任期付き職員

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2006年1月7日付「民が立つ・参加」序章「六つの物語」 2006年6月17日付「民が立つ・参加」第4部「まちをつくる―善光寺門前で」 2006年末 第2章 試練 第2部 組織と個

2006年1月23日

批判の多い任期付き職員をまたまた募集

23日から県が任期付き職員をまた募集する。

諏訪市にある県の老朽化した諏訪湖健康学園の建て替えに伴い、この施設の建て替えから管理までを任せられる館長を募集する。

別に少子化対策要員も若干名募集する。食育の観点から歯科医師、歯科衛生士などを念頭に置いたものになる。

批判の多い任期付き職員だが、人材活用チームに

奥秋

何で今頃募集するのか?

と聞くと

康夫派

「去年もこの時期に募集した」

などという言葉がポロッと出てくる。これはおかしなことだ。

そもそも任期付き職員は定期的に採用されるものでなく特別なもの。

それなのに人材活用チーム内部では定期採用のような感覚でいる。

任期付き職員の任期は二年だが、田中知事の任期は8月まで。

この時期新たに、任期付き職員を採用して田中知事がいなくなった後どうするのか?

採用された本人だって居づらいはず。

人事課長に良心があるなら

「知事殿、採用は8月の再選後にしたらどうですか」

と言うべきだが、そんなことは言えるわけもなく、矮小なるイエスマンばかりが跋扈する長野県庁だ。

「信州ルネッサンス革命」の同志たらんとする人物を求む

田中康夫

http://www.pref.nagano.jp/soumu/jinji/ninkituki/bosyuu.htm

この件について県のホームページでは次のように書かれているが、任期付き職員の募集にこのようなことを書くのは場違い。

その上、内容も詐術的で問題がある。

過大広告ないし粉飾広告の臭いすらする。

知事の任期が8月までであることも書いておくべきだろうが、それはない。

知事の任期を知らないで応募してくるのは鈍感な人間だろうし、知っていて応募するのはタチが悪いことになる。

どっちにしろ過去の例から見てもロクなものは応募してこないだろう。

私は県知事に就任以来全国47都道府県で唯一、累積債務(借金)を4年連続で減少させました。その額は547億円に上ります。

また、5年連続でプライマリーバランス(基礎的財政収支)を借金超過から返済超過へと転換し、財政健全化を図っています。

http://www.pref.nagano.jp/soumu/jinji/ninkituki/youkou.htm

2 任  期

平成18年4月1日から平成20年3月31日まで(2年間)

ただし、2年経過後の再任用も有り得ます。

ここではこのように書かれているが、現実的には過去の例を見ても再任用される可能性はほとんどない。

それどころか、知事選後の8月以降は配置転換などされる可能性が高い。

身分、雇用条件は極めて不安定なのに、それに触れずにいいことばかり強調して書くのは不見識といわざるを得ない。

まるで役所や役人が詐欺師の手先になっているようだ。

Posted by tuigeki

at 22:31

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/50524376.html


任期付き職員 県が3度目の公募

1月24日(火)

県は23日、4月1日から2年間の任期付きで、部課長級職員若干名と、県の情緒障害児短期治療施設「諏訪湖健康学園」の施設長(課長級)1人を公募すると発表した。

任期付き職員の公募は2004年度、05年度採用に続き3回目。

部課長級若干名の応募資格は、「高度の専門的な知識・経験または優れた識見を有する」に加え「少子化対策に造詣の深い人物」「特に子どもの健全な発達と健康長寿を支える食育を進めるため歯科医師・歯科衛生士の免許保有者」とした。

04年度採用で県は、特定の業務を示さずに公募、採用し、県会で

任期付き職員採用の趣旨に反する

と指摘されていた。

今回、応募を呼び掛ける文書で田中知事は

田中康夫

「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロたる『ばか者・よそ者・わか者』の御応募を心からお待ちしております」

としている。

希望者は、2月3日までに県人財活用チーム人事ユニットに応募書類を提出する。

同チームによると、これまで県が採用した任期付き職員は25人でこのうち公募は18人。

任期途中の退職もあり、現在の任期付き職員は16人でうち公募は13人。


王滝村派遣の県参事 知事「退職の意向」 本人は否定

3月10日(金)

田中知事は9日の記者会見で、県の任期付き部長級職員で、昨年4月に木曽郡王滝村に研修派遣した今橋里枝参事について、

田中康夫

「新境地を開拓したいという思いだと聞いている」

と述べ、同参事が県を退職する意向との認識を示した。

知事は

田中康夫

「人事担当は、(王滝村への)後任の派遣は当然考えている」

とも述べた。

しかし、今橋参事はこの日、取材に対し

県民

「私からそうしたことを申し入れた事実はない」

と述べ、退職の意思は伝えていないとしている。

知事は会見で、同村の主婦らが6日、今橋参事の派遣を継続するよう県に要請したことについて考えを聞かれ、答えた。

チョコレートメーカー日本法人「ゴディバジャパン」のシニアマーケティングマネジャーだった今橋参事は04年1月、県が行った初の任期付き部課長級職員の公募に応じ、同年4月に任期4年で採用された。

05年1月、知事が任期付き職員に対し、いったん退職した上で、任期を2年に短縮した募集に再応募するよう求めた際には、退職に応じなかった。


2006年3月12日

田中知事、幹部職員を辞めさせたくて捏造発言

憎さ余って<新境地を開拓したい>と辞職誘導のため

これを澤田副知事が議会で嘘フォロー答弁

村上議員 県当局から圧力があったと爆弾発言!

田中知事が会見で、言ってもいない幹部職員の発言を捏造し、さらに澤田祐介副知事がこの捏造発言をフォローするため、本会議場で追求した議員に事実と違う答弁までしている。

また、これを質問ではなく<言いっ放しにして欲しい>と県側から圧力をかけられたと議員が暴露している。

田中県政の末期症状なのか、訳の分からないスゴイことが起きている。

田中知事が捏造発言をしたのは3月9日(木)の知事会見。最初の部分で。

知事会見 3月9日(木)

http://www.pref.nagano.jp/hisyo/press/20060309.htm

信濃毎日新聞 宮坂重幸記者が、

王滝村に県商工部から派遣されている任期付き職員の今橋里枝惨事の異動について質問した際、田中知事は次のように答えたが、

田中康夫
信州・長野県知事 田中康夫
(知事会見から抜粋)

えっとまあ、今橋里枝さんは、王滝村で現在働いている訳ですけども、人事担当者の方から、今橋さん自身は、さらにご自分の<新境地を開拓したい>という思いでいらっしゃるというふうには、聞いておりますが。

<新境地を開拓したい>この部分を捏造して、今橋さんが言ったかのように発言した。

私は二度にわたって今橋さんに確認したが、今橋さんは

県民

このようなことは言っていない

と明言している。

他にマスコミ関係者、議員、など多くの人が今橋さんに確認して同様の返答を得ている。

どっちを信ずるかーということになるが、今橋さんには嘘をつく理由はなく、知事サイドにはあるという簡単な理屈から真実は明らかだろう。

日ごろの行状やこれに関しての知事の発言や態度も疑いを濃くするものでしかない。

メルマガなので歯切れよくいきますが、田中知事は言ってもいない職員の発言を勝手に捏造し、澤田副知事はそれを議場で嘘をついてフォローしたということです。

こんなことをやっている県議会がどこかにあるでしょうか。

今橋さんは04年4月に任期付き職員として部長待遇で採用された。ざっくばらんな人柄で、どこに行っても評判がいい。

思ったことは曲げずに言う性格で、そのため田中知事に快く思われず、去年4月に王滝村に飛ばされた。

その際も恨み言をいうでもなく、

県民

「どうなるか分からないけど、やれるだけやってみるわ」

と言っていた。

さばさばした口調だったが、

県民

「数カ月いてみてダメだったら、ゴメン<m(__)m>と言って帰るしかないわ」

といった言葉の奥にしんみりしたものを感じないわけにはいかなかった。

田中知事は嫌がらせのために今橋さんを王滝村に飛ばしたものの、そこでも信頼を得ているため、嫉妬してさらに嫌がらせをエスカレートさせるーという少女漫画にあるようないじめストーリーを実践しているようだ。

信じられますか皆さん。

田中知事は、今橋さんを辞めさせたくてしょうがない。

一旦採用したものを県の方から解雇することは出来ないので、本人から<新境地を開拓したい>とでも言ってくれないかなーという思いが田中知事の口から、つい出てしまったのだろう。

いけないのは澤田副知事だ。田中知事がついた嘘のフォローを本会議場でしている。

3月10日の村上淳議員(県民クラブ・木曽郡選出)本会議一般質問に答えて

康夫派

「12月10日、王滝村に行った際、今橋さんと一杯飲んだとき<新しい境地を開拓したい>と言った」

としている。

澤田副知事は02年から東部町立ひまわり病院(現 東御市民病院)院長だったが、

康夫派

「病院が赤字なのは議会のせい」

などと言って物議をかもし、辞めている。ベンチがアホだから辞めてやるーと言った野球選手がいたが、野球ならともかく、それを医療の場でやってしまった異色の医師でもあるのだ。

ところで、この澤田氏を東海大学医学部から東部町に引っ張ってきたのが当時の東部町町長で、いま県議会会派志昂会会長の保科俶教(ほしなよしのり)県議。

澤田氏の話になると会派控え室でも身を縮めている。

とんだ見込み違いだったわけだが、田中知事にはそこが魅力に映るらしく、05年4月県衛生部長に採用され、同年10月に副知事になっている。

近頃では松林経営戦略局長より田中知事に重用されているのでは?といった見方もある。

村上議員が追求する場面

長野県議会本会議 録画中継

http://www.pref.nagano.jp/gikai/tyousa/movie/library.htm

3月10日(金) 村上淳議員(県・公)の右にあるテレビの絵をクリック

18:50ごろから今橋さんの問題に。

24:25ごろ澤田副知事がフォローの答弁。

今橋さんは新境地発言について、

県民

その時そのようなことは言っていない

と明言している。

県民

「県から異動の命令があれば異動せざるを得ないが、自分から異動したいといったことはない」

と言っている。

3月6日には村の観光業者や住民代表のおばちゃんたちが県庁まで行って

女性

「今橋さんは村にとってなくてはならない存在、心の拠り所」

とまで言って異動人事をやめるよう要請している。

さらに村上議員は、

議員

自分の発言に対して県当局から圧力があった

と爆弾発言。

議員

「経営戦略局職員から再三にわたり

松林憲治

質問ではなく<言いっ放しにして欲しい>

と、いわゆる圧力がありました。

ただならぬことと感じた。」

26:30あたりから。

えぇーっ、と驚くようなことがダブルで行なわれているのだ。

この議会の後、行なわれた知事会見で二人の記者がこれについて長時間突っ込んでいる。

この模様を見れば真実がどこにあるかということと、田中知事の嘘つきぶりが、否が応でも浮き彫りになる。

知事会見 3月10日(金) 文書

http://www.pref.nagano.jp/hisyo/press/20060310.htm


映像

http://www.pref.nagano.jp/hisyo/movie/library.htm

田中知事が今橋さんを異動させたがっているのは確かで、これまでにも澤田副知事が

康夫派

「もうそろそろいいでしょう」

などと王滝村関係者に話しているのだが、問題なのは今橋さんの異動先。

元々県庁にいると目障りだから遠くに飛ばしたのにどこへ持っていくのかナゾ。

今橋さん本人に聞いてもみたが、

県民

「さぁー??」

という返事しか返ってこない。

県の一般職の異動は二週間前、今橋さんのような部長級は一週間前に内示があることになっている。

4月3日が月曜日で実質的新年度稼働日なので、3月27日か24日に異動があるとすれば知らせがあるはずだ。

気まぐれな田中知事に運命をもてあそばれる健気な女性ーではあるが、年収一千万円超ということと、田中知事の正体を知らずに長野県に来た、己のリサーチ不足から招いた身から出たサビーが原因でもあるだけにそう単純に同情も出来ないのは私だけだろうか。

折りしも

3月9日(木)にはこんなニュースが流れている。

「王滝村 職員賃金25%減額へ 職員側と合意」

http://www.shinmai.co.jp/news/20060309/KT060308ATI090014000022.htm

平均年齢41歳の職員の場合、年間総支給額は約570万円から約430万円になる。

王滝村ホームページ

http://www.vill.otaki.nagano.jp/toppage.asp

複雑すぎる長野県政だ。

Posted by tuigeki

at 19:43


王滝村が職員・特別職・議員給与大幅カット

3月15日(水)

ABN長野朝日放送

財政難に直面している木曽郡王滝村は村の職員給与に続き、議員と村長など特別職の給与も大幅にカットして財政再建を進めることを決めました。

王滝村議会では一般職員と特別職、そして、議員の給与を削減するための条例改正案について審議しました。

削減の対象は給与と期末手当で一般職員は25%カット、村長ら特別職については30%カットする議案が可決されました。

一方の議会側は、議員報酬と期末手当を40%カットします。

削減の割合は特別職を10%上回っています。

この議決により職員と議員をあわせると、人件費など年間9678万円の経費が削減されることになります。

しかし、村では給与カットを実施しても財政再建団体に陥る道は回避できないとみています。


赤カブ酢を王滝村の特産品に

2006年3月15日

「赤カブ酢」で村を元気にしよう――。

村営スキー場の巨額債務を抱える木曽郡王滝村で、県から村に派遣されている今橋里枝・商工参事らが中心となり、村特産の赤カブを利用した新商品の開発が進められている。

(鈴木逸弘)

12日昼、王滝村の公民館で試食会が開かれ、赤カブを栽培する農家の女性有志らが、桜の花のようにピンク色に染まった酢飯で手巻きすしを楽しんだ。

佐口幸子さん(71)は

女性

「赤カブがこんな風に利用できるなんて思わなかった」

と話す。

赤カブは王滝村で300年ほど前から育てられている特産品。

赤紫色で小ぶりのカブは、冬場に主に漬け物として親しまれている。

山あいのやせた土地でも育つため、秋には大半の農家が栽培。多くはJAに出荷され、「甘酢漬け」として商品化される。

ただ、商品化の際、カブのサイズに厳しい規定がある。規格外はそのまま農家に返品され、食べきれない分は捨てられていた。

県民

「こんなにきれいな色が出るなら、何か別の利用法がないだろうか」。

今橋参事が食用酢の色づけに利用することを思いついた。

農家から使わない赤カブを集め、自宅の台所でカブの皮を一つひとつむいて酢に漬け込んだ。一週間ほどでピンク色に染まった。

インターネット通販で購入した小瓶に、パソコンで作った商品ラベルを張った。今夏にも赤カブ酢の商品化を目指すつもりだ。

県民

「スキー場問題など暗い話題で知られる王滝村ですが、新たな取り組みで村の人たちが少しでも活気づいてくれれば」

と今橋参事は話している。


3月16日(木)

百条委対応の県の弁護士費用 監査請求を提案

議員

県が県会調査特別委員会(百条委員会)に対応するためとして、弁護士2人と委託契約を結び、着手金などの名目で県費を支出したのは違法

―とし、竹内久幸氏(県民協働・無所属ネット)が15日の県会総務委員会で、地方自治法に基づく特別監査を県監査委員に求めることを提案した。

大半の総務委員が賛成している。

木下茂人委員長は総務委として、監査を求める決議案を本会議に提出するかどうか「検討する」としている。

弁護士2人へのこれまでの支出総額は、約182万8000円。

竹内氏は

議員

「百条委において行政庁である県は当事者ではなく、『百条委への対応』は県の事務ではない」

とした上で、

議員

弁護士費用の支出には「正当性がない」

と主張。

石坂千穂委員(共産党)も

石坂千穂

「複数いる県の契約弁護士で十分対応できたのではないか。日当4万円というのも、県民感覚からは到底理解されない」

と指摘した。

また、県側は、まだ支払っていない弁護士に対する報償金について

成沢弘治

「相談に応じていただいた時間、内容を吟味して弁護士と相談してどうするか決める」

(成沢弘治秘書広報チームリーダー)

と説明。

これに対し、清水保幸委員(志昂会)は

議員

「県の姿勢は理解できない」

と批判した。

県経営戦略局によると、弁護士2人にはそれぞれ着手金52万5000円を既に支払い、うち前県副出納長兼会計局長の松葉謙三弁護士には、百条委を傍聴した計17日分の日当計68万円(1日当たり4万円)と旅費計9万8240円を支払った。

もう1人の嘉村孝弁護士(東京)には「電話で助言を受けていた」といい、日当、交通費とも支払っていない。

信濃毎日新聞

県人事に議会が難色

2006年3月25日

県は24日、部長級26人、課長級300人を含む計2901人の人事異動を内示した。

農政部長には柳沢直樹・下伊那地方事務所長、林務部長に加藤英郎・松本地方事務所林務課長、住宅部長には井沢一夫・住宅課長を起用した。

今月末に院長が退職する「こども病院」では、沢田祐介副知事が院長を兼務する。

発令は4月1日付。

議会事務局長に40代の野池明登・教育委員会事務局義務教育課長を起用したが、議会側が難色を示す異例の事態になり、県との協議が続けられる。

県教委の高校再編を担当した吉江速人・高校教育課長を教育次長に抜擢(ばっ・てき)した。

商工部信州ブランド・観光戦略局が経営戦略局信州広報・ブランド室に統合され、室長には武田雅宏局長が就任する。

少子化対策などの特命を担当する企画局「チームER」のリーダーには、清水深・ユマニテ・人間尊重課長を充てる。

木曽郡王滝村に派遣した任期付き職員の今橋里枝・商工参事は、県東京事務所で企業誘致などを担当する。

後任には増田隆志・信州コールセンターチームリーダーを派遣する。

食育を担当する衛生部健康づくりチーム技術幹に、歯科医師の間瀬純治氏を採用する。


2006年3.25

産経新聞

ポストチャレンジ 庁内公募制を拡大

県は二十四日、四月一日付で発令する人事異動を内示した。

これまで課長級職員への登用に実施してきたポストチャレンジ制度を部長級にまで拡大し、知事らによる面接で若手職員を抜擢(ばってき)したのが特徴。

また、課長補佐級以下の業務を対象とした庁内公募制度の応募先をすべての業務に広げて、

「若手職員をはじめとする意欲ある人材の登用に努めた」

(経営戦略局人財活用チーム)

としている。

全体の異動規模は二千九百一人(部長級二十六人、課長級三百人、課長補佐級四百四十二人、係長級六百七十四人、一般千四百五十九人)で、前縁動機に比べ百三十六人増加。

退職者は三百二十四人、採用者は百五十五人となっている。

若手職員の部長級への登用では、小林資典行政システム改革チームリーダー(四九)を参事(財政・人事担当)兼人財活用チームリーダー、野池明登義務教育課長(四九)を議会事務局長に登用するなどした。

ただ、議会事務局人事をめぐっては、任命権者の萩原清議長が金井範夫事務局長と総務課長補佐の二人を転出する人事について「議会運営上、必要」などと拒否している。


人事:県 農政部長に柳沢氏 2901人が異動、部長級は26人 /長野

県は24日、4月1日付で発令する2901人の人事異動を発表した。

内訳は部長級26人、課長級300人、課長補佐級442人で、部長級の異動は前年比29人減で大幅に減ったものの、総数は同136人増となった。

組織再編で縮小する農政部長には柳沢直樹・下伊那地方事務所長、林務部長には加藤英郎・松本地方事務所林務課長を起用。

高校再編を進めた吉江速人・高校教育課長は教育次長へ昇格する。

田山重晴・農政部長は柳沢氏と入れ替わる形で下伊那地方事務所長に就任し、松澤睦司・教育次長は看護大学事務局長へ異動する。

金井範夫・議会事務局長を総合教育センター所長、金井氏の後任に野池明登・義務教育課長を充てる人事案に関し、県が県議会に内示したところ、県議会が拒否したことも同日明らかになった。

引き続き協議する予定。

3月31日付の退職者は324人。

高野弌夫・林務部長、塚田和雄・住宅部長、石曽根新八・こども病院長らが退職する。

4月1日の採用者は、技術職の採用を積極的に行ったため、前年から55人増の155人となった。

【中山裕司】
【事務部長級】
危機管理局長 危機管理室長 鎌田泰太郎
総務部長兼県税チーム県税収納推進センター所長 総務部長兼参事=人事評価制度担当 原修二
農政部長 下伊那地方事務所長 柳沢直樹
教育次長 教育委員会事務局高校教育課長 吉江速人
参事=財政・人事担当兼人財活用チームリーダー 経営戦略局行政システム改革チームリーダー 小林資典
参事=県税収納推進センター 身体障害者リハビリテーションセンター次長兼管理部長 高見沢賢司
社会参事兼社会部コモンズ福祉チームリーダー 社会部福祉健康政策幹兼コモンズ福祉課長 松本有司
参事=廃棄物担当兼廃棄物監視指導チームリーダー 生活環境部廃棄物監視指導課長 海野忠一
参事=信用保証協会 参事=松本文化会館 藤巻益夫
林務参事兼林務部信州の木利用推進チームリーダー 林務参事兼林務部信州の木利用推進課長 河合博
参事=建築住宅センター 参事=農業会議 三木一徳
教育参事兼総合教育センター次長兼総務部長 社会部高齢福祉課長 畑中和良
参事兼阿南病院阿南介護老人保健施設所長 参事=障害者福祉センター 岡部英則
下伊那地方事務所長 農政部長 田山重晴
短期大学事務局長 環境保全研究所長 竹松政博
看護大学事務局長 教育次長 松澤睦司
環境保全研究所長 土木部監理課長 荒井英彦
総合リハビリテーションセンター次長兼管理部長 参事=文化振興事業団 井本久夫
【技術部長級】
林務部長 松本地方事務所林務課長 加藤英郎
住宅部長 住宅部住宅課長 井澤一夫
技監=基盤整備担当 長野地方事務所土地改良課長 市川貞一郎
参事=林業公社 林務部森林保全課長 倉科利男
農政技監 果樹試験場育種部長 塚原一幸
土木技監兼土木部河川チームリーダー 土木技監兼土木部河川課長 北原正義
伊那保健所長兼公衆衛生専門学校伊那校長 伊那保健所長兼公衆衛生専門学校伊那校長 渡辺庸子
総合リハビリテーションセンター所長 身体障害者リハビリテーションセンター次長 木下久敏
果樹試験場長 中信農業試験場畑作栽培部長 茂原泉
野菜花き試験場長 南信農業試験場長 小林荘一
畜産試験場長 松本家畜保健衛生所長 堀込栄男
中信農業試験場長 農政技監兼農政部園芸特産課長 横山好範
南信農業試験場長 農業総合試験場企画調整部長 赤沼礼一
水産試験場長 水産試験場諏訪支場長 本西晃
林業大学校長 林務部林業振興課長 北島邦造
飯田建設事務所長 飯田建設事務所長 塩野敬一
経営戦略局信州広報・ブランド室長 商工部信州ブランド・観光戦略局長兼信州ブランド戦略チームリーダー 武田雅宏
参事=公共事業改革担当兼会計局検査チームリーダー 参事=公共事業改革担当兼会計局検査課長 飯島昭
【退職=事務部長級】
清水哲夫 短期大学事務局長
青木留春 看護大学事務局長
窪田芳夫 総合教育センター所長
【同=技術部長級】
高野弌夫 林務部長
井上巌 参事=林業公社
北澤正孝 技術参事兼土木部道路建設課長
銭坂治 技術参事兼土木部都市計画課長
塚田和雄 住宅部長
大塚訓喜 身体障害者リハビリテーションセンター所長
石曽根新八 こども病院長
和田健夫 果樹試験場長
塚田元尚 野菜花き試験場長
山崎暉展 畜産試験場長
村松幸夫 中信農業試験場長
古川賢男 水産試験場長
田野尻千稔 林業大学校長
毎日新聞

2006年3月25日


2006年4.06

県職員労組 知事支持率3.6% 5年余で43.7ポイント急落

田中県政が発足して五年半。県職員労働組合(県職労)が六千八百人余りの全組合員を対象に実施した意識調査の結果がまとまった。

それによると、田中康夫知事を「支持する」とした回答は0・8%で、「どちらかといえば」の2・8%を足しても、わずか3・6%にとどまったことが分かった。

知事をめぐっては、おひざ元の県職員とのギクシャクした関係が議会や各市町村などから大きな問題点として指摘され続けてきたが、こうした懸念がはっきりと数字で裏づけられた形となった。

調査は昨年十一月から十二月にかけて実施され、75・0%の五千百三十三人から回答を得た。

就任当初の知事に対する支持については、「どちらかといえば」を含む「支持していた」とする回答が47・3%を占めており、五年余りで支持率が43・7ポイントも激減したことになる。

また、「田中県政以降、県が向かっている方向は」とする設問では「良くない方向」が66・8%で、「良い方向」の4・1%を大きく上回った。

知事を評価しない点(選択式)で最も多かったのは、「県職員との信頼関係」で、「手法が独善的」「理念・政策が場当たり的」が続いた。県職員との信頼関係について個別に聞いた設問では「評価しない」が75・1%で、「やや」を含めると88・1%に達した。

逆に評価点では「県への注目度を高めた」「県民への関心が高まった」とする広告塔的な役割が一、二位となった。

また、県議会の反対を押し切り、新年度から実施した県の組織再編については「評価しない」が50・2%で、「やや」を含めると69・5%を占めた。

任期付き職員についても「不要」が60・2%、「必要」が3・9%。

知事がその成果を強調する県財政立て直しは「評価する」が「やや」を含めて21・5%にとどまるなど、肝いりの各施策に対しても、職員の厳しい見方が浮き彫りになった。

県職労は

県民

「五年前の期待が大きな失望に変わった結果であり、知事に多くの職員が期待してない表れ。

困難な状況にある県政を良いものにするため、労使双方が協調するよう求めたい」

としている。

一方、知事はこうした結果に、

田中康夫

「私の前の知事との信頼関係が90%だったとするなら、県民はどう思うか。

職員があらゆる意見を言えるようになったなら、一緒に行動することが求められる。現実にそういう職員は数多くいる。

知事に意見も言えなかった時代はどうだったのか」

とコメントしている。

産経新聞

SBC信越放送

チョコレートメーカーから県の任期付き職員へ今橋里枝さんが急死

07日22時33分

県の部長級の任期付き職員で、商工部参事の今橋里枝さんがきょう午前、都内の自宅で急死しました。

45歳でした。

県などによりますと、今橋さんはきょう午前、都内の自宅で突然体調を崩し亡くなったもので、死因は心不全だということです。

今橋さんは、チョコレートメーカーの日本法人を経て、おととし4月、県が公募した部長級の任期付き職員に採用され経営戦略局のコモンズ・ブランド担当を務めました。

去年4月からは1年間、研修の名目で財政危機に直面する木曽郡王滝村に派遣された後、先月、県の東京事務所に異動になったばかりでした。


清水保幸議員

訃報 No.184

今朝、8時10分に任期付き職員の今橋里枝さんが、心不全で突然亡くなってしまいました。

彼女は、任期付き職員の中でも秀でて長野県の為に頑張っていました。

田中知事とは違い、事業を進めて行く為に人との関りを大切にし、協力したりしてもらったりしながら、必死に頑張っていたのです。

長野県に対する思いも強く、特に王滝村に対しては本当に自分の故郷のように話していました。

実は、先月志昂会で東京事務所の調査に行った訳ですが、彼女は志昂会メンバーと会わないように言われ、事務所には居りませんでした。

夜、連絡を取り、志昂会メンバーと共に食事をしました。

会わないように言われたことが

県民

『とてもいやらしく感じた』

と言っていました。

その日が最後と成ってしまいました。

昨日、多くの方に着任の挨拶状が届いたばかりでした。

私のところに届いたものには手書き文が添えてあり

県民

『早く長野に戻りたい』

と書いて有りました。

ふりかえれば、経営戦略局参事として着任し、経営戦略局・観光協会・商工部・王滝村・東京事務所とめまぐるしく職場を変えられたにもかかわらず、与えられた職場で職務を全うして居たと思います。

4年の任期を、田中知事が突然2年に変更し再雇用を提案した時も、毅然と4年の契約を主張し再応募しませんでした。

ここから、田中知事の陰湿な嫌がらせが始まり、職場を転転とする事に成ってしまいました。

更には、王滝村へ出向させられてしまった訳ですが、彼女は混乱の王滝村の中で見事に『スキー場の民営化』を成し遂げたのです。

そして、更には『都会から来た女性』とみられ敬遠されがちな立場でしたが、村のおばさん達と親しくお付き合いし、特産品の開発までしてしまいました。

村のおばさん達に慕われ、2月には

女性

『今橋さんを王滝に残して欲しい』

と王滝村からわざわざ女性達が県庁を訪れ、お願いに来ました。

にも拘らず、いかにも彼女が新天地を求めているかのようなことを平然と記者会見し、更には議場でも本人の希望のような答弁をし、東京事務所に転勤させてしまいました。

この頃の彼女は、大変落ち込んでいました。

しかし、彼女は

県民

『仕事だから仕方ない。人事権は知事にあるのだから、与えられた仕事を頑張るだけです』

と言っていました。

彼女の悔しさは、自分の故郷のように語る王滝村の話の中で感じ取ることが出来ました。

本当は、王滝村に居たかったのだと思います。

自分が種をまき、苗を育てて来た訳ですから、もう少し落ち着くまで頑張りたいと思うのは当然の事ではないでしょうか。

田中さんは、自分以外の誰かがチヤホヤされたり、認められる事を極端に嫌う。

一種、ジェラシーなのかもしれません。

そんな彼に振り回されてしまった数年間ですが、彼女は後悔は絶対にしていないと思います。

むしろ充実した日々であったと信じています。

只、もしここまでが彼女の寿命で運命だとしたら、最後まで王滝村に居させてあげたかった。

死んで本望だと言わせてあげたかった。

ちょっと頑張り過ぎたかも知れません。

本当にご苦労様でしたと申し上げたい。

そして、心より御冥福をお祈り致します。

本音は、ショックで悔しくて悔しくて仕方有りません。

余分な事を書きそうなので、今日はこれで止めておきます。

最後に、彼女が私に宛てたメールを添付します。

県民

清水保幸様、

昨日はありがとうございました。

いろいろと有益なお話を聞くことができ、またすばらしい方々とお知り合いになれて大変よい時間を過ごすことができました。

長野はこれから選挙モード一色でしょうか。

東京にいると少し蚊帳の外に置かれたようで残念ですが、長野県民の選択をしっかり見守っていきたいと思っています。

こちらもいろいろ思うところはありますが、とにかく当面はできることをコツコツやっていくことにします。

本当は洋議員にもメールを送りたかったのですが、残念ながらアドレスを教えていただいてないので、ぜひよろしくお伝えください。

これからもよろしくお願いします。

2006年5月7

http://www.yanbo.jp/cgi/se3_diary/se3_diary/184.html


5月8日(月)

県の任期付き職員今橋里枝さん 都内の自宅で急死

県の任期付き部長級職員(商工参事)で県東京事務所勤務の今橋里枝さん(45)が7日午前8時すぎ、東京都練馬区の自宅で急死した。

県や警視庁練馬署などによると、死因は病気に伴う心不全。

遺族や県によると、同日朝、今橋さんと電話で話していた友人が、今橋さんの様子がおかしくなったことに気付いて警察などに通報。

今橋さんは病院に運ばれたが、既に死亡していた。この日は休日だったという。

告別式は13日午前11時から東京都新宿区上落合3ノ34ノ12、落合斎場で。喪主は父高橋進(たかはし・すすむ)さん。

今橋さんは岐阜市出身。

チョコレートメーカー日本法人「ゴディバジャパン」(東京)のシニアマーケティングマネジャーだった2004年1月、県が初めて行った任期付き部課長級職員の公募に応じ、同年4月に任期4年で採用された。

経営戦略局コモンズ政策チームリーダーなどを経て、昨年4月、研修派遣で木曽郡王滝村に赴任。

今年4月からは県東京事務所で企業誘致などを担当していた。


訃報:今橋里枝さん 45歳 死去=商工部参事 /長野

◇任期付き職員として企業から県へ 「赤カブ酢」などの開発に尽力

県の任期付き職員として有名チョコレートメーカーから採用された商工部の今橋里枝参事(45)が7日、東京都内で亡くなった。

警視庁によると、今橋さんは7日午前、「気分が悪い」と知人に電話し、通報を受けた消防隊員が病院に搬送したが、亡くなった。

最近、体調不良を周囲の人に漏らしていたという。死因は病死とみられる。

今橋さんは有名チョコレートメーカー「ゴディバジャパン」のマーケティングを担当。

04年4月に県の任期付き職員として採用された。

昨年4月、王滝村に研修派遣され、多額債務を抱える村営スキー場の民営化や特産の王滝カブを使った「赤カブ酢」などの商品開発に尽力した。

4月からは東京事務所勤務となり、主に企業の県内誘致の仕事に従事。

今月に入り、親交のあった県議や新聞記者らに

県民

「今後とも王滝村をよろしくお願いします」

と書いたはがきを送っていた。

王滝村を離任する際には、特産品開発にともに取り組んだ地元主婦らが派遣継続を求め県に陳情する経緯もあった。

急死を知った村民は

女性

「もっと一緒に働きたかった。残念です」

と話していた。

【仲村隆、藤原章博】
毎日新聞

2006年5月8日


大石英司

2006年5.08

20代から40代の喪失

※ 長野県の任期付き職員の方が、昨日心不全でお亡くなりになられたようで、私と同じ歳でして、連休期間中の最終日で心不全となると、遺族に配慮してのオブラートに包んだ発表という可能性もあるわけですが、果たして何があったのか……。

死者の冥福を祈るということと、彼女が任期付き職員として、そのサラリーに見合う業績を残したかどうかは別に判断しないと。

というか、長野県の任期付き職員で、果たして何らかの業績を上げた人はいらっしゃっるんでしょうか?

田中のブランド意識を満足させるために税金が垂れ流されたとしか思えないんだが

http://eiji.txt-nifty.com/diary/2006/05/post_63ab.html


2006年5.09

任期付き職員の今橋さん急死

チョコレートメーカーの日本法人「ゴディバジャパン」から県の任期付き部長級職員に採用され、木曽郡王滝村への研修派遣などを経て今年四月から県東京事務所に勤務する今橋里枝さん(四五)が七日朝、都内の自宅で電話中に体調不良となり、病院に運ばれたが、間もなく死亡が確認された。

死因は心不全だった。

県人材活用チームによると、今橋さんは県が初実施した公募により、平成十六年四月に四年間の任期付き参事として採用され、経営戦略局コモンズ政策チームリーダーなどを務めた。

しかし、田中康夫知事が十七年一月、今橋さんを含む在職中の任期付き幹部職員十八人に対していったん退職した上で再応募を求めたのに対し、今橋さんは再応募を拒否。

商工参事に異動後、同年四月から王滝村に研修派遣され、この四月からは東京事務所に勤務し、企業の県内誘致などを担当していた。

通常の勤務をこなしていたという。

田中康夫知事は

「驚きとともに深い(かな)しみを抱いています。県民の幸せのために精力的、情熱的に行動してくださった彼女に心から感謝しています。謹んでご冥福(めいふく)をお祈り申し上げます」

とするコメントを発表した。


通夜は十二日午後六時、告別式は十三日午前十一時、東京都新宿区上落合三の三四の一二、落合斎場で。

喪主は父、高橋進(たかはし・すすむ)さん。


清水洋議員

2006年5月9日

逝く人

ここ数日時間がとれなくてHPに書き込みができませんでした。

季節はいつの間にか初夏の真っ直中、いわゆる「汗ばむ季節」になってきました。

ところで最近ショックだったのは今橋参事の急逝の知らせでした。

先月東京でお会いしたことは清水保幸県議のHPに書かれていますのでご覧頂きたいのですが、私はその後、4月末にある事があって電話で話をしたばかりだったのです。

今橋さんは任期付き職員さんとして県に採用され、任期付き職員さんの中では一番話をしそして意見を交わした方でした。

これらの事についても保幸議員のHPに詳しく書いてありますが、本当に仕事が好きな人だったという印象があります。

実は今橋さんは王滝村に行くまでは、箕輪町と高遠町の担当もしていただいていました。

2005年2月27日に初めて高遠で開催された「高遠冬そば祭」の裏方として活き活きと現場を仕切っていた事を思い出します。

たった数ヶ月の地元の皆さんとのお付き合いだったと思いますが、「地元民」としてとけ込み信頼を得ながら地域イベントで汗を流す姿に、総体としての任期付き職員さんの評判は様々だけど、頑張っている姿になぜか嬉しくなった思いがあります。

帰り道で、当時の高遠の町長さんが

議員

「いい人だね。よくやってくれる。何たって熱心だ」

とつくづく言ったことを思い出します。

また箕輪町については特に最近東京事務所に行ってから企業誘致について頻繁に情報交換をしていただいており、今週にも来町するという予定でした。

4月末の電話は箕輪にきたら是非飲みましょうという内容の話でした。

本当に残念です。

私はある意味田中康夫さんと任期付き職員さん方とダブって見えます。

一定の時間長野県で働く。あくまでも人生の一時期だけ。そう言う意味では立場が似ているという印象があります。

しかし、田中康夫さんと任期付き職員、取りわけ今橋さんとでは決定的な違いがあると思います。

それは「本当に長野県のことが、地域が好きか、どうか」という点です。

「地域の人々」と言い換えてもいいと思いますが、そこが大きな違いだと思っています。

口では上手いことをいっても、結局は自分のことしか考えていない「超俗物」と、地域が好きで、そこに生きてる人が好きで、全てを自分の人生の喜びと受け取り頑張る人

その差がお二人の違いだと思っています。

知事と対立したばかりに理不尽にも急に飛ばされた王滝村でも、最初はもしかしたら地元の皆さんとはギクシャクしていたかも知れませんが、最後には地元の皆さんが知事に今橋さんを王滝村から転任しないように陳情したと言うことを聞きました。

事実志昂会で調査に行って王滝村でお会いしたときは、彼女はスキー場の再生と村財政の再建に懸命に頑張っていました。

そして高遠でも 箕輪でも そしてもちろん王滝村でもそうです。

いかに彼女が地元の皆さんに愛され頼りにされたか。

そう思うと大切な人が逝ってしまった、残念でたまりません。

期限付きではあったが、長野県に欠くことのできない人物だったような気がしてなりません。

虚無感だけが残ります。

たった数ヶ月地域の皆さんに頼られる人物と 5年も県の最高責任者をしていても支持率は40%前後 同僚の職員さんの支持率にいたっては3%台、たった3%ですよ!

県民の皆さんの中にはそれでも田中康夫さんを支持するという人がいる事に驚きます。

長野県を愛し、地域を愛して仕事をしている姿勢は自然と周りに理解されます。

そしてその結果徐々に地域はその人の影響を受け変わっていきます。

ところが口ばかりで、心の底では人をバカにしてるような人物では、周囲の人の理解を得ることはできません、その人に権力があるうちは言うこともきくでしょう、でもそれは心のそこからの共鳴共感ではないのです。

ですから同じ事をしても結果が出ないのです。心がこもっていないから。

多くの人は本能的にそれが分かってしまいます。そうでない人物と本当の心を持つ人物と。

時間の経過と共に。

http://www.21styles.jp/adiary/diary1.cgi?id=next1&action=view&year=2006&month=5&day=9


奥秋

2006年5月13日

「ぅおーす」があいさつ今橋さんの急死

訃報:今橋里枝さん 45歳 死去=商工部参事 /長野

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__1933611/detail

◇任期付き職員として企業から県へ 「赤カブ酢」などの開発に尽力

県の任期付き職員として有名チョコレートメーカーから採用された商工部の今橋里枝参事(45)が7日、東京都内で亡くなった。

警視庁によると、今橋さんは7日午前、「気分が悪い」と知人に電話し、通報を受けた消防隊員が病院に搬送したが、亡くなった。

最近、体調不良を周囲の人に漏らしていたという。死因は病死とみられる。


「よぉー、」とか「ぅおーす」が今橋里枝さんの私へのいつものあいさつだった。

私より十歳も年下の女性なのだが、この感じ。

例えていえば、運動部のよくできたマネージャーみたいなイメージだ。

小柄で、パンツスタイルのビジネススーツに身を包んでいることが多かった。

里枝と書いて「さとえ」と読ませる。「りえ」でないところが彼女らしく、名付け親の思いがこもっているように私は解釈していた。

さっぱりした性格で、しゃきしゃきしている。

グチっぽいことは言わない。

頭の回転が速く、いつも現実的にものごとを考える。

多くの職員や議員にも人気があった。

だから田中康夫とは合わない。

しかし、一応幹部職員だから知事に沿ったことを言う。

そこを私が突っ込むと辻褄が合わなくて不機嫌になる。

普通の誠実さと頭脳を持っていれば田中知事サイドに立って議論を展開するのは困難だ。

議論はいつも私の勝ちで、最後は彼女は無口になる。

けんか相手でもあったが、田中知事を間にはさまなければ彼女とけんかすることもなかったはずだ。

同じ波長の人間ではなかったかと思う。

5月8日夕刻、今橋さんの携帯に電話した。留守電セーターのメッセージらしきものが流れてすぐ切れた。

電話が殺到するとこういう状態になることがある。

彼女は人気者だったのでメッセージが一杯になっていたのかな?と思った。

二、三分後に私の携帯が鳴った。

表示にはさっき掛けた「今橋里枝」の文字が浮き上がっていた。

今はもういないはずの人からの電話だ。

私からの着信記録を元に家族がかけてきたのだろう。

今橋さんのお姉さんだった。

互いに口ごもった。

こんな時言うべき言葉は多くない。

お悔やみを言って切った。

彼女は04年4月に県の任期付き職員として採用された。

特に何をしたわけでもなく、田中知事に擦り寄らなかったのが不興を買い、05年4月に王滝村に研修派遣に出された。

この4月に長野県東京事務所に飛ばされた。

この異動についてはこのようなことがあった。

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/50687486.html

長野県の任期付き職員になどならなければ、このような形での最後を迎えなかったのではないか、という思いを拭い去ることができない。

田中知事にいじめられ、命を縮めたーと私は思っている。

田中知事に人生を翻弄された一人であることは間違いない。

王滝村在任中は電話を掛けると

県民

「王滝村に取材に来なければダメだよ」

としばしば言っていた。

「そんな辺鄙なところにそうそう行けるかい」

と悪態をついて一度も行っていなかった。

正確な肩書きは忘れたが、実質的助役のようなことをやっていたようだ。

議会会派 志昂会の面々は誘われて王滝村に行ったことがあるそうだ。

彼らはつい最近も東京で今橋さんと食事をしている。

その時、志昂会の面々と<会わないように言われたことが『とてもいやらしく感じた』と言っていた>そうだ。

清水保幸議員ホームページ

訃報

No.184

http://www.yanbo.jp/cgi/se3_diary/se3_diary/184.html

清水洋議員ホームページ

2006年5月9日

逝く人

http://www.21styles.jp/diary/next1/#5_9

王滝村には行けなかったが、東京で今橋さんと会ってお茶でもーと思っていた矢先の訃報だった。

きょう13日は今橋さんの葬儀の日だ。追悼の一文としたい。

今橋里枝さん ブログ関連記事

任期付き職員、今橋参事が王滝村へー私情ムキ出し人事

2005年3月25日

http://blog.goo.ne.jp/tuigeki/e/2ebcedc92fa50a8acd455e203fd7db54

Posted by tuigeki

at 17:19

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/50865876.html


清水保幸議員

悲しみ No.186

今橋さんの弔問に行って参りました。

葬儀の始まる前にお邪魔し、お顔を拝見させて頂きましたが、とっても奇麗でした。

葬儀には出る事無く帰って参りました。

田中知事の顔は見ませんでしたが、副知事と経営戦略局長は参列しておりました。

私も、参列しようと思っていたのですが、県幹部に対してとてもいい顔ができる状態では有りませんでしたので、顔を合わせたくないと思い、帰って来てしまいました。

とにかく『安らかに御休み下さい』と言うしか有りませんでした。

2006年5/14

http://www.yanbo.jp/cgi/se3_diary/se3_diary/186.html


県議会:森田議員、今橋さんのメール公表 /長野

県議会一般質問3日目の30日、森田恒雄(ネット)議員が、5月急死した任期付き職員だった今橋里枝さん(当時45歳)について、副知事に退職を求められたとする内容の電子メールを公表した。

森田議員によると、今橋さんが王滝村へ派遣されていた時期に

県民

「田中知事の私兵として雇われたのだから、知事が『使わない』といっている以上、仕方がない、と副知事に説明を受けた」

と書かれているという。

このメールに対して、澤田祐介副知事は

康夫派

「昨年末、今橋さんから『新しい境地を開きたい』と聞いた。退職要請をしたことはない」

と答えた。

また田中知事は

田中康夫

「今橋さんのご貢献には大変感謝しています」

と述べるにとどまった。

【仲村隆】
毎日新聞

2006年7月1日


議員

今橋里枝さんを偲ぶ。(改訂版)

2006年7/1

この記事は、前にHPに掲載した県の任期付き職員であった「今橋里枝さんを偲ぶ。」で、なぜ今橋さんが東京事務所へ異動となったのか、なぜ、亡くなっていまったのか等々、疑問が多いことから、その後私なりに調査を行うともに情報提供を求めたところ、新たな情報が寄せられたため、それらのことを加え「改訂版」としてまとめたものです。ご覧いただき、新たな情報がありましたらお寄せ下さい。


5月8日の早朝、小原勇議員から

「今朝の朝刊見たか。今橋さんが亡くなったぞ!」

との電話を頂き、その後新聞報道を見ても信じられませんでした。

新聞報道には、

「県の任期付き職員として有名チョコレートメーカーから採用された商工部の今橋里枝参事(45)が7日、東京都内で亡くなった。

警察によると、今橋さんは7日午前、『気分が悪い』と知人に電話し、通報を受けた消防隊員が病院に搬送したが、亡くなった。

最近、体調不良を周囲の人に漏らしていたという。死因は病死とみられる。」

とされていました。

しかし、私は4月22日に長野駅前で国民投票法案批判の街頭演説を行おうとして準備している時に、

県民

「竹内さ〜ん。」

と言って駆け寄って来る元気な今橋さんの姿を見ているだけに、とてもこの記事を信じられませんでした。

彼女は2004年4月に県の任期付き職員として他の皆さんとともに採用されましたが、翌年には再応募を拒否したためか王滝村へ派遣され、王滝村の財政再建団体への転落の大きな要因とされるスキー場の民営化先の確保や王滝村産野菜のブランド化(赤蕪を使った加工品の商品化)などの実績が評価され、王滝村の皆さんから引き続き村に残して欲しいとの要望が出されていました。

しかし、それらのことや県議会議員に評判が良かったことが田中知事に気に入らなかったのか、今年に入り県から今橋さんに退職することまで打診されたとされ、そのことを拒否したためか、この4月に県の東京事務所に飛ばされたと私は思っていましたし、それでも、長野県のために頑張ると張り切っていた今橋さんの姿勢を評価し、激励をしていた最中の出来事でした。

今橋さんの訃報を確認した数日後、複数のマスコミの方から

記者

「あれは本当に病死なのでしょうか。」

との質問を受けましたが、私はその場に居合わせた訳でなく、何とも答えられませんでした。

しかし、様々情報を収集する内に、今橋さんは持病(不整脈)を抱えながらも、それを表に出さず、懸命に長野県のために頑張っていたことが分かるとともに、今橋さんの健康状態を配慮せず行った人事異動が、彼女を死に至らしめたのではないかと私は思うようになりました。


私の調査結果

私の調査では、今橋さんは以前から不整脈で薬を飲んでいることは友人にも話していたようですが、王滝村に赴任してからは、前小林村長の奥さんの紹介で、木曽病院には定期的に通院していたそうです。

その後、3月24日に東京への異動内示を受け、後日、医師に相談、東京赴任前に診断をした方がよいとのすすめで、3月29日に検査。

「即日、精密検査が必要」

といわれましたが、

田中康夫

3日の辞令交付には長野県庁に来るように

との指示をうけ、やむなく翌日の4日の昼に木曽病院に入院。

カテーテルでの検査を行い、ペースメーカーを入れるか検討。

異動のこともあり東京の医師への紹介状を依頼。

4月6日退院。

7日王滝村での送別会。

引越し準備をしたのち、4月10日東京赴任。

入院等で日程を取れなかったこともあり、一週間ホテル滞在、引越し作業は4月16日(日)に行ったようです。

田中康夫

「今月中に50社歩いて回れ!業務報告は毎日出すように!」

と、他の東京事務所の企業誘致担当職員4名と同じ指示を受けましたが、今橋さんは検査入院で赴任が遅れましたが4月10日以降、27日までのわずか18日間の勤務で52社を訪問し心臓の病気を抱えながらもノルマを達成しようとしたのです。

友人には、

県民

「50社のノルマもあるし、医者は連休明けにする」

と言っていたそうです。

今橋さんは、連休を前に4月28日と5月1日・2日と年次休暇をとり、そして連休最後の7日の午前中に自宅で亡くなりました。

この連休中の今橋さんの行動については、4月29日、今橋さんが寄附された「おんたけ朝市」ののぼり旗が立つなか第1回「おんたけ朝市」が村の中心部広場で開催されましたが、当日出席予定であった今橋さんは体調が悪いということで欠席したという以外は良く分かりませんでした。

この調査結果から言えることは、王滝村で活躍している時に、病院で検査を受け、心臓に異常があることを医師から指摘されいる健康診断記録を県が知っていての、ノルマを課した東京事務所の企業誘致担当への異動であったとしたら、「公務災害」等の人事管理者としての責任が問われるのではないかということです。

後に、今年2月18日以前から知事に

田中康夫

「今期限りで退職、従わない場合には一号俸下げた上でどこか外への異動」

と指示されていたことが判明するにつけ、今橋さんは精神的にも追いつめられ、「精密検査」を受ける余裕がなかったと思うからです。

私は、知事が応募し採用した任期付き職員の皆さんの中で、「県政改革」を自ら実践し担い実績をあげた方は今橋さんをはじめ数人しかおらず、しかも県政のために実績をあげた人ほど長野県を去り、その中で知事に「私兵」として数々異動させられても頑張っていた今橋さんに期待していただけに残念でなりません。

私はこの今橋さんの死について、今の県政の「象徴」として捉え、

「東京事務所への人事異動の背景に何があり、今橋さんにストレスを蓄える要因は何であったのか。」

徹底検証するつもりですので、新たな情報をご存じの方は是非ご連絡下さい。

後に、今橋さんと私や親しい友人との主なメール交換記録を公開しますが、東京事務所に行ってからの今橋さんの仕事は、県内への企業誘致のための企業訪問が主なものですが、そのことを受け入れ元気で頑張っていた彼女にとって、県の方針がこれで良いのかという思いが生まれ、既存の成果のあがらないやり方について、改善のため提言を行っていました。

以下に、今橋さんと私の今年3月以降のメール交換の主な内容について掲載致しますが、このことは今橋さんの思いの一部を皆様にお伝えすることが、今は亡き今橋さんの功績を讃え

「本当に県政のために、ご尽力頂きありがとうございました。」

と感謝の意を表するために、私が最低限出来うることと考えました。

今橋里枝さんと私の主なメール交換

県民

■ 異動になりました。

(2006.3.24)

竹内様

今橋です。

今日は庁内は異動の話でもちきりでしょうが、ご多分に漏れず私も同じご報告です。

4月から企業誘致担当の商工参事として東京事務所駐在になりました。

いろいろな思いはありますが、とりあえずは行ってみます。

またご連絡いたします。今後ともよろしくお願いします。

今橋里枝

議員

■ 執念で頑張ろう

(2006,3.24)

今橋 さま

昨晩、小原さんと一杯やりながら「明日の一番の注目は、今橋さんの人事異動だね」と心配していました。

そして、今日、小原さんに「今橋さんに電話して」と言ったのは私です。

企業誘致担当とは、「東京で企業訪問して再就職先を自分で探せ」という嫌がらせとも思えてなりません。

実は、先の総務委員会で確かK議員だったと思いますが、今橋さんのことをスキャンダラスに取り上げていましたが、その後で私が人事委員会事務局長に「任期付き職員を勝手に首にできるのか」と質すと出席している「任期付き職員」の皆さんが一斉に頭をあげ注目、人事委員会事務局長が「首にはできない」と答えると、みんなホットした表情を見せた場面がありました。

まあ〜、しぶとくやりましょう。

団長は「激励会をやらな〜いかん。」と激怒していました。

ところで、(政治家への道の件)今橋さんが本気になるなら、私の方でまとめますよ。

ご返事、まってます。

竹内久幸

県民

■ 執念で頑張ろう

(2006.3.25)

竹内様

熱い?激励のメールありがとうございます。

まあ、田中県政にいつまでどのようにお付き合いするかも含め、ちょっと東京で考えたいと思います。

ところで、恒例の情報公開度ランキングが発表されましたね。

昨年もそうですが、長野県の高順位は県議会の政務調査費の公開度ダントツ1位が大きく貢献しているはずです。

報酬審議会の森卓さんに、この事実を突きつけた上で「遊興費などに充てている」という認識がどこからうまれたか彼のコメントや、審議の結果について再度の見解を公開質問するというのはいかがでしょう?などど考えてしまいました。

あ、もしやるならきちんとマスコミに情報流して下さいね。

レベルの低い争いにエネルギーを注ぐのは疲れますが、根負けしてしまうと相手の思う壺ですから。しつこくしつこくポイントをついてくださいね。

東京の空から応援しています。なんて他人事にできれば楽ですが。

今橋里枝

県民

■ こんばんわ、今橋です。

(2006.4.13)

竹内久幸様

長野にもそろそろ花の便りが届いている頃でしょうか。

東京はすっかり桜も散り、梅雨の走りのような小雨の蒸し暑い日々が続いています。

これからもっともよい季節に向かう王滝村が懐かしいです。

東京での仕事を開始しましたが、現在は企業誘致として他の職員に混じって飛び込み営業に近いことをしています。

月50社のノルマも課せられています。

今のところは数をこなすのが精一杯で、長野にとってどんな企業誘致戦略が望ましいのか落ち着いて考えることもできていません。(案外それが知事或いはM氏の狙いかもしれませんが。)

いずれにしても、言われたことをやらないで文句を言っていても仕方がないので、とりあえずはやるべきことをやった上で、自分なりにできることを考えていきたいと思っています。

王滝にいた頃とは比べ物にならないくらい歩いているので、ダイエット効果が現れるのではと、それだけが楽しみです。

現地調査などで東京にお越しの際は、ぜひ声をかけてください。(ただし、事務所ではお目にかかれないかもしれません。昨日フォーラムさんと志昂会さんが来らた時には応対者に私の名前が入っていたにもかかわらず、直前に「今橋は急遽営業にでた」ことにするようにと「どこか」から指示があったらしく、外出を余儀なくされました。バカバカしいですけどね。)

これから過ごしやすい季節になると思いますが、お体にはくれぐれもお気をつけ下さい。

今後ともよろしくお願いいたします。


議員

■ 頑張ってね!

(2006.4.18)

今橋里枝 様

長野市はようやく桜が咲きはじめました。

開花予想が13日と早かったため城山公園の花見小屋は、早くから団体予約が入っていて、開花が遅れた分、期間が長くなり大万歳のようです。

その分、私は花見会に呼ばれる機会が多くなり、大変です。

今日、知事が王滝村を訪問した様ですが、マスコミは批判的に報道していました。

今更何しに行ったのでしょう。

さて、飛び込みで企業訪問しても成果はあがるんでしょうか。疑問です。

企業誘致をするのに、どんな条件を企業が求めているのか、データを把握するための調査活動という名目であれば理解出来ますが。

そんな対応にしたら、どうでしょうか。

大変と思いますが健康のために頑張ってください。

我が団長は「早く今橋さん会える東京出張を企画しろ」と私に命令を出しています。

でも、何をしたら良いか…で困っています。

竹内久幸より

県民

■ 頑張ってね!

(2006.4.19)

こんばんわ、

メールありがとうございました。

長野は今、花見の真っ盛りですね。

お呼ばれで行かれる方は大変でしょうが、私は今年は花が始まる前に東京に来て、東京ではもうすっかり散った後でしたので、花見を逃してしまい悔しい思いをしています。

もっとも、この金曜日は所要で県庁に行くので、うまくすれば桜を見られるかもしれません。

営業のほうは、とりあえず感覚をつかむためにいくつかの訪問をしましたが、やはりこの方法では効率が悪すぎると感じます。

そこで、今日は精密機械の展示会をやっているビッグサイトに出向き、そこで情報収集を行って、より効率がよく確度の高い営業をするべく、方針を変更しました。

いろいろ試行しながらですが、何事も経験と半分は楽しみながらやっています。

私としては、王滝でやや太ってしまったので、ダイエット効果も期待しているのですが。

東京出張、お待ちしています。

今橋里枝

今橋里枝さんへの思い。

以上が今橋さんが急死する前の私とのメールの主なやりとりですが、実は今橋さんが亡くなった5月7日の前日に今橋さんの東京事務所への異動を知らせる挨拶状が多くの関係者に届きました。

その内容の印刷部分のみ以下に紹介します。

県民

拝啓 はやくも五月に入り東京はすっかり初夏の装いとなりました。

王滝村在勤中は公私にわたり大変お世話になり、本当にありがとうございました。

一年という限られた期間ではありましたが、地方の課題が凝縮されたとも言える王滝村で村内外の多くの皆様に支えられ、本当に様々な貴重な経験をさせていただくことができました。

二年ぶりの東京では、これまで当たり前としていた便利さが過剰で空虚なものにすら思われ、信州の自然に囲まれた人々の暮らしがいかに豊かであるか、離れみて改めて実感する毎日です。

環境は変わっても、すでに第二の故郷とも思える長野県のために今後とも精一杯努めていきたいと思っておりますので、引き続きご指導・ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

末筆ながら皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げ、転任のご挨拶とさせていただきます。

敬具

今橋さんからこの挨拶状を頂いた皆さんは、その翌日に今橋さんが亡くなったことについて驚きを隠せませんでした。

そして、口々に挨拶状の最後に自筆で何と記されていたかが話題となりました。

「竹内さん今橋さんの挨拶状もらった。最後に何て書いてあった。」

「何て書いてあったの。」

「『早く長野に帰りたい。』て書いてあった。」

「私の所へは『長野に帰れるまで がんばります。東京にも来て下さいね。』だった。」

こうした会話は多くの議員と交わしましたが共通している点は、私以外の人への今橋さんからのメッセージは「早く長野に帰りたい。」が圧倒的でした。

この私へのメッセージが他の方と違うのは、紹介したメールのやりとりからも、「早く東京に来て頂き一緒に飲みましょう。」という今橋さんの思いであったと思いますが、今となっては本当の思いは分かりません。

しかし、「早く長野に帰りたい。」という多くの皆さんに寄せたメッセージは、任期付き職員として長野県のために尽くしたいと思い応募し採用された今橋さんの原点が感じられ、私は、なぜ優秀で仕事ができ任期付き職員としての仕事を全うしようとした今橋さんを知事が嫌ったのか、どんな言い訳をしても許せません。

その後、分かったことですが今橋さんは王滝村から東京へ移動しても、これまで村の財政再建に取り組んで来た「村職員」としての立場や村民としての立場を尊重し、王滝村に住民票を置いていったのです。

私は、この話しを聞き自分のためのパフォーマンスでなく、本当に王滝村のために献身的に尽くされた今橋さんの姿勢を痛感し感動しました。

今橋さん。

長野の真の改革のため「任期付き職員」としてきて頂き、しかも、自分のためだけでなく本心から長野県を愛し仕事をして頂きありがとうございました。

心から御礼申し上げます。

でも、今の県政について本音の話をすれば、県職員が「県民益」のためになると思い「真の改革」を提案すれば、そのことが知事の実績でなく提案者の実績となってしまうことを恐れるのか、今橋さんを異動に次ぐ異動で排除しようとしたのでしょうね。

真剣に県政改革を考え「任期付き職員」に応募した今橋さんにとって、現知事の対応は余りにも自分のことばかり考えていて納得できるものではなかったと思います。

私は、真の「県政改革」を実践していた今橋さんの追悼のためにも、自分のことしか考えていないために県政を混乱させている現県政の改革のため頑張る決意に燃えています。

さぞかし、言い足りないことがあり、王滝村の今後も心配で悔いが残っていると思います。良く今橋さんは、議会の対応について「詰めが足りない」と言いましたよね。私は、その言葉を今でも胸に抱いています。

今橋さんの気持ちを、これまで今橋さんが命を縮めてまで、全力伝えてきた皆さんからお聞きし、真実を明らかにしたいと思っていますので、やすらかに、お眠り下さい。

残酷で冷たい県政

私が、この記事をHPに掲載してくばらくして、今橋さんと友人であった方から、メールをいただきました。

そのメールには、「今橋さんが知事に抗議しようと準備したメールです。」として、下記に紹介する今橋さんが知事と副知事に送ろうとしていたメールの「案」が添付されていました。

「このメールは知事宛に抗議しようと今橋さんが作成して事前に、相談してきた時のものですが、この内容では、『退職することに同意し』ともとれるので、やめたほうがいいし、今は自分からアクションを起こさない方がよいとアドバイスしてしまったため、知事、副知事には送信していないと思われます。ただ、退職に関しての経緯、事実関係を知っていただきたく、竹内議員さんにお渡しします。」とされていました。

以下その内容を紹介しますが、このメールで問題となるのは、今橋さんがこのメールを友人に送信した今年2月18日以前の、「1月26日に副知事を通してお伺いした『今期限りで退職、従わない場合には一号俸下げた上でどこか外への異動』との知事のご指示への対応につきましては、信頼できる方々からのご助言も頂き私なりに考えさせていただきました。」と、知事の意向が示されていたことが記載されていることです。

また、「田中知事の私兵として雇われたんだから、知事が『使わない』といっている以上しかたがない」とのことでした。そうした理由であれば、私があれこれ反論させていただいたところで知事のお考えが変わることはないと思い、先日10日に改めて副知事にお目にかかり、知事のご指示に従う旨お伝えさせていただいた通りです。」としていることです。

しかし、2月議会の質問や6月議会での議員の質問に対し、澤田副知事は「くだけた席(飲み会)で、新しい境地を開きたいと言った。」との答弁に終始するとともに、知事もこうしたやり取りがあったことについて明らかにしていまん。

いかに、任期付き職員を知事の「私兵」としか思っていない冷たい現県政の姿かお分かり頂けると思いますし、知事や副知事がなぜ真実を語ろうとしないのか、逆に今橋さんのメールが真実であるか、何も語ろうとしない知事や副知事の無責任な逃げの態度が物語っています。 (その詳細は、この件について6月議会で質問した、森田恒雄議員のインターネット中継をご覧下さい。)

このメールをご覧いただき、まだ、ここに及んでも真実を語ろうとしない、知事及び副知事に真実を語らせるため、他に今橋さんの心境や、事実関係が分かる情報がありましたら是非教えて下さい。

今橋さんが友人に相談するため知事、副知事に送るメールの「案」として、送ったメール。

県民
  • 送信者: "今橋 里枝"
  • 宛先:
  • 件名 : 案
  • 日時 : 2006年2月18日 15:30

田中康夫様、

CC:澤田祐介様

瀬戸新村長の知事、副知事へのご挨拶につきましては、議会開会当日のお忙しいところ2月22日にお時間を取っていただき、ありがとうございます。

正午前に瀬戸村長が市町村課長のところにお伺いいたしますので、よろしくお願い致します。

この瀬戸村長の折に、私の退職に関連しまして知事にお願いしたいことがあり、メールをさせていただきました。

1月26日に副知事を通してお伺いした

田中康夫

「今期限りで退職、従わない場合には一号俸下げた上でどこか外への異動」

との知事のご指示への対応につきましては、信頼できる方々からのご助言も頂き私なりに考えさせていただきました。

副知事のご説明では、今回の知事のご判断は私のこの2年間の業績を見た上で下された判断ではなく

康夫派

「田中知事の私兵として雇われたんだから、知事が『使わない』といっている以上しかたがない」

とのことでした。

そうした理由であれば、私があれこれ反論させていただいたところで知事のお考えが変わることはないと思い、先日10日に改めて副知事にお目にかかり、知事のご指示に従う旨お伝えさせていただいた通りです。

しかし、王滝村では既に新村長から、先日もご報告した特産の赤蕪を使った加工品の商品化や前村長にご提案した再生計画の実施、村民が元気になる村づくり等について、是非力を貸して欲しいと言われているほか、多くの村民の方からも

女性

「これからがまた大変だけど、よろしく。がんばって。」

と期待や励ましを頂いています。

私の「自己都合」でこうした村の皆さんの期待を裏切り村を見捨てた、あるいは与えられた仕事を途中で放り出した、と周囲に受け止められるのは自分としてはなんとしても不本意です。

http://www.ne.jp/asahi/nagano/21/news/2006/n_06070100.html


奥秋

2006年7月8日

ショック!今橋さん急死の陰に、自宅売却直後に東京へ異動

田中知事ら、おとな三人のいじめ──人間の皮を被った獣の所業

慎重すぎる報道は、かえって信用を失う

県の任期付き職員で、5月7日急死した今橋里枝さん(45)のことが長野県議会6月定例会本会議で取り上げられた。

6月30日の本会議一般質問で森田恒雄議員(協働ネット)が田中知事などを、

議員

公務災害ではないか

─と追求した。

最近になってわかったことだが、今橋さんは心臓に持病があり、以前から不整脈の薬を飲んでいた。

3月まで長野県王滝村に勤務していたが、ここでは木曽病院に通院していた。

東京に転勤する直前には入院してカテーテルでの検査を行なっていた。

ペースメーカーを入れることも検討されるほどだった。

そんな体調の中、東京で一週間ホテル暮らしをした後、引越し作業を行なっていた。

忙しくて満足に病院にもいけない状況だった。

私が今橋さんのお姉さんに聞いた話では、引越しもかなり心労のタネになっていたという。

4月からの東京事務所勤務では、”ひと月50社”の企業誘致訪問ノルマを”毎日業務報告を出す”という監視体制の中でこなしていた。

4月10日から27日までの18日間で52社を訪問していた。

そして、連休最後の7日午前中、引っ越したばかりの自宅から

県民

「気分が悪い」

と知人に電話し、通報を受けた消防隊員が病院に搬送したが、亡くなった。

今橋さんは東京にある、有名なチョコレートメーカー・ゴディバジャパンに以前勤務していた。

東京に自宅があったが、長野県に骨を埋める覚悟で自宅を最近売却したところへ東京に異動になった。

今橋さんは休日に自分で車を運転して東京の自宅に帰っていたようだ。

生前今橋さんの携帯に電話したとき、その途中だったことがあった。

私はプライベートなことはほとんど知らないが、親しくなった議員や職員には自分はバツイチだとさらりと語っていた。

そんな彼女にとって自宅を売るということはかなりの決意のものだったことは想像に難くない。

もし、自宅売却を知っていてわざと異動させたとしたら、これは許されることではない。

答弁の様子を見ていると、知っていて異動させた気配が濃厚だ。

もしわざとでないのなら、今橋さんは元々東京に自宅があるのだから東京に異動させました─というようなニュアンスの言い訳をするはずだがそうしたことは言っていない。

多くのいじめがそうであるように、まさか死ぬとは思わず面白半分の嫌がらせでやった可能性が大だ。

普段は多弁な田中知事だが、森田議員の質問に、ほとんど聞き取れないような小さな声で、見当違いなことを短く答えることのみだ。

医師でもある澤田祐介副知事は

議員

「今橋さんの自宅売却を知った上での異動だったのではないか」

と問われて

康夫派

「この件に関して医者としてこれ以上コメントするつもりはない」

と逃げている。

多少なりとも良心が残っていたのだろうか。

松林憲治経営戦略局長は

松林憲治

「今橋参事は長野県に貢献した」

などとチグハグな答弁をしている。

松林局長は他にこんなこともやっている。

≪職員自殺!≫ 松林経戦局長に書類投げ付けられ、その後

2006年3月3日

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/50657571.html


松林経戦局長、連夜のタクシー帰宅 月6万円!

2005年9月8日

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/31040076.html

白昼堂々、長野県議会という公の場で人間の皮を被った獣どもの狂態が演じられた。

知事らの答弁に議席から「嘘つきぃー」という野次が何度も飛んだ。

追求した森田議員は

議員

「死人に口なし」


議員

「おとな三人のいじめがあった」

と断じている。

この場面は人の死に悼みを感じない田中県政の実態を雄弁に物語っている。

録画されて県のホームページにアップされているが、それほど多くの人が見たわけではない。

多くの人に知ってもらう価値あるものだ。

10分ほどにまとめてCDやテープにダビングして配布すれば、田中県政の実態を目で見てわかってもらえるのではないか。

森田議員の質問の様子

http://www.pref.nagano.jp/gikai/tyousa/movie/library1806.htm

上をクリック後、6月30日(金)の

森田 恒雄議員(ネット)

1 県職員の管理と人事について

と記載されている部分右側のテレビの絵をクリック。

森田議員登壇は タイマーで 50:10 ごろから。

今橋さんの問題については 1:00:30〜1:25:00 ごろまで。

自宅売却を知った上での異動ではないか?と追求の場面は1:06:00 頃から

竹内久幸議員(協働ネット)が自身のホームページで今橋さんとやり取りしたメールを公開している。

http://www.ne.jp/asahi/nagano/21/index.html

今橋里枝さんを偲ぶ。(改訂版)

http://www.ne.jp/asahi/nagano/21/news/2006/n_06070100.html

その中で注目されるのは以下のもの。

このメールには議員らが東京事務所に行った際、今橋さんと会えないように<直前に「今橋は急遽営業にでた」ことに>する指示があったと書かれている。

県民

■ こんばんわ、今橋です。 (2006.4.13)

現地調査などで東京にお越しの際は、ぜひ声をかけてください。

(ただし、事務所ではお目にかかれないかもしれません。

昨日フォーラムさんと志昂会さんが来らた時には応対者に私の名前が入っていたにもかかわらず、直前に

「今橋は急遽営業にでた」

ことにするようにと「どこか」から指示があったらしく、外出を余儀なくされました。

バカバカしいですけどね。)


下のメールでは

田中康夫

「今期限りで退職、従わない場合には一号俸下げた上でどこか外への異動」

と書いてある。

他にもこのようなことが書いてあり、これらはこれまでの県の説明と食い違うものだ。

康夫派

「田中知事の私兵として雇われたんだから、知事が『使わない』といっている以上しかたがない」


今橋さんが友人に相談するため

知事、副知事に送るメールの「案」として、送ったメール。

県民
田中康夫

「今期限りで退職、従わない場合には一号俸下げた上でどこか外への異動」

との知事のご指示への対応につきましては、信頼できる方々からのご助言も頂き私なりに考えさせていただきました。

副知事のご説明では、今回の知事のご判断は私のこの2年間の業績を見た上で下された判断ではなく

康夫派

「田中知事の私兵として雇われたんだから、知事が

田中康夫

『使わない』

といっている以上しかたがない」

とのことでした。

そうした理由であれば、私があれこれ反論させていただいたところで知事のお考えが変わることはないと思い、先日10日に改めて副知事にお目にかかり、知事のご指示に従う旨お伝えさせていただいた通りです。


慎重すぎる報道は、かえって信用を失う

非人道的ともいえるような田中知事ら県幹部の対応を、マスコミは下の記事のようにごくあっさり報じているだけだ。

酷いことが行なわれているのに、酷ければ酷いほど「酷いから」という理由で大きく報じられないマスコミの判断基準はおかしくないか。

このような記事からどれほどの真実が伝わるというのだろう。

地元、信濃毎日新聞も大同小異の扱いだった。

ネット上で私が目にしたのはこの毎日の記事だけだった。

マスコミがこのように消極的になるのはセンセーショナルリズムを排するためだが、昔ならいざ知らず、現代においてマスコミ報道を鵜呑みにしてセンセーショナルに陥る人は少ないのではないか。

世論は熟成しているし、情報ルートも複数用意されている。

望むなら一般市民がインターネットを介して直に一次情報にアクセスし、真偽を確かめることも容易だ。

たとえマスコミがセンセーショナルな報道をしたとしても、事実はたちまち明らかになり、センセーショナル報道をした側が信用を失うだけだ。

慎重すぎる今のマスコミ報道は事実との乖離を生み、かえって市民の信用を失っているのが実態ではないのだろうか。

県議会:森田議員、今橋さんのメール公表 /長野 毎日新聞

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/nagano/news/20060701ddlk20010081000c.html

県議会一般質問3日目の30日、森田恒雄議員(協働ネット)が、5月急死した任期付き職員だった今橋里枝さん(当時45歳)について、副知事に退職を求められたとする内容の電子メールを公表した。森田議員によると、今橋さんが王滝村へ派遣されていた時期に「田中知事の私兵として雇われたのだから、知事が『使わない』といっている以上、仕方がない、と副知事に説明を受けた」と書かれているという。

このメールに対して、澤田祐介副知事は「昨年末、今橋さんから『新しい境地を開きたい』と聞いた。退職要請をしたことはない」と答えた。また田中知事は「今橋さんのご貢献には大変感謝しています」と述べるにとどまった。

【仲村隆】
毎日新聞

2006年7月1日


当ブログ関連記事

「ぅおーす」があいさつ今橋さんの急死

2006年5月13日

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/50865876.html

Posted by tuigeki

at 14:03

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/51003672.html


県民

マスコミ不信日記」がリンクしている、

「長野県任期付き職員」のページ

http://homepage1.nifty.com/history/sub04kyouju/yasuo/ninki.htm

を初めて読みました。

断片的に聞いてはいたけれど、読めば読むほどひどい話ですよね。

(どうでもいいけど、佐藤崇弘氏(25歳)って依願退職してたんだ。知らなかった。)

税金が無駄遣いされたことだけでも許せないが、人の命がないがしろにされたのだとしたら。

恐ろしい人間です、田中やすおは。

Posted by SQ300

at 2006年8月3日 20:23


県民

革命のために工作員を募集します、などと県の公式ホームページに文章を載せたのは長野県が初めてでしょう。

4年の任期で採用された人が、長野県に移り住んで1年経ったら、「辞表を出して受けなおしてください」ですから、ご家族も大変だったと思います。

もしも田中知事が再選されたら、県の職員は細部に至るまで文書化された命令以外は実行に移さない方が良いと思います。

Posted by 斉藤久典

at 2006年8月3日 23:13

知事会見

平成18年(2006年)8月25日(金)11:00〜12:30 県庁:表現センター

3  今後の任期付き職員について

県民
信濃毎日新聞 宮坂重幸 氏

非常に具体的な質問をいくつかさせていただきたいんですが、一点は今まで採用されてきた任期付職員の方、これは正に知事の改革の理念に共鳴して公募なりで応募してきたと思うんですけれども、その方々については、この先、例えばあの、辞意を示されている方がいらっしゃるのかどうかとか、あるいは知事として、その方々に引き続き県政で、まあ村井さんの下になりますけれども、頑張っていただこうと考えていらっしゃるのか、そこら辺のお考えをお伺いしたいんですが。


田中康夫
信州・長野県知事 田中康夫

さぁ、それはそれぞれの方のお考えなんだろうと思いますよ。

私や副知事や出納長は、正に「コモンズから始まる信州ルネッサンス革命」の同志として働いてきましたから、あるいは、それは教育長の丸山愰氏も同じ思いだと思います。

ですから、同志として集いですね、無論、青山は一般職員ではあったかもしれませんが、特別職になるということを本人も同意をしてなった訳ですから、8月31日で私たちの信州ルネッサンス革命というものは、指揮者が 代わる訳ですから、その下で働くものではないという一つの意思を表示してる訳です。

後は、それは任期付き任用職員の方々がどういう意思をお持ちになるかですし、でもそれは一般職員も60歳まで解雇も倒産とも無縁だ、というのは制度として保障されていることであって、それはそれぞれ私のように正に良い意味でフリーランスとしてですね、後ろ盾のないところで、記者クラブというようなものの後ろ盾のサロンとは無縁の場所で、表現を行ってきた者からすれば、職を転ずるとか、いうことなのではなくて、やはりそれぞれ自分の意思を持って共に信じられるものと働ける場所を求めるというのが私の今までの生き方ですから。

でもそういう生き方ではない方もきっと人間の中には多々いらっしゃると思いますし、それはしがらみを乗り越えるのが難しい方々もたくさんいらっしゃるんでしょうから。それはそれぞれのご意思じゃないでしょうか。まあ、青山や澤田は少なくとも私と同じ覚悟を持っているということなんだと思います。


県民
信濃毎日新聞 宮坂重幸 氏

あの、今の時点でですね、知事に対して、その、辞意を一緒に、まあ一緒にというと変ですけれど、8月末でですね、辞職したいという方はいらっしゃるんでしょうか。


田中康夫
信州・長野県知事 田中康夫

あの、それは8月31日に分かることなのではないでしょうか。


奥秋

2006年8月30日

難題!県政の寄生虫、任期付き職員の扱い方

田中知事の理念に共鳴してなったはずが、田中知事がいなくなっても居残る人が大半

任期付き職員の身の振り方が注目を集めている。

彼らは田中知事提唱の「信州ルネッサンス革命」に共鳴して集まった革命の同志だから、田中知事の落選にともない退職するのかと思いきや、そういう人はいないらしい。

今のところ今月一杯で退職するのは一級建築士の資格をもつチームER所属の石川春乃企画幹一人だけ。しかも、退職理由は家族の健康問題。石川さんは静岡県出身で実家は工務店。父親が病気なので実家に戻るというのだが、これを額面どおりに受け止める人は少ない。

一級建築士とは関係ない仕事が多く、ガラス張り知事室勤務で秘書みたいなことをしていることが多かった。

任期付き職員はこの石川さんが辞めれば、16人になる。これが問題だ。本人が辞めるといわなければ辞めさせられない。

一人年間一千万円以上の高給を食んでいる。そのくせろくな仕事はしていない。

田中県政下ではそれなりに要職に置かれていたが、村井県政下では産業廃棄物なみの邪魔物でしかない。

閑職への配置転換が予想されるところだが、それでも給料は同じ。県民の税金から彼らに高給が払われる。

その人でなければできない特別な能力を持っていることが任期付き職員の資格だったのだが、田中県政下では田中知事にゴマをすることがその資格になっていた。

そういう人たちだから、正直言って問題のある人ばかりだ。

田中知事がいなくなった後はさらに居にくいわけだから、他に行くところがある人はさっさと辞めて出て行くはずで、行くところのない人たちばかりが残ることになる。

そもそも、常識のある人は2〜3カ月もいれば田中知事の実態と自分のおかれている立場が分かるはずで、それでもいるというのは金目当てでしかない。

藤村優香理(45)行政システム改革チーム企画幹は、元エステ会社勤務らしく県職員らしからぬ派手な服装で人目を惹いている。

彼女のこれまでの最大の仕事は、県庁内のトイレに花の一輪挿しを置くことで、6月6日と6月22日の部長会議でこの「花一輪運動」について幹部が貴重な時間を費やして議論している。

会議録でその様をみると、まるで小学校の学級会のようだ。その部分は会議録の下の方にある。見つけやすいように青色で着色してある。

6月6日 部長会議録

http://tinyurl.com/fbfoa

6月22日 部長会議録

http://tinyurl.com/h56kr

29日午後、

藤村さんの仕事振りや、新県政についての感想と身の振り方を聞こうと思って電話したのだが、質問の内容を察知するやいなや、けんか腰になって2〜3分後にはすごい剣幕で電話を叩き切ってしまった。

スンゴイひとだぁ〜。

彼女の勇名は県庁内どころか、県下の自治体にまでとどろいていて、上司もうっかり注意もできないノーコントロール状態だ。

辞める気はさらさらない。

こんな人でも一旦雇った以上は簡単に辞めさせることができない。

こういう手合いは自分の資格や経歴などを水増し申告していることが多いから、この際洗いなおす必要がある。

興信所の勤務経験があるような専門の職員を任期付き職員として雇ったほうがいい。

そうすると、任期付き職員を辞めさせるための任期付き職員を雇うことになるのか?

残任期間は人によって違うが、最長で二年間も居残ることになる人もいる。その間なにもしない人に高給が払われることになる。

それが目当てで彼らは辞めない。

田中支持者 VS 任期付き職員 で討論会を

ここで一つひらめいたのだが、田中知事の会見に集まるような支持者と任期付き職員を対決させたらどうなるだろうか。

きっと最高に面白いものになるだろう。支持者の方は任期付き職員に呼びかけてやってみたら。

「村井県政下で任期付き職員はどうルネッサンス革命を実行するのか?」なんてタイトルはどうだろう。

Posted by tuigeki

at 00:01

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/51119807.html

フォトダイアリー 知事の一日

8月31日(木)

辞令交付(1階知事室)

写真を大きく写真  辞令交付 写真を大きく写真  ガラス張り知事室の張り紙
退職する石川春乃企画幹、着任する野崎真技術幹に辞令交付を行いました。 いよいよガラス張りの知事室も本日がファイナルです。

http://yassy.system-a.org/keiei/kouhout/chijiphoto/chijiday.htm


県職労:昇格人事めぐり抗議 /長野

県職員労働組合(高橋精一委員長)は31日までに、同日付で発令された県職員人事の昇格人事に関し、「人事権の乱用」などと口頭で、小林資典・人財活用チームリーダーに抗議した。

同チームでは

「公平、適正な人事異動だと考えている」

と話している。

県が同日付で発令した人事は、政策促進チームの主任企画員(課長補佐級)を課長級へ、技師から主任への2件の昇格人事。

県職労の塩川和彦書記長は

「知事の退任に合わせて人事異動するのは、極めて遺憾である」

と話している。

一方、県は同日付で任期付き職員1人の退職を発表した。

退職するのは、チームER企画幹兼統計チーム企画幹(課長級)の石川春乃氏(38)。

田中知事が、03年2月から導入した「特定任期付き職員」の任期途中での退職者はこれで11人目(死亡退職を含む)。

現職職員は16人になった。

【川口健史】
毎日新聞

2006年9月1日

議員

臨時県議会の課題にご意見募集!

投稿者:竹内久幸

投稿日:2006/09/10(Sun) 23:03 No.17

知事選挙で村井新知事となり、9月13日(水)〜15日(金)の日程で臨時県議会が開催されます。

この議会は、問題となっている県教委の「高校改革プラン」による統廃合が、来年度からの実施であり中学生の受験への対応の判断が迫っていることや、新知事のもとで速やかな変革を行うため副知事などの特別職を早く任命したいという村井新知事の意向で開催されるものです。

提案される議案は、副知事や議会選出監査委員、公安委員会委員など特別職の選任3件と、高等学校の統合についての9件です。

なお、特別職の選任のうち副知事を2名体制とし、そのうち一人は前大町市長であり県市長会長であった腰原愛正氏を提案したいことが各会派へ伝えられましたが、県民や議員の中には腰原氏が知事選挙で村井氏の選対本部長を務めたことから「論功行賞」と県民に受け止められるとして慎重な対応を求める声があります。

私達会派としては現時点では腰原氏の提案は、村井知事が公約した市町村主役の県政づくりという柱からすれば、当面、市町村長を代弁し壊された市町村との関係を正常化し、新たな関係を構築するために村井氏が選んだ人選と理解しています。

しかし、「論功行賞」と県民に受け取られるのであれば、例えしばらく副知事1人体制であっても県職員からもう一人の副知事を任命した方が県職員の士気を高めることになり、「県民益」となるとの強い意見もあります。

一方、噂されている村井氏の衆議院時代の秘書3人を任期付き職員として起用することが本当であるとすれば、田中前知事が同様のことを行い県職員との信頼関係を失い結果として県民生活に影響を与えたことを考えれば、県民から見て「村井県政は論功行賞や側近政治」とレッテルを貼られることとなり、その場合には腰原氏の副知事人事案について反対すべきとの声が大勢を占めています。

村井新知事は私達会派の「今後の県政運営に関する提案」を申し入れた時にも、「県組織が壊されすぎている。」として、当面の課題を県組織の再編に熱意を燃やしていますが、かといって県職員を信用せずに国会議員として村井氏を支えて来た秘書の皆さんよりも本当に村井氏の思いを代弁する職員がいないのか、また、村井氏がそのためにどんな努力をしたのか疑問であり、何か県民のためと言うより自分の秘書の「身分」を自分が選挙に勝利したのだから当然という感覚(国政の)が支配していると私には思えます。

今日の新聞報道によれば、衆議院時代の秘書3人を任期付き職員として起用することは、「白紙に戻す」として当面見送るようですが、この間の村井知事の様々な発言からして村井氏は官僚や大臣経験など国政の感覚で県政を捉えており、まだ起用をあきらめていないような気がします。

この国政感覚で地方自治を捉えていると思われる点は、今後の県政運営における議会との大きな論点になりそうですが、それらのやりとりの中で時が解決すれば良いのですが…。

高等学校の統廃合の議案については、知事の意向は「独立機関」としての教育委員会の意思を尊重するとし明言を避け、結果として議会が可決した条例改正により議会に責任を「まる投げされた」格好になっています。

私は、9月6日知事に対し会派として「結論に一定の時間を置き、さらに県民合意を重視した対応」を求めた「県民合意」という観点からすれば、全ての議案を否決し、もう一度白紙から検討するのが原則であり、今後、一年以内に県議会や市町村が中心となり関係者と連携し責任を持って結論を導き出すべきではないのかと思います。

しかし、これまでの「高等学校改革プラン実施計画」への策定過程への当事者の反応や、、地域での合意形成に温度差がある現実を考えれば、提案される一つ一つの議案について、市町村長や地元合意、生徒の合意を尺度として判断しなければ混乱が生じることも考えられます。そこで、私としては、まず来年度から実施することに合意されているとされる地域について本当に問題は無いのかを議会として確認し、何ら問題が無ければその議案を可決し、後は白紙からもう一度検討することにするしかないのではないかと思っています。

この判断に当たっては、県議会に出された請願や陳情、地元市町村の意向、そして何よりも地元選出県議の判断が重視されることは当然だと思います。

但し、来年度からの実施が決まった地域にも、「不公平感」や「ごね得」など不満を持っている地域も当然ありますから、他の地域のその後の再検討に当たっては、議案を提案し判断した県議会は当然として、今回判断を県議会に「丸投げした」村井知事及び県教委、そして当事者である地元県議や市町村等が、少子化が進んでいる現況や県の財政状況を直視し真摯に次のステップに向けて前向きに検討するということが前提です。

臨時県議会では、これらの指摘した悩ましい課題がありますが、私の対応についてご意見やご提言をお寄せ下さい。


県民

任期付職員について

投稿者:ya-mana

投稿日:2006/09/10(Sun) 23:21 No.19

村井新知事が国政時代の秘書を、任期付職員にすることを検討している件ですが、止むを得ない面もあると思います。

現在の県庁には、新知事と付き合いが長く、気心の知れた職員はいないし、かといって正規の職員として、今期限り?かも知れない村井新知事の専属秘書を終身雇用するのもおかしな話です。

だとすれば、「任期限定」で多忙な知事との連絡調整役として、円滑に県政を進めるためにも、気心のしれた国会議員時代の秘書に来てもらう、というのは良い気もしますが。

名前が挙がっているご本人に合って話を聞いてみるのが一番だとは思いますけど。


議員

Re: 任期付職員について

竹内久幸

2006/09/10(Sun) 23:39 No.20

早速の投稿ありがとうございます。

ただ、今期限りの知事の専属秘書を終身雇用するのもおかしな事から、私は県職員内部からの人材を求めているのです。

「だとすれば、任期限定で多忙な知事との連絡調整役として、円滑に県政を進めるためにも、気心のしれた国会議員時代の秘書に来てもらう、というのは良い気もしますが。名前が挙がっているご本人に合って話を聞いてみるのが一番だとは思いますけど。」ということですが、会うことも必要と思います。

ただし、私は現時点で会ってはいませんが、身内の議員からも良い評価がないために、このような問題が起こっていると思っています。


県民

Re: Re:任期付職員について 

ya-mana

2006/09/11(Mon) 02:10 No.21

報道では、「論功行賞」になるから、というのが主な反対理由であるかのように言われていますが、そうではないのでしょうか?

もし、候補者の方の知事秘書としての適性に疑問符がつくのであればそれを表に出していただいた方が県民にはわかりやすいでしょうね。

現状では、候補とされる方がどういう方か、県民にはまったくわかりませんから。

只、候補の方を傷つけないための配慮として、ご本人の適性や性格(もちろん名前も)が表にでないよう、「論功行賞」が反対理由にされているのだとしたら、これは県民には判断しようがなく、以前公安委員か何かの人事案の否決理由が明確にされなかったときのような、後味の悪さが残ってしまいます。

色々難しい面もあろうかと思いますが、県庁内にこれと思われる人材がいるなら、その人材を知事に推挙してはいかが?と思いますし、知事の方でこれと思われる方に、議会の方でも話を聞いてみて、結果として国政時代からの方と県庁出身者、双方が秘書としてつく、という選択もあっていいのかな、とは思いますが。


議員

Re: 任期付職員について

竹内久幸

2006/09/12(Tue) 22:28 No.23

今日、村井氏と会う機会がありましたので、明日提案する副知事の人事の内一人は反対するかも知れないことを伝えました。

提案理由については一致しますが、前知事が220万県民のためにと言いながら、前知事を指示した53万人に依拠する会を作った矛盾だらけの自己保身の前県政に投票しなかった、167万人の県民の皆さんに、今後の県政運営をどの様に行うという視点で一致しました。

しかし、副知事提案の一人についての村井氏の思いも様々聞きましたが、村井氏は最後に私は頑固というので、私も頑固と言いました。

話の中から感じることは、知事に就任してから前知事により壊されている組織と県職員への不信感から「県民のために仕事をする」側近秘書を起用したがっていますね。

現況が私も良く分かる故に、近日中に対応したいと思います。

でも、副知事の一人の議案の対応は、最近、怪文書等も届いており、私は今後の県政運営をより良くするために、賛同すべきとないと思うのですが、ご意見をお寄せ下さい。

村井知事、衆院議員時の秘書起用せず

2006年9月10日

衆院議員時代の秘書3人を任期付き県職員として採用する構想のあった村井仁知事は9日までに、見送る意向を決めた。

県幹部を通じて、議会側に知らせた。

秘書の起用には、知事選で村井知事を支援した県議らの間でも「論功行賞と見られる」などと反対の声が強かった。

支援した県議会7会派は8日、任期付き職員の登用を慎重にするよう村井知事に申し入れていた。

村井知事は13日からの臨時議会に、知事選で選対本部長を務めた腰原愛正・前大町市長を副知事に起用する人事案を出す方針。

秘書の採用断念は、副知事人事案への議会側の理解を求めるためとの見方がある。

朝日新聞

10月21日(土)

部長級浅田氏が退職へ 「任期付き」知事選後2人目

県が2005年7月に採用した任期付き部長級職員の浅田耕治・行政システム改革担当参事(51)が、2年間の任期を8カ月残し、31日付で退職することが20日、分かった。田中前知事が採用し、8月の知事選後に退職する任期付き職員は同氏が2人目。

浅田氏は取材に

「新体制下であらためて人事制度を再構築していくには、来年6月までの任期では時間が足りない」

と話している。

同氏は任期付き職員の公募に応じ、人材派遣会社リクルートスタッフィング(東京)の執行役員から転身。

県職員の目標管理制度や研修制度づくり、組織再編などを担当した。

県はこれまでに計27人の任期付き職員を採用。前知事時代に任期途中での退職が相次いでおり、浅田氏の退職で在職者は15人となる。

村井知事は9月県会の代表質問で、任期付き職員について

「さまざまの経験を持つ人材を活用することは悪いことではない」

と答弁している。

SBC信越放送

王滝村で新種のかぶの試食会

10/29日16時11分

王滝村で新品種のかぶが初めて収穫を迎え試食会が行われました。

「王滝甘かぶら」と名づけられたかぶは村特産のかぶを4年かけて品種改良したもので特有の甘さがあり柔らかいのが特徴です。

試食会では甘かぶのテリーヌや寿司などの料理が出され訪れた人がさっそく味わっていました。

会場ではかぶやかぶの皮を漬け込んで作った真っ赤な酢も即売され人気を集めていました。

村では「王滝甘かぶら」をブランド化し村の特産品として売り出していきたいと話しています。

11月25日(土)

知事、3人目元秘書採用を検討 「側近人事」と反発も

村井知事は24日の記者会見で、衆院議員時代の公設第一秘書だった右近謙一氏(57)を、県の任期付き職員などとして採用する考えがあるかどうか−との質問に「検討中だ」と述べ、前向きな姿勢を示した。

起用する場合のポストは「その時に説明する」と述べるにとどまった。

知事は就任後、衆院議員時代を含む自身の秘書2人を、知事の特別秘書と県東京事務所次長(任期付き課長級職員)に起用。

県会などからは「側近人事につながる」との批判が出ており、3人目となる右近氏の採用にはさらに強い反発も予想される。

知事は会見で、右近氏の採用時期については「分からない」とした上で

「(私が)期待している役割というものを、できるだけ適切に説明していきたい」

と述べた。

右近氏は広島県出身で防衛大卒。航空自衛官を経て、村井知事の衆院初当選(1986年)時から秘書を務めた。

知事が昨年9月の衆院選に出馬せず、国政を引退した後は一時、自民党の後藤茂之衆院議員(長野4区)の秘書も務めた。

11月30日(木)

知事、元秘書3人目採用へ 危機管理担当参事に

村井知事は29日、衆院議員時代の公設第一秘書だった右近謙一氏(57)=東京都世田谷区=を県の任期付き職員として12月1日付で採用し、「総合的な危機管理(施策)の企画調整」を担当する参事(部長級)として処遇することを明らかにした。

任期は知事が任期満了となる2010年の年度末(11年3月31日)までとした。

知事は既に自身の秘書2人を県東京事務所次長(任期付き課長級職員)、知事特別秘書として採用しており、右近氏で3人目となる。

右近氏は広島県出身。1972年に防衛大卒業後、航空自衛官となり、86年6月に退官。

村井知事が衆院選で初当選した同年7月から秘書を務めてきた。

知事は29日、右近氏の任務について、取材に対し

「元消防庁長官の板倉副知事の下で、まずはこれまで不十分だったテロ対策など政治的、人為的なリスクにどう対応するのかを研究してもらう」

と説明。

右近氏の経歴については

「航空自衛官として、私が国家公安委員長時代の秘書として、さまざまなリスク管理を担当してきた」

と強調した。

右近氏の採用をめぐり県会などから「側近政治になりかねない」といった強い反発が出ていることに対し、知事は

「側近の重用という批判はあえて受けるが、彼がどういう行動を取るのか見ていただきたい」

と述べた。


知事、元秘書を部長級参事に

県議会と職員労組「側近政治」と批判

村井知事は29日、衆院議員時代の公設秘書・右近謙一氏(57)を任期付き職員に採用する人事を発表した。

役職は部長級の参事で、発令は12月1日。

危機管理と政策調整担当としているが、元秘書の県職員採用は3人目となるだけに、同月7日開会の県議会12月定例会では、「側近政治」との批判がいっそう強まる見通しだ。

また、県職員労働組合も、右近氏の採用について県人事課に疑問を呈した。

右近氏は防衛大学校を卒業後、1972年に航空自衛隊に入隊。

86年、航空幕僚監部副官を最後に退官し、当時衆院議員だった知事の公設秘書となり、昨年まで約20年間務めた。

県によると、右近氏は板倉敏和副知事のスタッフとして勤務し、危機管理局と知事、副知事の間の調整役や、県と自衛隊などの連絡調整、県政一般の政策調整も担うという。

任期は11年3月まで。

知事は記者団に対し、右近氏の自衛官の経験を挙げて危機管理に通じているとし、

「適切なキャリアを積んできた。能力も十分だ」

と説明した。

「側近政治」との批判が出ていることについては、

「よく承知している。批判はあえて受ける」

と述べた。

以前から県議会が反発していることに対しても、

「全面賛成を期待していない。緊張関係がある方が県民のためにもなる」

と強気の姿勢を見せた。

これに対し、選挙で村井知事を支援した会派からも異論が出ている。

志昂会の高見沢敏光幹事長は

「感心しない。板倉副知事が危機管理能力を買われて起用されており、スタッフは十分足りている」

と述べた。

一方、県職員労働組合(高橋精一委員長)が問題にしているのは、右近氏の採用が

  1. 〈1〉任期付き職員の制度から逸脱していないか
  2. 〈2〉側近を身近に置くことで「権力の二重構造」にならないか

――などの点。

条例では、任期付き職員の採用について、専門的な知識・経験を持つ職員を「部内で確保することが困難」な場合と定めている。

この点について、高橋委員長は

「なぜ元秘書でなければいけないのか。危機管理担当というのは、とってつけた理由のような気がする」

と述べた。

2006年11月30日

読売新聞

2006年11月30日

街の流れをブログが創りだす日。

日米だけを見れば1ドルが115円台に戻り少し円高ですが、1ユーロは152円、1ポンドは226円ですから円安ですね。

昨夜はテレビ東京の番組が不動産ファンドの投資対象が海外へ広がっていると報じていましたが、これもまた円を売って外貨を買う動きになるでしょう。

緩やかな円安の影響は、すでに生活に広がっています。日本は資源を輸入して加工する国なので、為替と資源高の影響が大きい。

しかし価格の競争が激しいので、値上げを我慢している会社が多いのです。価格の上昇を抑えるためには、合理化を進めなくてはならない。

企業は正社員の割合を減らして、パートやアルバイトを増やすことを迫られます。

だから賃金が上がりにくくなり、したがってスーパーやコンビニの売り上げが伸びにくくなっているんですね。

読売新聞の長野版によると、長野県の暴力団では準構成員の割合が増えているそうですが、闇の世界でも似たようなことが進行しているのかもしれません。

毎年12月になると1年を振り返る番組が増えますが、たいていが有名人の訃報とか、事件や事故、スポーツの結果、それに政治家の映像を繰り返します。

流行語、ヒット曲、ファッションなどを取り上げて世相を描こうにも、もう大きなヒットが少ないし、国民に共通の趣味や嗜好も弱くなっています。

私は1年の為替、株価、金利、商品の流れを振り返るような番組が出てきた方が良いと思っています。日本は、経済の大国なのだから。

たしかに専業トレーダーの数は少ないですが、専業の主婦の数は多い。

専業主婦の生活は、夫の給与、つまり配偶者の勤め先の状態に大きく影響されます。

いまは主婦にも高学歴で、かつ社会で働いた年数が長い人が増えていますから、節約術のような目先の100円や1,000円の話ではなく、中長期の経済の流れを分かりやすく説明する番組が必要だと思います。

でないと生活の展望を描きにくい人が増えてしまっても仕方がない。

来年も緩やかに金利が上がり、物価が上がり、そして円が安くなると私は予想しています。

何度も書いているように、数字としては弱くても生活の実感としては強く感じられるようなインフレの時代です。

私が地方の街の衰退を憂えるのは、なにも自分の目先の商売のためだけではありません。

いまは大規模な郊外店の時代なので、女性や若い人たちが起業しにくく、高齢者が収入を得る道が厳しくなっています。

となるとネットで存在感を示すことが大事になるんですが、なかなか地方では意識が切り替わらない。

どうして変わらないかといえば、地方で意思決定に関わっている人たちの感覚が古いから。

平沼赳夫が復党をめぐって相談した地元の後援会の人たち。談合をやっていた福島県、和歌山県、宮崎県の面々。

破綻した夕張や財政の厳しい歌志内の責任者たち。みんな、いかにもネットの世界からは遠い顔をしていますが、あれが地方の名士といわれるような人たちの世界なんですね。

きょうは長野県知事の村井さんが、元秘書の右近謙一さんを任期つきの職員に採用すると発表しました。

県内には「側近政治だ」という批判もあがっていますが、私が選挙戦の最中に右近さんとお話したときには、時代の変化や柔軟さを心の中に感じつつも、古い自民党の世界で葛藤を感じている方という印象を持ちました。

「『2ちゃんねる』なんかも、たまに見るんですが、厳しいことが書いてありますね〜」

と語っていた右近さんには、記者会見などの席で、その思いを披瀝して欲しいと思います。

そうすれば古い人たちも、ネットに目を開かざるを得ないですから。

今年の自民党の総裁選では麻生太郎さんがアキバを話題にして人気を集めましたが、地方の議員さんたちも票のためにもネットの話題に触れた方が良いでしょう。

磯崎哲也さんが「小規模事業者へのブログの影響力」について書いています。

お店の評価というのは人それぞれですが、私が感じるのは、お店の評価の基準がネットにおいても「値段、内装、メニュー、味」と、どこかマスコミの編集をなぞったようなパターンが多いこと。

いまはお店によって集う人のタイプにも違いが出ている時代ですから、なかなか客観的な採点というのも馴染みにくくなっています。

街というのは、ひとつひとつのお店が全く無関係に存在しているのではなく、やはり地域性があって、店から店への流れを消費者が創りだす部分も大きいですから、そういう意味では、うちの近所のお店が多く紹介されている92の扉さんが綴っている内容は、独特の旅情が感じられて面白いと思います。

最近は、地方の街でも店の移り変わりが激しくなっています。

学生時代の街を久しぶりに訪ねたら、すっかり様変わりしていて、懐かしいお店も消えていた。そんなことも多い。

だから、以前に住んでいた街の様子をブログで知ろうとする人も増えるのではないでしょうか。

Posted by takahashikamekichi

at 01:22

http://blog.livedoor.jp/takahashikamekichi/archives/51297169.html


村井知事秘書登用問題  県会5会派 撤回など申し入れ

村井知事が1日付で衆院議員時代の公設秘書・右近謙一氏を任期付き職員に採用する人事を発表したことに対し、県議会5会派が30日、撤回や慎重な対応を求める申し入れを相次いで行った。

知事は不在で、腰原愛正副知事や浦野昭治・総務部長が対応した。

トライアル信州、あおぞら、共産党県議団の“野党”3会派は、合同で腰原副知事に人事発令の撤回を申し入れた。

それぞれ

「任期付き職員公募制の趣旨を著しく逸脱している」

「県職員の意欲をそぐ」

「なし崩し的に次々に採用するやり方は、県民を愚弄(ぐろう)するもの」

と手厳しく批判している。

知事選で知事を支援した会派も苦言を呈した。

自民党県議団は、腰原副知事に

「県民各層の意見を参考にするなど、慎重な対応を」

と要望。

県民協働・無所属ネットは浦野総務部長を訪れ、

「本当に必要なのか、時間をかけて内部で検討すべきだ。そう進言しなかったのか」

などと迫った。

2006年12月1日

読売新聞

12月1日(金)

知事の元秘書採用「撤回を」 県会5会派が相次ぎ要請

村井知事が、衆院議員時代の公設第一秘書だった右近謙一氏(57)を県の任期付き部長級職員として採用すると明らかにしたことについて、30日、県会の計5会派が採用撤回などを県側に相次ぎ申し入れた。

共産党県議団(6人)、トライアル信州(4人)、あおぞら(3人)は合同で撤回を要請。

共産党県議団の石坂千穂団長は

「『側近人事』の典型で人事権の乱用だ」

とし、トライアル信州の島田基正代表は、右近氏に危機管理の企画調整を担当させる知事の方針に対し

「元消防庁長官だった板倉氏を副知事に採用しており、危機管理を理由にすることは県民の理解を得られない」

と批判した。

あおぞらの北山早苗代表は

「任期付き職員を公募でなく抜てきするなら、高度の専門性を持つべきだ」

と指摘した。

自民党県議団(9人)の小林実団長らは右近氏の採用が明らかになる前から予定していたという県への申し入れで、

「外部の人材を任期付き職員として採用する場合は、県民各層の意見を参考にするなど、慎重な対応を要望する」

とする知事あての文書を提出した。

これらに応対した腰原愛正副知事は、

「(知事に)しっかりお伝えしたい」

と述べた。

一方、県民協働・無所属ネット(4人)の宮沢宗弘代表らは浦野昭治総務部長に右近氏採用の経過をただした。

浦野部長は

「(内部で)議論した上で結果としてこうなった。ご理解いただきたい」

と答えた。

12月5日(火)

「木曽の赤かぶ」を視察 後世に伝えるスローフードで


HP改ざん:何者かがハッキングか−−王滝村 /長野

王滝村のホームページ(HP)が改ざんされていたことが4日、分かった。

同村によると、3日午後7時ごろ、HPを見ようとした人から、

「トップページが変わっていてリンクのページへ接続できない」

と指摘があった。

確認したところ、トップページの画面が真っ黒になり、白い文字で

「このHPは乗っ取った」

「ここは我々のものだ」

などという抽象的な内容の英文が4行くらいにわたって書き込まれていた。

何者かがコンピューターをハッキングした可能性が高いと見ている。

同村は3日午後7時10分ごろからHPを閉鎖し、4日午前から業者に依頼して修復作業を始めた。

HPの更新などを行っている同村役場再建推進室では

「こんなことは初めてでびっくりしている」

と話している。

【福田智沙】
毎日新聞

2006年12月5日


一般質問で知事「今後も外部の人材活用」

[12月12日(火)]

県議会の一般質問が始まり、国会議員時代の秘書3人を県職員に登用した事について村井知事は、

「今後も外部の人材を活用していく」

という考えを示しました。

一般質問であおぞらの北山早苗議員は知事が衆議院議員時代の秘書3人を任期付き職員などとして採用したことを

「側近人事」

と批判した上で、

「今後もこうした人事を続けるのか」

と、知事の姿勢を質しました。

これに対し知事は、採用した職員を育てる形で行われてきたこれまでの長野県の人事制度について、

「本当に良かったのか長年批判を覚えていた」

と指摘しました。

その上で

「地方分権の中で、高度な専門知識を持った人材を活用するのは大事なこと」

「外部の人材の活用は今後も続けたい」

と述べました。

ABN長野朝日放送

7会派、「適正な人事」求める決議案提出へ

2006年12月12日

村井仁知事が国会議員時代の元秘書ら3人を任期付き職員などに採用したことについて、知事選で村井知事を支援した県議会7会派が、適正な人事を求める決議案の提出を検討していることが11日、明らかになった。

開会中の12月議会で可決される見通しだ。

元秘書3人のうち2人の採用形態となった任期付き職員は、地方公共団体の一般職の任期付職員の採用に関する法律で定められているが、採用の際、議会の議決は必要ない。

議会内には

「法改正を国に求めることも考えるべきだ」

(自民党県議)

との声も出ている。

村井知事に野党的立場を取る共産党県議団も同様の決議案を検討している。

石坂千穂団長は

「趣旨が同じならば、(7会派の決議案に)同調してもいい」

と話している。

朝日新聞

村井知事:「外部人材登用今後も続ける」−−県議会で /長野

12月定例県議会一般質問が12日から始まった。

村井仁知事が衆院議員時代の秘書3人を県職員に採用したことについて、北山早苗議員(あおぞら)が「側近人事」ではないかと指摘されると、村井知事は「専門知識を持った人材を活用するのは重要。

外部からの登用を今後とも続けたい」と述べた。

一方、県職員の収賄事件について、村井知事は

「県民のみなさんに重ねておわびを申し上げる。事実関係を確認の上、厳正な処分を行いたい。職員からチェック体制の改善策に対する意見を募り、新たな倫理監督部門を設置し、法令順守を徹底したい」

と話した。

【仲村隆、川崎桂吾】
毎日新聞

2006年12月13日

反省を求める議会の決議って、、、、

2006/12/23(土) 午前 10:58

大宮で税理士政治連盟の会議に出席した後、青年会議所時代の仲間と忘年会。

県の会長をした際の事務局メンバーが40歳を越えて卒業するのでお祝いをしました。楽しいひと時でした。

長野県議会総務委員会では知事が国会議員時代の秘書を任期付職員として採用した事を反省するよう促した決議をしたとの記事がありました。

知事に反省させてどうするのか?

我々民間の経営最前線では常に結果責任を問われ倒産と背中合わせになりながら塀の上を駆け抜けている。

反省を促したところで、任期付職員の採用そのものを変えさせられないとしたら、その決議の意味って一体何なのだろう。

任期付職員採用そのものについての是非及びその結果責任はどうなっているのか。曖昧なままだ。

これでは、単なる県民へのパフォーマンスと思われても致し方ない。

先日お邪魔した浜康幸先輩の言われた

「命をかける覚悟で政治に向き合う」

という覚悟や意欲を感じない。

議会の論理と娑婆の見方にずれが生じているように思うのは私だけだろうか

http://blogs.yahoo.co.jp/kentawakaba84/25822437.html?p=1&t=2

議員

元秘書の任期付職員としての採用に関し反省を求める決議を可決!

2006/12/25

村井知事が就任後、衆議院議員時代等の秘書3名を次々と政策秘書や任期付職員として採用したことについては、「公私混同の側近政治」とか「県政の私物化」、「県職員を信頼していない」等々、県民や議会の中に批判的な意見が多くあります。

また、この問題については知事選挙後、選対の責任者を務めた腰原氏を副知事にすることと同時期に噂となり、私は直接村井氏に反対の意向を表明しましたし、7会派でも村井氏に直接反対の意向を申し入れた経過や、11月30日には会派としても厳重に抗議した経過があります。

しかし、12月1日付けで、知事はついに3人目の右近氏を任期付職員として採用したため、12月議会ではこの問題が多くの議員から取り上げられました。

そして、所管の総務委員会では知事のこのような行為は、任期付職員制度の趣旨を逸脱した行為であり、本会議等において、制度の趣旨を踏まえ、県民の理解が得られるものとするよう配慮すべきと繰り返し指摘してきた経過があるにもかかわらず、これが受け入れられなかったことは誠に遺憾であるため、村井知事に対して元秘書の任期付職員としての採用を反省し、制度の運用にあたっては、本来の趣旨を逸脱することがないように求めるため、総務警察委員会の総意として、「元秘書の任期付職員としての採用に関し反省を求める決議(案)」を発議しました。

そして、この決議案は本会議において全議員の賛成で可決されました。

村井知事には、例え知事権限の範疇で出来ることであっても、議会に議案として提案していれば否決されることが分かっているような人事を本来は常識的に考えれば行うべきではなく、今後の県政運営において常識的な判断を強く求めるものです。

元秘書の任期付職員としての採用に関し反省を求める決議

行政の高度化・多様化が進展する中、地方公共団体においては、高度の専門的な知識経験、優れた識見を一定の期間活用して遂行することが特に必要とされる業務に従事させるために任期付職員を採用することができるとされている。

村井知事は、就任後、衆議院議員時代等の秘書3名について、10月に1名を特別秘書に、11月に2人目を任期付職員として東京事務所次長に採用したことに引き続いて、12月1日付で3人目を任期付職員として採用し、総合的な危機管理の企画調整を担当する参事として処遇することとした。

度重なる元秘書の登用は、任期付職員制度の趣旨を逸脱した公私混同の側近政治になりかねないとの懸念を抱かせるものである。とりわけ、危機管理局には局長以下職員が配置されていることに加え、元消防庁長官であった板倉副知事を迎えた現体制において、さらに危機管理のためのポストを新設してまで採用する必要性があるのか甚だ疑問であると言わざるを得ない。

任期付職員の採用については、これまでも本会議等において、制度の趣旨を踏まえ、県民の理解が得られるものとするよう配慮すべきと繰り返し指摘してきた経過があるにもかかわらず、これが受け入れられなかったことは誠に遺憾である。

よって、本県議会は、この現状を深く憂慮するとともに、村井知事に対して元秘書の任期付職員としての採用を反省し、本制度の運用にあたっては、本来の趣旨を逸脱することのないよう強く求めるものである。

以上のとおり決議する。

2006年12月25日

長野県議会

http://www.ne.jp/asahi/nagano/21/news/2006/n_06122530.html

2月27日(火)

県は27日、任期付き課長級職員の藤村優香理・行政改革推進課企画幹(43)が28日付で退職すると発表した。

藤村氏は県の公募に応じ、ソシエ・ワールド人事部次長から転身。

4年間の任期付きで2004年6月に採用されたが、翌年、田中前知事から退職、再応募を求められ、05年4月に任期2年で再採用された。

行政改革や広聴などを担当したほか、小諸市に研修派遣されていた。

前知事は在任中、計27人の任期付き職員を採用したが、任期途中での退職が相次ぎ、現在在職しているのは藤村氏を含め13人。

このうち藤村氏と同様に退職、再採用を経た5人と、05年4月採用の1人の計6人は今年3月末に任期が切れる。

2006年12月28日

10,000を超えたH株指数と、内向きなニッポン。

今週のBS特集には思わず見入ってしまいます。

『民衆が語る中国・激動の時代〜文化大革命を乗り越えて〜』。

20世紀の終わりに中国が曲がったカーブがいかに大きかったか?それが平坦な道でなかったことが良く分かる番組です。

インタビューに答える文革世代の人々の背景にはパソコンや観葉植物があり、中にはポケットで着メロが鳴り始めている人もいて、それが時代の変化を告げています。

雲南省でゴムの植林のために伐採の作業をしていた人。山西省で雑草を抜いていた人。あるいは肩が腫れ上がるほど鉄を担いでいた人。

彼らこそは下放政策に従って、文字通り「額に汗して」働いていたのです。

いま日本には、そういう体験を経ずして「額に汗して働くことが大事だ」と強調している評論家などがいますが、それは偽善ですね。

きょう放送された第3回では、林彪事件をキッカケに、当時の若者たちが毛沢東に疑念を抱いていく過程が印象的でした。

「まるで氷が解けるように、私たちは気づいてゆきました」。

私は、つい田中康夫さんが支持を失っていった過程と重ね合わせてしまいます。

田中さんにとって大切だったのは、マスコミの中で自分が目立つこと。

文革に火をつけた毛沢東は「農業は大寨に学べ」というスローガンを掲げましたが、「信州ルネッサンス革命」を唱えた田中知事は泰阜村を褒め称えました。

文革期には都会のエリートたちが農村での労働に従事させられましたが、田中県政では総務省から派遣された官僚が栄村に、任期付職員として採用された女性が王滝村に、それぞれ送り出されました。

田中知事は都会のホテルを転々とし、それを自慢げに連載に書きながら、東京のマスコミに対しては、自分こそが地方を知っているとアピールし続けていた。

この偽善に気づいた人たちが、田中支持から反田中に転じたのです。

文化大革命という大衆運動は、メディアなくしては考えられないものです。

演劇界出身の江青は次々と敵を攻撃しましたが、おそらく政治という舞台で勧善懲悪の劇を演じ続けていたのでしょう。

いま田中さんに近い人物では、勝谷誠彦さんが同じ役回りをやっています。日本の放送局も、あぁいう人をよく出しますね。

日本の内側に敵を探して罵り続けてばかりだから、ますます視聴者の意識が内向きに偏ってしまう。

CNNやBBCを見ている感覚からすると、明らかにヒステリックで扇動的な出演者です。

http://blog.livedoor.jp/takahashikamekichi/archives/51346361.html