事件の経過
6月4日(金)
田中知事が年金未納 5年9カ月 給料20%減額へ
信濃毎日新聞田中知事は四日午前の記者会見で、大学を卒業し、石油会社に就職した一九八一(昭和五十六)年四月から八六年十二月までの五年九カ月間、国民年金に加入していながら保険料を納めていなかったことを明らかにした。
八九年三月まで未納だったが、母親が同月気づき、八七年一月までさかのぼって納めたとしている。
知事は
<
「言葉にならぬ大変痛い気持ちだ。何と言われても弁明できない」
と述べた。
知事は四月下旬以降の記者会見で、未納・未加入の有無を確認する質問に対し、
<
「(八一年四―六月に勤めた)石油会社は外資系企業で、私自身も試用期間だったため、最初から国民年金に入っている」
と説明、保険料を支払っているとの認識を示していた。
このほど社会保険庁に問い合わせ、未納期間があることが分かったという。
知事は自身の年金手帳に、就職して国民年金の被保険者になった日付(八一年四月)や知事に初当選して被保険者でなくなった日付(二〇〇〇年十月)のほか、東京都内での転居記録も記載されているため、
<
「納付していると信じ切っていた」
と説明した。
ただ、八九年三月に母親がさかのぼって保険料を納めた後、知事に初当選して被保険者でなくなるまでの十年余については、
<
「自ら(保険料引き落としなどの)手続きをした認識はない」
と発言。
保険料は知事自身が負担したものの、誰が納付の手続きをしていたかは説明できなかった。知事は後日確認して明らかにするとしている。
これを受け、知事は七月から三カ月間、自身の給料を20%減額することを決め、六月県会に条例改正案を提出する方針を示した。
国民年金保険料 田中康夫・長野県知事も5年9か月未納
読売新聞夕刊社会面長野県の田中康夫知事は四日午前の定例会見で、一九八一年四月から八六年十二月までの五年九か月間、国民年金保険料を納付していなかったことを明らかにした。
田中知事は
<
「言葉にならぬ大変痛い気持ちだ」
と述べ、七月から三か月間、月額20%の減給処分とする方針も表明した。
田中知事は八一年四月、石油会社に就職。外資系だったため、国民年金に加入したという。
社会保険庁に納付記録を確認したところ、同月以降八六年十二月まで未納期間があったことが判明。
八九年初めに母親が未納に気づき、田中知事に知らせず、さかのぼって八七年から二年間分については納付したという。
田中知事は
<
「年金手帳には、就職した日も、その後の住所変更の記録もあり、手帳の記載通り払っていたと信じ切っていた」
と釈明した。
知事会見 (知事の年金加入の件、6月補正予算案、「財政改革推進プログラム」改定について他)
平成16年6月4日(金)11:20〜12:15
表現センター
http://www.pref.nagano.jp/hisyo/press/past/20040604.htm
信州知事 田中康夫大変遅くなって申し訳ありません。それでは6月4日の部長会議を経ての知事会見を行います。
冒頭に私個人の問題でございますが、お伝えすべきことがありますのでお話し申し上げたいと思います。
今ここに年金手帳を持ってきておりますが、年金の問題に関しましてはご存じのように私は、この手帳の被保険者となった日が1981年4月1日と、…いわゆる就職した日でありまして…、そのように記されておりまして、東京での住所変更に関しましてもその都度加筆がされて、そこに行政印が押されております。
またその中で国民年金から、いわゆる地方公務員の共済年金というところに変更になりました日付も、知事に最初に就任した日から失職をした日までが記されておりまして、その後、失職の翌日から、知事に再就任する前の日までの国民年金の加入の期日というものも記されております。
その後、共済年金に再び復帰という日付が入っているわけでございまして、非常にそしりを免れぬかもしれませんが、この年金手帳の記録を見て、私としては信じきっていたわけでございます。
先週、朝日新聞の飯竹恒一さんのほうからこの問題に関しまして、社会保険庁の方に確認を行うべきではないかというようなご指摘がありましたので、この点に関しまして委任状を書きまして、納付記録というものを確認したわけでございます。
この結果、義務化されました86年の12月までの部分が、この間が納付をしていないという形でございます。
大変、私としては驚きまして、これは何と言われても弁明できないところでございます。
この点に関して手帳は私のもとにありましたので手帳を見ていたわけでありますが、その後このことが判明いたしまして母親に尋ねましたところ、母親自身も最初は記憶が定かではございませんでしたが、私が自覚していない中、母が気付いて、89年の頭でございましょうか、遡って払い込みをしているということであります。
しかしながら、年度ではなくて年(ねん)で2年間まで遡ってという形でございまして、したがいまして87年からその後、今日に至るまで納付をしてきているということであります。
これは本当に言葉にならぬ、大変に痛い、私としても気持ちであります。
この点に関して先ほど部長会議でも部長のメンバーに報告をしたところでございます。
そしてその意味では、私も職員とともに、ひるまぬ改革を進めるということを申し上げてきたわけでありまして、この点、私としては議会のご承認が得られるならば、7月からの私の給与に関して20%、3カ月、…従来から30%の給与の削減をしておりますので、その間は50%となりますが…、そのことは私のせめてもの、何と言っても弁明できない問題に関して、私が示せるものではなかろうかというふうに思っております。
この点は以上であります。
重ねて大変に皆様に対して、このように大変に私としても痛い思いといいますか気持ちであるということを、改めてお伝えいたしたいと思います。
本日の部長会議においては、いくつか予算に関して今お手元にございますが、6月の補正予算(平成16年度6月補正予算査定結果概要)、… 昨日、補正予算の雇用対策を除く事業というものに関してはお伝えしているかと思います。
お持ちでない方は後ほど、後ろにございます(のでお持ちください)。他方、緊急雇用の創出特別基金事業費というもの、これは今お手元にあるように記しているところであります。障害児、…多動性と呼ばれるようなお子さん、あるいは日本語の会話の聴き取りに関して難しい外国籍の児童の方々等に、小学校、中学校において、その補助をするというものに関しての予算であります。これは従来から行っていたものでありますが、さらに充実するという形の中で、希望のある70の小・中学校すべてに関して、この事業が行われるようにするという形であります。続いて、しなの鉄道の沿線の景観育成事業という形で、これはご存じのように、しなの鉄道の沿線を桜の並木にしていこうという考えがございます。こうした中でこの事業費を計上しております。それから社会福祉施設等のクリーンアップ事業ということで、信濃学園に関して、ここの清掃、補修等のクリーンアップ事業を行います。アレチウリの駆除事業も当初、これは調査費という形でございましたが、実際に地域の方々がアレチウリの駆除に関して行っていらっしゃるわけでございますので、これを一緒にお手伝いするという形で、緊急雇用対策でアレチウリの駆除事業を設けております。南信農業試験場のクリーンアップ事業も、先程の信濃学園と同様でございます。新しい事業として、引きこもり支援調査委託事業。これは県内に三つの、いわゆる公的補助を受けていない施設も含めて三つの引きこもり者を支援する場所がございます。長野市と塩尻市と穂高町にございますが、こうしたところに入所、あるいは通所なさっている方々の、よい意味での実態を把握し、私たちがどのような予算を組んでいけるかというためのものであります。その他は信州ブランドの戦略を構築するための、県内外から来訪の方々へのアンケートをとる事業。それから人材育成のニーズ、…ミスマッチということをより少なくするための事業であります。それから最後に記してありますのが、スペシャルオリンピックスの際にリンゴ、あるいは花、…特にリンゴにはスペシャルオリンピックスのマークを入れてお配り申し上げるという中で、農政部の園芸特産課が独自にこの事業を、スペシャルオリンピックスの事務局からも要望がある中で計画をしたものであります。
その他、三位一体の改革に関しての動きに関しては阿部守一から説明いたしましたが、財政改革推進プログラム改訂の進め方の資料(「財政改革推進プログラム」改定の進め方について)がございます。これは従来通り、スケジュール的には財政改革をこのように行っていくということが、1ページ目に記してございます。2ページ目をご覧いただきますと、具体的な進め方という点に関しては、従来とほぼ似かよった文章であるかもしれません。これは、財政改革チームは多くの知識や経験を得ておりますので、ある意味では比較的、補正予算の作成をする部分以外では余裕のある、この6月、7月、8月というものは、財政改革チームのメンバーが自発的にその席を温めることなく県内各地を回り、地域コモンズの方、あるいは現地の各事業所、あるいはさまざまな場所において、私たちが今までのフレームの中で予算を作るのではなくて、どのような社会にする、まさに日本一美しい本県、信州・長野県を形づくる上でどのようなことが必要であり、またそれにどのような予算が必要かということを把握するために、財政改革チームが街に出ていくという形をとることになっております。
あとの資料はご覧いただければほぼお分かりいただけるかと思います。経営戦略ストラテジーのスケジュールは、これは今お手元にお配りいたしましたが、それぞれの横軸と、組織改革であったり政策推進戦略であったりがもっと、ある意味では有機的に結びつくという点が(足りず)、横に流れているだけであるものでありますから、これに関しましてはもう一週後に改めて、この点に関しては更にバージョンアップしたものをお手元にお届けする予定であります。以上であります。ご質問があればお受けいたします。
朝日新聞 飯竹恒一氏ありがとうございます、私の先週の質問にお答えいただいて。それでもっと詳細にお願いしたいんですが、81年4月に就職されてますよね。その後、民間企業に入られまして、この時にすでに国民年金だったということでしたっけ。
信州知事 田中康夫私の手帳には初めて被保険者となった日が81年4月1日とありまして、先般お話しをしたかと思いますが、企業が外資系だったこともあり、私もそこのところは恐らく国民年金にその時入ったのであろうと。つまりいわゆる試用期間中でもありましたし、そのように認識していたわけです。繰り返しますが、東京での住所変更がその都度加筆されておりましたのでそのように思っておりましたが、先程申し上げましたように86年の12月まで、…当時、学生は加入は必要なかったわけでありますので、81年の4月から86年の12月までが国民年金に関して支払いをしていないということになります。しかしながら手帳では、初めて被保険者となった日ということで印字されているんでございますね。81年4月1日は就職した日です。で、手帳では81年の4月1日が初めて被保険者になった日ということで印字されているんでございます。しかしながら社会保険庁の方に納付記録という形のことで確かめたところ、86年12月分まで支払われていないということです。すなわち81年の4月分から86年の12月分までが支払われていないと。
朝日新聞 飯竹恒一氏どうしてですか。
信州知事 田中康夫ですから、私も大変に…、
朝日新聞 飯竹恒一氏ただ、6月に退社されてますよね。恐らく一般的にその時点で認識がしっかりあれば、どうなっているんだろうというように確認をするものかと思いますが、そこで確認を怠ったということですが、(確認を)やらなかったということがそれにつながったということが言えるわけでしょうかね。
信州知事 田中康夫ですからもうそれは今、本当に飯竹さんがおっしゃるとおりだと思いますね。
朝日新聞 飯竹恒一氏ミステリーなのは、4月から6月までが払われていなかったというのは…、
信州知事 田中康夫社会保険庁の方で確認した納付記録では、81年の4月、5月ですか、6月でしょうか、その部分も納付にはなっていないというお話であります。
朝日新聞 飯竹恒一氏会社が(手続きをしてくれて)入ったんですか。どういう手続きで入ったんでしょうか、最初は。
信州知事 田中康夫ですから私が皆さんに申し上げたのは、恐らく外資系でありましたし、また試用期間中でありましたから、国民年金にそこで加入したのだというふうに認識しておりましたが、記録の上ではそのようになっていないということです。
朝日新聞 飯竹恒一氏それは会社に問い合わせたりはしたんでしょうか、その後。
信州知事 田中康夫モービル石油に関してでございますか?
朝日新聞 飯竹恒一氏ええ。
信州知事 田中康夫モービル石油には、そこは確認いたしておりません。
朝日新聞 飯竹恒一氏4月に入れられる時はどなたの意思で入られたんですか。
信州知事 田中康夫そこが私は、この年金の問題が社会的に伝えられるようになって、手元に年金手帳がありましたので年金手帳を見て、今申し上げたように、初めて被保険者になった日というのがそこに記されていたわけでして、そこから加入をしているというふうに…、
朝日新聞 飯竹恒一氏それはお手元にお持ちなんですか。
信州知事 田中康夫持っています。
朝日新聞 飯竹恒一氏書いてあるわけですね。
信州知事 田中康夫そうです。
朝日新聞 飯竹恒一氏それはコピーなどでいただくことは可能ですか。プライベートな部分ではありますが。
信州知事 田中康夫そこはちょっと検討しますが、ただそれは、ここに国民年金で第2号被保険者以外の被保険者ということで、記号の番号とその後の番号が書いてありまして、初めて被保険者となった日が昭和56年4月1日というふうに記されています。その後、住所変更もその都度、行政印も押されております。次に被保険者となった日というのが4ページ目にありますが、56年4月1日で被保険者の種別1号という形で、ここにも行政印が押してあります。被保険者でなくなった日が平成 12年10月26日ですから、知事に就任した日でございます。その後、被保険者となった日が次にまた記されておりまして、2行目であります。これが平成 14年7月16日ですので、恐らく失職した翌日になるのではないかと思います。これも被保険者の種別は1号となっております。その同じ行に被保険者でなくなった日というのが平成14年9月3日となっておりますので、多分、(9月)1日が投開票日で、当選証書をいただいて初登庁した日が4日なんでございましょうか。あるいは(被保険者で)なくなった日ですから3日だと思います(実際の初登庁は9月5日)。この地方共済の年金の方に入っているということは、知事に就任した平成12年10月26日から失職をした日まで、そしてまた再選され知事になりました平成14年9月3日から再び入っているということは、これは明らかでございます。
朝日新聞 飯竹恒一氏だから81年4月から86年12月、これは未加入じゃなくて未払い、俗に言う…、
信州知事 田中康夫少なくとも未払いというか未納であります。
朝日新聞 飯竹恒一氏確認ですが、4月にご自分の意志で入られたというご記憶はあるんですか。繰り返しですが。
信州知事 田中康夫そこはちょっと定かではないわけでございます。
朝日新聞 飯竹恒一氏会社からそういう指導を受けられて入ったかもしれないしということですか。
信州知事 田中康夫当時、学校を出て会社に入り、さまざまな健康保険等はあったと思いますが、そうした一連の中でのことだと思いますので、それ以上の明確な形では分からないことであります。
朝日新聞 飯竹恒一氏86年12月でしたっけ。
信州知事 田中康夫86年12月です。
朝日新聞 飯竹恒一氏これは何を契機に。
信州知事 田中康夫これは先程言いましたように、納付記録が分かり、私が母にも尋ねたときに、母も最初、年金はずっとあなたは払ってきているはずだという記憶だったわけでございますけども、その内に母が、…過去の母の日記も調べていただきまして…、そうしたところ、母が89年の3月に年金の事務所に行ったという記載があるということを言っております。そういたしますとそこから、…ここは推測ですが…、87年、88年というのは、おそらく89年の3月ですから、…2年間さかのぼって支払うことができるということですから…、87年の1月から12月、88年の1月から12月というのは、その時に母親が気付いて、払っているということなんだと思います。
朝日新聞 飯竹恒一氏ではお母さまが、お子さんである知事の年金がどうなっているのかなと確認された時に分かって、可能な限り遡られたということですね。
信州知事 田中康夫ということだと思います。ただ母も当初、年金はあなたは確かずっと払ってきているはずだということを、私が納付記録が確認できた段階で聞いたときに言っていたわけでございますが、その後やはり社会保険庁の記録でありますから、母は比較的、毎日ではなくても日記をつけていたという中で日記帳を、…だいぶ過去のものでありますが…、見てもらいまして、86年、87年、88年、89年位を見てもらったときに、89年3月にそのような手続きを行っているということが記してあるということであります。ただそのときに何年遡っているかとか、そういうことは日記にも書いてはないわけでございますので、あくまでもそこは納付記録の上で私の、それは推察であります。
朝日新聞 飯竹恒一氏ただ、手帳をお持ちだということですが、払ってなかったわけですよね。ということは払う行為そのものをされていないわけですから、ご自分としては年金を払っているおつもりだったんですか、お母様が気付かれるるまでの間は。
信州知事 田中康夫私は今回確認した時もこの手帳を見て、そのような認識でありました。
朝日新聞 飯竹恒一氏どういうふうに(銀行口座から)落ちるんでしょうか、その国民年金というのは。ご自分で払うのか、銀行で落ちるのか分かりませんが、そういうことについてのご認識はあったんですか。
信州知事 田中康夫いつの時点ですか?
朝日新聞 飯竹恒一氏その払っていない期間。だって払っていると思われていたわけでしょ、ご自身は。いろいろご多忙だったと思いますが、銀行から落ちているなり何なりということはご認識になかったんですか。
信州知事 田中康夫ですからそれはもう本当に、何と言われても弁明できないことだと思います。
朝日新聞 飯竹恒一氏加えて何度か記者からも聞かれていますけども、何だったのかなと私どもも思うわけです。
信州知事 田中康夫それは私がこの手帳を見て、ここに記載されていることで信じていたわけでありまして、しかも行政印もその都度押してありますし。
朝日新聞 飯竹恒一氏差し支えなければ、そのコピーを公表というか、配っていただくことを希望します。
信州知事 田中康夫はい、その他のご質問があれば。
産経新聞 頼永博朗氏しつこくなって申し訳ありません。年金の話なんですが、81年にモービル石油にお入りになったときに、国民年金に入ったという認識は。つまり厚生年金と国民年金とあって、自分は国民年金なんだという認識は、当時からずっとあったと考えてよろしいんですか。
信州知事 田中康夫恐らくそれは、若くともおまえの知識がどうだったかということですが、恐らく年金というものに関して、今にして思えば大変に深い知識や認識があったと、…当時、学校を出て…、というわけではないと思います。そうした中で私としては、この前から申し上げているように、モービル石油に入った時には試用期間中であり、外資系であり、国民年金に入ったのだというふうに、この手帳を見ても初めて被保険者となった日(が就職した日)ということで、そのように認識を、…今回一連の年金に関しての報道が多い中では…、認識しておりました。入社したときにどのような年金に自分は加入したのかということに関しては、今おぼろげな記憶で考えれば当時、そのことに関して25歳のときに、さして注意は払っていなかったのではないかと思います。
信濃毎日新聞 小市昭夫氏朝日の飯竹さんの質問の確認で申し訳ないんですけれども、いずれにしろ本人として払っているという行為は、自覚されたものがあったのか無かったのかということだけもう一度確認させていただきたいんですが。
信州知事 田中康夫いつですか?
信濃毎日新聞 小市昭夫氏81年から86年、もしくは気付く89年までの間。
信州知事 田中康夫そこは本当に私としてはやはり、年金に対しての認識が多くあったという形ではないと思います。ただその中で今申し上げたように、この手帳の記載を見て信じきっていたわけでありますけども、結果として国の側の納付記録では、この手帳の記載とは異なるわけでありますから、その点は本当に弁明できないところであります。
信濃毎日新聞 小市昭夫氏ご本人の中では、例えばどこかの口座から引き落とされているとか、そういう認識でいらっしゃったということですか。
信州知事 田中康夫当時ですか? ですから当時、恐らく住民税とかいろいろ引き落としだったりはしていますから、本当にお恥ずかしい話、年金に関してどうであったかということは当時、深くは認識していないと思います。
信濃毎日新聞 小市昭夫氏それから年金問題そのものは、国会の場では年金法の本質的な論議が飛んじゃっているようなところがあるんですけども、一方で政治家の説明責任であったり、はっきり言えば国民から信頼されるかという部分で非常に大事な問題だったと思うんです。それで知事も当然ながら、一人の政治家としてこの問題そのものを厳しく見ていらっしゃっただろうし、逆にこの当事者になられたということで、県民に対してどのような思いを抱かれてますでしょうか。
信州知事 田中康夫それは先程も申し上げたとおりであります。本当に大変に私自身が言葉にならぬ痛い気持ちでありまして、この点に関してまさにさまざまなご質問をいただいていますけれども、おっしゃられるとおりであろうと思いますし、そのことが今回の20%、3カ月の減給ということによって、何らか償われるというものでもなかろうかと思いますが、ただ引き続き県民や職員とともに本県をより良くしていく上で、今私にできることとして、先ほど部長会議でも伝え、了解を得たところであります。本当にその点は今、記者からのご質問のとおりだろうと思います。
信濃毎日新聞 小市昭夫氏他の方も年金のことをお聞きしたいと思うんで、一旦、腰を折っちゃうかもしれないんですけども、信用保証協会の藤井さんが任期途中でお辞めになられたということで、ちょっと首をかしげるというか、不思議だなという感じが率直あるんですけども、知事ご自身はそのへんの理由はどうお考えになっていて、また後任の理事についてはいつまでに、どのようにされるんでしょうか。
信州知事 田中康夫藤井さんに関しましては、信用保証協会がこうした経済状況の中で、本当に歯を食いしばっている方々のためにということで、藤井さんにぜひともということでお願いして、藤井さんもある意味では職員を引退し、そのような役職で再び自分が社会奉仕するほどのものでもないというふうに最初は固辞されたんでございますが、ぜひ藤井さんに信用保証協会の改革の目途というものをつけていただきたいということを私からお願いして、それによって藤井さんにご就任いただいたわけです。もちろんお体等は丈夫な方でいらっしゃいますけども、当初から信用保証協会の一定の方向性、これは大変に短期間で融資をするという制度、… ちょっと正式名称を忘れておりますが…、でありましたり、信用保証協会の中も若手のプロパーの職員たちが忌憚なく意見を言えるような環境にしようということでかなりご努力いただき、その藤井さんの下で新しく、私どもの県から派遣されている竹内という理事、あるいは公募で信用保証協会出身の湯原という者が理事にもつき、その藤井さんの脇を固め、方向が出てきた中で、藤井さんとしても当初から方向を出すということで引き受けたということで、もう少し私としては引き続きお願いしたいという甘えた気持ちはありましたが、お気持ちが強いのでご退任を了解したところです。後任に関しましては、信用保証協会が大変によいサービスになってきたということは聞いてはおりましたが、もう少し藤井さんにという気持ちがございましたので、現時点ではまだ未定でございます。ただこれは、せっかく軌道に乗った信用保証協会ですから、早急にその軌道の上で更に充実できる者を選任したいと思っております。
朝日新聞 園田耕司氏年金で確認なんですけども、知事が未納だった期間というのは5年8カ月間ということでよろしいでしょうか。81年4月から86年12月で。
信州知事 田中康夫(5年)9カ月ですか。
朝日新聞 園田耕司氏5年と9カ月間ということになりますか。
信州知事 田中康夫記録ではそのように出ております。
朝日新聞 園田耕司氏あとこれは、86年4月から義務化だったと思うんですけども、その義務化以後も含まれているということになるということですね。
信州知事 田中康夫そういうことですね。
朝日新聞 園田耕司氏あともう一点ですが、先程も質問に出ていますが、記者会見で再三、知事の年金についてという質問が出て、結果的にやはり知事は年金問題で、非常に国会議員のことについても鋭く追求という形でされておられましたし、ただ、自身について結果的にうそをついていたということになりますよね、今回。きちんと早い段階で社会保険庁で調べれば、こういうことにはならなかったわけですね。そこはなぜ社会保険庁に早い段階で確認しなかったかというのをもう一度お聞きしたいんですけども。
信州知事 田中康夫冒頭で申し上げたように、この社会保険庁が発行している年金手帳であります。今は手帳の色が変わっているそうですが、古い段階からの手帳であります。ここに今、先程来申し上げてきたように、記録としてそのように記され、印も私の印ではなく行政の印も押されているということで、年金の問題が報道されるときにこの手帳を確認して、その手帳の記載を信じきっていたということであります。ですからそれに関しましては本当に、繰り返しますが、何とも弁明できないことだと思います。
朝日新聞 飯竹恒一氏89年3月にお母さんが確認されて未払いが発覚して、可能な限りのところまで、87年1月分まで払ってくれたと。そのことはいつお知りになったんですか。
信州知事 田中康夫それは今回、納付記録を見て驚き、そして母に最初聞いたときにも、母にも年金は払っているということを聞いておりましたし、私もそう思っていました。
朝日新聞 飯竹恒一氏だけどお母様との間で、お子さんの年金を払ったということは普通、親子の会話としてそういうことが89年当時にあるんじゃないでしょうか。無かったということですか。お母様はその払ってないという事実を、その時点でちゃんと見ているわけですよね、その時点、89年で。それをお子様にずっとおっしゃらないで、2年、追い払いできるところまでして、そのまま何もこのことについて会話がなかったということですか。
信州知事 田中康夫私はありのままにお話ししてるわけでして。
朝日新聞 飯竹恒一氏それでいいわけですね。お母様からその報告がなかったということですか。
信州知事 田中康夫私は母が89年に…、
朝日新聞 飯竹恒一氏払っていたということについて…、
信州知事 田中康夫ええ。
朝日新聞 飯竹恒一氏すると今回、何度かお聞きしていて、それで払っているとおっしゃっているのは、お母様が89年にとられた措置を踏まえていなかったということですね。
信州知事 田中康夫私は手帳を見て…、
朝日新聞 飯竹恒一氏いや、手帳じゃなくて、お母様とそういう会話はなかったということですね。
信州知事 田中康夫そうです。
朝日新聞 飯竹恒一氏そこはちょっと信じられないんですけれどもね。普通はお母様だったら払っといたよということぐらい言うものかなと思うんですが、そういうこともなかったと。
信州知事 田中康夫先程申し上げたように大変驚いて、今回尋ねたときに母も最初、記憶は定かでない。母もずっと年金を払ってきているはずというふうに言ったわけでございます。
朝日新聞 飯竹恒一氏でもお母様もご存じなわけでしょう。払っていないと分かったから、払える分だけ払ったわけでしょう、89年に。
信州知事 田中康夫ただその時も、先程言ったようにその後、納付の記録というものがその形になっているので、母が日記を、…だいぶ十数年前の日記でありますが…、20年近く前の日記を全ページを見る中で分かったことであります。
朝日新聞 飯竹恒一氏だけど普通ですね、お子さんの年金の未払いを見つけてお母さんが払ったんだったら一言あるもんじゃないですか。よくお母さん、お父さんということをお話に出されますけれども、こんな会話が成立しないんですか。そこは私は非常に信じられない。それを今ごろになって、…年金の問題というよりも、このことに対する誠実さの問題だと思いますけども…、それを全く知らなかったということで説明がつくということですか。
信州知事 田中康夫何と言われても弁明できない部分だと思います。
信濃毎日新聞 平沢隆志氏年金の問題を一点お伺いしますが、処分ですが20%、3カ月減給という、これはどういう基準に照らして、どのように決めたのか、誰かに相談されたのか。その点をお聞きしたいんですが。
信州知事 田中康夫この点に関しては相談はいたしておりません。
信濃毎日新聞 平沢隆志氏どのような基準で決められたか、…いろいろ政治家では党首を辞める人もいれば、いろんな責任の取り方があるんだと思いますが…、それについてはいかがでしょうか。
信州知事 田中康夫どのような基準といわれますとやはり、事の重大性に鑑みてということだと思います。
信濃毎日新聞 平沢隆志氏非常に重い処分という認識でおるということですか。
信州知事 田中康夫それは皆さんがそれぞれご判断いただくことだと思いますが、私としてはやはりこの弁明できない事柄に関して、このような処分を自らに課すということを決めたわけです。
南信州新聞 高島陽子氏今の年金に関してです。就職されたり退社されたときを契機に、年金手帳の手続きなりというような、気付くきっかけというのがあると思うんですが、プライバシーに関わるかもしれませんが、例えば知事がご家族を持たれたというようなこともあったと思うんですけれども、そういったとき制度上の手続きの上で、年金に対して変化があったとか変更があったということを気付く機会はあられたんですか。
信州知事 田中康夫いえ、ないと思います。おそらくこれは知識として報道等で得ていることですが、おそらく当時、80年代の前半というのは私は一度結婚しておりますが、妻に関しても、…何号ですか、3号なのか何号なのかというような形で…、その部分は妻であっても独立というか、別の形であったんだと思います。確か報道の限りで得た知識では、おそらくそうだったんじゃないかと思います。
信濃毎日新聞 宮坂重幸氏89年3月から知事に初当選される2000年10月ですか、これまでの間も含めて認識が浅かったということなんでしょうか。この間は例えば、お母さんがお支払い、ご両親が負担されているという認識でいたのか、あるいはどちらかの時点で気付いて、引き落としなり直接支払いのような形で納付するようになったのか、その点をお伺いします。
信州知事 田中康夫何か石原知事ではありませんが、私の税理士というのもつけておりました。ただ本当に正直申し上げて、その部分に関して年金をどのように、今お話しになったような窓口なのか、引き落としなのか、振り込みなのかという点も含めて、その点は非常に私の認識としては定かでないところであります。
信濃毎日新聞 宮坂重幸氏逆にお伺いすると、89年から初当選、それから失職の期間中というのは、現実的に年金を負担していたのはご両親ということなんですか。
信州知事 田中康夫いえいえ、年金の手帳を持って、就任しましてその時に、…職員がだれであったかは定かではありませんが…、いわゆる共済年金というのに公務員の場合にはなるということで年金手帳をということで、年金手帳を持ってきてその手続きを、ある意味では厚生年金(実際には共済年金)に入りますので一緒にやってもらい、失職するときにはもう一度、厚生年金(実際には共済年金)も脱退するのでと言われて、国民年金の手続きをしております。
信濃毎日新聞 宮坂重幸氏手続きも大事なんですが、要するに月々の納付する金額は、作家時代といいますか当選前の期間がかなり長いんですけれども、この期間はご自身の負担、…現在から調べていただいても結構なんですけれども…、ご自身が負担していたのか、あるいはご両親が結果的に、…お母さんが気付かれたということですので…、 89年12月以降毎月、お母さんが支払われていたのかということは分かっているんでしょうか。
信州知事 田中康夫お金の出所は無論、私の収入からということですね。
信濃毎日新聞 宮坂重幸氏毎月の納付の手続きについては定かではないということでよろしいんですか。それから先ほど質問が出ましたが、減給なんですけども、これは意味合いとすれば、未加入といいますか未納の期間があったことについてなのか、あるいはこれだけ年金問題が取り上げられたにもかかわらず、結果的にここまで事実の公表が遅れたということに対してなのか、あるいは両方なのか、その減給の意味合いをお伺いしたいんですが。
信州知事 田中康夫繰り返しますが、年金手帳の記載を見て信じきっていたということは、これは結果として納付記録とは違う形だったわけですから、この間の私の、やはりその判断ということに関しての部分がございます。
信濃毎日新聞 宮坂重幸氏それから最後に全然別の質問なんですが、公用車の購入に関しまして昨年同様に車種を特定した入札を行おうとされているようですが、これについては昨年もお伺いしましたけれども、県として入札の公正さを高めていこうというような努力をしていることもございますし、そもそも県民に与える印象からしても、本来なら行うべきではない入札だと私は考えるんですが、知事のご認識をお伺いしたいんですが。
信州知事 田中康夫既に信濃毎日新聞におかれては取材も、管財課長の原に行っているということですが、これは私たちは車内でより多くの者が乗って、移動中も会議や会話ができるようにということで、また従来の黒塗り車というものは、児童相談所は長距離を、非常に精神的に弱い状態の親であったり子供、児童、生徒を乗せて移動するということで、従来の黒塗り車というものを児童相談所の、今まで貨物車ごとき形状であったものと入れ替えると。そしてその中で、後部座席にも5名が乗れる形、…運転席、助手席以外にですね…、7人乗りの車を導入するという形できております。この点は出納長とも相談して今回の予算を計上し、議会でもご審議いただいております。
信濃毎日新聞 宮坂重幸氏入札のあり方といいますか、その観点で今回、やり方が適正なのかどうか、あるいは妥当なのかという観点、それともう一点、ついでなんですけれども…、
信州知事 田中康夫その点は出納長並びに総務部長の小林とも相談して、小林が入札の管財課を所管しておりますから、小林が入札の方法に関しては公告をしております。
信濃毎日新聞 宮坂重幸氏最後に、今回の車種が特定されてるんですけれども、これは知事が指定したというような事実は、希望したというような事実はございますか。
信州知事 田中康夫いいえ、それは小林をはじめとする職員が、大人数が乗れて会議ができると。またそのための機能を備えているという点で判断していると思います。
信濃毎日新聞 島田誠氏年金の話ではないんですけれども、間もなく知事の不信任がありまして、ダムの検討委員会で答申が出まして、県の枠組みの方針が発表されてから間もなく2年経ちますので伺うのですが、今のところ浅川、砥川とも、なかなか流域対策というのが進んでいない現状についてどう思われますかというのが一点です。特に 2月県会までの県の試算では、高さ30メートル近いものを建てないと、これまで県が目指すと言ってきた基本高水なり治水安全度というものは保てないというふうに試算は出ていますけども、その現状をまずどういうふうに認識されていらっしゃるか。
信州知事 田中康夫流域の整備という点に関しましては幾度となく、出納長の青山篤司が治水利水の問題に関して責任を持って担当しておりまして、青山とも話す中で地域の方々にもご理解いただける形のものを進めるという形できているので、ぜひまかせてほしいということを青山からも聞いております。またすでに信濃毎日新聞でも報じられたところですが、浅川のみならず砥川の治水のあり方に関しても国土交通省の方で、私たちが想像していた以上の大変に深い理解をいただけているということはうれしいことでありまして、これを踏まえて滞りなく治水対策を実行に移していけるようにしたいということを、青山とも確認しているところであります。
信濃毎日新聞 島田誠氏私が伺っているのは、河川改修を先行的にやられるのは方針としてはよく分かるんですけれども、その後の流域対策については現状、非常に構造物を造るか安全度を下げるかというところまで差し迫っているのかと思いますが、そこの認識はいかがでしょうか。
信州知事 田中康夫浅川に関しても砥川に関しても、かなり国土交通省が大変に深い視点に立って、従来よりも私たちと膝を突き合わせて忌憚のない意見交換や、お互いの認識、お互いの目指す治水という話が担当者レベルでできていると思っておりますから、それが実現していくということが結果として、多くの住民の方々がダムを望んでいらっしゃらないという、(そうした)住民の方々、流域の方々はとりわけでありますし、県全域としても過半数を大きく、多くの世論調査においても上回っていたと思いますが、そうした方々の願いが実現する方向へと着実に歩んでいけるものと私は信じております。
信濃毎日新聞 島田誠氏最後に一点伺います。普段、帰納法ということをよくおっしゃいますし、そういう意味では脱ダム後の社会の目指す姿というものがゴールとしてあるのであれば、それを実現するためにその帰納法で制度や仕組みを変えていくとすれば、何を変えていけばいいというふうに今お考えですか。どういう制度、仕組みを変えていけばそういう社会が実現するというふうに…、
信州知事 田中康夫治水に関してでございますか? それはさまざま、むしろ島田さんの方が私よりも深く勉強なさっているんだと思います。今の段階で私が申し上げられることは、国土交通省もより深いご理解やご認識やご提言を、私たちとの中で交していただけるようになってきているという着実な手ごたえを感じておりますから、その手ごたえを実行に移していければ、それは結果として当初から多くの住民の方が望まれていた、また更に加わり、以前はダム建設という選択肢以外にないのではないかというふうに認識されていた方々にもご満足いただける、ダムでない治水というものが実現していけると思っております。
では最後、…このあと松本空港ターミナルビルディングの株主総会がございますので。
信越放送(SBC) 高島哲也氏先程の年金の話で、89年3月から2000年10月までの納付については、お金の出所は知事本人だということで、納付の手続きは定かでないというふうにおっしゃってますけれども、それをだれが納めていたかというのは、現段階では分かっているんですか。誰が納める手続きをやっていたのか。ご家族なんでしょうか、それとも税理士なんでしょうか。
信州知事 田中康夫その部分は結果としては、89年3月は母が納付に行っております。それ以降のところに関しては再度確認するところです。ただもちろん出所は私の収入の中からということは、これは明らかであります。
信越放送(SBC) 高島哲也氏それは発表する段階でご家族ともお話しをされたということなのか、そのへんはお話しされてないんでしょうか、まだ。
信州知事 田中康夫いえ、それ以降の部分に関しては、最初は窓口であると思いますが、それ以降は年ごとの、恐らく引き落としという形だろうと思います。
信越放送(SBC) 高島哲也氏ではその3月の、遡って2年はお母さんがそれをやられて、それ以降は引き落としであろうと。確認はされてないということですね。
信州知事 田中康夫そこは、では、もう一度確認をしてお伝えするところです。
朝日新聞 飯竹恒一氏認識があったかどうかなんですよ。
信州知事 田中康夫私のですね。私の中でその引き落としの手続きの認識というのは、ないわけでございます。
朝日新聞 飯竹恒一氏では、だれがやったんですか。これは年金の問題であると同時に、知事の政治姿勢の問題だと思うんです。申し訳ないんですけれども。ご説明をしっかりしてください。分からない、これは。これほど親子のお話がよく出てくるのに、こんな大事なことを喋ってられないなんて考えられない、年金について。
信州知事 田中康夫年金については先程来申し上げておりますように、今回の納付記録というもの…、
朝日新聞 飯竹恒一氏そういうことではなくて、知事になられるまでの間、お母さんが気付かれて、その間お母さんが払ったということではないんですか。お母さんが手続きをして、…出所はいいです、家庭内で後でどうにでもなるでしょう。しかしお母さんにやっていただいた、あるいは税理士さんでもよろしいけれども、それはどっちなんですが。ご自身でないということは間違いないんじゃないですか。
信州知事 田中康夫私が自ら金融機関等に行ってということではないと思います。
朝日新聞 飯竹恒一氏だから自分のご認識があったかどうかですよ。そこが問われているんじゃないんですか。
信州知事 田中康夫だから私はそのような認識はないということです。
朝日新聞 飯竹恒一氏じゃあ、お母さんに任せきりだったということですね。お母さんか、あるいはその税理士かは分かりませんが。
信州知事 田中康夫それは何と言われても本当に弁明できないところです。
朝日新聞 飯竹恒一氏どなたかが、お母さんかどなたかが手続きをしていてくれたようだと。これは細かいことを突き詰めるということではなくて、説明がついてないですよ、知事として。そこだけですよ。説明が分からない。
信州知事 田中康夫ですから私が、自らの手続きということではないと思います。
朝日新聞 飯竹恒一氏年金を払っている、そういう手続きをしたという認識もなかったわけですね。
信州知事 田中康夫ですから、私がそういう手続きをしたという認識はなかったということです。
朝日新聞 飯竹恒一氏それはじゃなくて、認識があったのかとお聞きしているわけですよ。年金を支払っているという。
信州知事 田中康夫私は今回改めて確認しましたし、年金を払ってきているということを信じておりました。
朝日新聞 飯竹恒一氏定かでない部分はまた、コピーとともにつまびらかにしていただければと思います。
6月5日(土)
発言に裏付けないまま 知事年金未納、姿勢疑問視の声
信濃毎日新聞四日、国民年金保険料の未納期間が五年九カ月(八一年四月―八六年十二月)あったと明らかにした田中知事は、国会議員の未納・未加入が社会問題化して以降、一貫して自らの未納・未加入はないとし、「政治不信」を募らせた政府与党の国会議員の姿勢を批判していた。
社会保険庁に納付の事実確認をせずにこうした発言を続け、結果的に自らも政治不信を招いただけに、
<
「さんざん払っていると言い続けていて、これでは…」
(県幹部の一人)などと、知事の姿勢を疑問視する声が上がった。
知事は、自身の年金手帳に被保険者になった日付(八一年四月一日)や転居記録が記載されているため、納付していると考えていた。
だが、社保庁によると、こうした記載は納付したことまでは証明しない。知事はまずその事実を知らなかった。
この日の記者会見でも不明点が残った。
母親が八九年三月に未納に気づき、八七年一月までさかのぼって納めたとするが、さかのぼって納めることができるのは二年間分で、二カ月は多過ぎることになる。
また、知事就任まで誰が納付手続きをしていたか。
さらに、大学卒業後の八一年四月にモービル石油(現エクソンモービル)に就職した際、国民年金に加入したとの知事の説明に対し、エクソンモービルは知事が在籍した同年六月までの間は
「厚生年金に加入していたはず」
と説明、食い違いが出ている。
知事は四月二十八日の会見で、「個人情報」を盾に国会議員の納付状況の公表を拒んでいた政府与党に対し
<
「本当にこんな人たちに政治を託して不満はないのか」
と批判。
会見では五月二十七日まで計四回、
<
未納・未加入はない
と述べていた。
これらは自身の納付の裏付けがないままの発言だった。
この日の会見で
「政治家として不信を招く結果ではないか」
などと問われると、
「弁明できない」
と述べるにとどまった。
<年金未納問題をめぐる田中知事の発言(記者会見)>
4月28日
(未納・未加入の情報公開に関連して)
<
「年金の問題も何か、(個人情報だとする)政府与党の言っていることはほとんど嘆かわしいというか、本当にこんな人たちに皆さんは政治を託して何も不満はないんでしょうかという感じだ」
「そのような政治家の下で年金の議論がされて、なし崩し的に(年金改革が)行われる」
「私は年金を払ってきている。ちゃんと責務を果たしている。個人情報だよ、なんちゃって」
5月13日
<
「(就職した)昭和56年4月1日に(国民)年金に加入している。これはきちんと(年金)手帳にも記されている」
5月17日
<
「(就職した)石油会社が厚生年金ではなく、当時は試用期間だったし、外資系ということもあって、国民年金に入った。
それからずっと入っている形で、知事になった時に地方公務員共済年金で、失職した時に国民年金に再び入り、再任後に共済年金になっている。
これはきちんと確認している」
5月27日
(納付を証明するものの公表を求められ)
<
「昭和56年4月1日から加入し、今日に至っている。その点に関しては検討させていただく」
田中知事一転して年金未納認める
朝日新聞田中康夫知事は4日の記者会見で、知事就任前の5年9カ月間にわたって国民年金保険料を支払っていなかったことを明らかにし、
「年金に対して深く認識していなかった。何と言われても弁明出来ない」
と述べた。
国会議員らの未加入・未納問題の発覚後、
「義務を果たしている」
と繰り返していたが、報道陣の求めに応じて納付記録を社会保険庁に問い合わせた結果、一転して、これまでの発言を翻す形となった。
田中知事はこれまで自身の国民年金の納付について、記者会見などで次のように答えていた。
<
- 「私は年金を払ってきている。ちゃんと責務を果たしてきている(4月28日の記者会見で)」
- 「不信任が出た時もその2カ月間支払うという義務を果たした。(きちんと調べたうえでの結果か、との質問に)今申し上げた通り(5月7日の朝日新聞の取材に)」
- 「前に申し上げた通り、私は義務を果たしてきている(同13日の記者会見で)」
知事は年金を納めているとの立場から、政府・与党を批判していた。
しかし、その間、知事は自身の年金手帳を確認しただけ。
5月27日の会見で
<
「(社会保険庁の)証拠書類で証明するべきだ」
との報道陣の指摘を受け、ようやく腰を上げた。
早い段階で社会保険庁に確認しなかった理由について、
<
「(加入記録の記載がある)年金手帳を見て信じ切っていたため」
と釈明した。
知事の説明によると、一橋大学卒業後の81年4月に国民年金に加入した。
89年3月時点で母親が知事の年金が未納であることに気付き、追い払いが可能な87年1月分までさかのぼって支払った。
その後、00年の知事就任までの期間と、不信任で失職した2カ月間は支払っているという。
母親が未払いに気付いた際、知事本人には知らされておらず、その後の支払い手続きについては他人任せだったという。
知事は81年4月から6月までモービル石油(現・エクソンモービル)に勤めた。
この期間、厚生年金ではなく、国民年金に加入していた点について
<
「外資系で、試用期間だったからだと思う」
と述べた。
同社は
<
「モービル石油時代から、入社時に厚生年金に加入するのが通例だ」
と話しており、食い違いも出ている。
知事は年金未納について責任を取るため、7月から3カ月間、給与を20%減額する条例改正案を6月議会に提案することを明らかにした。
知事年金未納「弁明できない」
主張一転…親任せ?認識甘く
産経新聞<
「支払っていると信じ込んでいた。深い認識があったとはいえないかもしれない。そしりを免れぬかもしれない。弁明できない」。
田中知事は四日の会見で、知事就任以前に国民年金保険料に五年九カ月間にわたる未納期間があることを告白した。
神妙な面持ちで未納理由を説明したが、年金の管理を長年、親任せにしていた可能性もある。
また、自身に未納はない、との主張を繰り返してきており、結果的に県民を欺いた格好ともなり、厳しい批判を浴びそうだ。
田中知事によると、未納期間は一橋大を卒業してモービル石油(東京、現・エクソンモービル)に入社した昭和五十六年四月から、国民年金への加入が原則義務化された六十一年四月よりさらに後の同年十二月まで。
今週、交付を受けた保険料納付記録から判明したという。
また、母親が平成元年三月に社会保険事務所へ行ったとの記載が母親の日記にあったことから、田中知事は「推測」と前置きして昭和六十二年から六十三年の間も未納で、さかのぼって納められる二年分を当時、追納した可能性も示した。
田中知事は同社に入社して約二カ月で退社し、著述業を始めた。
通常はここで厚生年金から国民年金に切り替えるが、田中知事によると、年金手帳には厚生年金への加入歴はなく、入社当時に国民年金の資格取得が記載されているという。
しかし、同社では
<
「社員は入社日から退社日まで厚生年金に加入している」
と主張。
なぜ、田中知事が入社当時、国民年金に加入したことになっているかは不明だ。現在は、共済年金に加入している。
一方、田中知事は反省の意味を込め、七月から三カ月間、自身の給与を二割減給する。
ただ、処分内容については、
<
「(誰にも)相談していない」
といい、客観性が問われそうだ。
田中康夫知事は五月十三日の会見でも、自身の年金保険料の支払い状況について、
<
「以前に申し上げた通り、義務を果たしているということです」
などと述べていた。
知事の年金未納発覚 なお多く残る疑問 追納「記憶では定かでない」
読売新聞自ら減給処分 苦しい釈明に終始
五年九か月に及ぶ田中知事の国民年金保険料未納が四日、明らかになったが、これまで知事は
<
「(年金保険料納付の)義務を果たしている」
と再三述べてきただけに、結果として県民をあざむく形となった。
自ら減給処分を科す方針を示したが、説明内容には疑問点が数多く残るなど、失った信頼を取り戻すのは容易ではなさそうだ。
知事は、年金保険料未納を公表した四日の会見で、
<
「年金手帳の記録を見て、(納付したと)信じ切っていた」
と繰り返し弁明した。
年金手帳には、加入する年金の種類が期間別に記されるだけで、納付状況は社会保険庁に照会しないと分からないが、そうすることを事実上拒んできた。
だが知事は、国会議員の年金未加入・保険料未納の問題が次々と明るみに出た四月以降、自ら年金に絡む問題はないと繰り返す一方で、小泉首相を含む政府・与党の対応を厳しく批判してきた。
四月二十八日の知事会見では、福田官房長官(当時)が「個人情報」を理由に年金納付状況を明かさなかった点などをとらえ、
<
「こんな人たちに政治を託して、皆さんは不満はないのか」
と発言した。
五月十三、十七両日の会見でも、年金納付状況の再確認を求める記者の質問に、
<
「私は義務を果たしてきている。年金手帳にも、そのように記されている」
「きちんと確認している」
と答えていた。
また、四日の会見では、八九年三月に母親が、知事の保険料未納に気付き、二年分を追納した問題について、
<
「記憶では定かではない」
と述べる一方で、費用負担は
<
「私の収入から」
と強弁。
その時点で未納を把握できなかったことには、
<
「何と言われても弁明できない」
と言葉を濁した。
同月以降の納付方法に関しても、
<
「恐らく年ごとの引き落としだと思う」
としながら、その手続きについて
<
「私の中で認識はない」
と述べるなど、苦しい釈明に終始した。
ある県幹部は
<
「自分で払っていなければ、親離れしていないと批判される。払っていれば、未納の事実を知っていたことになる」
と、知事の胸の内を解釈して見せる。
知事は一連の不手際で七月から三か月間、給与を20%削減する方針を示した。
処分内容に関する相談は誰とも行わず、自ら
<
「事の重大性にかんがみて」
と述べたが、十分な説明がないまま処分を表明したことは、事態の幕引きを図るものとして批判の声も出そうだ。
2004年6月3日
年金問題と民主党、そして私の見解
大荒れの年金法審議
4月上旬の年金法をめぐる衆議院での審議ストップは、4月8日(木)の民主党の対案提出をもって再開されました。
再開直後の本会議で、私が「高病原性鳥インフルエンザ対策緊急措置法案」の提案理由説明に登壇したとき、自民党席からはヤジの嵐だったことは、先にホームページでもご紹介したとおりです。
その後も、中旬には日歯連の疑惑や、閣僚の年金未納問題による大混乱のため、たった17時間しか審議されず、公聴会も開かれていないにもかかわらず、政府の年金法案は、28日(水)、衆議院厚生労働委員会で野党退席中に強行採決し可決されてしまいました。
年金法を通すまで与党は未納隠し
4月23日(木)に3閣僚(石破、麻生、中川)が未納を公表した後、政府・自民党は、全閣僚の納付状況を26日に公表すると約束しました。
しかし、 26日(月)になると「民主党の『次の内閣』も対抗法案を提出しているので同じく公表を」と要求して、自民党は自らの公表を先送りしました。
さらに27日 (火)には、福田官房長官が、「個人情報だ」と公表を拒否しました。ずるい自民党の常套手段です。
28日(水)、民主党は『次の内閣』の閣僚の年金納付状況を公表しました。
私は、自民党の手練手管に翻弄される若手執行部に苛立ちを感じました。『次の内閣』では、菅代表ただ1人が厚生大臣在任中の10ヶ月間が未納となっていました(この期間については、辞任表明した後の5月14日、社会保険庁が誤りを認め、脱退手続きを取り消したため、菅代表の未納はなくなっています)。
今考えると、自民党側は、こちら側の不備をすべて承知していたのだと思います。民主党も菅代表も自らの脇の甘さをつかれました。
自民党は、政府の年金法案を強行採決し、28日の夕方になって、福田官房長官の他追加の3閣僚(谷垣、竹中、茂木)の未納を公表しました。
4閣僚が未納だったことは何日も前からわかっていたのに、年金法を通すため隠していたのです。隠蔽体質も極まれりであり、許しがたいことです。
菅代表の予期せぬ落とし穴
年金問題で大荒れの中、私は、4月26日(月)、菅代表に完成間近の『農林漁業再生プラン』の説明を行いました。
また、4月27日(火)には、農林漁業再生本部で小沢代表代行の農業観を聞く会を開き、数十名の議員と菅代表も出席しました。
小沢代表代行は民主党の会合にあまり来られないため、菅代表と小沢代表代行が1時間も隣に並んで座っていたのは、珍しいことでした。
このころ、まさか未納問題に巻き込まれるとは思ってもいなかった菅代表には、余裕が感じられました。
菅代表は、帰国後直ちに農林漁業再生プランを引っさげて1人区を飛び回ることになっていたからです。
28日(水)に民主党が『次の内閣』閣僚の年金加入状況の調査結果を公表しました。ただ1人菅代表(総理)だけに未納期間がありました。
前後の期間は国民年金に加入しているのに、厚生大臣在任中だけ脱退し、未納となっていたのです。
菅代表は代議士会で、「役所のミスだ」と怒っていましたが、私は菅代表の怒りはもっともだと思いました。
少なくとも10ヵ月後に再加入するときには、間違って未加入だと伝えてしかるべきです。
このころの未納議員で、
- (1)一番悪いのは、年金法を通すため、自分の未納を既に知っていながら、わざと嘘をついていた福田官房長官だと思います。
- (2)次は、国会議員に加入義務が生じた86年以降も加入していなかったルール違反の議員です。
- (3)大臣等の在任中だけ共済加入と勘違いしてという議員は、後でも述べますが、複雑な制度故に許される面もあると思います。
菅代表を救う道
私は、28日(水)の夕方の代議士会での菅代表の弁明の後、これは必ず政局になると直感しました。
ひょっとして菅代表の退陣になるかもしれないと心配になりました。
それでは菅代表とともにスタートした農林漁業再生プランの価値も下がり、参院選の1人区での戦いに支障をきたします。
私は、ベストの解決方法を考えました。
- 1. 29日(木)に成田空港で、「国民に重大な不信を招いたので、帰国後、出処進退を明らかにする」と発表して訪欧に発つ。日本向けには明らかに辞任もありという表明をする。
- 2. 先手を打って7閣僚に辞任を迫ることになり、小泉内閣にそれなりの揺さぶりをかけられる。でたらめな年金法を廃案に持ち込むことも可能。
- 3. 本当は、外遊を取りやめてもよいが、アポイントを取った相手国に迷惑がかかるので、あくまで現職の最大野党党首のままで行く(私は俄か外交官の頃、せっかくとったアポイントを突然キャンセルされて困りました)。
- 4. 党代表を続けるためにこそ、ここで一旦身を引く必要がある。福田辞任なりに追い込めば、再選は確実になる。
北沢さんの進言
29日、私は、海野参議院議員の選挙の応援で静岡に行っていました。
菅代表の携帯番号もわかっているので、直接電話しようと思いましたが、私としては珍しく躊躇して思いとどまりました。
いくら親しくなっているとはいえ1年生議員が代表の座を退くように進言するのはあまりに尊大、のぼせ上がりすぎととられかねないからです。
そこで、まず、こういう件の指南役の北沢俊美参議院議員に電話して頼みました。北沢さんは、羽田さんと相談すると深刻に受け止めました。
次に平野達男参議院議員から荒井聡役員室長の電話番号を聞き出して電話し、役員室長から間接的に伝えてもらおうとしました。
しかし、さっぱり出ませんでした。それもそのはず、夜、テレビを見ると菅代表に随行していました。
この電話を選挙カーに同情していた河村たかし衆議院議員が一部始終聞いていました。
河村さんはそこでも「議員年金の廃止を菅代表に言え」と相変わらず議員年金ばかりでした。
5月1日(土)、北沢さんは、長野のメーデー会場で「自分は菅代表に辞めるよう進言する」と断言された由、これで動き出せばいいとほっとしました。
しかし、北沢さんや私の思いは菅代表には伝わらず、5月6日(木)、予定を早めて帰国したものの、7日(金)、福田官房長官が先に辞任し、菅代表も民主党も完全に窮地に陥ってしまいました。
そして、いよいよ菅代表へのバッシングが強まってしまいました。
民主党の脆い体質(両院議員懇談会)
7日(金)と週明けの10日(月)、民主党両院議員懇談会が開かれ、年金改革3党合意について議論しました。
手続き、内容ともに問題のある3党合意(腹立たしくて説明する気にもなれませんが、民・自・公が協議会を設けること等を内容とする、幹事長同士の合意です)については、いろいろ意見は出ましたが、執行部一任ということでおさまってしまいました。
私は、ここでもこんな弱腰な合意をする党執行部にがっかりしました。国民の声も知らず、国会運営や政治手腕も未熟そのものとしか言いようがありません。
菅代表の未納隠しなり延命のための妥協と受け取れられてもしかたがありません。
両院議員懇談会で感心したのは、石井一、西岡武夫、中井洽、渡辺秀央議員らのひな壇の2列目(副代表クラス)に座っている当選7~8回のベテラン議員たちです。
民主党は、所属議員も執行部も若さが売り物という面がありますが、前列よりも後ろのほうが、立派な意見を述べていました。
石井さんの
「鳩山代表の時と同じように、また引きずり降ろすのか。今頃辞めても役に立たない。こんなことはすべきでない。自民党に対して政権をとることを考えるべきだ」
(7日)
とか、西岡さんの
「反転攻勢に出て、未納議員に罰金も含めて支払わせ、年金の加入歴を記した回答票を出すように自・公に突きつけるべきだ」
(10日)
という意見はまさにそのとおり膝を打ちました。
民主党は、副代表クラスの人たちが党の要職についていなくてはだめだと思いました。
(岡田新体制は、これに懲りたのか、藤井幹事長という重石がつき、ほっとしました。)
それにしても思い出すのは、1週間は粘りつづける今はなき米価決定の際の議論です。自民党の粘りに比べ、民主党は良くも悪くもあっさりしています。
農林水産大臣としても米価決定の場を経験していた鹿野道彦議員も同意見でした。
民主党で、米価を経験しているのは、羽田、鹿野、西岡、石井の旧自民党の議員、そして、行政側で参加していた私の5人ぐらいです。
これまた手前味噌になりますが、ひょっとすると私のほうが当選3〜4回の議員よりも政治の現場なり土壇場のかけひきを経験しているのかもしれません。
菅代表へ宛てたメモ
私は、また一つ余計なことをしました。
5月7日(金)、両院議員懇談会で三党合意の是非が議論されました。しかし、背後には菅代表の未納問題、そして出所進退問題がありました。
私は、前述のとおり、手続き、内容とも全く承服できませんでしたが、発言は控えました。菅代表に辞めろということに対しては不快感を覚えました。
ここは、ドジをした執行部だけれども仲間であり任すしかないのです。その流れにならなかったら発言するつもりでしたが、大体その流れになりました。
私は、この福田官房長官に先を越された今になって辞めても無様すぎるので、ここは黙って凌ぐ以外にないと考えました。
そして、辞めずに耐えるべしとの意を某側近に伝えたところ、「本人に直接言ってよ」と言われ菅代表の部屋に行きました。
本人は出かけた後でした。政治の世界も冷たい人が多いようで、誰も来ていませんでした。
私は、持っていたノートの切れ端で3項目のメモを残しました。
- 1. 絶対辞めるべきではない。(辞めるならもっと前)
- 2. 小泉首相にも何かおかしなことはあるはずなので、年金の回答票を出させることを要求して待つ。
- 3. 未納の元凶の一つである議員年金廃止法案を出して参院選を戦う。
しかし、菅代表は、8日(土)、9日(日)とTVに出ずっぱりで三党合意の説明をし、辞任を迫られるという変なことになってしまいました。
菅代表の引き際
10日の懇談会では、冒頭、菅代表が混乱の責任をとって辞意を表明しました。私が身近で政治家トップの思わぬ退陣劇に接したのは2度目です。
内閣総合安全保障閣僚会議担当室に勤めていたとき、鈴木善幸総理の突然の鮮やかな退陣が一つ。そして今回です。
別掲しますが、私は農林漁業再生プラン作りに心血を注いでいました。菅代表は農林漁業再生プランを引っさげて1人区でより多くの議席を得て、秋の代表戦で再選、次の総選挙での政権交代を頭に描いていました。
私も必死でそれを支えようと時間を割いてきました。その意味で、ひょっとすると私は菅代表以上に菅代表の行く末を案じていたかもしれません。
一歩引いてみているが故に、ことの重大性を感じることができたような気がします。
菅さんは、相手を攻撃することが得意です。「未納3兄弟」「やるやる詐欺」とよく言葉が出てくると感心します。
しかし、その得意な弁舌で墓穴を掘ってしまった感があります。そばで見ていてまずいと感じたのは、回りに菅代表にきちんとアドバイスするベテランがいなかったことです。
自ら任命した若手執行部が菅代表を支えきれなかったとしか言いようがありません。
私は、訪米欧直前に余裕しゃくしゃく、農政問題の勉強をする、いわば絶頂期の菅代表を間近で見、そして十日後の変わり果てた姿を目の当たりにしました。
「政界は一寸先は闇」を地でいく展開になってしまいました。
私は、10日、隅のほうで議論を聞きながら、菅代表の心中を思い、目に涙がこぼれました。いつか復活の日が来るのを願わずにはおれません。
複雑な制度が手続きミスの一因
国家公務員は、年金、健康保険とも、共済に加入しますが、国家公務員特別職の大臣等は、健康保険のみ共済に加入し、年金は国民年金のまま(営利企業役員は兼職禁止なので、厚生年金だった人も退職して国民年金に入る)ということになっています。
ちなみに、国とは違い、知事・市町村長等の地方自治体の首長は年金も共済に加入します。多分、直接選挙で選ばれ、専業でやるからです。
それに対し、大臣は大半が国会議員から選ばれ、任期も1年か2年くらいですから、議員年金と重複するというので、健康保険のみの加入なのでしょう。
もっとも、これは、国会議員が国民年金へ加入できなかったころは、この制度でいいのかもしれませんが、任意加入となった80年4月から、遅くとも強制加入となった86年4月からは、健康保険と同様、年金も共済に加入するよう制度を変えておくべきだったと思います。
自民党にも、大臣や副大臣等になった時だけが未納という議員が何人もいました。
民主党の鹿野NC農水大臣は閣僚経験者でしたが、そのようなミスがありませんでした。
鹿野さんに尋ねると、対応した市役所の職員が制度を理解していたからということでした。
逆にいうと他の未納閣僚の場合は、市町村役場の職員が制度を理解していなかったのです。
確かに、忙しい議員自ら手続きをすることはありません。秘書や家族まかせです。
誰かが気付けばミスは防げるわけですが、やはり、これは、手続きの際、窓口の職員がどういう原因で年金を移るのか確認し、適切な対応をするべきだろうと思います。
しかし、菅代表の場合のように、市役所や社会保険事務所の担当者でさえ、この複雑な制度を理解しておらず、ミスをおかしてしまったということです。
このような欠陥だらけの制度自体をわかりやすいものに変えなくてはなりません。
バラバラな制度といい、グリーンピアに代表される無駄遣いといい、年金の仕組みは杜撰そのものです。
何よりも国民の大切なお金をそれこそいい加減に扱っていることに怒りを覚えます。こんな欠陥法案は、絶対に認めるわけにはいきません。
私の年金手続き
私は、去年の9月17日、30年余り勤めた農林水産省を退職しました。
9月下旬、長野1区からの出馬のために、実家の中野市に住民票を移した際、国民年金の加入手続きもしました。
中野市役所での手続きは、忙しい私に代わって弟がしてくれました。
市役所から社会保険庁へは自動的に連絡されるので、国民年金の加入手続きはこれで完了という説明でした。
選挙活動で慌しくしていたため、全く気が付かなかったのですが、国民年金に加入はしたものの、その後、社会保険事務所からは何の通知もありませんでした。
2月に確定申告の準備をするにあたり、妻から国民年金保険料の支払い証明書が必要だと言われました。
妻は子どもの学校の関係で東京に住民票があり、自分の国民年金は、区役所での手続きをした後、社会保険事務所から送られてきた納付書で支払っていたというのです。
ところが、私の中野の実家には、納付書も何も届いていなかったため、中野市役所に納付書が届いていない理由を確認したところ、市役所の記録では確かに9月に国民年金に加入しているとのことでしたが、社会保険事務所での入力もれのため、納付書が発行されていなかったとのことでした。
すぐに、9月分からの納付書が送られてきて、支払いをすませたため、未納には至りませんでした。
まさか、その2ヶ月後、国民年金の未納騒動が起こることなど知る由もありませんでしたが、そのまま、気付かずにいて、市役所に確認しなかったら私も数ヶ月未納となっていたはずです。
ただ、2年間はさかのぼって納付できますので未納にはなりません。
公明党の議員の中に、納付書が送られてこなかったため未納になったというケース(この場合は、おとがめなし)がありましたが、このようなミスも結構あるのだと感じました。
確定申告には、生命保険料控除や医療費控除と同様に、国民年金保険料も支払い証明書が必要と思っていましたが、その後、江角マキコさんの未納のニュースの際に、国民年金保険料の支払い証明書は不要だったということを知りました。
これでは、未納者へも税金の控除をすることになってしまうのではないでしょうか。
年金の必要性を感じない金持ち(?)議員
その後、5月10日(月)には、社会党の土井前党首が未納を公表しました。
地方自治体の首長の未納も次々と明らかになってきました。
11日(火)の衆議院本会議で年金法案が通過したのを見届けて、12日(水)、公明党の神崎代表が未納を公表しました。
さんざん菅代表を攻撃したのに「譴責処分」とやらでお茶を濁して居座りました。さすがしぶとい対応です。
更に、年金法案を提出した厚生労働副大臣の2人(森、谷畑)や衛藤厚生労働委員長までが未納でした。
よくもこんなにしらばっくれていられると感心します。誠実さのかけらもみられません。
腹立たしいことに、菅代表に社会保険庁から不備を認める文書が届きました。代表を辞める必要などなかったのです。
公明党の処分基準からすると「譴責処分」ですむ話でした。しかし、すべて後の祭りです。
5月13日、民主党は、所属全議員の納付状況を公表しました。244人中33人に未納期間がありました。
他の年金からの切り替え忘れもありますが、特徴的なのが、私の親しい友人2人を含む5人もの弁護士議員が未加入でした。
高収入で定年もなく、辞めても全く困らない人は、年金などあてにしていないための未加入ということなのでしょう。
他党や地方自治体の首長や議員の未納も次々に明らかになっています。他の仕事を経験していない政治家の未加入も目立ちます。
年金問題を議論していながら、自分の年金には無関心だったということです。必要性を感じないからかもしれません。
自民党は、未だに全議員の納付状況の公表を拒否しています。ここまで来ると今や、年金改革を行う国会議員への国民の信頼は、崩れてしまった感があります。
総理にあるまじき詭弁と破廉恥な開き直り
そして、予想どおり14日(金)、小泉総理が、唐突な北朝鮮訪問の発表にまぎれて、翌週の週刊ポストに掲載されるに及んだ自分の年金未加入を公表しました。
それまでに、何度も問いただされていながら「未納はない」と答えていたのに、「加入していない時の未納はないということだ、未加入と未納は違う」とまさに詭弁を弄して開き直ったのです。
確かに、国会議員になる前の未加入を問われるのもかわいそうな気がします。また、勉強に専念しなければならない予備校生が国民年金の加入義務があり、大学生は義務がないという制度もおかしいでしょう(結局小泉首相が未加入だった期間も大学生だったことが後に判明)。
しかし、小泉首相の対応は、これまで「未納はなかった」と言っておきながら後になって釈明している点で許しがたいことです。
一国の宰相が詭弁を弄して開き直るなど、言語道断です。
さらには、小泉首相には民間の不動産会社の社員として勤務実態が全くないのに厚生年金に加入していた問題も発覚しました。
これに対しても、小泉首相は「(不動産会社の)社長からは『あんたの仕事は次の選挙に受かることだ』と言われた」、「会社には出社していなかった」と平然と開き直る始末です。
政治家の中には民間会社に籍がありながら勤務実態がないため、離党した人もいたことを考えれば、これもあまりに軽い発言と言わざるを得ません。
自民党小泉政権は、政権に長く安住しすぎ、感覚が麻痺してしまったようです。もう政権から降りてもらわねばなりません。
未納国会議員のけじめ
私は、まず、すべての議員が社会保険庁の証明書をつけて、年金保険料の納付状況を公表し、その上で、未納のある議員には追徴金を払わせるのがよいと考えます。
年金の相互扶助の義務については、どんなに遅くなっても果たさなくてはならないからです。
これは、未納の保険料分の金額は払うが保険料支払いとカウントしない、支払い分は控除の対象としない、つまり、罰金として懲罰的に支払うだけという法律を議員立法で作れば可能です。
びっくりしましたが、参議院で平野さんと西岡さんが同じ議案を作ってくれていました。
私はこれを『未納国会議員懲罰支払い法案』と名づけ、いつも仕事が一緒の2人の未納弁護士議員を冷やかしながら、「自らの責任で速く立法化すべし」とけしかけました。
衆議院の厚生労働委員会の理事、NC厚生労働大臣等の関係者に根回ししましたが一向に日の目を見ませんでした。
しかし、やっと参議院で法案提出ができ、拍手喝采しています。もっと早く行動をすべきなのです。
年金改革では、国民が信頼できる、公平で透明性のある年金制度を作ってゆかなくてはなりません。
議員年金廃止を訴えている河村さんは、「議員年金をなくして国民年金だけにすれば、国会議員も年金問題に真剣に取り組むようになる」と言っていますが、自分が経験した痛みしかわからないのでは、政治家としては失格です。
あらゆる人の立場になって考えることができなければ、政治家は務まりません。議員年金の廃止も必要ですが、それより先に未納国会議員のけじめが必要です。
いま、自民党が国民一般の未納解消の法案を出しつつありますが、その前にまず、国会議員がいわば責任をとり落とし前をつける必要があります。
将来を見据えた年金改革
現在の年金制度は、出生率の高い経済成長期に作られました。大勢の勤労者で、少ない高齢者を支えるようにできているのです。
しかし、今や、少子高齢化で、安定成長というかマイナス成長ともいえる時代です。少々手直ししたところで、早晩この年金制度は破綻してしまいます。
問題先送りの政府案ではなく、これからの時代に合った年金制度に根本的に変えなくてはならないのです。
国民保険料の未納率が37.2%と急増しています。今の年金制度に不安があるのも一因ですが、保険料の徴収方法にも問題があります。
社会保険事務所と税務署も一元化し、基礎年金については、税金と同じ扱いにするべきです。
消費税を財源とする案については、増税だとか、低所得者層の負担が増えると反対する人がいますが、現在の国民年金保険料は、1人1ヶ月 13,300円で、所得にかかわらず、すべての加入者が同額を負担しています。
総理府の家計調査によると、平成16年度の全世帯平均の消費支出は、 304,085円/世帯・月(世帯人数3.2人)ですので、年金加入者が2人いると仮定すると、2人分の保険料26,600円は消費税率8.7%に相当します。
これは全世帯平均ですので、消費支出の少ない世帯はもっと税率が高くなっていることになります。
消費税等の税方式にすると、定額の保険料を払わなくてもいいので、低所得者層の負担は少なくなり、すべての国民に年金をという国民年金法の目的にかないます。
基礎年金では少ないという人のために、2階部分として、例えば保険料1万円から10万円の5コースに分かれた年金をつくります。
コースは各人が選び、途中で変更できるようにし、自分が通算で支払った保険料に応じた年金を受け取るようにします。
自営業者の所得の捕捉はできないと言われますが、納税者背番号制などを待っていたら、いつまでたっても厚生年金と国民年金の一元化などできません。
そこで、所得比例方式ではなく、自分で金額を選ぶ積み立て方式を加味したらよいような気がします。
政権交代のためには政局よりも政策を
そもそも年金改革の民主党の対案作りが遅れたのは、厚生労働省や財務省が明らかにしないので数字が入らないという理由でした。
民主党は、脱官僚で、自分たちで政策立案を行うといっているものの、それぞれの分野のプロがいないということです。
こうした中で、農林漁業再生プランは、再生プランプロジェクトチームが独自に作り上げています。
自民党の故山中貞則さんは税や畜産行政のプロで、三塚博さんは国鉄改革のプロでした。残念ながら、民主党には同じようなプロはあまり見受けられません。
族議員というのではありませんが、地道に年金や農政の勉強をする議員が少ないように見受けられます。
私は、5月の連休中、毎日、議員会館に来て農林漁業再生プランを作成していました。
役人時代、海外出張で連休がつぶれたことは何度かありましたが、日本にいてこんなに仕事をしたことはありません。
同僚議員が「政局」に熱中している時も、私はずっと「政策」をやっていて、農林漁業再生プランを農林水産部門会議で了解を取り付けた13日(金)の夜になってやっと「政局」の会合に参加しました。
その時は、小沢さんに流れが決まっていました。
民主党の若手の政治家は、「ドタバタ政局」なんかではなく「政策」に取り組むべきです。
全体でみると自民党よりは、政策能力はあるかもしれませんが、個々の分野に専門家は少なく、こんなことでは、政権をとったときが思いやられます。
「脱官僚」などといってはいても官僚を牛耳れる政策通がいなくては政権運営ができません。
代表のつまずき、代表選びの混乱と民主党もまだまだ未熟な政党です。今度は、『民主党再生プラン』作りが必要かもしれません。
http://www.shinohara21.com/katudo_log/katudo_0406nenkin.html
2004.06.05
ママは何でも知っている。by康夫
※ 田中知事が年金未納 5年9カ月 給料20%減額へ
最初にお断りしておきますが、仮に田中康夫が一銭たりとて、年金を払っていなかったとしても、私はそのことをして批判する気は一切ありません。
作家なんてのは社会規範の枠外に暮らす世捨て人であって、あんなみみっちいもんに頼る気は無いと嘯くくらいで丁度良いと思うから。
年金支払いは国民の義務だなんてのも詭弁、茶番です。それが義務だと言うのであれば、しつこく催促し、罰則を科し、しかも受取は公平でなければならない。
所が、年金は催促もしない。NHKの受信料以下ですよ。罰則は無いし、国会議員は国民年金の半分の期間以下の積立金で、税金から膨大な援助を受けて一般国民とは桁違いな破格の見返りを得られる。
余談ですが、康夫ちゃんも3期勤めれば同様の豪華な年金を受け取れる。
国会議員の場合はまだしも退職金が無いから、それだけの豪華な年金制度が整備されたという経緯もあるけれど、地方の組長の老後の豪華さは、国会議員の比じゃありません。
それでいて国民が積み立てたお金は、社会保険庁の職員のテニスコートに消えていく。
こんなものを、「年金制度は国民みんなで支えるものです」、なんぞと説教されて信じるのは、単なるバカです。
思考する能力を奪われた独裁国家の奴隷並みの国民ならともかく、まともな国の民衆が唯々諾々と従うのは、もう国民総痴呆化現象と言う他は無い。
それはともかく康夫ちゃんです。
最初に彼が年金問題で突っ込まれた時に、彼は外資系のモービル石油に就職したから最初から国民年金だったなんてことを言って田舎の記者を煙に巻いたわけですが、この時点で、そんな馬鹿なという話になるわけです。
今ならともかく、あのバブル期の売り手市場だった頃に、外資系=年俸制で一切の福利厚生は無しという会社が、まあったかも知れないけれど、少なくとも彼が就職した会社がそうだとは思えないわけです。
何しろ、会社、事業所には、厚生年金の加入義務があるわけですから。
今でこそ、不景気が長引いてそれを達成できない中小企業が多いけれど、モービル石油みたいな大会社が、うちは外資系だから、それ払いませんと言ったら、国際問題になりますよ。
この人、別に本社採用じゃないでしょう。それに、そもそも彼がモービル石油に在籍したのは何ヶ月間ですか? 試用期間もへったくれもないでしょう。
あぶく銭を掴んで、ガソリンスタンドでの退屈な研修を放り出して辞めている。
あれほど享楽的な生活に浸っていた男が、その最中に年金のことなんかに考えが及んだとはとても思えない。
「未納期間」をゲロする昨日までの間にも、
<
「私は年金を払ってきていると言ってるじゃないですか。ちゃんと責務を果たしてきていると言っているんです。個人情報だよ、なんちゃって。」
<
「ご心配には及びません」
<
「責務を果たしている」
と述べ、未納を告白して辞任した福田官房長官に関しては、
<
「こんな人たちに政治を託して、皆さんは不満はないのか」
(県庁記者会見)、ラジオではもっとボロクソに言っていたと思うぞ。
払っていない連中のことはボロクソ、自分の積み立て状況に関しては、あたかも払っているかのように説明してきた。
しかも、彼は昨日の記者会見で、「未納期間」があったことを告白はしたものの、その説明は全く支離滅裂です。
なんでも、康夫ちゃんの愛しいママんが、89年3月に、天啓でも得たのか突如として息子が年金を払っていないことに気付いたらしい。
気付いた経緯、理由というのが一切明らかにされていない。しかも、母親は勝手に、遡れる分の2年分を払ってしまい、それを息子に黙っていたらしい。
これがなぜ母親が気付いたかです。←ま、それが事実だとしてですよ。
当時は、年金を貰うためには、最低でも25年払って、60歳から貰えていたのかな。
89年、康夫ちゃんは33歳です。35歳までには年金積み立てをスタートしなければならない。
ひょっとしたら、母親がその時点で未払いというか、未加入であることに気付いて、過去分も払い込むという形で、積み立てを開始したのかも知れない。
なぜ母親が立て替えたのか? ←ま、それが事実だとしてですよ(~_~;)。
なんクリ100万部のインカムが一段落し、小説家としてはどうも才能が無いことを自覚したけれど、ファディッシュ考現学で批評家としての地位を築いた頃ですね。
ただ私生活は派手な男ですから、たぶん年がら年中金欠だったはずです。優しいママんはその辺りのことを斟酌したのかも知れない。
しかし一方で、2年分過去払いしたは良いが、その後の支払いは当然本人が自分で積み立てるわけだから、この母親の行為を知らなかったはずもない。
何処かで必ず年金に関するやりとりを親子でしたはずだから。しかしその辺りの証言というのは、まったく支離滅裂です。
ちなみに、カウントしてみると、昨日の県知事会見では、「母」もしくは「母親」という単語が41回(うち23回は記者側)も出てくる。
来週の記者会見には、ぜひ優しいママんにご登場願いましょう。
繰り返しますが、起こったことは些末なことです。未払い期間だろうが、全くの未加入だろうが、これぞまさに自己責任原則の話なのですから。
だいたいこの問題で全く無実と言えるのは、浪人もせず大学に入り、就職浪人も無く会社員勤めしている人間だけですよ。
早い話、国家は、国民を全てその程度の枠内でしか捉える想像力しか持ち合わせないということなのですから。
しかし、この人は、これまで散々自分は払っていると胸を張り、些細な未払い問題で永田町を批判してきた。
謝罪するのであれば、自分を県民に対して嘘をついたことを謝罪しなさい。
問題をすり替えて殊勝な態度なんかすな。
で、昨日ゲロしちゃった理由は、どこかの週刊誌が嗅ぎつけたんでしょうね。
社会保険庁からデータがずるずると漏洩しているから、彼のデータが出るのも時間の問題だったことでしょう。
ま、またしても自分のマイカーを税金で買い換える(この3年間毎年!)という県民にしてみれば不愉快なニュースをカムフラージュする目的もあったでしょうが。
ぜひ、明日のテロ朝サンプロに出て欲しいですね。
われらが正義の人、田原総一朗氏は、あんなに醜い顔して、菅直人に辞職を迫ったほどですから、きっと康夫ちゃんにも責任を取って知事を辞職すべきだ! と引導を渡してくれることでしょう。
記念に、日刊ゲンダイに寄稿された誰かさんのバイト原稿をここに貼り付けておきます。
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言わずと知れた年金加入「実績」の公表に関し、「個人情報」を楯に具体的な回答を拒絶し、「貴方の方が
可笑 しい」 と福田康夫なる政事家は記者を恫喝しました。にも
拘 らず、「頭が可笑しいのは、貴方では?」と言い返す事も出来ない内閣詰めの新聞記者諸氏は、いやはや、子供のお使いに過ぎません。都合の悪い事には頬被りし、
猶 も追及されると居直る。小泉純一郎なる政事家の悪い癖を3年間で忠実に会得するとは、成る程、女房役に相応 しき人物です。尤 も、件 の2人が「夫婦」だなんて、ゲロゲロ、おぞまし過ぎるぞ(苦笑)。4月29日
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真 善美2004-06-06 15:42:29
★田中康夫長野県知事の年金未納が発覚
1 田中知事の年金未納問題とは
田中知事は,4月以降国会議員の年金未加入・保険料未納が明るみに出た問題について,自分は,年金を払い,義務を果たしてきたと繰り返す一方で,小泉首相を含む 政府・与党議員の対応を厳しく批判してきたが,6月4日記者会見において,一転,それまでの発言を翻し,知事自身が1981年4月から86年12月までの国民年金保険料が未納であることを明らかにした。
※(6月4日記者会見全文は http://www.pref.nagano.jp/hisyo/press/20040604n.htm)
2 田中知事の説明,主張
<
- ○ 私は年金手帳の記録を見て(納付してきたと)信じ切っていた。
- ○ 私が学校を出て就職したのは,1981年4月モービル石油(現エクソンモービル)だったが外資系であり,自分は試用期間だったので,国民年金にそこで加入したと思っていた。
- ○ 1987年から89年3月までの間も未納だったことについては,母親が気付き,87年1月分まで,さかのぼって納めたが,記憶が定かではない。費用負担は私の収入からである。
- ○ 89年4月以降,知事初当選までの間約十年余は,保険料は,自分で支払っていたが,誰が納付の手続をしたか明らかではない。
- ○ 問題の重大性に鑑みて,七月から知事給与を三か月間20%削減する。
3 残る疑問
- 【1】 エクソンモービル(広報渉外部)は,「社員時代は厚生年金に入っていたはず」と説明。知事の説明と食い違う。
- 【2】 87年1月から89年3月まで,母親がさかのぼって納付したというが,さかのぼって納付できる期間は過去2年間であり,2か月間多すぎる。
- 【3】 そもそも納付手続を誰が取ったのか。自分で支払っていれば,未納の事実を知っていたはずだ。
【これまでの記者会見における知事の発言】
4 平成16年4月28日記者会見
(意見表明で)
<
『年金の問題なんですけれども,私は年金の問題はきちんと公聴会を開くべきではないかと思うんですね。
形骸化した公聴会ではじゃなくて,願わくば本県が行っている公聴会のように,どなたでもご参加なさり,どなたでも発言でき,基本的にすべてのご発言がなさりたい方が終わるまで開くという公聴会でありまして,この年金の問題も何か,政府与党の言っていることは,ほとんど嘆かわしいというか,本当にこんな人達にに皆さんは政治を託していて何も不満がないのでしょうかという感じだと思うんですね。
ましてや閣僚ではないからといって小泉氏の問題を言わないと。
1986年からでしょうか,義務化された以降のことについても伝えないと。
それは個人情報だと言っているのは,私も年金をきちんと払ってきている人間のひとりとして,そのような政治家の下で年金の議論がされて,補選で三勝したからという理由を持ってなし崩し的に行われると。』
(記者の質問に答えて)
<
時事通信先程の年金の話なんですが,知事も年金を払ってきているということでしたけれども,これは未納期間はないという解釈でよろしいでしょうか。
<
田中知事私は年金を払ってきていると言ってるじゃないですか。ちゃんと責務を果たしてきていると言っているんです。個人情報だよ,なんちゃって。
<
時事通信そう言われるとそれまでなんですけれども。
<
田中知事ちゃんと年金は払ってきております。
<
時事通信未納期間はないということですね。
<
田中知事小泉さんはどうなのかな?
<
時事通信僕は小泉さんについては知らないんですけれども。
<
田中知事ちゃんと義務を果たしております,私は。
5 5月13日記者会見
(記者の質問に答えて)
<
読売新聞以前,知事は年金の問題について報道陣から聞かれたときに,義務は果たしているというようなお答えをされていましたが,改めて国民年金の未納期間はないということでよろしいのかというのが一点と,あと,社会保険庁に問い合わせをされるご予定がありますでしょうか。
<
田中知事昭和56年の3月に学校を出ておりまして,私,昭和56年4月1日に年金に加入いたしております。
知事になりまして,県の職員になりましたので県の職員の年金になっております。
不信任がでました時から再選される間,約2ヶ月でしょうか,その間も国民年金の方に入っておりますので,前にもお話し申し上げたとおり,私は義務を果たしてきております。
これはきちんと(年金)手帳にもそのように記されているところでありますので,従来お話ししているとおりであります。
6 5月17日記者会見
(記者の質問に答えて)
<
朝日新聞年金の件で確認ですが,会社に一度お入りになられてお辞めになって,知事になられるまでの間はどうだったのか,そこを説明できればお願いしたい。
<
田中知事モービル石油が恐らく厚生年金ではなくて,当時はちょうど私も採用期間でありましたし,モービル石油が外資系であったということもあって,国民年金に最初入っているわけであります。
それから国民年金にずっと入ってきているという形で,そして知事になったときに共済年金で,知事を失職したときに国民年金になっておりまして,(知事に再任後,)共済年金になっております。
これはきちんと確認をしているところであります。
7 5月27日記者会見
(記者の質問に答えて)
<
朝日新聞年金を本当に払っていらっしゃるということであれば,証明頂けるようなコピーですね,そういうものをご提供いただくのも,知事の公私問わずオープンでいらっしゃる証としてあってもいいんじゃないかと思うんですが,ご検討いただけないかなということです。
<
田中知事はい,私としては前も申し上げたように,昭和56年4月1日から加入して,今日に至っているわけです。
その点に関しては検討させていただきます。
【私の意見】
- Ⅰ 知事は年金問題で,政府,与党議員の批判をしてきたのだから,きちんと責任を取るべきだ。
- Ⅱ 知事は一ヶ月にわたって,年金を支払ってきた,確認したと言い続けた。これは,結果的に県民を騙し,裏切ったことになる。これは知事として,政治家として,許されることではない。
- Ⅲ 知事は,6月4日の記者会見において,「記憶が定かでない」「認識として定かでない」「弁明できない」と発言し,真相を明らかにしない。ぜひ長野県らしい公聴会を開き,真相を明らかにしてもらいたい。
- Ⅳ 知事は,なぜ社会保険庁に確認をしなかったのか,他人に対する調査は厳しいが,自分のことになると甘いというか,隠そうという姿勢が見られる。
- Ⅴ 知事は,自らが給料の20%を削減する処分を課すことで,事態の収拾を図るつもりだろうが,この問題に対して十分な説明もなされていないし,給料削減程度で責任を取ったといえる問題ではない。これで終わりにするわけにはいかない。
【余談】
年金問題について,菅直人氏が弁明で,「妻」を使って世間から嘲笑されたが,田中知事は,6月4日の記者会見で「母が」「母に」を連発しておられた。
男として,妻や母の陰に隠れる奴は最低だと思う。
菅直人氏と田中康夫氏は,仲がよいそうだが,最低な者同士はウマが合うのかもしれぬ。
http://www.ch-sakura.jp/oldbbs/thread.html?id=21644&genre=sougou
6月11日
厚生年金の間違い? 年金未納で知事、社保庁に再照会
読売新聞田中知事は十日、自らの年金保険料未納問題で、厚生年金の加入期間があるかどうか、社会保険庁に改めて照会していることを明らかにした。
知事は一九八一年四月に都内の石油会社に就職し、国民年金に加入したと説明しているが、
<
「厚生年金の間違いではないか」
との指摘が出ていた。
知事が入社したモービル石油(現エクソンモービル)は、
<
「八一年当時も入社日に例外なく、全社員が厚生年金加入の手続きをしている」
(広報渉外部)と話している。
知事は四日の会見で、当時の加入記録が国民年金となっていることについて、
<
「外資系(の会社)だからではないか」
と説明していた。
2004.06.11
* 石坂ちほりん
ここしばらくコンスタントに更新されていた、共産党長野県議団の輝ける団長、石坂千穂議員のサイトですが、康夫ちゃんが年金未納をゲロした先週金曜日からまた更新が止まってしまいました。
彼女のウェッブ・サイトは、知事のスキャンダルが発覚するたびに、更新がパタリと止まる。
たとえば先月の調査委員会のスキャンダル発覚時には、やっと
<
---「長野県調査委員会」の醍醐委員が辞任 ---5月20日
とリードだけ書いて、
<
「続きは後で」
と終わっているが、未だにその続きは書かれてい無い。
その後彼女は、3つの項目で記事を書いているが、その全てにおいて、「続き」をきちんと書いて報告している。
彼女が知事のスキャンダルで
<
「続きは後で」
と書いてバックレるのはこれが初めてでは無い。
貴方は、いつから県知事の走狗に成り下がったのですか?
共産党員としての原理原則を捨て去ってまで、知事に寄り添うほどのメリットを貴方の支援者が得ているとはとても思えない。
選良としての義務を果たす意思がないのであれば、辞職して後進に道を譲りなさい。
貴方は老いたし、権力の虜となり、ことの正邪の見分けすら付かなくなった。
そんな共産党に存在価値は無い。
6月17日(木)
6月県会 政策条例・住民票… 知事の姿勢が焦点に
六月県会は十七日、開会する。多くの会派は、二月県会で継続審査となった森林づくり条例案や、九月県会以降に提出予定の廃棄物に関する条例案を含む「政策条例」について、県の関与、権限が強過ぎないかなどの点で論戦を展開する方針。行政訴訟に発展する見込みの田中知事の住民票問題、独立性が疑問視された長野県調査委員会の運営と、知事の姿勢や政治手法をただす場面も多くなりそうだ。
住民票問題は、審査委員会まで設け、下伊那郡泰阜村に住所決定した手法への批判も多い。長野市が住所決定取り消しを求める行政訴訟を起こす方針を固めるまでに発展した事態について、知事の責任や姿勢が問われる見通しだ。
知事の国民年金保険料の未納問題では、県側が知事の給料を七月から三カ月間、20%減額する条例改正案を提出する予定。議会側には「安易な解決手段だ」との批判もあり、知事の説明責任が問われる見込みだ。
また、十七日付分を含め、十八人を採用した任期付き県幹部職員の本年度人件費が約二億円に上ることから、県の財政難を踏まえて、費用をかけるだけの効果を見込めるか、ただされるとみられる。人事委員、公安委員各一人の人事選任案、二月県会で否決され、あらためて提出する包括外部監査人の契約締結議案の扱いも焦点。県財政の立て直し、外郭団体見直しと県政の根幹にかかわる課題もあり、活発な論議が求められている。
知事会見 (部課長級職員業務管理制度の導入、コイヘルペスウィルス病の発生、知事の年金加入ついて他)
平成16年6月18日(金)11:20〜12:20
表現センター
信州知事 田中康夫部長会議を経ての知事会見であります。6月18日の部長会議、本日は部課長級職員に対しての業績管理制度を導入すると。これは以前にもお伝えしたことがあるかもしれませんが、年末の賞与に反映させるということで、その評価の仕方をどのようにするかということで議論をいたしました。それを踏まえて産業活性化・雇用創出推進局長の丸山康幸を中心として、もう一度、より詳細な評価の仕方を決めたうえで、また、目標設定の形を決めるという形であります。
既に農政部長の鮎沢光昭の方から繰り返し皆様にも会見でお伝えをしておりますが、本県で初めてコイヘルペスウィルス、…KHVと言うんだそうでございますが…、これが一次検査で陽性の反応が出まして、確定診断、二次検査を行いましたマゴイとニシキゴイから陽性という結果が出ております。これに関しましてはご存じのように、長野県コイヘルペスウイルス病対策本部を、鮎沢光昭農政部長を本部長といたしまして設置し、コイを一般的に家で飼われている方々も含めて、きちんとした情報提供をし、対応していくところであります。無論、そのことを滞りなく行うということをお話しした上で、しかしながら今日も部長会議の場で意見が出たんですが、鳥インフルエンザは人体にも影響を与える食肉の発病だということで、大変な消毒等を行っているわけですね。これに対して農林水産省は、コイヘルペスウイルスはマゴイとニシキゴイだけが感染して、他の魚や、あるいは、あまつさえ人間には移らず、また仮に感染したコイを食べても、何ら人体に影響ないというふうに言っているわけでございます。そういたしますと無論、私たちはこのコイヘルペス問題の対応を緩めるということでは決してございませんが、逆に言えばすべての動物には通常、病気があって病死をする、肥育している動物というのも数限りなくいるわけですが、そのデータというものを常に公表しているわけではございません。あるいは捕捉しきれているわけでもない。これは本県だけではなく、日本全体がそうだと思うんですね。よく豚や牛の場合にも病弱で亡くなるという形はよくあります。コイヘルペスだけがこのように言われて、また、ヘルペスという病気、…私もヘルペスを持っておりますし、多くのヘルペスに悩まされている方もいらっしゃると思いますけれども…、しかしながらこの場合に、人間が食べても影響ないというものが、何か鳥インフルエンザと同様のイメージを与える形で扱われているということは、本県のようなコイ養殖業者が多くいる、ましてや今後は、本県で生まれたというんでしょうか、当初から養殖したコイというものを、ある種の、コイにおける拡大した原産地呼称管理という中できちんと確立していこうとする県にとっては、非常にある意味では不可解な点なわけでございますね。他のすべての動物が病気で死んだ場合に全部公表していくというならばいざ知らず、そうではないわけでございまして、この点に関しては私たちは、この対応を緩めることなく、他方で農林水産省の側には、どういう点でこのようになっているのかということは照会をさせていただきたいというふうに、部長会議の場で申し上げました。繰り返しますが、コイヘルペスの対応をしないとか、そういう意味では全くございません。また、このコイヘルペスは水温が20度から25度で最も活性が高くなるということですので、これから夏の時期はそのような形かと思います。これは出納長の青山篤司も述べたんですが、人間の体内に入ると、これは人畜無害だというふうに言っているのはおそらく、コイヘルペスは30度以上の温度ではそこで死滅するということであります。ですから36度、37度の体温の中では(ウィルスは死滅して)平気だということですが、ただ、ウィルスというのは有為変転をしていくものでありますから、仮に体内でも生き続けた場合には有害なのか、体内で生きても、これはコイの特定二種に関してのみ(有害)で、それは大腸菌と同じように人間には平気なのかという点も含めて、この点は農林水産省の方にきちんと照会し、また皆様にも報告を申し上げたいと思っております。ただ、県民の方々においては、養殖をされている方のみならず、ご自分の家でコイを飼われている方も、コイの何らかの異変や異常に気がつかれた場合には、ぜひ最寄りの県の機関にお話しをいただきたいというふうに思っております。
昨日から県議会が開催されまして、県議会の最後で、私の給与を3カ月、20%削減ということを申し上げました。すでに社会保険庁の方にお聞きをして、私が国民年金の未納の期間があるということに関してお伝えしたのは、その申し上げたデータのとおりですが、ご照会が皆さんからありました、モービル石油に勤務をしていたときに厚生年金に入っていたのではないかということであります。この点に関しましても社会保険庁の方に再度、…その番号というものは私は分からないわけでございますが…、田中康夫ということで絞り込みの調査をお願いいたしましたところ、私は昭和56年4月1日にモービル石油に入社しております。昭和56年5月に退社をしております。この間、1カ月分は厚生年金を払っているという調査結果がまいりました。実質的には2カ月勤務をして、多分2カ月分の給料はもらって退社をしていると思いますが、記録の上では1カ月ということであります。ただこれは当初、記録としても出てまいりませんでしたので、番号が統合された後も、私のその年金の納付記録という中で、つまり納付年月という中では合算はされていないところであります。これが今後、私が仮に60ないし65歳、…そのころには70か80歳かもしれませんが…、年金の給付を受けるというような時にどのような形になるのかということに関しては、そこまでは社会保険庁の現場では判然とはしていないところであります。したがいまして従来お伝えした年金の未納期間の中で、56年4月、5月のうちの1カ月、…これが4月という換算になるのでしょうか…、支払っているという形であります。以上であります。
その他ご質問があればお受けいたします。
朝日新聞 飯竹恒一氏今のご説明は、一部はそれでそのとおりと思いますが、国民年金にいつ入ったかという、先日からお聞きしている点には全くお答えになっていないし、やはり具体的な紙の資料ができれば欲しい。なぜかというと、条例案という公式のテーブルにお乗せになったわけですから、ある意味、公的な扱いであると。ある意味じゃ、生坂ダムの事件のときにも、詳細が分からなければお金が出せないという発言をされたのと一緒で、やはり詳細が分からなければ、その減給の額が適当なのか、あるいはもっと多くの減給が必要なのか、あるいはそんな話じゃないのかと、そういう判断を議会なり我々も評価するにあたって、分からない。もう少し踏み込んだ資料を出していただくというのが、先週私がお願いした点ですし、これは議会も欲しいんじゃないでしょうか、そういうものが。今日は出していただけないんでしょうか。
信州知事 田中康夫初めて被保険者になった日というのは56年4月1日と書いてあります。実際に国民年金を納めるようになったのは87年の1月からでしたっけ、…という形であります。ですのでその意味においては、87年1月から義務を果たしているということだと思います。ですから初めて被保険者になった、…おそらく社会保険庁の認識では、対象者になったということが56年4月1日ということなんだろうと思います。ただ、いずれにしても私が支払ってきているのは87年、1月分からと。そしてモービル石油勤務時代に1カ月分、厚生年金を払っているということです。これは私が社会保険庁にお聞きして、そのありのままの客観的なデータを述べているところであります。私はやはりこの問題に関して、さまざまな点でご迷惑をおかけしたということに対して深く反省し、また、その中で3カ月、20%の減給というものをさせていただいております。
朝日新聞 飯竹恒一氏国民年金の加入の手続きをいつ取ったのかというところは、やはり分かるものを出していただきたい。
信州知事 田中康夫そのようなものは、つまり納付記録というのは、社会保険庁から請求をして、いただいております。その形なわけですね。他方でその対象者ということでは、 56年4月1日と書いてあるわけですから、社会保険庁の認識は納付の始まったところが、…おそらくですね…、納付の始まったところが、…それは皆さんの方がお聞きいただければ分かるかと思いますが…、納付の始まった日が、被保険者対象でなくて被保険者としてなったということなんだと思います。
朝日新聞 飯竹恒一氏我々が何でそんなこと言うかというと、最初知事は、外資系で試用期間(の採用)だったから国民年金だったんだろうと、当初からそういう説明をされていたわけですけれども、やはり、すっぽり抜けていた期間があったんじゃないかと思うんですよ、厚生年金の後に。それはプライベートなことを具体的に教えていただくのが目的ではないけれども、説明が違っていたわけです、当初と。条例案も出されているわけですから、これはやはりいつも申し上げていますが、説明責任というか透明性というか、、そういう意味でやはり、この問題に決着をつけるためにも、そのへんを明らかにする資料等を出していただくというのが、この問題の幕引きの一番いい手段じゃないかと思います。
信州知事 田中康夫幕引きという言葉は私は使いたくありませんが、大変にこの問題に関しては私の、ある意味では思いこみがあり、ご迷惑をかけたと思っております。正直なところ、やはり当時若いころに、健康保険ということは皆さんも常に認識が深いと思いますけれども、年金という問題に関しては私も当時、さしたる深い理解や関心がなかったのではないかと、今にして大変、反省をしております。この3カ月、20%(の減給)は、議会に既に昨日、提案説明をさせていただいておりますから、その意味においては今、飯竹さんからそのようなご意見がありましたが、議会の方々がご審議をいただく中で説明を求められれば、私は議会に対してはきちんとご説明するというところだと思っております。
信越放送(SBC) 高島哲也氏今の質問の関連ですけども、そうしますと加入の手続きをとったのはいつということになるんですか。
信州知事 田中康夫だから、納付を始めたのが加入の月日であるということになると、87年1月ということでありますね。じゃないんでしょうか?
信越放送(SBC) 高島哲也氏そうすると前回、時事通信の小沢さんのご指摘がありましたけれども、87年1月の時に加入して、それで被保険者となったのがその時点からさかのぼって81年4月からになったということなんですか。
信州知事 田中康夫ですから多分、私は被保険者となるというのは保険を払う立場であり、それをしてきたということで、手帳を見て思ったわけですけれども、社会保険庁の考えは被保険者に該当する日ということなんだと思うんですね。
信越放送(SBC) 高島哲也氏そうしますと当初、外資系の試用で(就職して国民年金に)入っていたと思ったというのは全く間違いで、母親が気付いて払い込んだときに初めて、国民年金というものを始めたということですか。
信州知事 田中康夫ただ、今分かったことは、厚生年金は81年に1カ月だけ、…勤務したのは2カ月ですけれども…、支払ったのは1カ月だというふうに記録として残っているんですね。ですからそこも、なぜ1カ月だったのかということは、私としては今、記憶にないところなので、なんとも分からないところです。現実問題で国民年金の方に限って申し上げれば、87年1月から支払をしているという記録になっているわけです。
信越放送(SBC) 高島哲也氏そのことをお尋ねするのは、誰が年金について、…知事本人が管理をして責任を持って支払った時期がいつなのかということなんですけれども、要するに81年から89年までの間ですか、督促の関係もなかったというふうに記憶されてるということが、それで説明がつくかどうかも含めて、当初の説明がどういうふうに違ってきたか、ここまで説明が変わっているんですけれども、どういう理由でこうだったからこうなりましたというのは、私たち分からないんですけれども。
信州知事 田中康夫いや、変わっているわけでは必ずしもないと思うんですよ。ですから私は当初、年金手帳を見て、初めて被保険者になった日というところにそのように記されていて、その後、知事になったとき、失職したときの記録もありますし、そうした中でその手帳を見て、そのように私は信じていたわけですけれども、社会保険庁の記録では87年の1月からの支払いということですから。
信越放送(SBC) 高島哲也氏そうするとその手続きは、前々回からお聞きしているんですが、母親もしくはどなたかがやったというのは、そのへんの調査はされていると思うんですが、どうなりましたでしょうか。
信州知事 田中康夫おそらく母親であろうということですね。
信越放送(SBC) 高島哲也氏それについては、知事が承知したのはいつの段階なんでしょうか。
信州知事 田中康夫少なくとも私は知事になって年金手帳を持ってきてくださいと言われた時には、家の年金手帳を持ってきていますから、いつ承知をしたのかということは今、高島さんがご質問になりましたが、いつというふうに明確に答えられる形ではないということですね、記憶として。
信越放送(SBC) 高島哲也氏一定期間は母親任せだったということでよろしいわけですね。
信州知事 田中康夫任せ、という言い方がどうかわかりませんが、少なくとも私が直接出向いて、支払いを始めたという形ではないということですね。
信越放送(SBC) 高島哲也氏そうすると、81年4月に母親が手続きをとったということもないということですよね。要するに手続きをとったのが89年3月が最初でよろしいんですね。
信州知事 田中康夫ですからそこがまた、皆さんが遡って2年だとおっしゃってましたし、ある方によれば2年と1カ月じゃないかという方もいらっしゃるけど、2年と1カ月だったとしても、(89年)3月だとすると数が合いませんが、それはあくまでも母親の、すべて記していたわけではない、すべての日付を記録しているわけではない日記の中に、89年3月に年金の事務所に行くという記述があるということを申し上げて、その中でこれは推察すると、そのときに遡って支払ったんじゃないかということです。ただ、今申し上げると、87年1月からですから、89年3月に行ったとして、仮に2年1カ月さかのぼれる、あるいは2年としても、ちょっと数字が合わないというのがありますから、それは当時の社会保険庁なりの窓口で、どういうふうに対応されたのかということは、これは母親もまたその点に関して、どのくらい遡って支払ったのかとか、あるいはそれが最初に行ったのはいつだったのかということは、大変申し訳ない、現時点では判然としないところです。
信越放送(SBC) 高島哲也氏最初はとにかく81年4月からずっと加入していなかったということでよろしいんでしょうか。そこを社会保険庁に確認はされているんですか。
信州知事 田中康夫ただ、記録の上ではそこ(87年1月)から払っていたという形でありますので。ですからそれを加入というふうにおっしゃるんだったら、87年1月ということになりますね。
信越放送(SBC) 高島哲也氏87年1月に加入して…、
信州知事 田中康夫ただ、前から言っているように、手帳には81年4月というのが、被保険者になった日ということで記されていたわけですから、
信越放送(SBC) 高島哲也氏加入がその87年だか89年だかで、書類上、被保険者になったのが、遡って81年4月だったということの理解でよろしいんですね。そういうふうに確認はされたんですか、社会保険庁に。
信州知事 田中康夫記録の上では支払ったところが、…何と言うんですか、印が付いているという形ですから。(支払った)月が、ずっと一覧表になって。
信越放送(SBC) 高島哲也氏それ以上は社会保険庁でも、どういう経路でそうなったのかということは説明してくれないということですか、ご本人でも。
信州知事 田中康夫はい。
信越放送(SBC) 高島哲也氏では、類推するしかないということですね。
信州知事 田中康夫そうです。
信越放送(SBC) 高島哲也氏もう一点、お聞きしたいんですが、今日、県世論調査協会の支持率の数字が出ていますが、初めて6割を切ったということで、だいぶこれまでよりも下がってきているという、この数字の結果を見て知事はどんな感想をお持ちですか。
信州知事 田中康夫先ほど朝に、他のメディアの方からも取材を受けましたが、多く外郭団体の見直し、あるいは「長野県」調査委員会によって、さまざまな私たちの改革をより進めるための調査、こうしたより具体的な改革ということ、また、改革に伴うさまざまな作業が行われる中においても、半数を超える方々からありがたくもご支持をいただいていることは、大変感謝をするところであります。データでは南高北低であったり、女高男低であったりというようなデータであるというふうにもお聞きしておりますが、やはり総論賛成、各論反対ということが、改革の上においては東西を問わず、あるいはつきものであるかもしれませんが、その中においても多くの県民が望まれている、より良き本県を形づくるために、職員や県民とともにいっそうまい進したいと思っております。
信越放送(SBC) 高島哲也氏今回の調査のやり方に対しての、いわゆる疑問みたいなものをおっしゃらないですが、それはお持ちになっていないんですか。
信州知事 田中康夫は?
信越放送(SBC) 高島哲也氏いつも世論調査の数字が出ると、これは何か世論調査のやり方に、何かおかしいとか…、
信州知事 田中康夫それは会員企業であられるあなたの会社がそのような、天に唾するご質問をなさるのはいかがでございましょう。
信越放送(SBC) 高島哲也氏いやいや、私が言うんじゃなくて、知事がずっとおっしゃっていたので、今回おっしゃらないので、それについては態度が変わったのかなという気がしたんですが、そういうことですか。
信州知事 田中康夫あえて今のご質問にお答え申し上げるべきものでもなかろうと思います。ただ一つ私が思いますのは、より県民の方々のために努力を続けさせていただけるということでありますが、ご存じのように、オリンピックの帳簿とおぼしきもの、コピーというのが(見つかったと)週刊朝日によって報じられたことで、皆様もお書きになっていらっしゃいますし、またその中で、前任の委員長であられた大塚将司氏が辞任なさるという形があります。私は大塚氏の辞任にあたっての文章というものを、…皆さんもお読みになられてるかと思いますが…、私はこの文章を読んで、…新たに磯村元史氏という東洋信託銀行の副社長であった人物が、大変に立派な人格の方が新たに会長をお務めいただくということに感謝しておりますが…、あの文章をお読みして、やはり私たちは木の葉を見て、また、木を見て森を見て、また、森の先をも想像して、新しい森の先を作らねばならないわけでして、以前に不信任が出たときに、「それでもダムを造り続けねばならぬ、余人には窺い知れない深い暗闇の中の理由があるのであろうか」ということを申し上げました。大塚氏の文章を拝見したときに、オリンピックの帳簿問題というのは恐らく、世紀の祭典を開いた本県、長野県の方々が等しく、その解明を望まれている、また、解明をしなければ人々のトラウマというものは解消されないと私は思っておりますし、そのことを公約に掲げ、また、その作業の開始がいささか遅いではないかというご批判もありましたが、あのような大変素晴らしい方々によって、まさに大塚氏がお書きになったように、審議会の場に来て、その場で意見を述べるだけでこと足りるものではなく、まさにその体と知恵と、時には勇気を使って調査せねばならないという方を守りきれなかったということを、大変私は申しわけなく思っております。そしてまさに、そうした私たちの本県のさまざまな、よい意味でよりよい形にするための過去の膿を、ありのままに調査し、また、ありのままに報告をしていくということに関しても、…これは各論に関して戸惑いもあられるかもしれない外郭団体の問題、しかしながらこれは昨日の提案説明でも外郭団体の、とりわけプロパーの職員という方々に関して、私たちは最大限の努力を払うわけでして、こうした具体的な工程が進む中でダムの問題のときと同じように、あるいはその進ちょくということを必ずしも望まれない方が、この県内にも少なからずいらっしゃるのであろうかと。でも、だとするならば、そうした方々にとっても最終的には外郭団体の改革、あるいは帳簿問題の解明ということが、県民としての自信を取り戻すうえで必要なことであったと思っていただけるような改革を、この二つの問題に限らず取り組むということが私の役目だと思っています。
朝日新聞 園田耕司氏年金の確認なんですが、加入手続きをとったのが87年1月、…データ的な、客観的なデータから読み取れるというのは…、87年1月に加入手続きをとって、それでその時に遡って81年4月という形で、被保険者として登録されたという形になるんですか。
信州知事 田中康夫結果として、類推するとそういうことだろうと思います。
朝日新聞 園田耕司氏ということは81年4月から87年1月の間というのは、未加入期間があったということでよろしいわけですか。
信州知事 田中康夫ただ他方で、厚生年金は1カ月払ったという記録が、今回問い合わせをして、あるということです。
朝日新聞 園田耕司氏モービル石油に勤められた時の1カ月間は払われて、その時期としては要するに国民年金は未加入であったと。で、87年1月に加入手続きをとって、遡って登録されたという形でよろしいわけですか。あ、ごめんなさい、89年…、
信州知事 田中康夫そこは先程言ったように、2年間遡るという範囲を数カ月、1カ月ないし2カ月超えてる気がしますので、そこは社会保険庁にお聞きしましたが、なぜそういう形になっているのか、仮に89年3月に最初に遡って払ったとして、それは社会保険庁としても担当の方は分からないということであります。
朝日新聞 園田耕司氏そのデータとして納付記録から見ると、87年1月に加入手続きがとられているということでよろしいんですか。それが類推されると。
信州知事 田中康夫そうですね。はい、
朝日新聞 園田耕司氏あとちょっと話が変わるんですが、今お話しされた「長野県」調査委員会の話なんですけれども、今も知事はおっしゃいましたけれども、大塚さんがやめられたときに、帳簿問題を詳らかにすることを望まない勢力があってそれが、…という形で大塚さんが辞任されたと。ある種、他人のせいにされているんですけれども、これはそもそも…、
信州知事 田中康夫誰が他人のせいにした?
朝日新聞 園田耕司氏知事がですね。要するに望まない勢力によって大塚さんが辞めたという趣旨の発言をされていますが…、
信州知事 田中康夫大塚さんに限らずこれは、各委員のもとには大変な多くのプレッシャー、有形無形のものがあるというふうには、私は認識しております。
朝日新聞 園田耕司氏ただ、批判されていることというのは、委員が県職員を兼務したりとか、知事後援会が懇親会費を負担したりということで、これは知事ご自身がお決めになったことで、最終的にはやはり、知事の責任というところに帰結する話だと思うんですけれども、ある種そういうご発言というのは、責任転嫁的なものとして受け止められるんですが。
信州知事 田中康夫いえいえ、それは違うと思いますよ。少なくとも「しなやかな信州をはぐくむ会」によって会合の費用が支払われたということも、これは法律的な意味においては問題はないわけであります。その中に県民の方がいらっしゃったとしても、私の選挙を控えているわけでもありませんし、私がそうした公職選挙法に該当する範囲の何かをお願いをするためにお集いいただいたわけではないわけですから、その点は認識が私とは異なる点です。それと冒頭の方は何でしたっけ?
朝日新聞 園田耕司氏委員が県職員を兼務しているということ。
信州知事 田中康夫それもここに大塚さんがお書きになっていらっしゃるように、委員に報酬ということは、…大塚さんの文章をお読みいたします。「通常の委員会・審議会は、事務局の準備した資料の説明を受け、それを基に議論して政策の方向を出すのが仕事です。委員は自分の経験と頭を使うだけ」、…だけ、というのは失礼かもしれませんが…、「使うだけでも対応できます。ですから、委員は薄謝が支払われるだけです。このことは私も行政機関の取材を長年続けてきたので、承知しているつもりです。しかし、『長野県』調査委員会では、自分で資料を整理したり、事情聴取をしたりするのが委員の仕事です。委員に報酬があっても全く問題はないと考えます。醍醐委員も調査費を潤沢に用意しろと主張していました。もちろん、報酬なしでやるという人もいるでしょうが、私は長野県のために仕事をする以上、長野県がその費用やコストを負担するのは当然のことと考えています。その形態がどうであれ、そのこと自体が県や田中知事から独立していないと批判されるなら、今回のような調査はできないと考えています」というふうにおっしゃっているわけで、これは私も同じ思いであります。そしてまたこの点は、醍醐委員もこのような形で非常勤の職員になられるということを了解していらっしゃったわけでありますし、その後、醍醐委員が認識が変わられたのかもしれませんが、少なくとも醍醐委員もこの点はご了解いただいてましたし、大塚氏の表記にもあるように、醍醐委員も調査費を潤沢に用意すべきということはおっしゃっていたところです。
朝日新聞 園田耕司氏だから要するに、行政側が委員を委嘱してそのコスト負担するというのは、それは当たり前の話であって、要するに、それがどういう意味合いの金かという話なんですよね。報償費だったら謝礼金、第三者的な謝礼金という意味ですけれども、報酬費だったら、要するに月給的な扱いになるわけですよね、給与的な。そういう意味で県職員が、…何度も言ってますけれども…、過去の不正を第三者的がきちんと検証するというのは、県民に分かりやすくするというのが最初の目的なのに、県職員が県職員の話を聞いて事情聴取して、それで実際、客観的な結果なのかということが、非常に分かりづらいんじゃないでしょうか。
信州知事 田中康夫それは園田さんのお考えであると思います。私は、この「長野県」調査委員会が現在、調査を行っているわけでして、調査が滞りなくというよりも、大変に私たちが想像している以上の深い詳細な事実というものを明らかにしてくださることが、この委員会の設立目的でありますから、そしてそのために尽力すると、現在も議員であられる方々は皆、誓って下さっているわけでして、その結果を見てそれぞれ県民の方がご判断なさることだと思います。
朝日新聞 園田耕司氏一点言わせていただきたいんですけれども、過去の不正に、オリンピックにしろ財政にしろ、そういうことを調査すること自体については全く異論はないですし、そういうことを調査して、今後のために生かしていくという結果が出るなら、それは非常に望ましいことだと思うんですけれども、実際そういうことをするということは、相当襟を正さないと、実際、県民から見て、調査の信ぴょう性というところ、信頼性というところが重視されるわけですので、だから例えば県職員の兼務問題にしろ、他の例えば大塚さん以外の委員の方からそれは問題ではないかという発言が出ているわけですから、そこはきちんと重視されたうえで、知事が実際委嘱した委員会ですから、そこは重視していかないといけないのではないかと思います。
朝日新聞 渡辺丘氏現在、県が検討を進めている県有ヘリコプターの山岳遭難の場合の有料化の問題なんですけれども、この問題で、現在も知事は考えは変わってないのかということと、狙いも含めて、もう一度ご意見を伺いたいというのと、あと、理由のひとつに県の財政的な問題もあるのかどうなのかということをお伺いしたいんですが。
信州知事 田中康夫まずこの問題は、昨日もぶら下がりでお聞きになられましたが、一番の問題は、県の県有ヘリが稼動可能で、出動可能であれば、県有の、…これは警察のものを含めて…、それに対しての費用というものは直接の請求がないと。しかしながら、このヘリがすでに出動しているときにお電話があったり、あるいはお電話を受けた窓口によっては、民間のヘリが稼働することによって、この費用はご請求申し上げるという形があるわけですね。そうするとこれは、仮にそのヘリの出動の要請された方の自己責任とか云々という、最近伝えられている言葉以前に、やはり利用者の側としては、たまたま電話をした担当によって、担当部署によって、お金が発生したりしなかったりすると。あるいは私どものヘリが稼動可能かどうかによっても発生すると。これは中々、実際に救出を求められた方々にもご理解いただけない部分なんじゃないかということですよね。この点から私たちはまず、この問題を考え始めているわけです。その中で例えば、田んぼで野良作業をしていた人にヘリが出た場合には負担しないのか、何千メーター以上の山だったら負担していただくのかとか、さまざまな問題、考えるべき点があります。ただ私は単に、山に登っている人は趣味嗜好で登っているので、その人の救出に関しては費用を貰いましょうというようなことではなくて、むしろ逆に、私たちが同等のサービスをする場合に費用が発生したりしなかったりするという点から、どうするべきかということで考えさせていただいているわけです。まだこの点に関しては確定した方針というのは出てはおりません。
朝日新聞 渡辺丘氏それから財政に関して、今回の有料化について、県の財政の問題というのはないんですか。
信州知事 田中康夫いや、人に対してのサービス、…サービスというのは無償、有償ありますけれども…、ですから、その財政という観点だけでこれをとらえる問題ではないと思います。とりわけ、もちろん軽度な、例えば腹痛の形であったり、風邪の方もいらっしゃるかもしれませんし、大変な複雑骨折や、非常に生死にかかわる状態の方もいらっしゃるでしょうが、その生命を扱う問題でありますから。
共同通信 松木浩明氏二点お願いします。昨日の提案説明でもありましたけれども、知事が就任なさった全国知事会の「国の行財政改革評価研究会」の関係ですけれども、何か現段階で、これからこういう取り組みをしていこうだとか、あるいはいつごろまでに国にもの申すだとか、そういうことが決まっていたら教えていただきたいということと、もう一点、昨日は人事案件が三件でましたけれども、提案された理由について教えてください。
信州知事 田中康夫昨日も人事案件のところはそういうお話しがあったんですが、これは議会の方は私からは正副議長に、…皆さんもその時、大多数の方はお聞きだったと思います。具体的にその方の名前であったり、差し支えない範囲での経歴であったりを書いて、そして選任させていただきたい理由というのは、三名に関して正副議長にお話しをしておりますし、もし松木さんがそのときいらっしゃらなかったのであれば、どなたかからお聞きいただいて、会見の場でまた改めて申し上げるということは、人事案件でありますし、差し控えさせていただきたいと思います。それに関して判断をいただく議会の方には、その後、副知事や出納長等が手分けをして、各会派にもご説明しておりますので、その上でご判断いただくことだと思います。
「国の行財政改革評価研究会」ですね。1回目の会合は、7月に新潟市で行われる全国知事会の、…3日間会合の日はありますが、全体の皆さんが集まるのは真ん中の日だと思います。ちょっと日にちは、すいません、定かではありませんが、7月20日前後だったかと思います。その前日に新潟市で1回目の会合を開くということにはなっております。私は実は、これは部長会議でも配ったのですが、もしご希望の方があれば経営戦略局でお配りしますが、前回、関東地方知事会議の時に、石原慎太郎氏が東京都の三位一体というか、行財政改革に関しての考え方という資料を二折り、ジョイントした複数枚を二種類配っております。私はこれを読んで大変、実は感銘を受けました。これは全国の地方公共6団体と呼ばれる方や、全国知事会の方々の中にも、あるいは全国的にはマスメディアと呼ばれているそうした方々でも、東京都の大都会の論理というふうに語られていますけれども、私は拝見して、これは大変に素晴らしいものだと思いました。私が何か石原慎太郎氏の書いたものを褒めると、皆さんも意外に思われるかもしれませんが、私は素晴らしいものは素晴らしいと言うということです。何が素晴らしいかというと、まず最初に書いてあることは、明治維新以来じゃくて、太政官制度以来の中央集権、そして昨日も言葉を使わせてもらいましたが、自治でなく官治と。官僚による統治、これを打破しなきゃいけないとお書きになっているんですね。一番すごいと思ったのは、これは私たちもずっと神野直彦さんの指導を受けているときに、スウェーデンにおいては、例えば防衛や外交というのが国であって、県の段階が医療であって、例えば福祉は市町村であるとか、多く分かれていると。これに対しても私は議会で、日本では残念ながら国道も県道も市町村道も、みんな県会議員も国会議員も市町村会議員も一緒に陳情に明け暮れていると言ったら、おしかりを受けましたけれども、石原さんが言っているのは、きちんと国がやるべきことは、…そうした石原さんは多分、国防とおっしゃるかと思いますけれども…、それと外交であるとか、あるいは何十年後の日本の目指すべき社会ということだと。一番感銘を受けたのは、石原さんは生活保護や義務教育に関しては、これを実際に行うところが、国であったり都道府県であったり市町村であったりに関係なく、こうした生活保護や義務教育は、国がきちんとお金を出すべきであると言っているんですね。これは大変な卓見だなと思いました。
今までも私は、…例えば総務省が義務教育の費用は税源移譲すべきだと言っています。それに対して文部科学省は、…私の知事室にもお越しになりましたが…、それは困るとおっしゃってる。これを一般的には、評論の上では文部科学省が税源移譲をしちゃうと、文部科学省は国定教科書を出すだけで、権限がなくなっちゃって、組織も大きくなくて弱くなってしまうだろうから危機感(を持っている)と伝えられていますし、逆に言えばそれは、教育は現場で行っているんだから税源移譲すべきだと言います。でも文部科学省も、そういう了見で言っているんだったら間違いです。でも総務省も税源移譲することで、文部科学省の管轄下にあるはずのお金が、実は総務省という全国の自治体を、…統治とまでは申しませんが…、管理するところにお金を持ってくるという発想で言っているんだったら、これはやはりあまりよろしくないということですね。義務教育というのは、まさに国が憲法の下で定めた義務の教育ですから、その費用は国がきちんと保証すると。生活保護も国が保障すると。これがクオリティー・オブ・ライフというものは、国が保障すべきだという考えに立っているわけです。
今、190兆円くらい地方自治体の借金がありますけれども、これが国に、ある意味では命ぜられる中で拒み切れずに、自治体が借金をしてきた分が120兆円くらいあると。石原さんは「棒引き」という言葉は使っていませんが、これは一旦チャラにすべきではないかということをお書きになっていらっしゃるわけです。その上できちんと地方自治体が自律的に運営できるようにすべきだと。官治を離れ、中央統治を離れるべきだと。そしてまた、非常に私は驚きましたのは、石原さんはそれでもなお、自治体として維持していくことが財源的に難しい自治体には、今のような中央がモチ代のようにあげる地方交付税というシステムではない、一新をした、そうした小規模な自治体というものが自律的であるための財源保証をすべきだと書いてあるんです。私はこれを読んだときに、…私はへっぽこ物書きですけれども…、石原慎太郎という人は文学者だと思いました。やはりこれは、政治家であると同時に、やはりおそらくヨットがお好きで、石原さんはよく海に出ていくと、海の真ん中にもゴミがいっぱい浮かんでいて、自分の孫の代まで人類が居続けられるかどうか分かったもんじゃないということを、昔何度かお目にかかったころ、いつもおっしゃっていましたけれども、やはりこの小さな自治体がそれだけ、一回再スタートを全部しても苦しい場合に、今の総務省の発想の下の地方交付税ではないもので、きちんとそういう自治体を守るべきだというのは、私はこれは本当に文学だと思うんですね、よい意味での。この東京都がおっしゃっていることが、東京都は中央対地方とか、あるいは大都会対田舎という二項対立じゃないことを一緒にやろうと言っているんです。
ただこれは、全国知事会の中では付記意見としてしか出ていません。ただ私はこれは、このように森林が8割あり、農家戸数が全国1位の本県でも、多くの方にこれをお話しするとご納得いただける意見だと思うんですね。とするならば私は、こういう観点も入れた形で行わねば、今回の座長として責務は果たせないと思っていますし、そうしたことを私も述べるつもりですし、おそらくこれは全国の小さな自治体でも大きな自治体でも、現場で働く職員の方々にはご賛同いただけると思いますし、そうした方々からも私はぜひ意見をいただいて、ご提案をいただいて、きちんとそれをまとめ上げたいと思っております。石原さんがその中で言っているのは、消費税に関しても財務省は、消費税は自分たちの権限で捉えたまま税源移譲とかいろいろ言っていると。総務省も今の地方交付税の制度を温存したまま言っていると。これでは本当に地方の視点ではないということを言っているんですね。これは同様に、三位一体の改革と言っていますけれども、時代の要請を終えた補助金を削減して税源移譲をするということを行わなければいけないのに、先に交付税の削減ばかりを行って、自治体はもう維持できないんだという恐怖観念を与えることばかりになっている。これが昨日の提案説明でも申し上げたように、三位一体というキリスト教の言葉を使いながら全然、三位一体になっていないということです。とすると、三位一体の改革という言葉を使って、私たち地方の知事たちが語っていくと。これはやはり、総務省なり財務省の手のひらの上での議論になっていっちゃいはしないだろうかということです。ですから願わくば私は、三位一体の改革という言葉ではない形で、今申し上げたような石原慎太郎さんのようなお考えというのも反映できる形で、私は世論喚起をする場にしたいと思っています。
信濃毎日新聞 矢島正幸氏先程の年金の関係で確認させていただきたいんですが、昭和56年4月1日に初めて被保険者となったということなんですけれども、そこの記入のところは多分、厚生年金になっていると思うんですが。
信州知事 田中康夫いや、それは前回も申し上げたけれども、手帳に厚生年金という欄、国民年金という欄、厚生年金だけれども船員保険という欄があります。船員も厚生も何も書いてないんです。
信濃毎日新聞 矢島正幸氏あと、89年3月からそれ以後、知事就任までの年金保険料を納められたのはどなたなんでしょうか。
信州知事 田中康夫それは、窓口に持っていったのか、口座引き落としなのか、振り込みなのか、ちょっとそこは…。いずれにしてもずっと納めているという印はついているんですが。
長野朝日放送(ABN) 箱田博正氏今日午前中に長野市議会の方で鷲澤正一市長が、知事の住所問題について、知事の決定の取り消しを求める裁判を起こすというような議案を追加提案したんですけれども、理由として、公人としては思慮が欠けているですとか、法の逸脱行為を認めることになるとかいうことを述べているんですけれども、これについての知事の受け止めをお聞きしたいと思います。
信州知事 田中康夫これはつまり、長野県を訴えられるということなんですか? ということになりますと、県知事としての発言になりますから、今、お伝えになったようなことが議会という公の場で行われたのであろうと思いますが、長野県としては、その文書というものが届いてから対応を考えるということになると思います。その意味では、大変に申しわけない、ご質問いただきましたが、ちょっと今、それにどうかという、…知事としてかもしれませんが…、感懐のようなものを述べるのは、ちょっと差し控えたいと思います。
朝日新聞 飯竹恒一氏従来、未納をおっしゃっていた部分は未加入だったということですね、言ってみれば。国民年金についていえば。
信州知事 田中康夫ですから未納と未加入、…未加入だと未納ではないということですか? 未加入であり未納だと…、
朝日新聞 飯竹恒一氏従来は国民年金に入ったうえで払っていなかったというミステリを説明されていたわけでしょう。それが理解できないから我々は聞いていたわけで、今日ので納得しましたけれども、ある意味で。つまりそれは、入っていなかったわけですよね。国民年金の手続きを取っていない…、
信州知事 田中康夫社会保険庁での言葉の定義がどういう形なのかということは、もう一度確認しないといけないと思いますけれども、支払いをその間していないわけですから。
朝日新聞 飯竹恒一氏いや、支払いをするという問題じゃなくて、手続きをしてないわけですから、厚生年金が途切れて、その後、穴が開いているわけですよ。従来の説明だと、入っていたけれども払っていないと。それと、やはり全く、穴が開いているというのは話が違うわけですから、そこはやはり、…言葉の使い方は分かりませんが…、いわゆる未納というよりは、未加入だったという理解の方が正しいというふうに私は思います。
信州知事 田中康夫それは皆さんが私の説明を聞いて、それぞれご判断なさることです。
朝日新聞 飯竹恒一氏つまり手帳の記載は、国民年金の欄に81年4月であると。おそらく当時は番号等は一本化されていない時期で、後に一本化したと。国民年金の欄にあるんですよね、今。国民年金の欄に4月1日とあるんですか。
信州知事 田中康夫今、私は共済年金ですが。
朝日新聞 飯竹恒一氏その手帳には国民年金の欄に4月1日とあるんですよね。
信州知事 田中康夫そうです。
朝日新聞 飯竹恒一氏それは国民年金と厚生年金が一本化されたという、全体的な意味での…、
信州知事 田中康夫一本化される…、
朝日新聞 飯竹恒一氏知事として、個人として、年金が一本化したという理解の中で、その年金対象者になった日がその日であったという意味の記載なんですかね。
信州知事 田中康夫いやいや、だから…、
朝日新聞 飯竹恒一氏そういう記載は可能だということは聞いたんです。記入の仕方として。
信州知事 田中康夫ただ、どうなんでしょう。厚生年金に入っていたかというのは、飯竹さんからもご質問があって今回判明しましたのでね。
朝日新聞 飯竹恒一氏疑問、残っちゃいましたね。
信州知事 田中康夫疑問? どの点?
朝日新聞 飯竹恒一氏だから、その記載のところで。
信州知事 田中康夫ただ、記載は、私はかなり年金問題が話題になったときに見て、81年、…昭和56年と昭和の年号で書いてありますけどもね、昭和56年4月1日って。
朝日新聞 飯竹恒一氏おそらくその手帳の記載というのは、そんなに…。ハンコついてあるんでしたっけ。それはおそらく入った時に、国民年金に一本化をしたというしるしに…、
信州知事 田中康夫いや、一本化はもっと後だと思うんですよ。一本化というか、番号が一本化したんですか?
朝日新聞 飯竹恒一氏昔は別だったわけですよね、昔は番号が。
信州知事 田中康夫昔は番号が別なんでしょうけど、私の場合には国民年金の番号と同じ番号が、もう一回、証書で送られてきたので、それは手帳に貼ってありますから。それはもっと後なんです。89年とか、もうちょっと後ですか。平成8年、平成6年とか、4年とかですか…、
朝日新聞 飯竹恒一氏やっぱり公表してください。
信州知事 田中康夫何を? だって公表したじゃないですか。
朝日新聞 飯竹恒一氏いや、口頭じゃ分からないです。
信州知事 田中康夫だったらそれはやはり県議会の方や県選出の国会議員の方も同様になされば。
朝日新聞 飯竹恒一氏それは田中知事が、ご自分の問題としてどうされるかと…、
信州知事 田中康夫近く参議院選挙もありますが。でも私としては今、誠意を持って社会保険庁にもお聞きした内容をお伝えしています。ただ、先ほど言ったように、なぜ2年、 2年1カ月というのでは計算できない形の具合になっているのかとか、あるいはモービル石油時代に2カ月勤務していますが、なぜ(厚生年金の支払いが)1カ月なのかという点は、これは社会保険庁とのやりとりの中では分からないということであります。
読売新聞 久保庭総一郎氏ちょっと前の会見で、例の「長野県」調査委員会のからみなんですけれども、後援会費を使った各種審議会との飲食だとか、事実の有無だとか、使途についてお示しいただけるというお話があったんですが、具体的にいつごろまでにやってもらえますか。
信州知事 田中康夫これは確か、私どものしなやか会の担当者でしたでしょうか。どなたか民間の方からのお問い合わせがあって、多分皆さんにも公表してるのかな? そのようなものはないというふうにお答えを、公開質問状でしているところであります。
読売新聞 久保庭総一郎氏なかったということでよろしいんですか。過去、そういうものはなかったということでよろしいですか。
信州知事 田中康夫委員の方、委員というか、そういう方々と一緒にということですね。
読売新聞 久保庭総一郎氏例えば公開になっているものを見ても、金額的に今回と同じ額ぐらいで、見ると明らかに料理屋とか料亭みたいなところでお金を使っているというものもあるんですが…、
信州知事 田中康夫これは常に事務局長の小林誠一と相談をして、後援会として、私の政治活動として問題ないというものに関して行って、その分の費用は後援会が負担するという形をとってきていますし、これは会計の係がおり、その係もすべてチェックしたうえで毎年、選挙管理委員会に提出しております。
読売新聞 久保庭総一郎氏しなやか会の人自体が、古い領収書というのは中身をいちいち聞いていないというような発言をしているんですが、すべて中身を、どういうふうに使ったかとかいうことの確認は、いちいちそういうことは聞いていないというような話なんですが。
信州知事 田中康夫誰がですか?
読売新聞 久保庭総一郎氏小林さんです。ですけれども、そうするとどうやって調べたのかというのが、まったく分からないんですけれども。
信州知事 田中康夫小林誠一があなたに、そういうふうに言ったんですか?
読売新聞 久保庭総一郎氏うちの会社の取材に対して、そういうことをおっしゃってるんですが。
信州知事 田中康夫そこは確認いたします。
読売新聞 久保庭総一郎氏領収書があっても、実際に紙があったというだけで、何に使った、だれと会って何の目的で食べたとかいうようなことは確認し得ないと思うんですけれども。
信州知事 田中康夫そこは小林に聞いてみます。以上です。ありがとうございました。
被保険者記録照会回答票
June 19th, 2004
モービル石油をわずか2ヶ月で退社したあと、国民年金に未加入の状態が86年4月の制度改正による加入義務化以降の期間も含めて数年間あったということは既に明らかになっている。
これを未加入と言うか、あるいは未納と言うか、それは問題ではない。
遡って加入手続きをしたために「未加入」だったものが「加入しているが未納」になっただけだ。
今となっては納入しようにもできないのだから、厳密には「未納」ではなく「不払い」と言うべきなのかもしれない。
田中康夫という存在は、世代を超えて相互扶助を図ろうという国民年金制度の思想から最も遠いところにいるタイプの人間である。
平たく言えば、田中康夫のような奴が国民年金を納めるはずがないのだ。
それにしても何故田中康夫は頑なに被保険者記録照会回答票の公開を拒んでいるのだろうか。
一体そこには何が書かれているのか。
田中康夫の説明によれば、89年3月に母親が突如気づいて国民年金の手続をとったことになっているが、いかにも不自然である。
89年3月前後に年金手帳を必要とする「何か」があり、その時点で年金手帳の不存在に気づいた、という可能性はないだろうか。
会見での説明が二転三転して信用できない以上「誠意を持ってお伝えしている」では公表したことにならない。
まして県会議員や国会議員も公表していないから、などという言い訳を許してはならない。
メディアと議員は、あくまで被保険者記録照会回答票の公開を求めるべきだ。
知事会見20040618
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朝日新聞 飯竹恒一氏やっぱり公表してください。
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信州知事 田中康夫何を? だって公表したじゃないですか。
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朝日新聞 飯竹恒一氏いや、口頭じゃ分からないです。
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信州知事 田中康夫だったらそれはやはり県議会の方や県選出の国会議員の方も同様になされば。
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朝日新聞 飯竹恒一氏それは田中知事が、ご自分の問題としてどうされるかと…、
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信州知事 田中康夫近く参議院選挙もありますが。でも私としては今、誠意を持って社会保険庁にもお聞きした内容をお伝えしています。
2004.06.20
週刊ダイヤモンドの憂国阿呆談。
この二人、そろそろ50歳だと思うが、本当にあんな有名一流大学をお出になったのだろうか? 床屋談義よりレベルが低い。
年金未納の告白をして、
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「じゃあ県議はどうなんだ?」
と開き直ってみたり、皇室マターへの論評は噴飯もの。
ワイドショーのコメンテーターじゃあるまい、それ、曲がりなりにも言論人の思考じゃねえだろう、あんたら……。
小泉への評価なんて、まんまあんた自身にも通じることだって解っているのかな、この県知事さんは。
2004.06.20
田中康夫年金問題の本質
July 2nd, 2004
田中康夫年金問題の本質とは何か。
共産党の石坂千穂は、減額案が
「未納者の責任追及の議論の発端になる」
から反対と言っているが、田中康夫の給料減額案が不適当なのはそんなことが理由なのではない。
知事の給料減額案否決 県会委「説明責任果たす必要」
石坂千穂氏(共産党)は、知事が記者会見で事実と違う説明を重ねた点を踏まえ、給料減額の理由について
「事実と異なることを公の場で説明した責任か、未納の責任か」
と質問。
「未納期間があったことに対応した」
と説明した県側に、
「年金問題の本質をそらす。理由を問わずに約一千万人の未納者の責任を追及する議論の発端になるのでは本末転倒だ」
と述べ、反対した。
ー2004年7月2日付信濃毎日新聞ー記者会見で虚偽の説明を繰り返した責任や、年金にまつわる疑惑をこれ以上追及されないうちに幕引きしてしまおうというのが田中康夫の採った姑息な策略である。
減額案を議会に提案すれば可決否決を問わずメディアは必ず取り上げるだろうから、そのときだけカメラに向かって殊勝な面持ちで反省してみせれば馬鹿な有権者を騙すには十分、というわけだ。
この点では野放図に映像を垂れ流すメディアの責任が大きいとはいえ、年金問題幕引きの口実を与えないという意味では減額案の否決は悪くない選択と言えるだろう。
しかし田中康夫年金問題の本質は、実は年金とは別のところにある。
知事「自ら支払った」/県審議会懇親会費
懇親会は昨年8月5日、東京都内で総務省側と開いた住基ネットのセキュリティに関する公開討論会の終了後、都内の居酒屋で開かれた。
討論会に参加した4委員、傍聴した田中知事と3人の県担当者が出席した。
田中知事は朝日新聞の取材に対して
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「ご飯食べてますね。(費用は)私がたぶん払っていると思いますけど」
とし、知事後援会が最終的に負担したのかとの質問には
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「だと思いますけど」
と答えた。
知事は6月県議会の一般質問で、それまでに明らかになった2件のケース以外は、委員会や審議会の委員との懇親会は会費制だったと答弁している。
知事は
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「(6人の委員)全員と食べているわけではない」
として、答弁との食い違いはないとの立場を示した。
ー2004年6月29日付朝日新聞ーつまり田中康夫は嘘つきなのだ。
会見での発言も議会での答弁も、田中康夫のそれは嘘だらけということだ。嘘と空虚な弁解の繰り返し。
そういう人間が県知事をしていることの是非、それが田中康夫年金問題の本質であり、また田中県政の本質的な問題点でもある。
国民年金未納:長野社会保険事務局、3人に財産差し押さえ /長野
社会保険庁長野社会保険事務局は2日、国民年金保険料の納付を怠ったとして、県内の20〜50代の男女3人に対し、国民年金法に基づく財産の差し押さえを行ったと発表した。
県内での強制徴収は昨年8月以降5人目。
同局は昨年12月、所得がありながら保険料が未納となっている被保険者約900人に対し、最終催告状を発送。
その後も戸別訪問や督促状の送付を行ったが、3人から納付されなかったため預貯金を差し押さえ、強制徴収を行った。
対象となったのは、03年11月分から05年10月までの24カ月分で、それぞれ約32万円。
同局では
「支払い能力がありながら支払いの意思を示さない者に対しては、強制徴収を積極的に実施する」
としている。
【神崎修一】 毎日新聞2006年3月3日