」
と思ってしまいます。
2002年の6月4日、ワールドカップの開催中、知事の後援会の幹事長から私のところに電話がありました。
私は知事に近いことを誇示する人たちにウンザリしていたので、自分から知事のケータイに電話したことは2回しかありません。
何か指示がある場合は、後援会の誰かを通じてくることが多かった。
あのときは、田中さんが松本の『バーデン・バーデン』という店で夕食をするので、私にも来るように言っている…という指示でした。
私は答えました。
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「えーっ、ベルギー戦ですよ、今日は」。
県知事からの食事の誘いを取るべきか?
それとも日本代表の中継を見るべきか?
私にとっては、やはり日本代表の方が重要ですから、遅れて参上する旨を伝えて電話を切りました。
<
田中康夫「お前は、いつから右翼になったんだ?」。
遅れてレストランに着いた私に知事は言いました。
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「そういうわけじゃないんですけど…やっぱりサッカーは重要だと思います」
と私は答えた。
松本にはJ1規格のアルウィンという県営のサッカー場がありますが、いまだにJリーグのクラブはありません。
地元では若い人たちを中心に、
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「松本にサッカークラブを!」
という声が強いことを改めて申し上げました。
しかし、あの晩も
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田中康夫「電気代が高いんだよ〜」
とか、否定的な答えしか返って来なかった。
その田中知事が、自民党にいられなくなった議員と一緒に目立つために、サッカー日本代表を利用するような言動をしました。
地元の県営サッカー場の活用をしないまま、知事はマスコミで目立つために代表を利用しているのです。
私は、とても悔しい気持ちがします。
知事にはクラブの重要性を訴える。
知事選に協力してくれた地元の人たちとの約束を、私は未だに忘れていません。
Posted by takahashikamekichihttp://blog.livedoor.jp/takahashikamekichi/archives/30557650.html
SBC信越放送公職選挙法違反で住民グループが田中知事を告発
(2005/8/23日17時55分)
おととし、田中知事が県職員らと飲食したのは公職選挙法に違反するとして、長野市の住民グループが長野地方検察庁に告発状を提出しました。
告発したのは、長野市の住民で作る「県民のための真剣な県政を目指す会」のメンバー11人です。
住民らは会見で、おととし9回にわたって田中知事が県職員らと飲食し、費用を後援会が負担したのは、知事本人の饗応接待に当たり、公職選挙法に違反すると指摘、きょう長野地検に告発状を提出したということです。
告発した理由について、会では「田中県政に疑問を持つ中で法律違反を許して置けず、告発に踏み切った」としています。
低俗な田中康夫後援会幹部
しなやか会(田中康夫後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」)というのは一体どういう集団なのか。
引用は同会会計責任者山根敏郎(長野市のゼネコン守谷商会の相談役)の百条委員会における証言。
今年1月に就任した会計責任者は「(政治団体は)一切寄付をしてはいけない」などと述べ、一連の費用負担が不適切だったとの認識を示した。
2005年11月19日付信濃毎日新聞
審議会委員や県職員らによる懇親会の費用や、田中康夫の高額な宿泊料をしなやか会が支出していたことに対して「不適切な支出」だの「怒り心頭に発す」だのと山根敏郎は言っているが、山根敏郎が会計責任者になったのは2005年1月だ。
そういう認識がありながらなぜ会計責任者を引き受けたのだろうか。保身目的の猿芝居は見苦しい。
さらにひどいのは会計責任者職務代行者の塚田国之(元八十二銀行員。長野商工会議所専務理事)だ。
自分が職務代行者であるという認識はない、後援会の収支についても「分からない」、懇親会費負担の是非については「判断できない」との証言を繰り返したというのである。
会計責任者もその職務代行者も、政治資金規正法に基づいて届出がされている。
そこに名を連ねている以上、この二人はしなやか会の収支に関して知る義務と権利を持つ立場にあったはずだ。
それでいながら過去のことは一切知らず、従って責任も無いという逃避に終始したこの日の証言は、フィクサー気取りで田中康夫を担いだ「経済人」たちの醜い体質を象徴している。
ところでこの塚田国之、自分のウェブサイトでこんなことを書いている。
24 昨今の日本語の乱れについてどう思いますか?
何も感じません。日本語の乱れよりも日本人の書く文章に気品と格調がなくなったことのほうが大きいと思います。民族の精神が低俗になった証拠です。
何とも立派な御託宣だが、知らぬ存ぜぬの一点張りで責任回避と保身を図る人間に気品や格調を語る資格などありはしない。したり顔で「民族の精神」とやらを説く前に、低俗で気品も格調もない自分の振舞いをまず自己批判すべきだろう。
11月26日(土)
しなやか会活動費221万に減 高級ホテル代消える
田中知事を支援する政治団体「しなやかな信州をはぐくむ会」(通称・しなやか会)の2004年の支出は、前年比62%減の1127万円だったことが25日、県選管が公表した04年の政治資金収支報告書で分かった。
支出項目のうち、前年は都内の高級ホテルでの宿泊費などに計1065万円を充てた「組織活動費」が、221万円に減少。
収入は182万円減の713万円だった。
03年の報告書では、組織活動費(1件5万円以上を記載)として、知事が利用したとみられるホテルの宿泊費や食事代、会場借り上げ料などに計25件・約400万円を支出。
1回50万円を超える宿泊費もあった。
これに対し、04年分の組織活動費で5万円以上だったのはパンフレットの各戸配布委託費用(2件、計44万円)だけだった。
しなやか会事務局は、支出総額の大幅な減少について「会報の発行や集会の頻度が下がったため」と説明している。
一方、収入のうち個人献金は計553万円。南信や東信の会社役員ら7人が、いずれも収支報告書に記載される年間5万円以上の献金をした。
個人献金は、出直し知事選のあった02年は4924万円、03年は34万円だった。
信州市民オンブズマン設立
県自治体に監視の目
県の前副出納長で弁護士の松葉謙三氏らを発起人とする「信州市民オンブズマン」の設立総会が26日、松本市渚の林友カナディアンホールで開かれ、約100人が出席した。
県議会の2004年度政務調査費に不当な支出があるとして住民監査請求し、返還を求める住民訴訟を起こした県民グループを中心に設立。
首長や議長の交際費、政務調査費の情報開示度、公共事業入札の落札率などのランキング作成、監査請求や住民訴訟などの活動を、全県各地で行う。
総会では、松葉氏と上田市の建築士宮沢幸治氏を代表幹事とすることなどを承認した。
2005年11月27日
読売新聞
信州市民オンブズマン:元県副出納長らが設立 /長野
元県副出納長の松葉謙三弁護士ら県民有志は26日、県内の公的機関のチェックと、不正の是正を目的にした「信州市民オンブズマン」の設立総会を松本市内で開いた。
県内自治体の政務調査費の違法支出をチェックし訴訟を起こしたり、首長交際費の開示度調査などに取り組む。
総会には約100人が参加し、田中康夫知事がビデオ出演で「県、議会を含め、皆さんの扱うことは森羅万象にある」などとあいさつ。続く講演会で、松葉弁護士は自らも携わった県の入札制度改革の実績を上げ「オンブズマンは知事と独立しなければならないが、改革を推進するため協働することも必要」などと話した。
オンブズマンの代表幹事には松葉弁護士と上田市の建築士、宮沢幸治さんが就任。軽井沢町に事務所を置き、支部の設置も検討している。
【反橋希美】 毎日新聞2005年11月27日
11月27日(日)
自治体監視へ「オンブズマン」 元副出納長ら設立
元県副出納長兼会計局長の松葉謙三弁護士=北佐久郡軽井沢町=らが26日、「信州市民オンブズマン」の設立総会を松本市内で開いた。
約80人が出席し、国や県内自治体の不正・不当な行為を監視し、是正を求める―といった活動内容を定めた会則を決めた。
代表幹事(2人)に選ばれた松葉氏は、記念講演で「長野県の改革の進み方は全国的にも断トツだ」と述べ、「改革を進める立場で、オンブズマンが(県に)協働することが必要」とした。田中知事がビデオテープに収録したあいさつを寄せ、「私たちを厳しくチェックしてもらうことが、税金で仕事をする者の信頼につながる」などと述べた。
代表幹事にはほかに、上田市の建築士宮沢幸治氏が就任。宮沢氏は、一部県会会派の政務調査費の使途が不当だとして、24日に1000万円余の返還を求める住民訴訟を起こし、松葉氏が代理人を務めている。
11月29日(火)
懇親会費用後援会負担 前副知事「知事の示唆で返還」
田中知事後援会が費用負担した懇親会に出席し、自己負担分8万円を後援会に返還した阿部守一前副知事が、昨年7月の退任間際、知事から後援会が費用負担していたことを「示唆」されたため、退任直後に後援会長あてに費用を送金していたことが28日、分かった。
阿部前副知事が県会百条委員会の求めに応じて提出した23日付の文書で明らかになった。
文書によると、前副知事は
「職務柄、知事と同席して会食する多くの機会があった」
とし、公務の場合以外、多くは会費制などで自ら経費負担をしていたと説明。
その上で、
「出席者の状況や知事の意思等により、負担しなかった場合もある」
とした。
費用負担の事実は知事から直接示唆されたといい、
「同会(後援会)が法令などに違反する支出を行っていた恐れがある」
との理由で、多めの金額を後援会長あてに送金したところ、8万円を引いた残額が返金された、としている。
SBC信越放送自民・平野県議に罵声浴びせた男逮捕
(09日18時01分)
上田市選出の県会議員・平野成基さんに対し、自宅の前で大声や罵声を浴びせるなどしたとして、小諸市の男が迷惑防止条例違反の疑いで逮捕されました。
逮捕されたのは、小諸市丙の無職・高橋悦雄容疑者56歳です。
調べによりますと高橋容疑者は、先月中旬と下旬の2回、上田市諏訪形にある平野県議の自宅前に車を停め、大声で平野県議の名前を叫びながら
「バカヤロー」
などと罵声を浴びせた疑いです。
また、持っていた金槌のようなものを振り回したり、金属製の車止めを10数回たたくなどして平野県議らに不安を覚えさせたものです。
高橋容疑者と平野県議は面識はなかったということで、警察で動機などを追及することにしています。
茅野實氏:田中知事に異例の意見広告 本日付地元紙で「退場」求める /長野
◇茅野氏「目覚まし時計を止めましょう」
鳴りやまぬ「目覚まし時計」をもう止めましょう−−。
田中康夫知事の「生みの親」で、元八十二銀行頭取の茅野實氏(73)=県環境保全協会会長=が、信濃毎日新聞に田中知事を批判する意見広告を掲載することが14日、分かった。
県民に田中知事の“退場”を呼びかける内容で、15日朝刊に掲載される。
こうした意見広告が知事選告示を間近に控えたこの時期に掲載されるのは極めて異例だ。
【川崎桂吾】茅野氏は00年知事選で田中知事を擁立した立役者の一人で、知事を「民主主義の目覚まし時計」と評した。
しかし、その後は県政運営などをめぐり知事と対立。05年3月には知事後援会である「しなやか会」を退会している。
意見広告は茅野氏の個人名で掲載される。内容は田中知事が「利権集団との癒着を断ち切ったのは見事」と評価。
一方で02年の出直し選以降、
「何をやっても許されるというような言動が目立ち始めた」
と指摘。
泰阜村への住民票移転問題が、見限るきっかけになったことを明かした。
その上で
「公私の区別なく自分のやりたいことをやり、意に添わない人を切り捨てる行動から、どうして真の県民益が得られましょうか」
と指摘。
「組織を動かして改革を実行するリーダーが必要。鳴りっぱなしの目覚まし時計を県民の力で止めたいのです」
と呼び掛けている。
県政を巡る意見広告では以前、山口村の越県合併問題で文化人らが「合併反対」の立場で掲載。
今年3月には知事選グループ「けやきの会」も広告を出しているが、いずれも団体名での掲載。内容も特定の個人を対象にしたものではなかった。
茅野氏は取材に対して
「田中知事を擁立した経緯があり、私が本気で田中県政に反対しているか、疑問に思う人がいた。意見広告を出すことで、はっきりとさせたかった」
と話した。
毎日新聞2006年6月15日
茅野実氏が知事批判の意見広告
「生みの親」 地元紙に
田中知事の後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」元顧問の茅野実・元八十二銀行頭取(73)は、15日付の信濃毎日新聞に、田中知事の三選を阻止するよう県民に呼びかける意見広告を掲載した。
茅野氏は2000年10月の田中知事誕生の原動力となり、知事の“生みの親”と呼ばれる人物。
知事選告示まで約1か月に迫った時期の知事批判だけに、波紋を広げそうだ。
広告では、「利権集団との長年の癒着を徹底的に断ち切ったのは見事」と知事を評価。
しかし、02年9月の出直し知事選で圧勝して以来、
「何をやっても許されるという言動が目立ち始めた」
と苦言を呈し、
「鳴りやまぬ『目覚まし時計』をもう止めましょう」
と呼びかけている。
意見広告に対して、田中知事は
「県内最大のメディアを活用して、闇討ち的に仕掛けてくるとは」
と感想を語った。
2006年6月16日
読売新聞
新聞掲載のどこが「闇討ち」なのかわかりませんが。
雑誌記事で毎週毎週さんざん中傷文を書き散らしている田中康夫が言える立場でしょうかねぇ。
2006年07月25日
日本のマスコミを見ているとアジアが分からなくなる。
勝谷誠彦さんは、あいかわらず田中知事の絶賛を続けています。
「九州などの被災地を見ていると、まことに従来の発想とは違う防災感覚が必用だと感じられる。
たとえば徹底的な治山などの根本的な防災にシフトを切り換えるには、50年100年の時間が必要だろう」。
50年どころか、あと5〜10年もすれば、地方の集落や商店街は衰退が決定的になるでしょう。
私は、前回、前々回の知事選では田中陣営にいましたが、『噂の真相』の編集長だった岡留さんは事務所に来ても、勝谷さんは来なかった。
田中知事の後援会でも、勝谷さんが話題になるのを聞いたことがない。
しなやか会が主催するパーティでも、勝谷さんは独りポツンと立っているだけで、地域で選挙を支えた勝手連の人たちに話しかけようともしていなかった。
その勝谷さんが「わが信州」と語り、田中支持を強調しているのは、自分が東京のマスコミというドメスティックな業界で商売を続けるためなんでしょうね。
Posted by takahashikamekichiat 18:18
http://blog.livedoor.jp/takahashikamekichi/archives/51042745.html
2006年07月31日
動き始めた田中陣営。
田中演説
ここは、松本パルコ前の通称「花時計公園」です。気だるく暑い空気の中、田中康夫さんの声が淡々と流れています。
集まった人は、200〜300人くらいでしょうか。
社民党の県議・田口哲男さん、しなやか会の吉江けんたろう市議、田中さんのお父さん、しなやか会の元幹事長・茅野俊幸くん、それに共産党の支持者や身障者の方などの姿が目にとまりました。
さすがに前回、前々回の選挙に比べると、現場の雰囲気は弱い。
演説を終えた田中知事は、広場に集った人たちに歩み寄っていましたが、それでも帰る人が多い。
これまでの田中陣営に見られた握手を求める人々の混雑や、大きな集会のたびに感じられた余韻を確かめるかのような雰囲気は残っていません。
スピーチの巧さでは、村井さんより田中さんの方が明らかに上です。
しかし、同じ場所で行われた村井さんの集会では、応援の演説にも、「よーしっ!」「そーだっ!」という声が小雨の中に響きました。
田中さんの言葉には、あいかわらず器用さや心地よさがありますが、聴衆から切実さが伝わってこないんですね。
長閑な午後のひととき、というムード。
私は、社民党や共産党への支持が強い松本の土地柄を考え合わせてみて、村井さんの優位は動いていない、と踏みました。
ただ、中高年の男性の姿が意外に多かったので、やはり選挙は僅差になりそうです。
午後8時をすぎたところで、共同通信の調査結果が流れました。
「田中、村井両氏激しく競る。
3選を目指す無所属現職の田中康夫氏(50)と、無所属新人で元自民党衆院議員の村井仁氏(69)が横一線で激しく競り合う展開となっている」。
もう分からないですね。どっちに転んでも不思議じゃない。そして、どちらが知事になっても、長野県が取れる選択肢の幅は限られている。
県の財政は、全国で最悪。そして、高齢化のスピードは全国平均よりも速い。
かつて私は田中康夫さんに、金融の教育を充実させることが必要であることを訴えました。
最近では村井仁さんに、投資を呼び込み雇用を守り、税収を確保することが重要だと思う、とお伝えしました。
つくづく思うのは、信州という高齢化が進んだ社会が、歴史の曲がり角を進むことの難しさです。
株や商品、それに為替の市場に向き合っている人たちは、速いスピードで世界が変化していることを痛いほど実感しています。
IT産業やソフトウェアの世界に身をおく人たちも、変化が速く、そして強くなっていることを切実に感じていることでしょう。
しかし、長野県では政治の動きが極めて緩慢です。このギャップの大きさには、ほんとうに唖然としてしまいます。
きょうは県会議員の田口さんに「ブログ見たことあるよ」と言われたんですが、私は「ありがとうございます」とは言えませんでした。
代わりに口をついて出た言葉は、「田口さんも、ぜひ書かれては?」。
長野県では、地方議員とて、地域の政策や実情を刻々とネットに記している人は少ない。
地域を代表する銀行でも、営業の担当者にメール・アドレスが割り当てられていません。
この状態で、アジア経済の躍進を迎え、高齢化を迎えているんですね。
もはやアジアの都会は、東京であり、名古屋であり、シンガポールであり、香港であって、多くの国内の地方は片田舎になってゆくでしょう。
地価は下がり、所得は上がらず、社会の負担は大きくなってゆく。
2000年の知事選で私は「iモードを使いましょう」と提案し、ごく簡単なものですが田中康夫さんの応援サイトを作りました。
2002年には、多くの主婦たちが田中さんの姿を写メで撮って送信していました。
2006年の今は、こうしてブログで現場の近くから実情をお伝えしようとしているんですが、直感的にいえば、似たようなことを近い将来、多くの人たちがするような気がします。
ロングテールと呼ばれる世界には、身近な地方自治というコンテンツも詰まっている。でも、この点に触れる人は、ほとんどいません。
Posted by takahashikamekichiat 01:15
http://blog.livedoor.jp/takahashikamekichi/archives/51054982.html
危機感を感じた田中陣営は、共産党の全面的バックアップを要請したようですね。
党員(元?)のお父さんの関係で。
共産党も中立を言明していたのに、おかしなことです。
民主は、何の動きも無し。県政を何と思っているのでしょう。
下条とか篠原は、村井さんを応援している風ですが、北澤、羽田は、馬耳東風のようです。まとまりのない無責任政党です。
身近で現職を見て幻滅している状況が、少し距離が離れると分からないのでしょうかね。哀れな長野県。
Posted by aaaat 2006年08月02日 23:29
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| Domain Information:ドメイン情報 | Domain Name | TRIAL-SHINANO.JP | TRIAL-SHINSHU.JP |
| 登録者名 | 有限会社ハルタ | 有限会社ハルタ | |
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| 登録年月日 | 2004/04/06 | 2007/09/11 | |
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| 状態 | Active | Active | |
| 最終更新 | 2008/05/01 01:05:04 (JST) | 2007/09/11 16:48:10 (JST) | |
| Contact Information:公開連絡窓口 | 名前 | 長野県議会会派トライアルしなの | 長野県議会会派トライアル信州 |
| Name | trial shinano | trial shinshu | |
| watanabe@webharuta.com | watanabe@webharuta.com | ||
| Web Page | |||
| 郵便番号 | 380-8570 | 380-8570 | |
| 住所 | 長野県長野市南長野692−2 | 長野県長野市南長野692−2 | |
| Postal Address | 692-2,minaminagano | 692-2,minaminagano | |
| Nagano,Nagano,Japan | Nagano,Nagano,Japan | ||
| 電話番号 | 026-235-7515 | 026-235-7515 | |
| FAX番号 | 026-235-7515 | 026-235-7515 |
県議会:新会派「トライアル信州」結成 県議員数は4人 /長野
県議会会派「トライアルしなの」(島田基正代表)と、知事選で田中康夫知事を支援し所属会派(県民協働・無所属ネット)から離脱した田口哲男氏(松本市区選出)と永井一雄氏(須坂市区選出)は1日、新会派「トライアル信州」を結成し、県議会に届け出た。
会派代表には旧トライアルしなの代表の島田氏が就任し、新会派の議員数は4人となった。
同日会見した島田代表は
<
「知事選では4人とも田中康夫前知事を支援し、53万人もの人たちが投票した。村井県政になっても田中県政の良いところを継承してもらうために結集することにした」
と、新会派結成の理由を説明した。
【仲村隆】 毎日新聞2006年9月2日
SBC信越放送田中前知事の後援会「しなやか会」が役員会で解散を決定
12日22時57分)
田中康夫前知事の後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」の役員会が今夜松本市で開かれ今月いっぱいで解散することを決めました。
役員会には穂苅甲子男会長と事務長それに会計責任者の3人が出席しました。
役員会は非公開でおよそ40分間行われ穂苅会長があいさつの中で「私利私欲なく県政改革を断行し偉大なる前人未到の業績を積み上げた」と田中前知事の実績を評価し今月31日で「しなやか会」を解散することを正式に決定したということです。
役員会は当初田中前知事も含め8人で開く予定でしたが田中前知事は「急用」ができて出席せず役員も欠席が相次ぎました。
しなやか会は田中前知事が初当選した2000年の知事選挙の際に設立されおよそ3000人の会員がいますが今年8月の知事選の敗北をうけ穂苅会長が解散する意向を示していました。
前知事後援会、年末に解散へ
田中康夫前知事の後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」(穂苅甲子男会長)の役員会が12日、松本市内で開かれ、後援会を年末で解散することを正式に決めた。
年明けに県選管に届け出る。
役員会に出席予定だった田中前知事は
<
「急用ができた」
として欠席した。
2006年12月13日
読売新聞
「しなやか会」解散 田中県政終了で役割終え
田中康夫前知事の後援会「しなやかな信州をはぐくむ会(しなやか会)」(穂苅甲子男会長)は12日、松本市内で役員会を開き、会の解散を正式に決めた。
解散理由について穂苅会長は報道陣に、
<
「田中県政の終了とともに後援会の役割も終わったから」
と話した。
役員会に出席予定だった田中氏は、
<
「ほかに用事ができた」
として欠席した。
しなやか会は、田中氏が知事に初当選した平成12年に設立された「しなやかな長野県をはぐくむ会」が前身。
4年後の16年に名称を変更した。
しかし、今年8月の知事選で田中氏が村井仁知事に敗れたため、穂苅会長が後援会の解散を表明した。
田中氏はその後、自身が代表を務める政治団体「信州を思う53万人の会」を新たに設立し、活動している。
(2006年12月13日 03:36)
産経新聞
「急用ができた」
「ほかに用事ができた」
12月11日(月)
平河町の新党日本ヘッドオフィスで打ち合わせ各種。軽井沢の自宅で両親と食事。
12月12日(火)
特任教授を務める松本歯科大学で、「総合愛情産業としての歯科医療」の講義。
12月13日(水)
税理士の鈴木実氏と共に、赤坂の楽亭で天麩羅。
(中略)
「脱『脱ダム』宣言」の道へと逆戻りする何処ぞの山国に巣くう既得権益者は、洞察力・想像力・直感力が欠落したるが故に、彼の爪の垢を煎じて飲んでみても、下痢すら起こさぬ鈍感さであろうが(苦笑)。
西麻布のすし匠まさ。麻布十番の命之水。
東京ペログリ日記 週刊SPA!連載:[131]2007年1月2・9日合併号
しなやか会:今月解散を決定 /長野
田中康夫前知事の後援会「しなやかな信州をはぐくむ会」は12日、松本市内で役員会を開き、同会を今月末で解散することを決めた。
同会には穂苅甲子男会長らが出席。
穂苅会長は
<
「しなやか会は田中県政を支援するためのもの。田中知事の任期が終了したことで、会の役割も終わった」
と話している。
しなやか会は、田中氏が初当選した00年の知事選時に設立された「しなやかな長野県をはぐくむ会」が前身で、04年に名称を変更した。
今年1月には約3400人の会員がいたという。
田中氏は知事選後、自身が代表を務める政治団体「信州を思う53万人の会」を新たに設立している。
【藤原章博】 毎日新聞2006年12月13日
2007年03月31日
波田町の小林巧・町議が亡くなったそうです。
小林巧波田町で町議をやっている小林巧さんが銃で自殺したとの知らせが、さきほど地元の方からありました。
小林さんは2000年から田中康夫さんの支持を広げる活動をしていて、知事選に関わったことをキッカケに町議になった人です。
波田町の自立を訴え続け、松本市との合併については反対運動の先頭に立っていました。
私が最後にお会いしたのは、昨年の知事選の直後。
田中支持から反田中に転じた弁護士の永田恒治さんや私が村井当選のお祝いをしている席に田中陣営から独りでやってきて、苦しい闘いだった様子を述べていたことが強く印象に残っています。
いま日本では地方選が始まっていますが、実際に選挙に関わる支持者の立場と、遠くから選挙を眺めるだけの視聴者の立場とでは、かなりの違いがあります。
これは、どちらが上だとか偉いという話ではなく、現実に存在する巨大で厚い壁のようなものです。
地図の上では小さな地域に見えても、実際にポスターを貼って歩いてみれば、とてつもなく広く感じるもの。
「市民派」や「無党派」を名乗って理想を掲げる候補や支持者たちも、いざ選挙となれば、お金の処理、事務所の運営、人集め、電話の対応と、具体的で現実的な問題に次々と直面します。
こうした体験を共にしてきた小林さんの訃報に、私は思わず絶句してしまいました。
いま県知事をやっている村井仁さんは、元々は代議士だった塩島大さんが急死したことから擁立された人です。
80年代の初めごろ、建設省の公園緑地課長だった塩島大さんを総選挙で擁立するために金丸信を訪問した松本の自営業者は、そのときの体験を次のように語っています。
「あの時代は、自民党にお願いに行くといえば、砂防会館だわ。そこで、まず金丸信が言ったのは、『選挙では人が死ぬぞ』という言葉だった。
『自分の選挙でも、死人が何人も出ている。お前たちは、その覚悟があるのか?』。そういわれたよ。
同じ席で竹下登は、『これから日本がかかえる最大の問題は、少子高齢化になる』と言っていたが、さすがに先見の明があったと思うな」。
4年前の県議選では、支援していた候補の落選が決まった瞬間に、心臓発作で亡くなった自営業者が松本にいたそうです。
田中知事が誕生した2000年の知事選では、毎週のように地域の動員をやらされて、選挙後に心労がたたって亡くなった方がいたとも聞かされました。
そのせいでしょうか。私は、ネットで交わされている政治論議の多くが、とてつもなく現実から隔たっているように思えてしまうのです。
でも選挙になれば、そんなことは言えない。有権者は、消費者や視聴者のような存在だからです。
とにかく有権者には、頭を下げる。そして、お礼を言う。大事に大事にしなくちゃいけない。
でも、田中康夫さんの後援会を離れた私が最近になって感じるのは、「それで、本当に良かったんだろうか?」という疑問です。
日本の政治をめぐる最大の課題は、もはや制度の改革ではないと思います。
「有権者=視聴者=消費者」という状態になってしまっていることではないのか?情報や商品は、誰かが出してくれるもの。
不愉快だったら批判をしておけばよい。
そういう感覚が当たり前になったように、政策や候補者も、どこかで誰かがお膳立てをしてくれて、それに文句を言いさえすればよい…みたいな状態になっていると思わざるを得ません。
最近は、公務員に対する批判が強くなってますが、私は言うようになっちゃいました。
「公務員の待遇を決めるのは政治家なんだから、選挙にも行かないで文句だけ言うのは筋が違う」。
でも、楽なんですね。とりあえず、「公務員が悪い」「不二家が悪い」「ファンドが悪い」「中国が悪い」と言っておいた方が。
お金もかからず、苦労もいらず、リスクを取ることもないのですから。
だから私には、外山恒一という人の言っていることが、過激ではあってもデタラメには思えないのです。「諸君!私は諸君を軽蔑している!」。
彼が軽蔑しているのは、選挙においても消費者や視聴者の気分のままで社会を眺めている多数派ではないのか。
彼が発しているのは、「もう、多数派の中に安住している場合じゃないだろ」というメッセージのように思えるのです。
いま日本のマス・コミュニケーション(マスコミ)では、「悪いのは誰だ?」という風潮が強くなっていますが、気づき始めている人も増えているはずです。
もう、そんなコミュニケーションの中に留まっている場合ではない、という時代の流れに。
波田町の小林町議が、どうして死を選んだのか?私には分かりません。
残された家族にも言えないような孤独の闇が私に分かるわけはないし、また知りたいとも思わない。
ただ、田中康夫さんの後援会の立ち上げからご一緒した同じ信州人のひとりとして、いろんな政治の現場を振り返り、心をよぎる正直な気持ちを記することが、せめてもの弔いになることを祈るばかりです。
Posted by takahashikamekichiat 01:10
http://blog.livedoor.jp/takahashikamekichi/archives/51498748.html
3月30日(金)
「失敗しない料理店選び」でないとお出掛けする気分になれないわ、とW嬢に言われて、銀座の寿司幸本店。なかむらなる屋号で長野県出身の若者が六本木で営む鮨を崇め奉る自称フード・ジャーナリストの面々は、お前こそ味覚音痴と嘲弄するかもね。僕としては、友里征耶氏の論評が、若き時代の田中康夫的心智で、評価してるんですけど、それも料理店との緊張感無き野合の面々からすれば、怒髪天を抜くんでしょうね。
徳島に続いて、松山地裁でも国家賠償を命ずる判決。
3月31日(土)
小山市に在住の妹の自宅に両親が滞在中。妹の子供達と食事。
4月1日(日)
統一地方選が行われていない茨城県の土浦、つくば、牛久、龍ヶ崎、取手、守谷の各市を早朝から街宣。つくば、龍ヶ崎の住宅地では、東京と変わらぬ反応。
墨田区菊川の味三でスタッフとお好み焼き。
4月2日(月)
ヘッドオフィスで打ち合わせ各種。出版関係者と、初めて訪れる銀座のはら田で鮨。
東京ペログリ日記【田中康夫】週刊SPA!連載:[145]2007年4月17日号
北野建設が1カ月でトップ交代 異例の人事
7月28日(土)
北野建設(長野市)は27日、山口竹彦会長兼社長(CEO)(59)が退任し、会長兼社長に北野貴裕副社長(43)が昇格したと発表した。
名誉会長の北野次登氏(83)は代表取締役に復帰した。同社は6月28日の定時株主総会後の人事で、会長兼社長(CEO)の次登氏が
名誉会長に退き、山口氏が昇格したばかり。1カ月でトップが交代する異例の人事となった。
http://www.shinmai.co.jp/news/20070728/KT070727ATI090016000022.htm
2007年07月27日
日刊スポーツ上村愛子所属の北野建設1カ月で社長交代
北野建設(長野市)は27日、同日付で山口竹彦社長が辞任し、後任に北野貴裕副社長が就任したと発表した。
山口氏は6月28日に社長に就任したばかりで、わずか1カ月での交代となった。
北野建設によると、山口氏は北野次登元社長の長女の夫で、貴裕氏は次登氏の長男。
6月28日の定時株主総会後の取締役会で社長交代の緊急動議が出され、次登氏に代わり、当時副会長だった山口氏が社長に就任した。
しかし、株主総会で説明のないままのトップ交代に株主や取引先から批判が強まり、山口氏や社長交代に賛成した取締役が辞任、残った取締役で貴裕氏の社長昇格を決めた。
- 【プロフィル】
北野貴裕 - 米キーストン大卒。平成3年北野建設。社長室長などを経て、平成15年から副社長。43歳。東京都出身。
北野建設の名誉会長が代表権解かれる
2008年02月22日
県内の建設大手、北野建設(長野市)は22日、長年にわたって同社トップを務めた北野次登・名誉会長(84)の代表権を解き、取締役(非常勤)とすることを決めたと発表した。
次登氏の健康上の理由としている。
ただ、同社グループ内では次登氏と長男の北野貴裕会長兼社長(44)との意見対立が表面化しており、次登氏は
「意思に反して解職された」
と反発している。
(西村宏治)次登氏は1963年に同社社長に就任。同社を現在の規模に育てた「事実上の創業者」と言える存在で、40年以上にわたってトップを務めた。
今回の解職について同社は「高齢のため足や耳などが不自由になり、会社の業務執行を続けるのは難しいと判断した」と説明。
事前に本人に辞任を求めたが、対応がなかったため解職したという。
これに対し、次登氏は
「高齢でもあり、いつまでもとどまるつもりはないが、現経営陣の手腕には疑問がある。外部の有能な人材をトップに招くことを考えるべきだ」
などと話している。
同社では昨年6月、会長だった次登氏を代表権のない名誉会長とする動議を取締役会が可決。次登氏の娘婿の山口竹彦氏が後任に就いた。
しかし、これに反発した貴裕氏が同社株を買い進めて対抗し、山口氏を含む多くの役員が約1カ月後に退任。
貴裕氏が会長兼社長につき、次登氏も代表取締役に復帰した。
だが、その後は貴裕氏と次登氏との経営方針が対立。次登氏は、同社株を買い進めるために貴裕氏に提供した資金12億円の返還も求めている。
北野建設の07年3月期の連結売上高は687億円。グループに北野美術館などを抱えているほか、上村愛子選手らが所属するスキー部も知られている。
朝日新聞
SBCニュース北野建設株主総会、前名誉会長・次登氏の取締役選任案否決
(27日18時54分)
北野建設はきょう株主総会を開きましたが、実質的な創業者に当たる前名誉会長の北野次登さんが、自らを取締役に選ぶ議案を提出する異例の事態になり、投票の結果、否決されました。
北野建設は現在、次登さんの長男の北野貴裕さん44歳が会長兼社長を務めていますが、次登さんが84歳と高齢なことなどを理由に次登さんを含まない今期の取締役選任案を今日の株主総会に提出しました。
一方、実質的な創業者で長くトップの座に就いていた前名誉会長の北野次登さんは、これを不服として自らを取締役に選任するよう求める株主提案を行いました。
いわば身内の争いに、総会では批判的な声が多かったということで投票の結果北野次登さんの再任案は反対多数で否決されました。
北野建設では、
「今後は原点に返って信頼される企業を目指していく」
としています。
北野建設株主総会、社側の取締役選任案を可決
2008/6月28日(土)
北野建設(長野市)は27日、長野市内で株主総会を開いた。社側が提出した取締役7人の再任、新任案をいずれも賛成多数で可決した。
取締役会が5月に退任を決めていた実質的な創業者で元会長兼社長の北野次登氏(84)を取締役に選任する株主提案は、賛成少数で否決された。
社側が提出した7人の選任案のうち、次登氏の長男の北野貴裕会長兼社長(44)ら2人については、株主がカードを差し込むことで賛否の総数を即座に集計できる電子投票で可決。
貴裕氏と対立している次登氏側が株主提案した次登氏の選任案は、電子投票による採決で否決した。
異例の電子投票を導入したのは、総会の意志を明確にするためという。
次登氏は総会を欠席したが、同氏の代理人が出席。
5月に民事再生法適用を申請した子会社の木曽高原開発(同)から、北野建設が昨年春に債権を引き上げたことなどに対し、次登氏側代理人らから質問が相次ぎ、総会は約3時間かかった。
同社は総会後の取締役会で、取締役専務執行役員の塩沢公朗氏(58)を代表取締役副社長に新任した。
| H18.11 | H19.6.28 | H19.7.27 | H20.2.22 | H20.6.27 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 代表取締役会長兼社長・CEO | 北野次登 | 山口竹彦 | 北野貴裕 | 北野貴裕 | 北野貴裕 |
| 代表取締役名誉会長 | 北野次登 | ||||
| 代表取締役副会長 | 山口竹彦 | ||||
| 代表取締役副社長 | 北野貴裕 | 北野貴裕 | 塩澤公朗 | ||
| 取締役名誉会長 | 北野次登 | ||||
| 取締役副社長 | 宮下忠雄 | ||||
| 専務取締役 | 塩澤公朗 | 塩澤公朗 | 塩澤公朗 | 塩澤公朗 | |
| 取締役相談役 | 宮下忠雄 | 宮下忠雄 | |||
| 取締役 | |||||
| 取締役(非常勤) | 北野次登 |
辞任要求拒み「解任」/任期途中の塚田専務理事
(08年6月15日)
長野商工会議所(加藤久雄会頭)は9日、ホテル国際21で通常議員総会を開き、4期目途中の塚田国之専務理事(63)を全会一致で解任した。
後任について加藤会頭は
「しかるべき時にしかるべき人を選任する」
とした。
なお、10日付けで今井克明常務理事を松代担当から総括に異動した。
塚田氏は、八十二銀行、長野経済研究所、マルイチ産商取締役を経て、1998年にマルイチ産商社長だった仁科恵敏氏の会頭就任と同時に専務理事に選任。
以来、「もんぜんぷら座」や「ぱてぃお大門」などの中心市街地活性化、中小企業の事業支援、会員増強で手腕を振るってきた。
しかし、加藤会頭が同商議所中小企業委員長時代の2002年の知事選で、当時の田中知事に対する商議所の関わり方で塚田氏と意見が激しく対立したことや、篠ノ井商議所や松代商議所との合併(2006年)の過程でも、塚田氏の強引な手法に対する不満も会員の中にあった。
昨年10月の仁科会頭退任後も専務理事を務めていたが、解任のきっかけは、正副会頭に無断で商議所の人事を行ったと言われ、塚田氏は加藤会頭の辞任要求を
「辞任する落ち度はない」
として拒み、今回の任免決議となった。
加藤会頭は
「昨年11月の会頭就任から7カ月が過ぎ、新しい態勢で商議所の存在感をさらに高めたい」
と解任の理由を説明した。
任免決議を受けた塚田氏は
「自分なりに努力し、一定の成果を挙げたと自負している、粛々と去らせていただく」
とあいさつした=写真。
仁科前会頭(現名誉会頭)は
「商議所の合併時には、会頭に代わって厳しい、つらいことを言ってくれ、強い批判を浴びたことがあった」
とねぎらった。
総会では、このほか、19年度事業報告と収支決算が原案通り承認された。
会員数は157の入会に対し、369の会員が退会し、6602会員、組織率40・5%で、前年度末比212の減となった。
総会後にはながのコンベンションビューローの市川衛理事長が「長野市の今後の観光振興」について講演した。
写真:ホテル国際21で開かれた通常議員総会
長野経済新聞社
塚田専務理事解任事件
2008/6/12(木) 午後 0:40
信濃毎日新聞2008/06/10記事ジャズタクシー from 長野
県内雑誌「たぁくらたぁ」新装
2008年07月26日
新装された「たぁくらたぁ」(手前)とバックナンバー
04年4月創刊で、県内全域を対象とする地域雑誌「たぁくらたぁ」が、現在発売中の14号から新装された。
版画家森貘郎さんの作品を使っていた表紙を写真に代え、中も写真を増やして読みやすいレイアウトにした。
環境や食、平和、住民自治をテーマにする路線は変わらないが、
「地方から全国に発信する雑誌としてもう一皮むける」
ことを目指す。
新装後、最初の巻頭特集は「チベット、自由への祈り 長野・聖火リレーが問いかけたもの」。
発行人の野池元基さん(50)は長野市で4月にあった北京五輪聖火リレーの際、「チベット問題を考える長野の会」代表として、善光寺での法要や集会を企画した。
リレーの1カ月半前に突然、チベット問題にかかわるようになったいきさつ、マスコミに報道された「騒動」や「混乱」とは別に、淡々とデモをした在日チベット人の様子などをリポートする。
ほかに、「
叶 うことならお百度参り――チベット聖山巡礼行」の著者で、当時の集会にも駆けつけた作家渡辺一枝さんのインタビューやチベット問題を理解するための本の紹介などを載せた。「あの騒ぎを通して県民は現代史の一断面を見ることができた。
騒ぎが過ぎ去った今こそ、チベットで起きていることの背景を学んでほしい」。
野池さんは特集の狙いを、こう話した。
もう一つの特集「田中康夫の落とし物 あれから何が変わったのか?」は誕生から間もなく2年になる現県政の検証だ。
前県政とはがらりと内容の変わった「廃棄物条例」と「地球温暖化防止県民計画」を取り上げ、「村井県政の実像」を考察。
前県政で副知事を務めた阿部守一・横浜市副市長のインタビューもある。
秋に発売の次号では、住民投票の結果、自立の道を選んだ小川村を特集し、自治の問題を掘り下げる予定だ。
「たぁくらたぁ」とは「馬鹿者」「おっちょこちょい」を意味する信州の方言。
同誌編集部には、陶芸家や障害者施設職員、大手出版社の元編集者らがボランティアで参加する。
新装後も、季刊とA5判の大きさ、価格400円は同じ。13号までは毎号1000〜1300部が売れた。
「地域の話題だが、全国に共通するテーマを拾っていく。新しい筆者も開拓したい」
と野池さん。
発行元はオフィスエム(026・237・8100)。
朝日新聞

