馬籠(まごめ)・山口村の市町村合併騒動

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2005年1月

知事「村民のケア」強調/合併申請の布石?

木曽郡山口村と岐阜県中津川市との越県合併問題で、田中康夫知事は12月県議会での議員提案による議案可決後、村民に対する「ケア」を実施する姿勢を強調し始めた。知事のいう「ケア」の具体的な内容は決まらないまま年を越したが、県庁や議会内では「ケア策を合併反対派に対する説得材料にするつもりでは」などと、総務相への合併申請に向けた動きではないかとの見方が強い。

知事の口から「ケア」という言葉が出てきたのは27日の古田芙士県議会議長や山口村の加藤出村長との会談の席上だった。知事は「『信濃の国』を県民として歌いたいという人に対する何らかのケアを考えている」と述べた。加藤村長は「村が取り組む話だ」と反発したが、古田議長は申請を前提とした発言と受け止め、知事が申請の意思を明確にすれば議会として協力する方針を伝えた。

12月議会の際には、関連議案が可決されれば、知事は「再議」を申し出るか、いったん辞職して、出直し知事選に打ってでるのではないかといった観測があったが、今のところその気配はない。そこに、「ケア」発言が飛び出し、議員提案に賛成した総務委員会メンバーの県議は「総務省の正式見解が出ているのだから、これ以上問題を引きずると自分は損をするだけと判断したのではないか」と見る。

ただ、知事が事前に主管の総務部に「ケア」について指示を出し、対策を検討させた形跡はなく、具体的な内容は「白紙状態」(県幹部)だ。翌28日の記者会見では、知事は「ケア」を「心のケア」と言い換えたり、対象を合併賛成派にも広げたりするなど、古田議長らに説明した内容とはぶれも出ている。

県の事務方はケア策の内容について、県関係の手続き変更に関する生活相談窓口の設置などの検討を始めている。

県庁の仕事始めは4日で、今年最初の知事会見も行われる。総務相への申請自体について、これまで知事は「あらゆる選択肢がある」と述べるだけで、態度を明確にしていない。(園田耕司)

(1/4朝日新聞

田中県政「評価せず」59% 市町村長アンケート

信濃毎日新聞社は三日、県内の全百十七市町村長(昨年十二月末時点)を対象に、田中県政や国・地方税財政の「三位一体改革」について尋ねたアンケート調査の結果をまとめた。田中県政を「評価する」はゼロで、「まあ評価する」が十三人(11・1%)。これに対し、「評価しない」二十三人(19・7%)、「あまり評価しない」四十七人(40・2%)が計七十人(59・8%)に上った。木曽郡山口村の越県合併関連議案を提出しなかったことに厳しい目が向けられており、市町村との関係構築が田中県政の課題になっていることを浮き彫りにした。

田中県政を「まあ評価する」とした最も大きな理由は、十三人中六人が「前例にとらわれない発想で問題提起している」を挙げた。一方、「評価しない」「あまり評価しない」とした首長のうち、三十人(42・9%)は最も大きな理由として「住民票問題や住基ネット問題などで市町村に対立や混乱を招いた」を挙げ、十五人(21・4%)は「市町村にかかわる県の施策について事前協議が不十分」とした。

山口村が決めた岐阜県中津川市との越県合併に田中知事が反対し、議案を提出しなかった対応を「評価する」「まあ評価する」はゼロ。「評価しない」「あまり評価しない」が計百二人(87・2%)となっている。昨年十二月県会での議員提案、可決を受け、知事は総務相へ合併申請するかどうかの判断を越年させたが、仮に申請しない場合、知事の対応を「理解できない」が九十八人(83・8%)に上り、「理解できる」とした首長はいなかった。

一方、三位一体改革による財政への影響に対応するため、住民に負担増を求めるか、との質問では、「今後検討する」五十五人(47・0%)、「検討している」三十一人(26・5%)、「求める」十七人(14・5%)。三つの回答の合計は88・0%で、三位一体改革の影響が住民生活に及ぶ可能性があることを示した。

三位一体改革に対しては「評価しない」「あまり評価しない」が計九十九人(84・6%)。理由は、「(国から地方への)税源移譲が不十分」を挙げた首長が五十人(50・5%)と最も多く、次いで「地方交付税の削減」が四十一人(41・4%)。一方、「評価する」「まあ評価する」は計十八人(15・4%)で、理由は「権限移譲に道を開いた」が十一人(61・1%)で最多だった。

(小数点第2位を四捨五入)

1月4日(火)信濃毎日新聞

知事、山口村合併申請へ 「越県」実現の見込み

田中康夫知事は四日、木曽郡山口村と岐阜県中津川市の越県合併を総務相に申請する方針を決めた。

越県合併関連議案は、知事が昨年九月県会への提出を見送り、十二月県会にも提出しなかったため、県会側が会期延長の末に異例の議員提案によって同月二十二日に可決。知事は判断を先送りし、越年していた。知事が総務相への申請を決断したことで、二月十三日、「平成の大合併」では初めての越県合併が実現する見込みとなった。

越県合併について地方自治法は、関係の知事と市町村長が総務大臣に申請するよう義務づけている。

田中知事は二〇〇三年一月、山口村と中津川市を合併重点支援地域に指定。昨年二月の山口村の投票方式による住民意向調査では合併賛成が62・7%を占め、村は合併を決定、知事には同四月に合併申請した。知事は村の決定を尊重する姿勢を示していたが、九月県会直前に「長野県全体の問題」として議論の必要性を主張。「長野県が溶ける」などとし、自らは合併反対を表明していた。

1月4日(火)信濃毎日新聞

県、越県合併を申請 総務省に速達で郵送

県は五日午前、木曽郡山口村と岐阜県中津川市の越県合併に関する申請書を総務省に速達で郵送した。両市村の越県合併は総務相の告示を経て、二月十三日に成立する。

県によると、申請書は、田中知事名と、加藤出山口村長と中川鮮中津川前市長連名の二通。越県合併関連議案の県会の議決証明書と議事録を資料として添付した。六日に届く予定。

知事は、昨年の九月県会直前から、越県合併に反対。関連議案を県会へ提出せず、十二月県会で県会側が議員提案し、可決した後も、申請するかどうか態度を明確にしなかった。四日の記者会見で「(県会の)議決を厳粛に受け止める」と述べ、越県合併を総務相に申請する考えを明らかにしていた。

1月5日(水)信濃毎日新聞

残ったしこり空気重く 山口村内「長かった」「残念」

「本当に長かった」「納得できない思い」―。

田中知事が県会への木曽郡山口村の越県合併関連議案提出を見送ると表明して三カ月半余、知事は四日、ようやく総務相に合併を申請する方針を示した。

大きな節目を迎えた村内は、喜ぶ声よりも知事の待ったで村民の溝が広まったことへのやり切れなさが聞かれた。

田中知事が越県合併の関連議案の県会提出を見送ったのは昨年九月。

村民有志による合併推進グループ「馬籠を愛する会」の大脇真代表(54)は

「この三カ月半は本当に長かった」

と話した。

村内に看板を掲げて活動を強化し、十八歳以上の村民の七割から議案提出を求める署名も集めた。

さらにバス数台で県庁に三回も出向いた。

大脇代表は

「本当はやりたくなかった」

と胸の内を語る。

知事への働き掛けを強めるほどに、村内に「しこり」を広げる結果にもなったからだ。

旧神坂村が中津川市と山口村に分裂した一九五八(昭和三十三)年の「昭和の大合併」のしこりが今も残る村内。

有効票の62・7%が中津川市との合併に「賛成」した昨年二月の村民意向調査を住民の大多数は受け入れた。

合併賛成派にとっては、

住民自らが決めたことは必ず通る

―との思いが活動の支えだった。

意向調査の後、合併反対の運動を本格化した「信州木曽路山口村の会」代表で村議の庄司由美さん(62)は、この日の知事の方針に、

「残念です。納得できない思いです」

と話した。

反対運動は主に村外からの支援を受けながら、知事に協力を求める形をとった。

それ故に庄司さんは

「年末までの知事さんの発言では(総務相への)申請は考えられなかった」

と無念さをにじませた。

一昨年四月の村長選で、合併に慎重な立場で出馬し、合併推進の加藤出村長と戦った会社役員の可知和人さん(55)は、村と知事の双方に厳しい目を向ける。

村には、

「意向調査の後、合併後の地域づくりに向けた住民組織を素早く立ち上げるべきだった。

これを先送りしたことで新たな溝が住民間に生じてしまった」。

知事に対しては、

「越県合併に反対するなら、少なくとも九月県会前に直接村民に話してほしかった。

住民不在のまま、ただもめ事をつくる結果となった」

とする。

加藤村長はこの日、村役場の村長室でインターネットで流れた知事会見を見た後、知事からかかってきた電話に

「決断していただきありがとうございました」

と話し、立ち上がって頭を下げた。

村は、これから設置する住民主体の地域づくりの協議会などを通じて住民の融和を図る考え。

だが、二月十三日の合併までに残された日数は四十日しかない。

1月5日(水)信濃毎日新聞

民意を反映するという住民自治の基本を無視した田中康夫の暴力政治が、この悲劇を作りました。

民意は最初から合併だったのに、この庄司由美らグループは「村外」の勢力をたのみにして「知事」という権力者の権力を利用して住民意思をねじまげようとしたのです。


追い込まれ合併申請

田中康夫知事が4日、長野県山口村と岐阜県中津川市の越県合併にゴーサインをだした。

昨年9月議会に議案提出を見送ったことから始まった混乱は、市町村からの反発、12月県議会での議員提案による議案可決という異例の事態をたどった。

知事は県庁内でも孤立感を深め、「県議会の議決を厳粛に受け止める」以外の選択肢はなくなっていた。

「呻吟の末、私は県議会における議決を厳粛に受け止め、山口村の越県合併申請を行うことを決意しました」。

知事は同日午後の記者会見で用意したコメントを伏し目がちに読み上げた。

自らの議案提案見送りが招いた混乱についても、

「混乱という人もいるかもしれないが、(越県合併問題に対する)県民の議論や認識の深まりには一定以上の寄与があった」

と述べて正当化した。

しかし、知事自ら

「議決機関の判断を県民の民意により近いものと考えざるを得なかった」

と理由を説明したように、知事は12月議会前から、対議会はもとより、県庁内でも孤立感を強めていた。

合併議案が、49対7の賛成多数で議決されるなど議会の大勢は「合併やむなし」。

さらに、知事の側近と見られている青山篤司出納長が

「地域住民の意見を尊重するべきだ」

と発言。

小林公喜総務部長も

「知事には申請義務がある」

など答弁し、知事には選択肢はほとんどなかった。

12月県議会後、急に強調し始めた村民に対する「ケア」策についても、知事は会見で

「誠意を持って個別対応させていただく」

と述べるにとどまり、具体的内容には言及できなかった。

村民に直接今回の方針を説明するかどうかも

「未定」

という。


知事が総務相に合併申請をする方針を表明したことを受けて、議員提案による合併関連議案の議決をした県議会の古田芙士議長は4日夕、緊急の記者会見を開いた。

古田議長は、これまでの知事の言動を

「村に意向調査などをさせておきながら、直前になって反対を打ち出すのは、知事として許される行為ではない」

と批判。

知事が会見で

「越県合併問題に対する県民議論が深まった」

との見方を示したことには、

「そうではない」

と否定した上で、

「知事の不始末を議会側がフォローしただけのこと」

と述べた。

一方、総務省合併推進課は知事会見後の同日午後5時過ぎ、県まちづくり支援室から

「知事が総務相に申請をする」

との一報を受けた。

同課は

「申請を受ければ、淡々と手続きを進め、2月13日の合併期日に間に合わせたい」

と話した。

知事の合併申請で「平成の大合併」で初となる越県合併が実現する見通しとなった。

同省によると、県境を越えて自治体そのものが編入する合併は、1959年1月に群馬県桐生市と栃木県菱村との合併以降はない。

(1/5)朝日新聞

知事は「反復性サプライズ症候群」 菅谷市長“診断”

菅谷昭・松本市長は六日の定例記者会見で、木曽郡山口村の越県合併をめぐる田中知事の対応に触れた上で、

県民

「知事は『反復性サプライズ(驚かせる行為)症候群』だ」

と述べた。

知事が越県合併関連議案の県会提出を昨年九月に突然見送り、議員提案による可決を経て越年の末、総務相申請に至ったことについて、市長は

県民

「山口村の合併反対派、賛成派双方に迷惑をかけた」

と指摘。

村に出向き、説明責任を果たすよう知事に求めた。

外科医で、田中県政で衛生部長を務め、昨年初当選した菅谷市長。

「(知事を)サポートしたい気持ち」とし、「批判しているわけではない」としつつ、「症候群」の症状は

県民

「独断思い付き発作」

「マスコミ受け狙い癖」

「裸の王様類似症」

などと、砕けた言い回しながら、

県民

「謙虚さ、素直さという常備薬を持ってほしい」

と注文した。

1月7日(金)信濃毎日新聞

「信州」使用特区申請働きかけへ 山口村合併反対派

木曽郡山口村と岐阜県中津川市の越県合併に反対する住民グループ「信州木曽路山口村の会」(庄司由美代表)と、「山口村の越県合併に反対する会」(林茂代表)は九日、田中知事が総務相に合併申請をしてから初めての集会を村内で開いた。

約二十人が出席。

庄司代表は

「知事は合併に反対してくれると信じていた。村があるうちにどう行動を起こすか、大変な時期にある」

と説明した。

十二月県会の関連議案採決で合併に反対した田口哲男県議(県民協働・無所属ネット)は、合併後も村内の農林、畜産、観光業などで「信州」「木曽路」といった呼称を使えるよう「信州木曽路街道住民特区」の申請を中津川市に働きかけることを提案した。

賛同の声が多く、新たに同特区を「創設する会」を発足させ、会長に牧野康村議が就くことを決めた。

出席者からは

「田中知事は総務相に申請をしないと信じていた」

との声が相次ぎ、林代表は

「知事は村に来て説明する責任がある」

と話していた。

1月10日(月)信濃毎日新聞

奥秋

● 山口村合併問題 申請書送付方法に問題あり!

山口村の合併問題で、田中知事は仕事始めの4日の会見で、総務省に合併を申請することを明らかにし、この問題に一応のピリオドが打たれたのだが、その申請書の送付方法に問題がある。

あれだけ揉めた問題なのに、田中知事は郵送で総務省に送った。しかも、決裁は県庁外の「どこか」で行われた。どこかは不明。

これは異例な事務処理で、本来はまちづくり支援室から総務省に送られるもの。まちづくり支援室もそのつもりで体勢を整えていた。

山口村の合併問題はこれで終わりではなく、始まりでもある。

今後のこともあるのだから、申請が遅れた事情説明を担当職員が直に行って説明するのが常識だろう。

こういうやり方を見ていると、田中知事にとっては終わりなのだという意識が透けて見える対応だ。

小林公喜総務部長は田中知事の思いを汲んでーといったようなことを言っているが、何の思いだったのか?

知事への気遣いが優先して、山口村への気遣いは忘れたかのようなやり方だ。

この事務処理はある意味”超法規的”?やり方とも言える。県庁の外で決裁ーということはまったくないわけではないが、ごくまれだ。

ある課長に聞くと

「十年ぐらい前、部長が外で会議に出席しているところへ、急ぎの決裁を貰いに行ったことがある」

というぐらい。

田中知事がこうしたかった一番の理由は何かと考えると、”こっそり”したかったーということか?

こんなことをしたからといって何の得があるのかわからないが、常人とは違う思考回路があるのだろう。

医師でもある菅谷昭・松本市長は6日の定例記者会見で、田中知事のことを「反復性サプライズ症候群」だと皮肉った。

その他に「独断思い付き発作」「マスコミ受け狙い癖」「裸の王様類似症」などとびっくりするようなことも言っている。

菅谷市長は田中知事に取り立てられて県の衛生部長になり、そこから松本市長に転身した人だ。

慎重な人でもあり、その人がこんなことを言うのはよっぽどだ。

小林総務部長はどこで決裁されたかについて

「そこまで言う必要があるのかどうか…」

と言葉を濁している。

あれだけ騒がれて世間の関心を呼んだことの最後の決着が不透明にされるのは、田中知事が掲げる行政の透明性と相反するものでもある。

もっとも、小林総務部長も好きでこんなことをしたわけでない。田中知事への恐怖が小林総務部長にこんなことをさせるのだろう。

これでは田中知事は市民派でも改革者でもなく、権力を笠に着て横暴を部下に押し付ける、独裁者ではないか。

1/10田中県政追撃コラム

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/12325392.html


越県合併の山口村 地域づくり準備再開

木曽郡山口村と岐阜県中津川市の越県合併は、田中康夫知事が総務相に申請書を提出したことで、予定通り2月13日に実現する運びとなった。

山口村は中断していた地域づくりの準備を再開。住民が賛成、反対に分かれて村のあちこちに設置した立て看板も一部下ろされた。

だが、村内に残るしこりの解消や、所属する農協の選択など残された課題も多い。

6日夜、住民の代表約30人が村内に集まり、「地域づくり準備会」が開かれた。

田中知事が合併関連議案の提案を見送った昨年9月から話し合いを中断しており、久しぶりの開催となった。

この間、賛成、反対両派は県庁や県議会に何度も詰め掛けるなど、それぞれの運動が強まった。

準備会の席上、加藤出村長は

「互いに心を開いて一丸となってまちづくりを進め、合併までに一定の方向を出したい」

と、しこりの解消を呼びかけた。

準備会では住民から52人の委員を選び、今月下旬に「山口地域づくり推進協議会」を立ち上げることを決めた。

住民主体で地域独自の問題を話し合い、新市に提案していく。

この日の準備会には、中津川市から1日付の交流人事で村に派遣された梅本義広参事も加わった。

合併後、村役場は山口総合事務所となり、梅本参事が所長につく。

「住民感情が尾を引く可能性がある。両方を融合できるような施策を考えていきたい」

と言う。

学校現場も統廃合に向けて再び動き出した。

田中知事の申請を受けて、山口小中学校の前田隆之校長は6日の始業式で、

「2月13日には山口村立小中学校の終わりを喜びあえるように頑張りましょう」

と児童に話した。

教科書の注文なども大急ぎで始めた。

農協は、越県合併によって木曽農協から岐阜県の東美濃農協へと管轄が移る。

しかし、組合員個々の判断で、どちらの農協に所属するかを選択することになるという。

木曽農協は村内の山口村支所を来年5月に廃止する方針を決めた。東美濃農協は支所の扱いについて方針を出していない。

木曽農協に残る組合員は地区外の「準組合員」という扱いになるため、新規貸し出しや制度資金などが利用できなくなる。

一方、東美濃農協を選ぶ場合も新しい市場への不安を抱える。村内15戸の和牛の畜産農家は「木曽牛」の子牛を育ててきた。

東美濃農協は高級肉で名高い「飛騨牛」のエリア。

東美濃農協によると、長野県生まれの子牛でも、岐阜県内で一定期間飼育され、高い格付けの霜降り肉であれば「飛騨牛」のラベルが張れるという。

「2月13日前に生まれた子牛は長野県産と特記事項がつくが、市場では特に問題ない」

(東美濃農協畜産課)

とするが、実際には、03年の子牛の市場取引価格(平均)は、日本一の飛騨牛と全国23位の木曽牛とでは10万円近い価格差がある。

木曽農協の高橋徳・生産部長は

「県が違えば改良方針や血統が違う。新たな市場でどれだけ評価されるかわからず、農家は動揺している」

と話す。

(1/11)朝日新聞

本日の信毎の「 表流・伏流」は大変おもしろい。

「越県合併の知事対応『しなやか会』に波紋」

とした白抜きは、せめてもの温情か。

本来は、ここは「波紋」ではなく「自壊」とすべきところだろうが、あまりにも事実に近すぎて、ものの哀れを感じたのだろう。

「賛成・反対 双方に反発」「『支持者離れかねぬ』指摘も」と、否定的表現ばかりが続く。

昨日は「明るく、楽しく、元気よく」いきたい成人式であったが、「しなやか会」だけは、そうでもないようである。

この記事で特筆すべきことは、あの茅野実氏の動静が語られていることである。

議案提案で可決された際、同氏は

「申請しなければ職場放棄だ。その場合はしなやか会を辞める」

と明言したという。

今回の「申請」は、いわば県議会でレイプしたような状況であり、自ら進んで「申請」したものではない。

そこから「申請」後は

「(知事が申請表明の記者会見で)『民主主義の過程の一つ』とした意味がわからない」

と話したという。

その意味では「職場放棄」状況であり、「しなやか会を辞める」十分条件である。

これでは「要望書」の締め切り期限の2月16日にはいかなる答えが出てくるか興味津々である。

これとは対照的に、例の井出孫六、内田康夫氏ら「「信州の歴史と文化を大切にしたいと願う表現者の会」15名の面々の反応はいかに。

思いつきで、実体のない、にわかごしらえの会は、県民を騙すものである。220万県民を愚弄するものである。

少しの良心があったなら、少しの弁明を220万県民にすべきであるまいか。

信濃毎日新聞は毎日発行している。どうぞ遠慮なく意見広告なりと、もう一度ご利用願いたいものである。

さて、小笠原康博幹事長(長野市、茶販売会社経営)は、合併関連議案は

「提出すると信じていた」

そして、昨年末、知事に辞意を伝えたそうだ。

さらには小林誠一事務局長とも田中知事は山口村合併問題で衝突したとされ、昨年秋以降、接触回数が減っているそうである。

そこで「しなやか会」の実質実務担当者は、12月県議会前の役員会で新設された事務長ポストに吉江健太郎松本市議が就任しているという。

まあ、ピンチヒッターということだろう。事務局次長からの栄進であり、慶賀の至りではある。

ところが、津波はこれではおさまらなかった。

年が明けて、お屠蘇気分も冷めぬ1月6日、塩尻市の松本歯科大学に、越県合併反対に取り組んだ、同大学創立社の矢ケ崎康氏や田口哲男県議らが集まった。

矢ケ崎氏は田中知事に100万円を個人献金した「しなやか会」会員である。

異口同音に

「申請するとは思っていなかった」

と嘆いた。

同じ会員である田口哲男県議は

「合併に反対した知事支持者が離れていきかねない」

と苦悶した

これに対して、山根敏郎「しなやか会」副会長(建設会社相談役、兼オーナー)は

「最終的には決着させた。知事も折れたことをもう少し評価すべきだ」

と指摘したという。

さらに

「経過を総括し、今後どうすべきか、知事に提案したい」

とも話しているそうだ。

ちなみに山根氏は130万円を献金している。こちらもなんとなく、癒着・談合しているようである。

これに対して、いたってノドカなのが松本深志高校の同窓会長であり、「しなやか会」の会長であり、「林友」会長でもある穂刈甲子男氏である。

いわく

「知事も苦渋の選択だった。県会の責任で決めた以上、(申請は)仕方ない」

と理解を示し、

「しなやか会で合併賛成、反対を統一したわけではない。心配する状況ではない」

と、悪影響は出ないという見方だそうだ。

まことにもってオメデタイご宣託ではあるが、なんとなく、「スマトラ沖津波災害は天災であり、心配にはおよばない」、と聞こえてしまう。

この記事を書いた記者はどなたかは存知あげないが、

「二月までに開くしなやか会の総会に向けて、知事の求心力がどこまで戻るか、注目されよう」

と、こちらも関心をそそられるのである。

ここには、かの商工会議所の仁科恵敏会頭が登場していないが、ウカツに忘れたのであろうか。

同氏に失礼のないように、近々に取材して、220万長野県民に広報することが、優良なるメディアに課せられた任務と思う次第である。

年があけて、さらに津波が押し寄せてくるようだ。

18名の任期付き職員の斬首もそれ、知事旅費詐取の判決もそれ、泰阜住民票訴訟もそれ、財政破綻もそれ、田中知事がいかに高くて厚い堤防を造るか、楽しみではある。

脱ダムどころか、超巨大ダムでも造らないと間に合わないのではあるまいか。

前からも、後ろからも、上からも、下からも、津波が押し寄せてきている。それをどう裁くのか、あるいは裁かれるのか、超興味津々である。

ここまで見てくると、まるで潮が引いた、スマトラ沖の海浜みたいである。グチャグチャで、何がなんだか解からない。

「白バラ会」としても、戦う相手がいなければ解散するしかない。サッカーも野球も相手がいて勝負ができる。

「白バラ」も「黒バラ」があって初めて冴え渡る。願わくば、もう一度元気を取り戻し、長野県政改革のために、共に尽力されんことを祈念するものである。

05.1.11青木氏サイト

●越県合併騒動始末記

○1月5日付毎日

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/archive/news/2005/01/05/20050105ddm041010125000c.html

›長野県の田中康夫知事は4日会見し、同県山口村と岐阜県中津川市の越県合併について、「県議会の議決を厳粛に受け止める」と述べ、総務相へ合併申請することを表明した。5日にも申請する。長野県議会は昨年12月に議員提案で合併を認める議案を可決していた。田中知事は越県合併に反対していたが、県議会が圧倒的多数で可決したこともあり、「事実に目をつむる訳にはいかない」として申請に至った。

(中略)

›田中知事は、同村が藤村生誕地で「信州人の精神文化の礎とも呼ぶべき地」などを理由に、提案を見送っていた。4日の会見でも「長野県民であり続けたいと願う方々を守る責務が知事の私にはある。こうした思いは変わらない」と述べ、全面的に越県合併に賛成ではない意向も示した。


康夫ちゃん知事の決断は、ようやくとでも言うべきだがまあ何時もながら一人で引っ掻き回した挙句に責任感のカケラも感じられない。

現在の長野県木曽郡山口村は元の山口村と神坂(みさか)村の3区域が合併したものであり、神坂村の残りは岐阜県中津川市に合併している。

http://www.takenet.or.jp/~vil_yama/gappei/new/html/index3.html

›戦後の混乱期、日本全体が厳しい食糧不足の時代となり、政府は米の供出制度を強め、農村には過酷ともいえる食糧供出の割り当てがなされました。当時郡内2町13村のうち、神坂(現山口村神坂地区と中津川市神坂地区)・山口(現山口村山口地区)・田立(現南木曽町田立地区)の3村を除いては米の自給できる町村がなかったので、この南部3村には厳しい割り当てがなされました。そのため激しい米不足に陥った3村には、岐阜県東濃地方一帯が米の多収穫地帯であり特定の町村に割り当てが集中することがない隣接する岐阜県の村々と比較し、「県が違うだけで苦しみがこんなに違うのか。」という思いを持つようになりました。


まあ、神坂村住民としては長野の圧政から逃れて経済的なつながりが深い岐阜県への編入を望んだのだが、文豪島崎藤村の生誕地である馬籠宿の岐阜県編入絶対反対する当時の長野県議会の横槍により、馬籠、峠、神坂の3地域は長野県に残留したのが昭和33年(1958年)の町村合併であり、それは旧神坂村住民に長くしこりを残したのである。

○2002年1月23日付長野日報

http://www.nagano-np.co.jp/cgi-bin/kijihyouji.cgi?ida=200201&idb=176

›山口村は二十二日、村民を対象に行った市町村合併に関するアンケート調査の結果を公表した。回答のうち七一・二%が合併に賛成する意向を示し、賛成のうち七二・二%が中津川市を中心とした岐阜県側の市町村との合併が望ましい―と答えた。


かくの如き経過で長野県に残留した山口村なのだが、2年前に実施した住民アンケートでは、岐阜県側への合併を希望する声が7割以上にのぼった。

何故なら、山口村には地理的に長野県側のテレビは映らず(実際以前宿泊した馬籠の民宿では、NHKローカルニュースは名古屋放送局で読んでいる新聞は中日新聞だった。)、岐阜県の高校へ進学する生徒が殆どで、仕事や買い物も岐阜県で、果てはゴミ収集すら中津川市が行っているという状況で、村民としては同じ木曽郡の町村よりも中津川市を中心とする岐阜県への合併がより現実的だったのである。

○2003年10月4日付長野日報

http://www.nagano-np.co.jp/cgi-bin/kijihyouji.cgi?ida=200310&idb=41

›田中康夫知事は三日、既に中津川市との合併を決めている山口村に対し、「きちんと情報を公開した上で、選択肢を示した形の住民投票を行って決めるべきだ」との考えを示した。同日の県会一般質問で、村上淳氏(木曽郡、県民クラブ)の質問に答えた。

›田中知事は「山口村が昨年一月に実施したアンケート調査は、合併した方がいいか、しない方がよいか、という抽象論でとったもの」と批判。「来年の三月までに何としても結論を、というのではなく、幅広く住民の意見を聞くべきで、そうしないと逆にわだかまりができる」と、村側に住民との対話の必要性を指摘した。


2003年4月には、中津川市を中心とする岐阜県側との合併に積極的な加藤村長が再選されて、越県合併に拍車がかかったのだが、この時点では康夫ちゃん知事は住民投票の結果を尊重する姿勢を見せていた。

○2004年2月23日付長野日報

http://www.nagano-np.co.jp/cgi-bin/kijihyouji.cgi?ida=200402&idb=304

›岐阜県中津川市との合併の是非を住民に問う、山口村の「投票による村民意向調査」は二十二日投票、即日開票され、賛成九百七十一人、六二・二八%、反対五百七十八人、三七・〇八%で合併賛成が投票総数の過半数を上回った。加藤出村長は「多数票を尊重する」としており、県境を越えた合併の可能性が極めて高くなった。合併が実現すれば、「平成の大合併」では全国初の越県合併となる。

(中略)

›”勝敗”を分けたのは現実の生活だった。賛成票を投じた住民は「日常生活で県境を意識することはほとんどない。同じ生活圏に暮らすのなら、行政体も同じ方がむしろ自然」と指摘。行政に比べ情報量や作業量で及ばない慎重派は、合併しなかった場合の具体的な代替策や安心材料を住民に示せなかった。


結局、山口村村民にとっては遥か彼方の長野県庁よりも近くの中津川市の方がより頼れる存在として映っているという現実を反映し、住民投票結果は岐阜県側への越県合併を確定させたかに見えた。

○2002年2月25日付長野日報

http://www.nagano-np.co.jp/cgi-bin/kijihyouji.cgi?ida=200402&idb=328

›木曽郡山口村の加藤出村長が二十四日、長野市の県庁を訪れ、二十二日に行われた岐阜県中津川市との越県合併の是非を問う「投票による村民意向調査」で賛成が多数を占めた結果を田中康夫知事に報告した。

(中略)

›これに対し、知事は「今週から県議会が始まる。議会の方々からも意見や質問が出ると思うが、そこでの議論を聞かせていただきたいと思っている」との考えを示し、投票結果には触れなかった。


内心どう思っていたかはともかく、この時点で康夫ちゃん知事は越県合併に賛成も反対も口にしてはいなかった。

○2004年9月16日付朝日長野版

http://mytown.asahi.com/nagano/news02.asp?kiji=4666

›田中康夫知事は15日の記者会見で、木曽郡山口村と岐阜県中津川市の越県合併関連議案について、「合併問題が広く県民の間で議論されていない」として、予定していた9月県議会初日(22日)の提案を見送る考えを示した。来年2月に予定されている合併の段取りに「支障が生じるものでは現時点ではない」というが、県民の声を聞く具体的な方法は白紙で、提案時期も未定。山口村の加藤出村長は「納得できない」と反発している。


順調に進むかに思えた越県合併が突如迷走を始めたのが、昨年9月の長野県議会に康夫ちゃん知事が越県合併に関する議案提出を見送って以来である。

○2004年10月9日付朝日長野版

http://mytown.asahi.com/nagano/news02.asp?c=33&kiji=222

›9月県議会は最終日の8日、木曽郡山口村の岐阜県中津川市への越県合併をめぐる県民意向調査費約900万円など4事業費を削除した9月補正予算を賛成多数で可決して閉幕した。調査実施を合併関連議案の12月議会提案の「条件」としていた田中康夫知事は記者会見で「困惑している」と述べ、今後の対応は未定とした。知事と議会が平行線のままで、来年2月13日の合併をめざす同村の加藤出村長は「手続きが進まなくなるのが心配だ」と戸惑いを示した。


康夫ちゃん知事の論理は、「山口村村民だけではなく、県民への意向調査を実施した上で判断したい。」というものだったが、議会は県民意向調査にかかる予算を削除したのであるが、結果的に見ればこの時点で意向調査を実施しても、結果は越県合併を容認することとなっただろう。

○11月6日付読売長野版

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagano/kikaku/023/848.htm

›それによると、岐阜県中津川市との合併について、回答者のほぼ三分の二に当たる65%が「関心ある」と答えた。山口村が村民の意向調査を重ねて合併を決めたことも、82%が「知っている」と関心の高さをうかがわせた。

›越県合併の判断で最も尊重されるべきものとして、「村民」が78%で群を抜いて多かった。以下、「県民」15%、「県議会」2%、「知事」1%だった。

›合併関連議案を知事が議会提出しなかったことは、「良くない」64%が、「良い」13%を大きく上回った。

(中略)

›調査結果について、田中知事は五日の会見で、「今回の設問では、私たちの県民の意向は認識できない」と述べ、意向調査は「『賛成』『反対』『どちらかと言えば賛成』『どちらかと言えば反対』『わからない』の五択であるべきだ」と自ら提案した方法にこだわりを見せた。


ご親切なのかおせっかいなのか、長野県世論調査協会http://www.nagano-yoron.or.jp/なる社団法人が県民に調査した結果では、多くの長野県民が良識ある見解を示していたのだが、康夫ちゃん知事にはそれも気に入らなかったようで、あくまで自分の望む方法でなければ認められないという独裁者の如き見解を示していた。

○2004年11月27日付朝日長野版

http://mytown.asahi.com/nagano/news02.asp?c=33&kiji=244

›木曽郡山口村と岐阜県中津川市との越県合併問題で、県の小林公喜・総務部長は26日の県議会総務委員会で、「知事は議会の議決を得るために合併関連議案を出す義務がある」と述べ、これまでの「(議案の)提出時期を決めるのは知事の裁量」という見解と違う答弁をした。

(中略)

›小林部長はまた、「(県という)団体意思の決定は県議会にある。県議会が議決した場合、知事には総務大臣に申請する義務もある」と述べた。石田氏が「知事が議案を提案しないのは義務を怠っている。自分の仕事をしていないということだ」と批判すると、小林部長は「現時点ではおっしゃる通り」と答えた。


県議会との対立は珍しくも無いが、県庁幹部まで知事の不作為を堂々と批判する始末に相成った。

○2004年12月3日付朝日長野版

http://mytown.asahi.com/nagano/news02.asp?c=33&kiji=256

›12月県議会が2日開会し、木曽郡山口村の越県合併問題で、田中康夫知事は本会議冒頭での合併関連議案の提出を見送った。議案説明の中で知事は「県民であり続けたいと願う方々を守らねばならぬ責務がある」などと述べ、改めて越県合併に反対する姿勢を強調した。議会側からは提案見送りに批判の声が相次いだ。

›この日の議案説明では、これまでの「県民の声を聞く必要がある」との論理は薄れ、「長野県民でありたいと願う方々を失うことは、信州、信濃が長野県でなくなってしまうことになりかねない」などと説明した。最後は「(県議会で)腹蔵無き議論をたたかわせたい」と締めくくったが、今後の具体的な方針は示さなかった。


県民の意向を聞いた上でという論理が通じなくなったと思うや、今度は反対派の意志尊重へと論理をすりかえるのはお得意の詭弁術であるが、この康夫ちゃん知事のしぶとさは村内の合併賛成反対両派の対立を悪戯に煽る結果となっていることに当然ながら何の良心の呵責も感じないのであるが、康夫ちゃん知事の信奉者(狂信者?)でもあるK嬢にはこれが素晴らしい演説に思えるらしい。http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=95992&log=20041203

○2004年12月8日付読売長野版

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagano/kikaku/023/889.htm

›山口村の越県合併問題について、青山篤司・県出納長は七日の県議会一般質問で、「私自身は合併に賛成だ」と述べ、県幹部として初めて、今回の合併に賛成する考えを明らかにした。合併関連議案を提出しない知事の姿勢に対し、県庁内にも異論が強くあることを示すものと言えそうだ。


副知事不在の長野県で事実上No.2である出納長までが、合併賛成を表明しても流石に康夫ちゃん知事はしぶとかった。

○2004年12月14日付読売長野版

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagano/kikaku/023/896.htm

›田中知事は十三日の県議会一般質問で、山口村の越県合併について、「県民の民意が揺れ動いている。性急に決定するのでなく、民意がより明らかになってからでなければならない」と述べ、関連議案提出に否定的な見解を改めて示した。一般質問最終日に注目された議案提出はなく、今後は議員提案を模索する議会側の動きが活発化しそうだ。

›この日、知事は、越県合併は県のあり方を問う問題だと重ねて強調し、「村内の多数決で解決すべきではない」と訴えた。ただ、今後の対応は抽象論に終始し、議論は深まらなかった。


村内の多数決で解決すべきでないなら、最初からそう発言すべきであり、合併への手続きが一通り進んで県議会での承認→総務省への申請という時点で言うべき言葉ではないだろう。

読売新聞・赤津記者はこう述べている。

›県議会は十三日、論戦の主舞台となる一般質問が終わったが、山口村の越県合併関連議案は提出されなかった。提案義務のある田中知事が、「私の考え方を一変させる論理がない」と抵抗しているからだ。「公私混同」と言わざるを得ない。


要は、山口村村民、長野県民ではなく自らがこの合併に納得していないから反対しているところに長野県政の悲劇がある。

この間、康夫ちゃん知事信奉者よる「越県合併反対」の意見広告が地元紙である信濃毎日新聞に掲載されたが、署名参加を求められて断った加藤清志氏の日記を引用させていただく。

›午前中に某新聞社から電話で「越県合併についてご意見を」だそうな。昨日の朝刊に「信州の歴史と文化を大切にしたいと願う表現者の会」なる会の意見広告が信濃毎日新聞に掲載されたことからだろう。

›じつはこの会の人から「加瀬さんも一緒に名前を連ねてくれませんか」との連絡が先週あったのだが丁重にお断りした。

›どのような文面になるのかを知らなかったし、山口村の友人から「私らは田中知事の人気取り策の生け贄にされている」との声も届いていたからだが新聞を見て驚いた。正直、とても信州の歴史と文化を大切にしたいと心底思っている表現者の書いた文章ではないと思ったからである。

›「失いたくない。信州人の宝、藤村の山口村を。」とその文章には見出しが付けられている。

山口村が信州の宝なのは、島崎藤村を生んだ地だからなのか?

›その山口村に今までこの表現者さんたちは何をしてきたのか?

›どうせアピールするなら、もっと読む者の心を打つ文章を書いて欲しかったなあ。

›藤村を持ち出したことで、この文章は多くの共感を得られないと思った。名うての表現者の名前が散見するのに、どうしてこんな情けない文章になっちゃったんだろう。

›きっと、ひとりの、それもいちばんレベルの低い書き手にまかせきっちゃったんだろうね。残念。


名うての表現者が散見するメンバーは以下のとおりである。

確かにこれだけのメンバーを集めても、藤村の生誕地に訴えるだけというのは、藤村を除けば山口村には価値が無いとでも言ってるようなものである。

○2004年12月23日付朝日長野版

http://mytown.asahi.com/nagano/news02.asp?c=33&kiji=276

›木曽郡山口村と岐阜県中津川市の越県合併問題で、県議会は22日の本会議で、議員提案された越県合併関連議案を賛成多数で可決した。議決後、古田芙士議長は田中康夫知事に速やかに総務相に申請するよう文書で要請したが、知事は今後の対応について明言しなかった。「平成の大合併」で初となる県境を越えた合併は、知事にボールが投げられたまま、依然として先の見通しが立たない状態が続く。

›田中知事は議会閉会後の記者会見で、合併関連議案が可決されたことについて「信州人の一人として、県議会の判断は切ない」と述べ、今後の焦点となる総務相への申請については「しばし熟考させていただきたい」として明言しなかった。


一向に議案提出しない康夫ちゃん知事に業を煮やした県議会は越県合併に関する議案を議員提出し可決することとなったのだが、これに関する以下の朝日・園原記者の解説は明快である。

›《解説》今回の混乱の背景には、主役の田中知事自身が「越県」という特殊な合併形式を消化しきれず、県民の意向を読み誤ったことが挙げられる。

›今年2月、山口村の村民意向調査で賛成が上回ると、村の判断を尊重する姿勢を見せた。半面、自ら主張する自治体の「自立」を選択してもらえなかったことには不満そうな表情も残していた。その後、反対派住民や県議と接触を重ね、次第に反対姿勢を強め始めた。

›山口村が島崎藤村の出身地であることを強調し、「山口村は信州人の精神文化の礎」と訴えた。「長野県が溶けてしまう」「『信濃の国』が歌えなくなってしまう」とも語った。

›確かに、知事の言うように、県境が変わることや、信州の象徴でもある文豪の地が他県に移ることがどんな結果をもたらすのか、議論が十分だったとは言えない。一部文化人からも遅まきながら同様の意見が出ている。

›しかし、急に持ち出したそんな訴えが、県民に響いたかというと答えはノーだ。10月下旬、県世論調査協会の県民世論調査で、合併を決める際に最も尊重すべきは、「山口村・村民」の判断とする人が78%に上った。「中二階」的存在の県の枠組みにこだわるより、住民により身近な市町村の意向が重要という意思の表れだった。


既に県議会による不信任案可決→失職による出直し知事選での圧勝となった際の神通力は康夫ちゃん知事からは消えうせており、彼が反対したからと言って長野県民が反対にまわるということも無かったという点で、康夫ちゃん知事事態が自らへの県民の意識を読み誤ったとも言えるだろう。

○2004年12月23日付信濃毎日新聞社説

http://www.shinmai.co.jp/news/20041223/mm041223sha7022.htm

›議案を出す責任は本来、知事にある。議会にすれば、あくまで提出を求めていく選択肢もあった。その場合、二月半ばの合併実現は望めなくなる。議員提案は可能―とする公式見解を総務省が示してもいる。自ら出すほかないとの判断は一理ある。

›知事の対応が生じさせた問題であり、展開だ。議会でのやりとりは結局、議案を出すのかどうかに偏らざるを得なかった。村の民意を基本に据えたうえで長く築いてきた歴史やつながりをどう守り、生かすか。将来に向けた議論を十分に深められなかったのも心残りである。

›提案した議員にしても村との決別を望んでいるわけではない。共に信州を形づくってきた。岐阜県中津川市へ合併してしまうのは寂しく切ない。文豪島崎藤村の出身地、旧中山道の馬籠宿を擁する地である。村内に反対が残ることも承知している。

›あえて出したのは、そこに暮らす人たちの意思が何より大事にされなければならないと考えるからだ。村は村民意向調査などで慎重に民意を確かめ、県とも協議しながら手順を踏んできた。そこを踏まえればこそ、身を切る思いで議決している。


読売は当然としても、朝日や信濃毎日といった康夫ちゃん知事当選の頃は、期待を寄せた記事を掲載していたマスコミの冷ややかな「いい加減にして欲しい。」という論調が読んでいて伝わってくると私には思えるのだが、康夫ちゃん知事信奉者達にとっては暴挙だったらしい。

○K嬢の日記より引用

http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=95992&log=20041223

›日本一数多く、満州やブラジルに太鼓たたいて笛吹いて県民を送り出し、多くを地獄の底に突き落とした県民性のDNAは連綿と息づいていることをまざまざと知らしめたわけである。

›委員会審議や、議案の賛成討論では、合併に「理」や「義」があるかどうかや、山口村の住民の幸せを考えたのか否かには答えず、「(充分な情報が与えられないまま行われた)住民意向調査で多数を占めたから合併するべき」「岐阜県に行ってからの住民の未来は、新しい市が考えること」と平気で言ってのけた議員が大勢いた。


あのさあ、海の向こうの満州やブラジルに行くんじゃあなくて、住所が岐阜県に移るだけでしょうが。。。。

これを読んだ作家・大石英司氏の感想をその日記から引用しておこう。

大石英司

○大石英司日記帳

http://www02.so-net.ne.jp/~eiji-oh/diary/display.pl?table.html&2004_12.txt

›上は、勝谷モードに入ったK嬢の日記です。もはや、田中支持者は、山口村問題で、罵詈雑言を繰るしか手が無くなった気の毒な惨状がここにも現れている。こういうことが、田中康夫の手詰まり感を暴露するだけだという思考が働かないのは、本当に気の毒なことです。

›岐阜県は満州でもブラジルでもない。今現在、すでにそこが山口村住民の生活圏として機能しているという事実がK嬢にはわからないようで。岐阜県は「地獄の底」だってか(~_~;)。


確かにK嬢の表現は岐阜県民に対して非情に失礼だと思うのは大石氏だけだはあるまい。

康夫派

○勝谷誠彦の××な日々

http://www.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=31174&log=20041223

›すべての信州人よそして信州を愛する人々よ。この名を記憶せよ。まことに歴史においても希有なる本当に文字通り県土を売り渡した外道どもの名前を銘記せよ。驚いた。売国奴という言葉をよく使う私ですら物理的に土地を売り渡すキチガイをこの目の黒いうちに見ることになるとは思ってもみなかった。国ならぬ県を売る売県奴。なるほど県の領域そのものが商売になるのかといまこの瞬間にも無数の同類どもが日本国各地で頷いているであろう。


売県奴とはまさに恐れ入谷の鬼子母神であるが、一方余り思い入れの無く冷静なご意見も引用しておこう。

○篠田耕一のWeblog

http://koichishinoda.blogzine.jp/weblog/cat892475/

›地方自治を大切にすると言っていた田中知事が、今回の合併は一転して山口村の意に反して合併反対を表明して、住民は困惑しています。

›そもそも、去年は、村の意見を尊重すると言ってたんですがね。

›もう10年後もしかしたら、田中知事の言っている事が正しいと気づくのかもしれませんが、今日の僕の意見は、山口村は、中津川市と合併するのが最適な選択だと考えていますが。


元々岐阜に行くところを引き止めた以上、長野には山口村村民が残って良かったと思えるだけの「待遇」を与えても良かったのではないかと思ったりもする。

○1月5日付中日新聞岐阜版

http://www.chunichi.co.jp/00/gif/20050105/lcl_____gif_____000.shtml

›信州の分割と、他の市町村も越県合併を認めざるを得なくなることへのやるせなさ。合併議案提出を見送ってきた思いをあらためて訴えつつも「私の再選よりも八カ月近く後に実施された統一地方選で県民が送り出した県議の過半数を大きく上回る方々が、越県合併をお認めになった。この事実に目をつむるわけにはいかない」と述べた。

(中略)

›混乱した「平成の大合併」初の越県合併。それでも田中知事は「長野県の将来、あるいは住民自治や民主主義のあり方に関し、いくばくかでも沈思黙考していただける機会を得たとするなら、少しずつ成熟していく民主主義の過程の一つと言えるのでは」と振り返った。


相変わらずの詭弁術だが、これで「私は反対だったが議会が可決した以上止むを得ない。」という自己弁護は成り立つという点では、康夫ちゃん知事自身には有意義だったのかも知れないが、付き合わされた方々こそいい迷惑である。

○1月10日付信濃毎日新聞

http://www.shinmai.co.jp/news/20050110/mm050110sha2022.htm

›木曽郡山口村と岐阜県中津川市の越県合併に反対する住民グループ「信州木曽路山口村の会」(庄司由美代表)と、「山口村の越県合併に反対する会」(林茂代表)は九日、田中知事が総務相に合併申請をしてから初めての集会を村内で開いた。

(中略)

›出席者からは「田中知事は総務相に申請をしないと信じていた」との声が相次ぎ、林代表は「知事は村に来て説明する責任がある」と話していた。


しかしながら、いくら「断腸の思い」を強調しても、康夫ちゃん知事自ら煽動した反対派が納得する筈も無いわけで、今後どういう対応を取るのか甚だ興味深い。

○1月4日付朝日長野版

http://mytown.asahi.com/nagano/news02.asp?kiji=4995

›田中康夫知事が4日、長野県山口村と岐阜県中津川市の越県合併にゴーサインをだした。昨年9月議会に議案提出を見送ったことから始まった混乱は、市町村からの反発、12月県議会での議員提案による議案可決という異例の事態をたどった。知事は県庁内でも孤立感を深め、「県議会の議決を厳粛に受け止める」以外の選択肢はなくなっていた。

(中略)

›自らの議案提案見送りが招いた混乱についても、「混乱という人もいるかもしれないが、(越県合併問題に対する)県民の議論や認識の深まりには一定以上の寄与があった」と述べて正当化した。

›しかし、知事自ら「議決機関の判断を県民の民意により近いものと考えざるを得なかった」と理由を説明したように、知事は12月議会前から、対議会はもとより、県庁内でも孤立感を強めていた。

›合併議案が、49対7の賛成多数で議決されるなど議会の大勢は「合併やむなし」。さらに、知事の側近と見られている青山篤司出納長が「地域住民の意見を尊重するべきだ」と発言。小林公喜総務部長も「知事には申請義務がある」など答弁し、知事には選択肢はほとんどなかった。


朝日の記事は康夫ちゃんが追い込まれた挙句に総務省への合併申請にいたったという突き放した解説を行っている。

一方信奉者の方々の感想も引用しておこう。

康夫派

○勝谷誠彦氏

http://www.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=31174&log=20050105

›何よりも合併を認めた県議会は私たち信州人自身が選んだものでありその結果として父祖から受け継いだ県土と文化を失うことも甘んじて受け止めなくてはいけない。売県奴に過半の議席を与えたのは私たちひとりひとりなのだ。未来の信州に生きる人々よ。私たちを罵ることは甘受する。しかしその時心あらば申請に当たって田中さんが出したこの声明を読んでほしい。喪ったものへのこれはせめてもの鎮魂歌である。


なお、K嬢の日記には康夫ちゃん知事の記者会見配布された文章全文が記載されているので、興味のある方はどうぞ。

http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=95992&log=20050104

ここで、批判者の感想も引用しておこうと思う。

県民

○長尚(ちょうたかし)元信州大工学部教授

http://www.avis.ne.jp/~cho/tame.html

›結局田中知事は山口村の越権合併を総務省に申請することを決定した。それを受けた知事会見が午後4時前から開かれた。その場での知事発言について、結論から先に言うと、合併反対の人たちへの弁明、それも中身のない、感情的な訴えで逃げようとするものであり、肝心の質問にはまったく誠意のない開き直りであった。

›“自分の主張より議会の意志を尊重したのか。”という質問に、“議会の議決のほうが県民の意志に近いと、今朝思うに至った。”と答えた。なんと白々しい言い方であろう。そんなことは最初から分かっていたはずである。もしそうでないなら、それは単に無能であるということである。平然と“今朝思うに至った”と言えるところに、知事の病的な異常さが露呈している。

›“混乱に対する責任は?”という質問に、“混乱の意味が分からない。議論・認識が深まり、一定以上の寄与があった。民主主義の成熟の過程だ。”と答えた。これまた無責任な、自分勝手な言い分である。民主主義を否定する行為をやりながら、民主主義の成熟を語ることができる精神構造は、やはり尋常ではなく、この点からも知事失格だと再び言わざるを得ない。


流石に遠慮会釈なしに一刀両断「斬る!」である。

○1月7日付毎日長野版

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/nagano/archive/news/2005/01/07/20050107ddlk20010195000c.html

›総務省は6日、県が5日に郵送した山口村と岐阜県中津川市の越県合併に関する申請書を受理した。同省は合併期日の2月13日までに省内手続きを進める予定で、田中康夫知事の県議会への提案見送りなどで混乱した越県合併は、2月に実現することになった。


かくして、康夫ちゃん知事一人に引っ掻き回された山口村の越県合併は承認され、分断された旧神坂村は再び岐阜県で一緒になることとなったのである。

○1月7日付信濃毎日新聞

http://www.shinmai.co.jp/news/20050107/mm050107sha8022.htm

›菅谷昭・松本市長は六日の定例記者会見で、木曽郡山口村の越県合併をめぐる田中知事の対応に触れた上で、「知事は『反復性サプライズ(驚かせる行為)症候群』だ」と述べた。

›知事が越県合併関連議案の県会提出を昨年九月に突然見送り、議員提案による可決を経て越年の末、総務相申請に至ったことについて、市長は「山口村の合併反対派、賛成派双方に迷惑をかけた」と指摘。村に出向き、説明責任を果たすよう知事に求めた。

›外科医で、田中県政で衛生部長を務め、昨年初当選した菅谷市長。「(知事を)サポートしたい気持ち」とし、「批判しているわけではない」としつつ、「症候群」の症状は「独断思い付き発作」「マスコミ受け狙い癖」「裸の王様類似症」などと、砕けた言い回しながら、「謙虚さ、素直さという常備薬を持ってほしい」と注文した。


かつては県衛生部長として康夫ちゃん知事を支えた人物は康夫ちゃん知事のパフォーマンス政治をなかなか的確に「診断」しているが、あれだけ引っ掻き回した挙句に説明も謝罪もなしでは余りにいい加減過ぎると誰もが思うだろう。

○2004年10月24日付東京新聞「核心」

http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20041020/mng_____kakushin000.shtml

›知事は従来から国主導で進められる市町村合併に対して「財政効率のみの数合わせで、集落のきずなを崩壊させる」と、批判的な立場を取ってきた。しかし、県内での合併計画に直接口を差し挟むことはなかった。

›山口村の合併についてもこれまで「最終的には村民が決めること」と繰り返し、明確な意思表示は控えていた。それが、九月県議会では「批判」から「反対」へと大きく踏み込んだ。なぜ方針転換したのか。ある県幹部はこう分析する。

›「表立っての発言は村への介入と受け取られかねず、地方分権を唱える知事としてふさわしくない。何より、知事は村民が最終的には合併を避け、自立の道を選択すると踏んでいたのだろう」

›ところが、村は合併を選び、知事の読みは外れた。九月県議会の答弁で知事は「仮に村を送り出すにせよ、県民が無関心のままでは失礼」と切々と語った。「合併関連議案提出の前提条件」として、知事は県民一万人規模の意向調査を提案したが、県議会はこれを認めず、今後の見通しは立っていない。


南北に長い長野県は、昔から北信・東信と中信・南信という「南北問題」があり、戦後には「分県」が県議会で議決寸前まで到った経過もある。長野県民が一致するのは「信濃の国」を歌う時だけだという皮肉もあるくらいである。市町村合併の後に予想される道州制の導入で長野県は南北に分裂するかもしれない。

康夫ちゃん知事を動かしたのはそういう危機感だったかも知れない。しかし、だったら最初からそういう見解を示すべきであり、自ら格好づけて望まぬ結果を招いただけだったと言えるだろう。

ただ、ネットを調べていて意外だったのは、木曽地区の合併に関する掲示板の山口村に関するスレhttp://www.kisoji.net/cgi/bbs/gappei/gappei.cgi?sch=%5B128%5Dでは、山口村を「自己中心的」とか「岐阜になったら『木曽』を名乗るな。」とか罵倒する方々がご活躍だった。

○1月6日付JANJAN

http://www.janjan.jp/area/0501/0501052301/1.php

›それ以前に、現長野県というものはそんなに守られるべきなのでしょうか。知事は長野県というところがどんなところかお分かりでしょう。10の地域に分かれ、長野県という枠組みよりそれぞれの地域の地元意識が強く、「信濃の国」でも歌わないと一つになれない地域です。おかげでおそらく長野県は日本一県歌が県民に知られている地域に相違ありません。

›廃藩置県のとき日本のどこでも県が乱立しましたが、長野県が結局信濃の国エリアで落ち着いたのは、当時の都道府県が国の下部組織だったという事情もあるのではないでしょうか? 岐阜県だって、文化的にも経済的にも、飛騨は少なくとも下呂市以外は富山県と一緒になったほうがいいでしょうし、美濃も尾張と一緒になるほうがふさわしいでしょう。そうならなかったのは、当時のどの道府県も経済的に同規模になるようにという意向があったことと、尾張を親しい美濃ではなく反目している三河とくっつけることで旧勢力の分散を図ったからと聞いています。しかし廃藩置県から数えても既に130年以上が経っており、情勢が大きく変化していることはいうまでもありません。


昭和の大合併で岐阜県に編入された旧神坂村住民からは「長野に戻りたい。」という声が上がらずに、山口村ででは「岐阜に入りたい。」という声が上がったという事実を長野県関係者は考えるべきだったと思う。

私の住む群馬県にしても、かつての上野国(こうずけ)が殆どそのまま県になっているが、上毛かるたhttp://www.dorobune.com/tatebayashi/jyomokaruta.htmで、「鶴舞うかたちの群馬県」と詠まれている現在の県域も、当初は館林市と邑楽郡が栃木県に入っており、明治6年には現在の埼玉県西部に存在していた入間県と合併し熊谷県になり、明治9年に第二次群馬県が現在の形で成立しているが、やがてはそれも「北関東州」や「関東州」に呑み込まれて行くのが時代の流れなのだろう。

ちなみに、山口村以前の越県合併は、昭和34年(1959年)に栃木県足利郡菱村が群馬県桐生市と合併したのが直近なのだが、この時には代わりに(?)群馬県にあった矢場川村の一部が足利市と合併している。

http://www.kiryu.co.jp/hishikaruta/zaisanTI.html

群馬県境に位置している栃木県足利市は、方言的には群馬に近い上に、群馬県の桐生市や太田市との住民の交流も多いので、この地域は「両毛」と呼ばれている中での越県合併だったのである。

越県合併について詳しい方々の掲示板http://glin.jp/arc/arc.cgi?N=175を読んでも、現在の都道府県制度が存続する限りにおいては、今後それ程越県合併が頻繁に発生するとも思えない。


県民

■2005/01/12 (水) 長野牽制

「信州」使用特区申請働きかけへ 山口村合併反対派

長野県の山口村が岐阜県の中津川市と合併するという話、田中知事がなんのかんの言って、結局総務省に申請を出すことになったが、合併反対派の残党がまだ騒いでいる。

この庄司由美村議なる人物、121票で当選という、超小規模自治体の旨みが忘れられないのかとにかくしつこい。

合併に反対して住民投票したりリコール運動したり、全てに破れてやっしーを担ぎ、ところがまた裏切られととにかく民主的ルールを踏みにじる策動を繰り返しているが、彼女について面白いネタを見つけた。

合併あれこれ

(山口村民の兄弟の方のメモ)

<そして夕刻。兄が面白いものを見せてやると言い、私を連れ出した。兄嫁の運転で出掛けると、「合併反対」と大きく書かれた横断幕を付けた車が目に入った。木曽節を熱唱(”カーン・鐘ひとつ”と兄嫁)し、合併反対としきりに声をからしているのは例の女性村議とのこと。兄が「あの車、よく見てみな」というので………ん?あっ!「岐阜ナンバー」だっ!!笑った。大爆笑した。家に帰ってそれを肴にまた酒を飲んだ。>

プロ市民って、どうしてこうネタが豊富なんだろう。見ようによっては得がたい存在である。迷惑ではあるけれどね。

http://www4.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=421727&log=20050112

2003山口村議選(定数12 立候補13)
得票数氏名年齢所属新旧経歴
224園原 新(49)農業
169大脇 和人(41)会社社長
142楯 久利(71)農業
130市脇 辰彦(51)会社員
122牧野 康(55)会社員
121庄司 由美(60)主婦
112牧野 英敏(70)農業
110原 和英(74)会社役員
94牧野 広司(68)農業
90長谷川 清(64)民宿経営
83園原 穂積(61)会社員
81斉藤 茂(61)会社員
45市脇 秀逸(57)会社員

山口村越県合併 田口県議の「信州特区」提案 反対派住民は反発

山口村と岐阜県中津川市との越県合併に反対してきた田口哲男県議(県民協働・無所属ネット)が、反対住民に提案した「信州木曽路街道住民特区」構想が波紋を広げている。「愛する信州や木曽を汚すもの」と抗議する動きも出てきた。

特区は、合併後の旧村で、農林業や畜産、観光などに「木曽路」や「信州」といった呼称を使えるようにするもの。去る九日に地元で開かれた反対派の会合に出席した同県議が提案。「賛同の声が多く」と一部で報道された。

しかし、出席した男性(63)は「約二十人が参加したが、最終的に賛同したのは二、三人。ほとんどは『ちょっと待て』ということだった」と話す。この男性は「木曽の人にも迷惑をかけることになる。特区で反対運動を清算し、やめさせようとするものでは」と不信感を募らせる。

これに対し、同県議は「隣の南木曽町へ住所を移した人もおり、地元のため。国も強い関心を示している」と一歩も引かない構え。提案者として今後、特区申請を中津川市に働き掛けるという。

加藤出村長は「意図が分からない。やるなら地域づくり推進協議会のような場で進めてほしい」と話している。

2005年1.15中日新聞

1月17日(月)

山口村越県合併を総務相決定 新中津川市2月13日発足 麻生太郎総務相は17日、地方自治法に基づき、木曽郡山口村と岐阜県中津川市の越県合併を決定した。1月中に官報告示する予定で2月13日に新中津川市が発足する。

市町村合併は同一県内は知事が、都道府県境を越える場合は総務相が決定する。越県合併は、1959(昭和34)年に栃木県菱村が群馬県桐生市に編入して以来、46年ぶり。「平成の大合併」では初めて。長野県は官報告示後、岐阜県との間で、許認可や給付など609事務の引き継ぎ、県有財産の引き渡しなどの処分を行う。

中津川市は山口村のほか岐阜県恵那郡6町村(坂下町、川上村、加子母村、付知町、福岡町、蛭川村)とも同時に合併する。

山口村の合併をめぐっては、田中知事が昨年9月県会への関連議案提出を見送り、12月県会にも提出しなかったため、県会側が会期延長の末に異例の議員提案によって同月22日に可決。知事は1月4日、「議決を厳粛に受け止める」と表明し、翌5日、総務相に申請していた。


1月18日(火)

中川の住民投票条例案可決 二者択一 3市町村同日 上伊那郡中川村の住民グループ「住民投票を実現する会」が直接請求した駒ケ根市、同郡飯島町との合併の賛否を問う住民投票条例案が十七日、村議会臨時会で全会一致で原案通り可決された。北島靖生村長は二月二十七日に投票を行う考えを表明した。この日は駒ケ根市、飯島町も投票方式の住民意向調査を行う。

条例によると、投票資格者は永住外国人を含む十八歳以上の住民で、投票率50%以上で成立。「賛成」「反対」の二者択一で、村長は結果を尊重する、としている。

北島村長はこの日、「『村長・議会に任せる』を加えた三者択一が望ましいが、議会の議決を尊重する」との意見書を付けて条例案を提出。実現する会の宮崎據(まもる)代表は議場で意見を述べ、二者択一とするよう求めた。

議会内には本会議直前まで条例案の修正を目指す動きがあったが、直接請求時に添えられた有権者の51%に当たる二千二百人余の署名を尊重し、原案通りの可決となった。

条例成立を受け、宮崎代表は「賛成、反対の二者択一という民主主義の原点が守られた」と話した。北島村長は「三者択一にならず残念な面もあるが、村民が責任を自覚し、冷静に投票することを願う」と述べた。


● 山口村合併問題で、山根弁護士が一転、田中知事に非難のファックス

激越な文面で「即刻知事を辞職するがよい。」

山口村の合併問題で、反対派のリーダー的立場だった山根二郎弁護士名で田中知事を批判するファックスが出回っている。山根弁護士が田中知事に送ったものだとされている。

下にそのファックスの文面をそのまま引き写した。

かなり激越な調子の文面だ。田中知事に辞職勧告までしている。長野県民 山根二郎となっているがこれは山根弁護士のことだと思われる。

山根弁護士だけでなく、合併反対派の人たちは田中知事を非難している。田中知事は賛成、反対両方の人たちから非難されているようだ。


2005年1月5日

長野県山口村を岐阜県に売り渡した田中康夫に告ぐ

長野県民山根二郎

長野県民の誇り、藤村の馬籠はもう二度と長野県には戻ってはこない。誰がそうしたのか、田中康夫という長野県知事だ。

長野県民の誇りは永遠に失われた。誰がそうしたのか、田中康夫という長野県知事だ。

これを山口村の越県合併を議決した県会議員49名のせいにすることはできない、すべての責任は田中康夫にある。長野県がはじまってから今日まで歴代の知事のなかで、長野県民にこれほどの屈辱を与えた知事は、いまだかつて一人もいなかった。

長野県議会が議決したとはいえ、知事である貴殿は、総務大臣への申請を拒否する権限と自由を持っていた。しかるに貴殿は、議会の判断は『民意に近い』などと称して、その責任をすべて県会に負わせ、長野県民220万人の誇りを踏みにじった。なにが苦渋だ、何が無念だ。笑わすな。無念なのは、田中康夫よ、あなたなんかではない。信州木曽路馬籠を、信州が生んだ藤村を失った長野県民220万人なのだ。

田中知事よ、貴殿は、長野県民220万人に謝罪して即刻知事を辞職するがよい。

しかし、貴殿が辞職しても、何の償いにもならない。信州・長野県の歴史と、破壊された長野県民の誇り・アイデンティティーが回復されることは永遠にない。

田中康夫よ、言葉を弄ぶな、人の心を弄ぶな。山口村を、藤村の馬籠を信州・長野県に残そうとしてきた私たち県民の熱い心を、あなたが弄び踏みにじったのだ。何が改革だ、何が作家だ、『夜明け前』を読んでもいない田中康夫よ、私たちの前からすみやかに去るがいい。

最後に一言いっておこう。志を失った田中康夫よ、あなたはこれから何をよすがに生きていけるというのか。そんなことはどうでもよい、私たちはその行方を冷ややかに見つめるだけだ。

だが、山口村を、藤村の馬籠を、信州から失った私たち長野県民の悲しみは、消えない。

田中県政追撃コラム

http://blog.livedoor.jp/tuigeki/archives/13206931.html


平成17年1月16日

山口村の越県合併を総務大臣に申請した 長野県知事田中康夫を糾弾する

長野県松本市山根二郎(弁護士)
電 話 0263− FAX 0263−

山口村越県合併の申請手続きをとった田中知事の行動は、信州が生んだ文豪藤村を誇りとして生きてきた私たち長野県民のアイデンティティーを破壊し、その心を根底から踏みにじるものであった。長野県民にとって、藤村が、藤村の馬籠がどれほど大切なものであったかは、今さら貴殿に申すまでもないことであり、貴殿は誰よりもそのことをよく知っていたはずだ。そのあなたに一体何が起こったのか。一体何が起こって正月明け早々の1月4日、貴殿は越県合併に踏み切ることを表明するに至ったのか。

あなたが4日の記者会見で配布した文書には、次のように書かれている。

「県知事としての私の再選よりも8ヶ月近く後に実施された統一地方選挙で、県下各地の代表として県民の皆様が送り出された県議会議員の過半数を大きく上回る選良の方々が、岐阜県中津川市への『越県』合併をお認めになった、この事実に目を瞑る訳には参りますまい。呻吟の末、私は県議会に於ける議決を厳粛に受け止め、山口村の『越県』合併申請を行う事を決意しました。」

これが、田中知事が「越県合併申請を行う事を決意した」本当の理由だと言うのだが、いい加減なことを言ってはいけない。あなたを信頼してきた長野県民を愚弄してはいけない。本当に「県議会に於ける議決を厳粛に受け止め」ることにしたというのであれば、あなたは、この越県合併を9月県議会に議案として提出し、議会の議決を厳粛に受け止め、これに従えばよかったことになる。

そもそも、あなたが「県議会に於ける議決」をそれほど尊重しなければならないと思っているのであれば、2年前の県議会で、知事であったあなたは県議会で不信任の議決を受けたのであるから、これを「厳粛に受け止め」、知事選に再出馬すべきではなかったことになる。あなたがそうしなかったのは、「県議会に於ける議決」が正しいものとは限らない、と考えたからではないのか。だからこそ私たち長野県民は、不信任決議をした県議会に怒り、知事選に再出馬したあなたを断固支持して、あなたを再選させたのだ。その県民220万人の総意を受けた長野県知事という立場にあるあなたは、たとえ「議会に於ける議決」があっても、それが誤っていると思えば、敢然として自らの政治生命を賭け、自らの信念を貫くことによって長野県民の生命や財産、誇り、歴史・文化を守らなければならないのであり、長野県民はそれをあなたに託したのである。そして、あなたがそれを担うことができる人だと思ったからこそ、長野県民は2年前の知事選であなたを選んだのだ。そのことをあなたが知らないはずはあるまい。そこから見るとき、あなたが1月4日の記者会見で配布した先の文書の理由を、私たちはあなたの真意と受け取ることができないのだ。

あなたは、220万人長野県民のために山口村の越県合併を認めてはならないという認識を持ちながらも、精神的に追い詰められて、「県議会が議決したんだから仕方がないだろう、悪いのはこれを議決した県会議員たちで私ではない」と開き直ってしまったのだ。それが、あなたの文書のすべてに滲み出ている。あなたが合併の「決断」をしたとき、あなたの心から、藤村を失って嘆き悲しむ長野県民の存在は消えていた。そのとき、あなたに全幅の信頼を寄せてあなたを選んでくれた長野県民220万人を裏切ったのだ。そうではないのか、田中康夫よ。あなたは「私は県議会に於ける議決を厳粛に受け止め、山口村の『越県』合併申請を行う事を決意しました。」などと言うが、それはあなた一流の表現であって、あなたが本当にそう思って決意したなどとはだれも思ってはいないのだ。長野県民はそれほど馬鹿ではない。

あなたが山口村の越県合併を認めたくなかったことは本当だろう。にもかかわらず県議会が越県合併を認める議決をしてしまったのも事実である。これを総務大臣に申請するかしないか、そのどちらを選ぶかの苦渋の選択を迫られていて、あなたが進退窮まるほど重大な局面に立たされていたことも事実だ。そうであった以上、あなたはどうすべきであったのか。その答えは明白であり、二つしかなかったはずである。その一つは、あなたは政治生命を賭けて、断固として総務大臣への手続きを拒否し続けることであった。もう一つは、あなたが辞職することであった。それが、藤村の山口村を護ることをあなたに託していた長野県民220万人に誠実に応えることができる唯一の道であったのだ。ところが、あなたはそのいずれの道も採らなかった。あなたが採った道は、開き直りとふて腐れとしか言いようがない道であった。

合併を決意したあなたの心の中に「総務大臣に申請することにした。議決した県会議員たちよ、どうだこれで文句はないだろう、後で泣くなよ。」という悪魔の囁きが微塵もなかった、とあなたは言い切れるか。あなたにそんな気持ちは毛頭なかったとしても、結果は同じことだ。長野県民が長年にわたって誇りとしてきた藤村、藤村の馬籠・山口村を岐阜県に売り渡してしまったのは、田中康夫よ、あなただ。藤村、藤村の馬籠は二度と信州・長野県、私たち長野県民の手には戻ってこない。長野県民はこれから信州が生んだ藤村なしで生きていかなければならない。そのようにしてしまったのは、田中康夫よ、あなただ。

歌を忘れたカナリヤは…………田中康夫は終わった。

この先、あなたは長野県知事に留まって、長野県民のために何をしようというのだ、何ができるというのだ。もうすべては取り返しがつかない。責任の取りようもないが、それでも進退はあなたがひとりで決めることだ。

田中康夫よ、藤村を永久に失ってしまった私たち長野県民220万人の悲しみが分かるか、分かってももう遅い。

以上


長野県へのお別れに 山口村住民が25日 県庁訪問

岐阜県中津川市に編入合併する木曽郡山口村の住民有志が25日、長野県へのお別れの意味合いを込めて長野市の県庁を訪ねる。住民の間には越県合併をめぐるしこりが残るものの、地域の融和と新たなまちづくりへの一歩として、賛成・反対の立場を超えて広く参加を呼び掛ける。

計画しているのは「ありがとう長野県!山口村住民有志の会」(大脇真代表)。合併推進の運動をしてきた住民たちが、これまでの対立を乗り越えていく取り組みをしようと新たな会を設立した。

新聞の折り込みチラシで呼び掛けて22日まで参加者を募集、県庁には貸し切りバスで向かう計画だ。県会の各会派や県幹部などへのあいさつを予定。合併反対の運動をしてきた住民の参加も期待している。

大脇代表は「岐阜県へいく前に長野県の一員だったことへのお礼のあいさつをしたい。両県の橋渡し役も務めていきたい」と話している。

1月16日(日)信濃毎日新聞

小泉改革や県政 風刺 信州ウソくらぶ総会

信濃毎日新聞建設標「やまびこ」欄の投稿者らでつくる「信州ウソくらぶ」(山口芳邦会長、七十八人)は十六日、長野市内で新年総会を開いた。会員十九人が、短文で世相を映す風刺のセンスを競い合った。

事前に出していた宿題は「卵」、会場で出した席題は「福」。宿題では、小泉首相が目指す郵政民営化や田中県政の現状を扱った作品が目立った。題を出されて三十分で考える席題では、偽一万円札事件でお札に描かれている福沢諭吉の心境を代弁したり、各地で災害が相次いだことを受け被災者が幸福の到来を願う気持ちを表現した作品があった。

宿題、席題で競う総合一位は、宿題一席のペンネーム「蛇口」こと岡谷市の会社員杉山俊彦さん(58)で、「ピリッと辛口の作品ができて、うまく興味を引けた時は快感です」。席題一席には「バカ貝」こと長野市の山口会長(73)が選ばれた。

▽宿題「卵」 卵焼き料理のコツ すぐ引っ繰り返すことです ―田中知事 (岡谷市・蛇口)

1月17日(月)信濃毎日新聞

康夫派

ホームページ開設おめでとうございます

チャンネル9 さんより

2005/01/04 20:29

いつも、お世話になっています。本年もよろしく。

ジェンダー問題やら、アンペイドワーク(日本語訳すると無償強制奉仕?)にも切り込みをしましょう。

しかし、山口村越県合併問題は論点すら明らかにならない消化不良のままですね。意見交換もなく、不毛の時間がどうして流れたのでしょうか。

http://plaza.rakuten.co.jp/channel9/


県民

Re:ホームページ開設おめでとうございます

山崎たつえ さんより

2005/01/21 20:48

私は調査の結果、長野県議会の皆様は知事の爆弾発言で初めて山口村に関心をもったのではないかと思いました。(勿論、県民も同様ですが)。

こんな大切な問題を時間をかけずに、決定してしまうのはいけないと思います。

長野県議会が決めていないのに

「合併決定日に間に合わないので早く」

という山口村、中津川市もおかしいと思います。

失礼だと思います。

この運動を通して、長野県民はしっかりしなければと痛感しました。

山口村村民は毎日山口村について関心を持って生活しています。

それこそ昭和の大合併の頃から越県合併問題は続いてきたのです。半世紀前から。何十年も。

これ以上どれだけ時間をかければいいというのでしょうか。何百年ですか、何千年ですか。

「時間をかけずに、決定してしまうのはいけないと思います」

山崎さんはバカなんですか。

今回の合併にしても、何年も前から議論になっていて、住民投票や村長選挙などで何度も民意がはかられ、その結果として「合併」という民意を示したのです。

これ以上何を議論するんですか。

山口村の村民ではなく今まで山口村について興味も無ければ知りもしなかった松本市民の「山崎たつえ」が「山口村もおかしいと思います」などと暴言を吐いていますが、村民に対して失礼だと思います。

康夫派

おめでとう

臼井慶一 さんより

2005/01/04 11:40

ホームページ 見ました 難しい問題でよく分かりません


県民

Re:おめでとう

山崎たつえ さんより

2005/01/21 21:01

ホームページに訪問下さいましてありがとうございました。山口村の調査はゆっくり読んで頂きましたら、きっとお解かり頂けると思います。

藤村記念館は山口村長と藤村の長男さん、木曾教育会長が信濃教育会に寄付を依頼し建設されたものです。

信濃教育会では全県下に呼びかけ、県民に学習をさせ寄付を集めました。その結果、県民の心に藤村が現在も生き続けることとなりました。

また、山口村は年間40万人もの観光客が訪れる地となりました。

木曾の方が言いました。「昔はあの地の生活は厳しかった。今は藤村先生のおかげで楽になった」と。

信州人の心が一杯に詰まった地が山口村なのです。スウェーデンの旅も読んでみて下さい。

松本市議会議員選挙で山崎たつえは2度出馬しており2度連続落選中。

2007年の3度目の選挙で「田中派」として立候補し吉江けんたろう同志と共闘し初当選しています。

1月21日(金)

信濃毎日新聞

越県合併で決定書 総務相、山口村長らに手渡す

麻生太郎総務相は二十一日、木曽郡山口村と岐阜県中津川市の越県合併に関する「決定書」を、加藤出・山口村長と大山耕二・中津川市長にそれぞれ手渡した。

決定書は「地方自治法の規定により、二月十三日から山口村を廃し、中津川市に編入する」との内容。

麻生総務相は加藤村長に決定書を渡す際、

「長い間、お疲れさまでした」

と呼び掛けた。

終了後の記者会見で加藤村長は

「決定書にはずっしりとした重みがあった。『合併して良かった』と住民が思える地域づくりを、しっかりやっていきたい」

と述べ、大山市長も

「合併に賛成や反対もあったが、山口村民の意向を踏まえた新しいまちづくりに取り組むことで、摩擦も解消していくと思う」

とした。

総務省は両市村とともに越県合併を申請した長野、岐阜両県にも決定書を送る。


北沢副代表が知事を批判 民主党新年交歓会 「県政病んでいる」

民主党県連の北沢俊美副代表は二十二日、長野市内で開いた新年交歓会で、山口村の越県合併問題などで混乱を招いた田中知事の対応に触れ、

「今の県政は極めて病んでいる。早く自覚して直していくのが賢明だが、そうでなければ県民をあげてもう一度、県政を見直さなければいけない」

と批判した。

また、羽田孜代表は、昨年末までに県内十五の県連支部を発足させたことを踏まえ、

「今後は市町村、県議会の議員確保に努力したい」

と述べた。

読売1/23

越県合併で知事は村へ直接説明の考えなし

木曽郡山口村の越県合併で、田中知事は合併申請したことについて村民に直接説明する考えのないことをきょうの会見で明らかにしました。

山口村の越県合併について田中知事は反対の姿勢を示していましたが、今月4日に会見を開き

「議会の議決を厳粛に受け止める」

として合併申請する考えを示しました。

これに対して合併に反対した村民らから

「直接説明して欲しい」

との声があがっていますが、きょうの会見で知事はそれに応える考えのないことを明らかにしました。

知事は

「今後、他の地域から越県合併を求める声があがってもそれを認める覚悟を持って県議会は議決され、私も苦渋の決断をした」

とした上で

「私の思いは4日に出した文書に尽くされている」

と述べました。

1月20日 SBC

平日に山形県に応援演説に行く暇はあるけど山口村に逝って説明責任を果たすことは怖すぎて出来ないようだね。

山口村を訪問するどころか村長や村民有志と会うのもイヤだって。

「ありがとう長野県」越県合併する山口村の村長や有志が県庁訪問

山口村の越県合併で村長や議会、村民有志は県や県民に対し、感謝の気持ちを伝えたいと25日、県庁を訪れた。

田中知事が断ったため、知事と会う場面はなかった。

この訪問には、山口村の村民110人が参加し、先に到着していた加藤村長や村議らと合流して、県議会の正副議長を訪れた。

山口村の越県合併では田中知事が、関連議案を提案しなかったため混乱し、議員提案で議決した経過がある。

このため、古田議長は

「さびしい思いは消えない」

としながらも、

「岐阜県に大事にしてくれと正式にお願いする。知事が行くべきだが、行く気はないようだ」

と、県議会としての責任から岐阜県や中津川市へ挨拶に行く意向を示した。

訪問で加藤村長は、知事との面会を申し入れたものの断られている。

また加藤村長は来月3日に中津川市長と一緒に県庁訪問を予定しており、その日も、知事側から

「時間が取れない」

と言われているという。

山口村の加藤 出村長は

「知事には追っかけてでも会って、村民の代表としてお礼を言ってお別れしたい」

と話す。

NBS

山口村越県合併 県庁へ"お礼ツアー"

来月13日に岐阜県中津川市に編入される木曽郡山口村の住民が25日、バスツアーを組んで県庁を訪れ、県議会などにあいさつしました。

参加したのはおよそ100人で、住民有志が企画して新聞の折り込み広告で募集しましたが、集まったのはいずれも合併賛成派の住民でした。

合併に反対していた田中知事への面会申し込みは断られたということで、県庁のあとは善光寺に向かい参拝していました。

TSB

1月26日(水)

「長野・岐阜の橋渡しに」山口村民が県会あいさつ

二月十三日に岐阜県中津川市と合併する木曽郡山口村の加藤出村長や村議六人、村民百十人が二十五日、県議会棟に古田芙士議長らを訪ね、長野県との別れのあいさつをした。総務省はこの日、官報で両市村の越県合併を告示した。

加藤村長は古田議長、宮沢宗弘副議長に対し

「合併が決まり村内は落ち着いてきている」

とあいさつ。

古田議長は

「合併に反対した人たちを含め、仲良く新市で頑張ってほしい」

と激励した。

村長らは県会各会派もあいさつに回った。

村民百十人は、合併を推進した住民を中心とする「『ありがとう!長野県』山口村住民有志の会」の会員。

大脇真代表が

「県境の地だからこそできる長野県と岐阜県の橋渡しを、長野県の皆様へのご恩返しとさせてもらいたい」

などと書いた手紙を古田議長に渡した。

県庁前では

「ありがとう長野県!長野県の未来に栄光あれ!」

と記した横断幕を掲げ、全員で県民への感謝を表した。

加藤村長は事前に田中知事に面会を打診したが、この日は会えなかった。

村長は

「合併までには会ってお礼とお別れを直接申し上げたい」

と話したが、知事はこの日の取材に

「お礼は十分に受けている」

と述べた。

田中知事は越県合併に反対、関連議案を提出せず、県会が議員提案して可決していた。


大石英司

2005年1.26

田中康夫、児戯に等しい嫌がらせ

*「ありがとう長野県」越県合併する山口村の村長や有志が県庁訪問

http://www.nbs-tv.co.jp/news-daily/p/c2.html

その大人げなさにおいて他者の追随を許さない長野県知事だったりするわけだが、せっかく山口村の村民が、県庁に挨拶に訪れたのに、会おうとしない。

この後も、スケジュールを尋ねられているのに、都合が悪いと逃げている。

口では長野が溶けていくだの何だとご立派なことを言いながら、県民の感情を逆撫でして、自分一人で一生懸命しこりを作っている。

こういう時に、くだらん意地で突っ張る馬鹿な為政者に諫言できない組織は死んでいるでしょう。

http://eiji.txt-nifty.com/diary/2005/01/post_24.html


知事、山口村に未練いっぱい 職員説明できず…

「皆さんだって山口村が出ていくのが忍びないとあんなにおっしゃっていたのに」―。

田中康夫知事は二十六日、陳情のため県庁を訪れた木曽広域連合の田中克已連合長(木曽福島町長)と宮川正光副連合長(南木曽町長)らに対し、岐阜県中津川市への越県合併が決まった山口村について無念な思いをぶちまけた。

正副連合長は木曽地域のケーブルテレビ網整備などへの協力要請のため訪問したが、田中知事は

「南木曽町はちゃんと県民であり続けてくれる?」

と切り出し、昨年の木曽郡町村会で各町村長が「寂しい」との趣旨で発言したことを取り上げ

「一緒に踏ん張ってほしかった」

と述べたり、

「その地区の人だけで県境を変えられたら、県の存在意義はない」

などと話すなど、越県合併の成立に依然として納得できない様子で不満を繰り返した。

結局、面談の大半が山口村の話題で占められ、木曽広域連合側が予定していた担当職員による説明もできずじまいだった。

■山口村で最後の村議会

二月十三日に岐阜県中津川市へ編入することが決まった山口村の同村議会臨時会は二十六日開き、越県合併にかかわる議案など十八議案を原案通り可決した。村会としては最終議会となる。

中津川市との合併協議会の廃止など合併関連九議案は、賛成多数(いずれも反対一)で可決した。

関連議案に反対の意思を示した庄司由美氏は閉会後、

「村内のより多くの人の福祉向上にならないと判断した」

と、理由を説明した。

議事日程終了後、村理事者として加藤出村長、楯政彰助役、園原仙教育長がそれぞれあいさつに立った。

このうち加藤村長はこれまでの村政を振り返りながら議会の協力や支援に謝意を示し、

「合併後は一住民として一緒に地域づくりに励みたい。今日の村に微力ながら貢献できたことを大変うれしく思う。村長として悔いを残さないよう最後の村を見届けたい」

と話した。

2005年1月27日

長野日報

長野県知事は、マスコミ向けに口先で『ケア』を言うだけ。

岐阜県知事は、実際に現場にでむき『ケア』してる。

これじゃ合併して良かったと思うのが、当然だろうな。

岐阜県知事が山口村を視察 支援を表明

01月27日 17:22]

sbc

来月13日に岐阜県中津川市などと合併する木曽郡山口村を梶原拓岐阜県知事が視察し地元の要望などを聞きました。

梶原知事はまず山口村役場を訪れ出迎えた加藤村長は

「岐阜県民としてお世話になりますがよろしくお願いします」

と挨拶しました。

加藤村長は図面を使って村の概要を説明し地域の発展に欠かせないと道路整備の継続を強く要請しました。

梶原知事はこのあと馬籠宿や小学校なども視察し馬籠では住民が店先にでて知事を迎え合併のお礼を言う光景も見られました。

梶原知事は来月5日で退任しますが県を越えて合併する山口村については特別の配慮をするよう後任の知事に引き継ぎたいとしています。

山口村は来月13日に中津川市など岐阜県の7市町村と合併するもので県を越えた合併は46年ぶりとなります。


自治の行方: 越県合併 岐阜県知事が山口村視察 /長野

岐阜県の梶原拓知事は27日、同県中津川市に来月13日に編入合併する山口村を視察した。

梶原知事は任期満了の来月5日で引退するが、

「自分の目と耳で問題点を確かめ、次の知事に申し送らなければならない」

と、引退間際の訪問となった。

梶原知事は同村役場で加藤出村長や地元選出県議、村議らと会談。

「村内に建設中の農道などは特別な配慮が必要で、重点的に支援していきたい」

と述べた。

これに対し、村上淳・長野県議が、木曽路に中央道のインターチェンジ(IC)がないことから

「木曽から一番近い神坂パーキングエリアをICにしてほしい」

と要望した。

続いて、加藤村長の案内で、大山耕二・中津川市長と小中学校や馬籠宿などを視察。

梶原知事は

「自然に恵まれ、歴史、伝統文化もすばらしい。宿場もよく保全され村全体が貴重な財産。長野県にとって、村が岐阜県に移行するのは耐え難いと思うが、貴重な財産を大切に守って共存していくことを心がけたい」

などと話した。

【宮田正和】
毎日新聞

2005年1月28日


NHKローカルニュースによると県庁を訪れた山口村長と中津川市長の応対をしたのは青山出納長。

また、合併反対派の庄司村議らが合併反対の署名を提出し活動に一定のけじめとしたが応対したのは小林総務部長。

康夫にとってはどっちも会いたくない人達だったようです。


大石英司

2005年2.04

※ 県庁、ボロボロの説明

昨日は、再び山口村の村長さんが、挨拶に県庁を訪れたわけです。

知事は、珍しく一日中、県庁内で来年度予算の査定に当たっていた(嘘。昼過ぎには新幹線に乗って、長野県産ワインの宣伝のイベントでとっとと東京に逃げ出した)。

村長は会いたいという意思表示を繰り返していたにも拘わらず、無視して会わないわけです。

面会を拒否したまま新幹線に乗った。

これは果たして、公人が取るべき態度なのか?

【 小林総務部長によると、県情報公開課から知事に請求書が提出されているのは、知事が請求者名を見るためではなく、請求内容を見て積極的に情報公開する目的―と古田議長に説明した。】

信濃毎日新聞

今日の読売も続報を売っているし、その前に追撃さんの取材で明らかになったのは、この田中康夫が個人情報を握りたがったのは、その前年の夏からのことで、目的は、情報公開請求で知事を批判をしようとするマスコミ動向を把握することだったとはっきりしている。

その年の夏は、読売が「スキー王国NAGANO」に纏わるスキャンダルを、情報公開条例を利用して暴いていた。

つまり目的は、もうはっきりと、マスコミの批判封じにあったわけです。

総務部長のフォローも空しく、「請求者名を見るため」、個人情報を握ることが目的であって、こういう情報公開問題では、最悪のパターンですよ。

http://eiji.txt-nifty.com/diary/2005/02/post_3.html


県民

「ケアが必要」などと言いながら、田中知事は山口村の加藤村長にも合併反対派の住民とも会おうとしていません。

もう、言い(つくろ)いをすることさえ面倒なのでしょう。

彼の関心は、東京のマスコミにしかありません。

彼にとって本業は評論家あるいはタレント業であり、県知事としての業務は「バイト以下」になったようです。

投稿 斉藤久典

2005年2月04日 19:05:14


2月13日(日)

斜面

新たな旅立ちである。木曽郡山口村が十三日午前零時をもって長野県を離れ岐阜県中津川市に編入合併した。長年にわたる歴史を閉じている。村民の考えを慎重に確かめ、手続きを進めた結果だ

◆ 岐阜県のほかの町村も含め、八市町村による大規模合併である。馬籠宿ほど有名でないにせよ、山口の見どころの一つに木曽川の乙姫岩がある。対岸は坂下町である。それに続く川上村や福岡町、付知町なども加えて、中津川市はぐんと広くなった。人口は約八万六千人を数える

◆ 山口の人口約二千人は新市の2%強だ。買い物や通勤で、中津川との結び付きはもともと強い。それでも、新たな行政にすっかり溶け込むには、大人も子どもも時間がかかりそうだ。例えば新たな学校への慣れなどである。スムーズに乗り切ってほしい。祭りなど地域の伝統や特性を生かす工夫も必要だ

◆ 長野県民には、寂しさも募る。「とほきわかれに/たへかねて/このたかどのに/のぼるかな」。島崎藤村の詩が思い浮かぶ。嫁ぐ姉に送る妹の言葉だ。合併で信州を離れる道を選んだ山口とは状況が違う。分かっていても「たびのころもを/とゝのへよ」と続けて口ずさみたくなる

◆ 新たな道を着実に歩むときだ。岐阜県になっても馬籠が木曽十一宿の一つであることは変わらない。木曽路の一体感を生かし観光で新市と木曽地域が協力したい。岐阜と長野が力を合わせる場面は多いはずだ。新市誕生が連携強化につながることを切に望む。


康夫派

1Cm²足りとも‥‥

名前: あおぞら・宮川

[2004/12/28,23:01:06] No.120

山口村の中津川市への越県合併が、議員提案された結果、49対7の圧倒的多数で可決された。詳しい経過は下欄に書いたが、賛成討論をした議員は、異口同音に「心情的には山口村に残ってもらいたいが、住民の多くが合併を望んでおり」「苦渋」の選択で賛成した、と述べた。

総務省のお墨付きと、合併賛成住民が多い、という理由だけで賛成したのに、何が「苦渋」の選択だったのだろう。しかも、山口村と中津川市に、2月13日を勝手に調印の日と決められ、間に合うか、間に合わないかなど瑣末な議論しかしていないのにだ。それなら、市町村議がいればいいことで、形だけの県議はいらない。

「苦渋」の選択をしたのは、むしろ、多くの住民が合併を望んでいるのに、という批判を浴びながら反対した7人だ。そのうちのひとりは私だが、私の反対理由の基本は、簡単に言えば「1Cm²足りとも長野県の土地を岐阜県には渡したくない」というものだ。

理由の1は、田中知事が言っているように、少数であってもこれによって信州人として信濃の国を歌いたい人を守れることだ。

その1は、藤村や馬篭など山口村が長い間培ってきた歴史や文化や伝統が、長野県として守れることだ。

その1は、政府・自民党・官僚が目論んでいる、小さな自治体潰しと道州制へのきっかけを防ぐことだ。

山口村の村会議長から、「あおぞら」あてにも礼状がきた。その中で議長は、「山口村の過去の悲しい歴史に思いをはせ」と言っている。確かに、昭和の大合併の際、旧神坂村では肉親同士がいがみ合う、苦い歴史をもっている。

こうした歴史がありながら、村長以下村の幹部は、何故合併に突き進んだのだろう。今回もまた賛成と反対の人簿とが対峙してしまった。全く、歴史に学んでいないのではないか。

福島県の矢祭町は、いち早く「合併しない村」を宣言し、全国に知れ渡ったが、過去に苦い経験を持っていればこそだ。


康夫派

長野県の良識?

名前: あおぞら・宮川

[2005/01/10,23:41:50] No.125 返信

ある県議会議員のホームページを覗いていたら、「全国へ発信長野県の良識」と題する山口村の中津川市への越県合併についての報告が載っていた。しかし、彼は、長野県議会議員の立場を忘れて、山口村村議会議員になっているのではないかと目を疑った。

また、「長野県の良識」ではなく、少なくとも、議員の7人が合併に反対したと付け加えた上で、「長野県議会の不見識」と書き換えるべきだ、とも思った。

報告書は、一方的に、2月13日を合併調印日と決められているのに、それに間に合うか、間に合わないかなど手続き論だけに終始し、県議会議員として長野県の自治のあり方を全く論議していないことが分かる。

彼は、加藤村長が、「涙ながらに訴えた」としているが、46年前の合併騒動を思い起こせば、村が二分されることは当然分かっていたにも関わらず、歴史に学ぶ事も無く、自ら騒動を引き起こしたという自覚が全く無い村長擁護に終始している。合併に賛成した保守系の議員すら、当初は、加藤村長には、「長い間、長野県に世話になったという感謝の気持ちが感じられない」と嘆いていたことを、彼は知っていたのだろうか。

加藤村長が、空涙を流すようになったのは、それ以後のことだ。

首長の一義的な役割は、地域を守り住民を守る事だ、とはかねてから主張してきたが、加藤村長がいみじくも「合併特例法がなければ合併を考えなかった」といったように、村長は、合併特例債を目当てに最初から合併ありきで白旗を掲げ、住民を誘導してきている。これが果たして民主的な手続きといえるのか、彼自身この点を充分検証したのかどうか、報告書には記載されていない。

ただ、あるとすれば、山口村・中津川市への委員会現地調査で「医療、ゴミ処理など住民生活のほとんどを中津川市に依存している事実が分かった」だけだ。栄村の例を挙げるまでも無く、近隣市町村が共同で事業を行うことは、今では当たり前のことだ。これをもって、合併が適当だ、という判断したとすれば、余りにも軽薄としか言いようが無い。

ある会派が、「村民の意見を聞く会」を開こうとした所、村長から「村民の対立が深くなるから開かないでくれ」と要請があった。それを裏付けるように、彼は、別の報告書で、「合併問題で村民の亀裂や溝を深くしないためにも、合併に賛成・反対の代表者の意見を聞くべきでない」と、村長の意向に従い、県議会議員としての職務放棄を堂々と披瀝している。

山口村の越県合併は、長野県の自治に関することだ。

田中知事は、様々な例を上げ、長野県が溶けていくことがいいのかどうか、歴史の評価に耐えられる議論を、と呼びかけ、9月県議会への関連議案を見送った。その上で、広範な県民の意見集約が必要だ、と1万人の世論調査費を提案した。しかし、彼は、これには触ないまま、「山口村の村民が決めたこと。自己責任だ」と後は野となれ山となれが言外に感じられる。

彼は、別の報告書で「市町村長は、あくまでも住民の意向に従うのが民主主義のルールである。県境をまたぐ越県合併とて基本的に同じで、県有財産、債務の引継ぎや許可換え、法令等に基づく手続きなど…云々」と言っている。だからこそ、県民の意向調査が必要であり、それに知事が従うのが当たり前のことではないか。これによって、県民の関心を呼び起こし、田中知事が望む議論を盛り上げるのに有効な手段だったはずだ。

しかし、彼は、意向調査はかえって混乱すると否決したのだ、と言う。では、村民の意向調査は、混乱を招かなかったのか。論理矛盾というより、詭弁としか言いようがない。

彼は、「議員提案はできる」とのお墨付きをもらうため、総務省に赴き、「慎重に慎重に全国初の偉業を進めてきた」としているが、このお墨付きを金科玉条のように捧げ、議員としての自律的な判断を完全に放棄している。また、結果責任は総務省にある、と責任を回避している。

彼はまた、田中知事を「民主主義の原則を考えようとせず」と非難しているが、民主主義の原則は、少数意見の尊重から始まるのではないか。彼が「信濃の国」を一緒に歌いたい、という少数意見を聴取しなかったことは、彼にとって当たり前のことだったのだ。

報告書には、少数者に対する思いやりが微塵も感じられないばかりか、一時代前の「数は力、力は正義」という少数意見切り捨ての強者の論理が目立つ。

それが長野県の自治を預かる一方の県議会議員だと、考えているなら余りにも悲しい。


康夫派

離合集散は政界の常?

名前: あおぞら・宮川

[2005/01/31,09:18:32] No.130

利あれば集まり、利なければ離れる。

離合集散は政界の常と言うが、長野県議会会派「トライアルしなの」の田中清一議員(長野市)と木内均議員(佐久市)が脱会し、「緑のフォーラム」に加入することになった。

2人とも、田中知事の県政改革を支持するとしながら、県政改革支持を表明している「トライアル」で何故出来ないのか、何故離脱に結びつくのか、HPの「決意」を読んだがもうひとつすっきりしない。

田中議員は、記者会見で「トライアルは会派としての体を為していない」と批判したが、もともと「トライアル」は、県政改革の方向さえ見失わなければ、それぞれが自由な発想・自由な手段で行動しても良い、という結びつきのかなり緩やかな会派だった。

田中議員が批判するように、「会派としての体を為していない」ことが、仮に「会派としての統一見解が無かった」とするなら、新たに加入する「緑のフォーラム」の本郷一彦代表が、「会派拘束はしない」と言っていること、つまり、「統一見解は出さない」ことと整合性がとれるのだろうか、と思う。

ただ、「決意」を仔細に検討すれば、会派内での意見の相違や田中知事の手法に不満なことが分かる。

例えば、山口村の越県合併について、田中議員は、「田中知事が関連議案を出すか出さないかを、各議員がどのように考えるか、知事の政治姿勢、手法をどう評価するかに止まらず、議員として住民自治・議会制民主主義のあり方と言うものをどう捉えているのか、各議員の政治理念の根幹を問われた問題」とし、「山口村の民意を尊重する立場から知事の責務として議案は提出すべき」としている。が、一見まともな意見のように見えるが、重要なことは2人が県議会議員であることを忘れていることだ。

確かに、山口村の皆さんは、多数で越県合併を決めた。しかし、長野県の自治をどう捉えるのか、或いは長野県の将来あるべき姿として合併がいいのか、どうかを検討し、審議するために、だからこそ知事がおり、県議会があるのではないか。もし、木内議員が主張するように「知事機関説」であれば、全てのことが市町村の段階で決められ、長野県は手続きをするだけでよく、以前にも書いたが、長野県の自治を預かる知事も、いわんや県議会もいらない、ということになる。

田中議員が、前記のような高い理想に掲げていながら、山口村と中津川市が勝手に決めた2月13日の合併調印日に惑わされ、村民の多数意見だけに従い、長野県の長としての田中知事の深い悩みに想いを馳せず、目先の手続き論だけに終始したことを残念に思う。

また、不満を不満として田中知事に問い正し、県政改革を進めることは、何も「緑のフォーラム」に加入しなくても出来る事ではないか、とも思う。

2人の「トライアル」離脱について、田中知事は「県政改革についてどれほど前向きな提案をし、寄与したか」と述べられたが、多分、新規一転、県政改革に建設的な提案して欲しい、と田中流の言い回しでエールを贈ったのではないか。


康夫派

山口村閉村式

名前: あおぞら・宮川

[2005/02/10,19:38:54] No.131 返信

この8日に、山口村の閉村式があった。「1cm²足りとも信州の土地を美濃には渡しくたくない」と主張した者にとって、やはり閉村式には立ち会う義務があると思ったからだ。勿論、一般参加者として…。

当日は、雨だった。「今日の天気は私の心と同じだ。涙で見送りたい」と、少々気障っぽく構えて席に着いた。

県議会議員で出席していたのは、木曽郡選出の村上淳氏と総務警察委員長の宮沢敏文氏、それに私と北山早苗氏だけだった。議長も副議長も、越県合併を認めた多くの議員は、何故か欠席した。村民の希望に添って送り出すのに何を躊躇したのだろうか。不思議な光景だ。

村上氏は、木曽郡選出の議員だから招待者席にいたが、個人の資格で出席すると言っていた宮沢氏も招待者席にいた上祝辞も述べたから驚いた。

加藤村長の式辞も宮沢氏の祝辞も、深く悲しみに沈んでいる村民には心配りが無いものだった。

田中知事も『信州・長野県の地勢と県勢が今後、大きく変貌していくであろう萌芽と呼ぶべき「越県」合併問題に県知事として立ち会う数奇さを、ここ数ヶ月に亘って自身の中で反芻し続けてきた」と述べた上で「願わくば…今後も信州人として自分を顧みる瞬間を時として抱かれますことを…』と祝辞というより無念さをにじませた。

胸を逆撫でされるような式だったので、途中で抜け出して馬篭宿に行った。坂上から坂下まで石畳を歩いて、信州としては最後の馬篭宿を見納めた。道々、信州の文字は無いかと探してみたが、木曽路や馬篭の文字はあっても、信州の文字は遂に見当たらなかった。

「そうさ、13日からは美濃になるんだから早々に外したのさ」などと冗談を言ったが、信州の文字が無いのは、平泉や湯布院と同じように、木曽路も馬篭もましてや藤村も信州のものだと、誰もが知っていた証しだと訂正した。

途中、木曽五木で作った桶や真名板などを売っている店に立ち寄った。親父さんは、合併に反対した人だ。反対運動の疲れが出たのか家にいた。店番をしていた息子が電話をつないでくれたので、元気を出して、と励ました。

坂上で、反対運動の先頭に立っていた村議の庄司由美さんに出会った。最後に「信濃の国」を歌うことになっていたが、とても歌えなかった、と言っていた。

さもありなん、だ。

親父さんも庄司さんも住所を移すらしい。

虚栄の閉村式の陰で、最期まで信州人として終わりたい人もいる。

騙されて

July 13th, 2005

田中康夫の口車に乗せられ、無謀にも「合併しない」という選択をした自治体の末路はこんなものだ。

身近な公共料金の値上げをみて初めて選択の誤りに気づく町民にも問題はあるが、そうなる可能性があることを隠して合併反対を唱えた者の責任は重い。

田中県政特有の「自立」という言葉も騙しの手口のひとつだ。

合併しないという選択を指して「自立」というのは適切な表現ではない。

もともと自主財源だけで運営されている自治体は稀であり、自治体に言葉本来の意味での「自立」はないといってよい。

合併してもなお「自立」が困難である実態があるにもかかわらず、合併しないことを「自立」と表現するのはまやかしに過ぎない。

国の施策に地方から異を唱える「改革派知事」を演じたい田中康夫とその同調者が、言葉のトリックで住民を煽り、小規模自治体を「自立」という名の破滅に導いている。

合併から取り残された彼らの存在は、田中康夫による似非改革県政が残した負の遺産のひとつとなるだろう。

波田町長に太田氏初当選 合併推進訴え

太田氏は財政の厳しさを指摘し「自立の道を突き進めば住民の安心安全を守れない」と強調。

「合併に向け枠組みなどを調査、研究する」とし、2009年度末の新市町村合併特例法期限内に道筋を付ける?と訴えた。

住民投票結果と「逆」になった背景には、本年度から自立計画に沿ってごみ袋代や保育料が値上げされ、財政の厳しさを実感する住民が増えたことなどがある。

2005年7月11日付信濃毎日新聞

http://ruralodyssey.web5.jp/logbook/2005/07/13/202/


破壊の爪痕

April 8th, 2005

自立を選んだ者たちが残したいのは「村」の区域内にある共同体の生活や文化であり行政機構としての「村」ではない。

残念ながら行政機構としての村を維持しようという彼らの的外れな選択は共同体の存続には繋がらないだろう。

現実にはむしろ共同体の寿命を縮めてしまう可能性の方が高い。

将来に向けての展望を欠いた合併忌避が財政破綻と行政サービスの著しい低下をもたらすとすれば、人口流出が起きて結局その共同体は消滅してしまうからだ。

swords10

田中康夫は共同体と行政機構を意図的に混同することで住民を煽り、いくつもの合併を破綻させた。

それでいながら「自立」した小村が否応なく直面する様々な困難に関しては「分からない」という。許されることではない。

しかしこれが田中県政というものの実態なのだ。代替案のないまま行われた脱ダム宣言がそうだったように、これも田中康夫による「対案なき破壊」のひとつなのだ。

無能な似非改革派知事による破壊はもう止めさせるべきだ。その爪痕は狂気の田中県政の記念碑としてはあまりにも多く、深い。

http://ruralodyssey.web5.jp/logbook/2005/04/08/352/


新特例法での策定や勧告 知事「実情に基づき検討」

県内では本年度末までに、現在の102市町村が81市町村に再編される見込み。

このうち人口1万人未満の町村が半数強の42を占め、自治体規模の「二極化」が進む状況にある。

合併を選択しなかった小規模町村が財政危機に陥った場合に県がどう対応するかについて、知事は

田中康夫

「どう答えていいか、分からない」

と述べた。

2005年4月5日

信濃毎日新聞