事件の経過
四半世紀ぶりに中耳炎に
日時:Fri Oct 27 20:30:39 JST 2000
(略)
※ 週刊朝日。
千葉県警女性艇長自殺事件。
公務員社会に付き物の、いささか常軌を逸した部下虐めを上司から受けていたことを知る。これは酷いと思う。
なんでこんな男が出世できるんだろう。でも、だからって死ぬことは無いだろう。
ナンシー関、日テレちゃんゴルゴル・アナが日テレ内ではオッケーになっているらしいことを皮肉る。
女子アナ挺身隊なんだそうだ(~_~;)、先日も女房が日テレのワイドショーを観て怒りまくっていた。
「松坂選手は社会人としての自覚が足りません!」
オヒオヒ、それ日テレで言ってどうすんだよ。
しかし、ナンシー関、2チャンネラーの物言いに似てないか? と言ったら、2チャンネラーの女房が、
「いや、2チャンネラーがナンシー関を真似ただけだ」
と解説。
偶然、この世の悪夢みたいな「縁あって父娘」のグラビアを開いてしまう。息子は電通社員で、新婦は中京テレビの局アナなんだそうだ。
このコーナー、99パーセントは、電通と博報堂とTBSの社員が息子だと思うぞ。
大げさだって? せいせい五割くらいにしとけ? うんにゃ。99パーセントは電通社員で、おいらの職場の引き出しにゃシャブが一杯転がってますとうそぶくドラ息子集団だったりして。
しっかし、私も20年経ったらぜひこのページに出たい!(~o~)。
長男、少年自衛官を経て地獄の生徒隊を生き延び、今は八戸基地勤務。新婦は元OL、実は飲み屋の娘だったりするわけだ(~o~)/
父親の夢は、
「孫を連れた息子が故郷に転属になることです!」
て、パンピーな奴がこれまで一人でも登場したかい? 朝日さん。
うちの貴族趣味のブランド・イメージにそぐわないだろうって? だってさ、一応職業に貴賤は無いんだろう?
おいら、息子が結婚したら、「出せ」と頼むからね。でもし断られたら、その理由を裁判で問うことにしよう。
おたくらの偽善を法廷でひっぺがしてやるよ。
問題の一幕は、田中知事が県企業局にあいさつに訪れ、藤井局長に田中知事が名刺を渡そうとした時。
藤井局長が
<
「社長が部下に名刺を配るような会社は倒産してしまう」
と名刺の受け取りを拒否。
それでもと、田中知事から渡されると、名刺の「長野県知事」と書かれた部分を折り曲げて手にした。
で、県庁に抗議が殺到とか。
康夫ちゃんとしては、相手の名刺が欲しかったのかも知れないけれど、この手のいかにも日本的な儀礼に彼が拘ろうとする理由が解らない。
もう少し相手に余裕を与えてやればいいじゃん。
貴方のそのパフォーマンスで、県民は某かの利益を得るのか? あるいはそれで県庁が変わるのか? その行動にプリンシプルが無いから、パフォーマンスに付き合わされるのはまっぴらだと県庁に批判が渦巻くんですよ。
(略)
シンジを尽くして天命を待つ。
日時:Sun Nov 19 00:50:47 JST 2000
(略)
※ やることはみんな一緒。
革新系の長が就任してまずやることは、何処でも一緒ですね。職員の給料を上げる、建物を入れ替える。etc…‥。
康夫ちゃんが、県庁職員の名刺を県予算でまかなうというニュースに接して真っ先に私が思い浮かべたのは、美濃部都政から連綿と続く、東京都の革新施政でした。
公務員の名刺の多くが経費で賄われないことには、実はいろんな理由があります。
ひとつには、それが安上がりに済んでしまうからですね。
フォーマットを統一して、どこか一社に発注すれば、たぶん、自腹を切って作成するときの半分以下のコストで済む。
康夫ちゃんみたいな都会生活者は知らないでしょうが、一般的に地方で最も給与所得が高い層に位置する公務員には、不要不急なお金を使って民に資金を回すという役割もあります。
もちろん、今回のこの判断を、名刺代が浮くと喜ぶ県職員は多いでしょう。
その一方で、この選定から漏れることを恐れる印刷業者は出てくるだろうし、県全体の経済活性化という意味から考えれば、これは拙い判断だと言えます。
いえ、だからといって私は康夫ちゃんがバカだと責める気はない。
彼はこの手の地方経済に知識や経験を持っているわけではないし、ましてや名刺代にどうして自腹を切らねばならないのだと考える公務員は多い。
言ってみれば、これは地方公務員としてその矜持を持ち得ない長野県庁職員と、地方経済に無知な知事というセットでこそ出てきた、いかにもメディア受けする県予算の無駄遣いでしか無いのですから。
「大規模公共事業は減ったが人件費は増えた」では、彼の後を継ぐ県知事も、そのツケを長年に渡って払うことになった東京都民、いや長野県民も気の毒だと思う。
公共事業というのは、今康夫ちゃんがやっているみたいに、切ろうと思えば実は切れるものなんです。
でも、私は過去にも書きましたが、一度上がった給料を削るというのはなかなか出来ないことなのです。
うん? 知事室を一階に引っ越すためだけに300万円? LAN引くくらいなら、もっと安くできますよ。
でも30万円で出来る引っ越しに300万円掛けて散財するのが役所仕事というものです。
だから、この手のパフォーマンスはもっと慎重に考えて欲しいと思うのです。
別に、「300万円掛かるらしいから、引っ越しは止めた」と言っても、それをして公約破りだと非難する人間はいないでしょう。
貴方が県庁の何処で仕事をするかは、県政にとってはまったく些末な問題に過ぎないのだから。
壁をアクリルボードにして、外から覗けるようにしたからと言って、県政がガラス張りになるものでもない。
その程度のことで県民の受けを狙えると思っているとしたら、それは有権者の知的レベルをあまりにも愚弄していると思う。
※ 人事委員の口頭審理
その長野で、れいの熱血漢警官を復職させる運動が続いているのですが、まあこれは無理でしょう。
処分による免職というのはそれほど重いのですから。
難しい復職に拘るより、県が新しいポストを用意してあげるべきだと思う。
それこそが康夫ちゃんが掲げる「しなやかな長野県」ではなかろうか。
(略)
企業局長抜擢の「戯れ言」
日時:Wed Dec 6 10:25:30 JST 2000
(略)
※ 企業局長登用でごたごた。
ま、プチ吉村知事のただのスタンドプレーだろうという定番分析はおいといて、いえ、私は、最初はいいんじゃないの? と思ってました。だって彼は、嘘か本当か、選挙では中立で、田中県政が出来たら副知事候補に上げられていたほどの実力者だったんでしょう。だったらいいじゃん。
二度と康夫ちゃんに逆らうことは無いんだから。
高校の学区制廃止(どこの県もみんな学区制廃止へと動いているけれど、賢明な選択とは思えない。
いずれ機会があったら書きます)を進めるにもいい人材配置なんでしょう。彼が、どれほど教育問題に見識と経験を持っているのかまったく知らないけれど…‥。
と、書こうと思っていた所、昨日、電車の中で「諸君」を読んでまして、諸君の最新号は、パールハーバー奇襲をルーズベルトが知っていたかどうかで西木さんがインタビュー記事を書いてらして、えぇ!? 私、何度も飲んでるけど、そんな話を西木さんとしたことない。
こんなことに興味持っていたんですかと驚いたんですが、それに続く、兵頭さんのアメリカ奇襲作戦の記事も必読ですね。
で、その「諸君」の巻頭の時事評論でですね、この企業局長に関してちょっと批判的に取り上げられていて、読んでて、なるほど言われてみればそうだなとちょっと考えが変わって、今朝朝日のサイトを覗いたら、県議団長による「藤井局長は知事の差し出した名刺を折り曲げ、全国からの抗議で県庁の仕事にも支障をきたした。
個人的資質として問題がある」という声明が出てまして、ま、さらにその印象を深めたわけです。
ただね、県議団のこの声明自体は、悪く言えばただの嫌がらせですよ。
だって、つい昨日まで、県議団は、この企業局長と二人三脚でやって来たわけですから。
昨日まで可愛がっていた人間が、いけ好かん奴の名刺を折ったとなれば、ヨッシャヨッシャ、気持ちは分かるよと頭を撫でてやりたいのが彼らの本心でしょう。
たとえば、ここに、ある傾き掛けた老舗のデパートがあったとしましょう。放漫経営が祟り、身動きが取れない状態で、しかも、ワンマン経営者の独裁政治が四半世紀続いた。
でも株主の怒りを買い、ついに新しい経営者が送り込まれた。
その彼はちょっとパフォーマンスが過ぎるけれど、今は支持されている。
仮に、このデパートを「そごう」と呼ぼう。
さて、この企業局長は、水島というワンマン会長の下で、局長という枢要ポストにたどり着いたわけです。
そういう人物が、本当に有能なの? 本当に有能な人間が、良く言って停滞、悪く言えば腐敗していただろう組織内で出世など出来るものなのか? それは単に、水島会長に気に入られた。
取り入ったというだけのことではないのか? 本来なら、水島会長が追い出された時点で、彼の後を追い、辞表を書いて貰いたい人材の一人では無いのか?
プチ吉村康夫ちゃんは、かの珍事の後、彼とじっくり話して「慰留する」と記者に語った時点で、「彼とは理想を共有することができて云々…‥」というようなことを言ったように記憶している。
それって、企業局長の理想は、水島会長のそれと同じ、いや、吉村前知事と同じ理想を追っていたということだ。え?(・o・)、とすると、言葉を換えれば、吉村前知事の理想と、康夫ちゃんの理想は同じだったの?
今にして言うけれど、康夫ちゃんの理想と、この企業局長の理想が同じということなどあるはずもなく、同じ価値観を共有できるはずもない。これは印象とか、推論とかのレベルではなく、論理の話。
論理的帰結という代物。
仮にだ、「そごう」に乗り込んだ新経営陣が、取締役クラスの誰かと、ま、不幸な行き違いがあって、でも話してみたら悪い奴じゃない。
専務に抜擢しようじゃないか? という話になったら、株主はそれを受け入れるべきなのか? 水島体制は四半世紀続き、そもそも取締役会には、銀行から来た占領軍を除けば、彼の子飼いしかない。ということは、こんなのは戯れ言に過ぎない。
株主からすればふざけるなというレベルの話。
さて、長野県庁に戻ろう。この企業局長は、県民が選任した知事の名刺をカメラの前で折るという行為で、某かの意思表示をしたのだと思う。
ただし、県民は受け入れなかったし、それは結果的に、長野県庁職員の評価を著しく辱める行為になった。おそらくあれは、いい就職先だと思って、志を抱いて県庁に入ったであろう、若い職員たちにとって、どう反応していいかも解らない珍事だったろうと思う。しかし、結果はひとつ。
県庁職員の名を辱めたし、県民の顔に泥を塗った。
本来なら、上司による処分があってもおかしくないし、もちろん辞表は受理されるべきだった。その点において、県議団が表明した拒否の姿勢は、しごくまっとうな正論であろう。
その彼が、康夫ちゃんが力を入れたいだろう教育長に? パフォーマンスが好きだという部分で二人の波長が合ったのだろうが、これは、やはり「戯れ言」だと切り捨てる他はないと思う。
2001.01.29
恐るべし! ワイドショー
※ きょうもきょうとて康夫ちゃんは、記者との懇談に余念がないようで。
いえ、私だって知事になったらやりますよ。毎晩番記者と酒盛りしますね。自分が寄稿している雑誌に便宜供与するなんて序の口。東京で仕事したいと愚痴る地方紙記者には、編集ポストの口利きぐらいしますよ。安いもんですよ。記者を取り込めたら、批判なんてそれこそインターネット上でしか出来なくなる。なんとなく、それっておかしくないか? と思っている大多数の県民の口封じが出来るんですから。
ただね、記者はそれにのっちゃダメですよ。それじゃさ、吉村知事時代の県庁と信毎の関係と一緒じゃないですか。どこかで一線を画すよう自分たちを律しないと。それが出来ないんだったら、長野県政の批判は、半年前までのように、中央のメディアからしか出来なくなる。現に、もうそういう状況に陥りつつあるでしょう? 信毎を愛読できる皆さん。まさか、信毎がこうもころりと康夫ちゃんを支持するなんて長野県民は誰も思わなかったんですから。
今月17日、生徒数の減少からいつもないクラス替えがあるのは仲の良い友達と離れるのは寂しく、受験前でやめてほしい−と陳情に来た長野市立東部中の女子生徒2人がその足で塚田佐・長野市長のところへ行き、塚田市長はクラス替えの配慮はするものの、教育制度が廃止された以上、今の生徒数ではクラス替えをしないといけないと説明し、2人には「出会いと別れで(人間は)成長する」と話したそうだが、の問いに「県レベルでは(この場合にクラス替えをしなくていいのは)制度上、神奈川だけ(残っているが…)。うーん、何とかしたいよね」と感想。
長野市長が特に偉いというわけではありません。大人なら誰でもこういう風に諭すでしょう。当たり前のことを当たり前に言えない、ピーターパン・シンドロームの知事さんが愚かなだけです。未だにこんなこと言っているなんて、本当に、周りに誰一人諫言してくれる人間がいないんでしょうね。まったく、気の毒なことです。40歳過ぎて、こんな醜態晒さなきゃならいんだから。
※ サリン事件映画舞台挨拶にて涙ぐみ。
<
「おわび、っていうことはどうかー。私は知事だし、一人の県民としてお話ししたい。謝罪という言葉も変だな。河野さんは尊敬に値する人物だと思います」。
この人さ、とうとう河野さんに謝罪しなかったんですよね。どこまでも第三者。県知事だからこそ、謝罪しなければならないという意識がすっぽり抜け落ちている。だから、映画観て、殊勝な気持ちに浸れて涙ぐめるんだな。当事者意識がまったく無いことの証左ですね。困ったもんです。
※ 名刺代。
私、てっきりあの「長野名物」と自画自賛する県知事の名刺は自腹を切っているんだろうと思っていたら、知事の交際費から出ているんだそうで、2ヶ月で 10万円と言うことは、一年で60万円ということでしょう?
皆さん、考えてください。
あれは長野名物だから許されるという代物じゃありません。
他県で知事の名刺代が60万円だなんて話になったら、新聞に叩かれ、議会で無駄遣いの筆頭格として追求されますよ。
こんなの自分で払わせればいいじゃないですか?
彼、いろんな所で「収入が激減して…‥」と嘆いていますが、これも大嘘ですよ。
本来なら、出るはずもなかった読むに堪えないエッセイや対談集が出て増刷もされているし、メディアへの出演も増えている。
そもそも小説なんか全然書いてなかった彼ですから、収入は増えこそすれ減る理由はまったくありません。
笑いが止まらないというのが本音でしょう。
彼は、名刺にはメールアドレスが書いてあるからとかいろいろ言うけれど、メールアドレスなんて、検索サイトで引けばいい話じゃない?
FAX番号なんて、県の広報誌に刷り込めばいいだけの話であって、こんな無駄遣いをして良い理由にはならない。
こういう問題で県民が寛容になる必要は全然無いですよ。
※ 田中知事が応援演説 東京・千代田区長選候補
目くじらたてたく無いけれど、1年くらい知事職に集中しなさいよ。
石原さんだって、そういう行為は未だに自重しているんだから。
知事は、自治体の地元説明会や審議会の在り方に触れ、「先に決まっている答えを補強するかのようなものになっている」と指摘。「政治は『向こう側の人』がやるものではなく、自分たちでやるもの。私は長野県を県民と一緒にはぐくんでいこうとしている」と訴えた。
今日の朝日のサイトの長野県版が、子ども未来センターのことを詳しくレポートしているんですけれどね、この詐欺師の手に関わると、他人がやったことは、「先に決まっている、間違ったこと」であって、自分がやっていることのみ、県民と一緒に育む崇高な作業ということになるんですね。
●住民の声
「あれで『住民の声を聞いた』なんて、とんでもない話だ。一回目は県社会部、二回目は電通の糾弾会のようだった」。
清水国光・は二回の地元説明会を振り返り、憤っている。
清水村長は「二回の説明会だけで、多くの意見を吸い上げたというのは、論理の飛躍があるのではないか」と言う。
しかし、知事は「住民の意見を集約した」として、計画の全面見直しを表明した。
http://mytown.asahi.com/nagano/
単純明快に、素晴らしい比喩をする方ですね。ぜひ朝日のサイト↑を読んで欲しいです。
この村長さん、どういう人か全然知らないけれど、ぜひ4年後の知事候補に担いで欲しいです。
康夫ちゃんは、たった二度の説明会を開いただけで、「住民の意見を集約した」と言ってるらしいんですけれど、それって、これまでの、環境アセスメントをほんの数回開いて、「住民の合意は得られた」とプロジェクトを推進して来た行政と、いったい何処が違うの?
それに、れいによって、このディレクター審議会。学術経験者を集めてやるんでしょう? 何処が違うの? これまでの審議会形式と。
この件に関しては、康夫ちゃんの頭の中に、大きな幻想があるようなので指摘しておきます。彼は結局、この件では、彼が散々揶揄してきた「反対のための反対をやりたいだけ」なんですよ。だから、広告代理店という、いかにも叩きやすい連中をスケープゴートにして、学識経験者という、浮世離れして金に清潔な印象を持つ人々を任命しただけ。
こんなのダメに決まっているじゃないですか? この人たちは、まさしくお金に無頓着な人々なんですよ。理想ばかりで、集客はどうしようかとか、経営上の判断とかいっさい下せない人々なのね。歴史的にどうだとか、哲学しか語れない人々なわけ。
でも、箱物というのは、やっぱり経営を考えなきゃダメなわけですよ。確かに、代理店に丸投げというのは、いろいろ問題を抱えているけれど、少なくとも、学識経験者と称する人々に委ねるよりは遙かに安全です。なぜなら、代理店はコスト計算が出来るから。正直に数字を出せと行政が迫れば、彼らはその数字を出せるんですよ。いつもは大風呂敷でバラ色の青写真しか見せないから、世間から叩かれるだけで。
※ ワイドショー
やっと本題です(~_~;)。
金曜朝でしたか、たまたまチャンネルを捻ったら、ワイドショーで田中康夫vs林真理子ブランド対決! というなかなか面白い企画をやってましてね、ま、私は興味ないんで、身の回り1.5メートル内の自分の幸せのことにしか興味ない本命恋人(←というふうに、ファディッシュ考現学を書いていた頃の、まっとうな批判精神と矜持を持っていた康夫ちゃんなら間違いなくしつこく繰り返したでしょう)の小指にブルガリの指輪がキラリ…‥という所でチャンネル変えましたけれど、考えてみれば、田中康夫の真実をもっとも赤裸々に暴いてくれるのは、報道番組でも無ければ、私でもなく、実はワイドショーなのでは無かろうかと思ったりするんですよ。
だから康夫ちゃんは、わざわざ週刊誌で、ワイドショーごときをこきおろすのね(でも彼はワイドショー紛いの番組に散々出ていたんだけど)。よほどあれは堪えているんでしょう。だってほら、いくら私でも、40歳過ぎて着る物から恋人に至るまでブランド信仰を捨てきれない、ピーターパン中年のセンスなんぞを批判しないもん。大人げないことだから。ワイドショーって、それをあけすけにやっちゃうんだよね。
それでもって、田中康夫に向かって「ふ〜ん。所で、そういう貴方は仕事放って十日間も買い物旅行に出かけ…‥、それって、林真理子と何処が違うの? ただの近親憎悪じゃない」と皮肉たっぷりに返すわけ。恐るべし! ワイドショー。
http://www.ne.jp/asahi/eiji/home/main/yasuo-chan_2001_01.htm
2001/10月25日
▼ 産経Web「田中知事ダイアリー」から。
【10月24日】農業者懇談会で「え、カンパ?いいの?」
(中略)
新規就農者の参入促進や後継者問題に参加者の意見が相次ぎ聞き役に徹する中、販路拡大に向けての農産物知名度アップに話題が飛び、
<
「(県内農業のために)そう思ってやっているが、私のパフォーマンス、自己満足でやっていると新聞、テレビが書くんですよ。
新聞やテレビがやることを、私がやっているのであせっているのかなー」
と邪推。
邪推もいいとこだね。だいたい、農産物の知名度アップは新聞やテレビの役目じゃないだろうが。
質疑は続き、リンゴの県オリジナル品種「シナノスイート」が「あじぴか」の愛称で流通していることに反対するとの意見に反応。
同行の中村武文・県農政部長に説明を求めるが納得せず、
<
「都営地下鉄の名前を『いかん』といって変えさせた石原(慎太郎)都知事みたいに、『シナノスイート』にするんだって言いたいが、そうしたらまた強権的と…」
と知事批判を気にする。
しかし、中村部長には再調査を求め、名称変更に同意を求める。
このシナノスイートの話は、上野・池袋−黒磯間の東北本線を「宇都宮線」と呼ぶなと言っているようなもんで、「それだと特定できるんだから、どっちでもいいじゃん」というレベルの話でしかない。
だいたい、いろんな品種の牛の肉をひっくるめて「しなの牛」と呼ぶことを決めた康夫ちゃんに反対する資格は無し。
18時50分、終了し、
<
「きょうは新しい名刺ができて…(中略)みなさまの税金で造らせていただいた名刺でございますので…」
と、およそ150人の参加者を前にとうとうと売り口上。
誰か一人くらい、「てめぇの名刺のために税金払ってるんじゃねぇ!」とかいう人はいなかったんだろうか?
まぁ、心の中で思った人はいたと思うけど。
これは田中知事の車座集会を風刺したパロディー書き込みです。
http://kaba.2ch.net/mayor/kako/1012/10120/1012011118.htmlより
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名前:名無しさん投稿日:02年2月02日 02:04
車座集会凍結決まる 議会は不十分と異論
長野名物名刺も疑問視
(2002/5/29)
「事実上、芸人のどさまわり・物見遊山」
だとして批判の声が出ている知事の車座集会について、田中知事は今後2年間「凍結」することを県議会に伝えましたが、議会は
「車座集会そのものへの県民の疑問に答えていない」
と批判しています。
知事は県議会の石田議長との懇談の席上、
「県の財政難も考慮し車座集会は2004年までの2年間凍結する。新年度予算案から車座集会を除外する必要がある」
と伝えました。
しかし懇談会終了後、議会側は
「県民の多くは、なぜ知事が税金を使ってどのような目的で車座集会に行くのか、選挙演説と変わらない。
あるいは、各地の名産物を巡るくいしんぼう万歳と勘違いしているのではないか」
と述べ、車座集会そのものの見直しが必要との考えを強調しました。
また議会は、公私を問わず無差別大量に配られている名刺についても使い道を公表するよう知事に求めました。
名刺代は知事1人に1ヶ月あたり4万円が支払われていて、就任以来昨年末時点までの総計は8万枚60万円にのぼりますが、配布基準については
「知事活動の支障になる」
との理由で公表されていません。
議会側にはこうした知事の姿勢に対し
「名刺を若い女の子にばらまいている。公私混同で問題だ」
との反発も強く、6月県会を控えて波乱材料になる可能性もあります
2002/5月29日
▼ う〜ん、情報公開請求を出した人のリストを作成することが、そんなに悪いことなんだろうか。いや、このリストが外部に流出していたとか言うのなら話は別だけど、あくまで内部資料として作成しておくのなら別に構わんと思うんだが。確かに気持ちは悪いけどさ。
民間の企業、特に営業部なら、取引先やそこの担当者の情報を集めたリストくらいは作っているはずだし、そこに公開されている情報だけでなく、会話の中で得た非公開情報とかも当然記入されていても何ら不思議はない。
▼ 産経Web「田中知事ダイアリー」から
【5月28日】
徒歩通勤を表明「暗殺されるかも…」
【27日(続き)】 (中略)
15時15−24分、知事室で演劇「泥かぶら」主催の新制作座が表敬。
その懇談中、“知事マニア”青年(二〇)が知事室のドアを開け、秘書に
<
「(室外の観光客が)北海道から(来た)。38枚(名刺あげて)」
と注文する奉仕活動。
知事は笑いを抑え
<
「(青年は)ひとりNPOで…」
。
政治家の名刺配りが“NPO”かよ、という突っ込みはさておき、彼はまず、礼儀と言葉づかいを勉強すべきだな。
田中康夫県知事長野初中級学校訪問
4時間にわたり授業を参観、懇談会
田中康夫・長野県知事が5月28日、長野朝鮮初中級学校を訪れた。
知事が同校を訪れるのは、1969年の創立以来、初めてのことだ。
今回の訪問は、学校行事に参加するといった儀礼的なものではなく、授業を参観し、生徒、学父母らと交流することを目的としたもので、4時間にも及んだ。
その間、生徒たちと昼食をともにし、記念写真を撮るなど終始、和気あいあいとした雰囲気に包まれた。
ツ正雄校長は、今回の訪問について、「行政に民族教育への理解をさらに深めてもらう良い機会になれば」と話していた。
(金美嶺記者)「どんな仕事するの?」
「知事ってどんな仕事をするんですか」。
生徒の質問に思わずにっこりする田中知事
教員、生徒、学父母、総聯本部関係者らの歓迎を受けた田中知事は、校長室でツ校長から同校の歩みについて説明を受けた後、総聯長野県本部の李光相・委員長、李盛吉・長野朝鮮学園理事長、朴遵香・女性同盟県本部委員長、朴喜洙アボジ会会長、朴玉子オモニ会会長、李源文・同校新校舎建設委員会委員長らとあいさつを交わした。
ツ校長の案内で幼稚班から初級部、中級部各学年の授業を参観した後、田中知事は、体育館で行われた生徒たちとの懇談会に臨んだ。
そこで、
「ぼくの親は、田中知事になってから県のニュースをよく見るようになりました。知事って、どんな仕事をするのですか?」
「私たちは、近所の日本学校とも交流しています。これからどんなことをしていけばいいと思いますか?」
などの質問を受けた知事は、緊張し照れ気味の生徒たちに、わかりやすく丁寧に答えていた。
生徒たちとの懇談会に先立ち行われた文化公演では、重唱「リムジンガン」や打楽器演奏など、日頃のサークル活動の成果を思う存分発揮する生徒たちに、大きな拍手を送っていた。
外国籍でも長野県民
次いで行われた学父母との懇談会では、日本人と同じように納税の義務を果たしている在日朝鮮人が、学校の問題で差別を受けるのは、納得いかないといった意見が出た。
長野県はこれまで朝鮮学校に対し、決まった補助金を出していなかったが、今年4月から私立外国人学校振興費補助金として年間1人あたり、1万6320円が支給されるようになった。
しかし、これは、あくまでも各種学校としての補助にすぎず、学父母の負担は大きい。
食堂では生徒に名刺を配り「メールしてね」と気軽に声をかけていた
オモニ会副会長の朴澄枝さんは、
「朝鮮学校は、全国に100以上もあるが、法的に各種学校扱いのため、地方自治体からの補助金はとても少ない。
現在、本校には3台の通学バスがあるが、走行距離は年間3万キロにも及ぶ。
子どもたちの安全のために3年に1度は、買い換えている。これもすべて、学父母の負担だ。学校での健康診断も、個人負担だ。
進んでいる他県を参考に、長野県独自の保護者補助金制度を設けるなど、助成金の増額をしてほしい」
と訴えた。
また、同校卒業生で学父母である崔千晃さんは
「故郷は朝鮮半島の南だが、この長野初中が本当の故郷だと思って、守り、支えてきた。
つい先日、みんなで平壌で行われているアリラン公演を観覧してきた。祖国に対しても誇りを持っている。
異国にいるからこそ言葉や、歴史を学ぶ民族教育は不可欠だ。
長野の国際化に役立つであろう人材が育ち、日本の国際化のためにも、朝鮮学校を認めることは、決してマイナスにはならないはずだ」
と語った。
こうした意見に田中知事は、阪神・淡路大震災の際、同地域の同胞と交流した体験に触れながら、
<
「学校を参観し、生徒と先生が同じ目線でいることに好感を持った」
と感想を語った。
また
<
「外国籍であっても同じ長野県民だ。
今日学校を訪れたことが今後の交流のきっかけになれば」
と指摘しながら
<
「父母たちの意見については資料を集め、検討していきたい」
と強調した。
中級部3年生の親である張佳子さんは、
「日本学校出身の私は、のびのび育つ子どもたちを見て、民族教育の大切さを実感している。
知事が、今日学校を訪ねてくれたことは、とてもうれしい。
朝鮮学校の存在を多くの人に知ってほしい」
と語っていた。
2002年6月3日 朝鮮新報
泰阜村民になった田中知事 運動会でハッスル
九月下旬に住民票を下伊那郡泰阜村に移した田中康夫県知事が十二日、泰阜中学校運動場で開かれた泰阜村全村民運動会に村民として参加し、綱引き、ムカデ競走などに汗を流した。
週末、松島貞治村長宅に居候する田中知事は唐笠など三地区で構成する一班目に所属。
予選の綱引きで、赤いセーターを着た田中知事は先頭に立ち綱を引いたが、あえなく敗退。
四十二歳以上の男子ムカデ競走では、松島村長らと足を縄で結び意気の合った所を見せ二位と健闘した。中学生と一緒にボンボンを手に応援もした。
田中知事は競技種目待ちの間、群がる子どもらに名刺を配りながら歓談。
係員から
<
「今日は運動会。名刺配りの日ではない」
と声が飛ぶ場面もあった。
2003年10月14日
長野日報
田中県政の研究…改革は進んだか
(5)パフォーマンス
問題提起長野にプラス?
田中知事が一時、自らの「住所」とした泰阜村長宅。玄関に知事の表札があった(2004年5月)
<
「実体がないパフォーマンスだったら続かないんです。
(中略)
単なるトリッキー・スターだったら、そんな田中康夫は、とっくに消費されて捨てられちゃってるわけです」
(2001年5月21日、日本外国特派員協会での講演より)■ ■ ■■
45万8400枚。就任以来、田中が発注した名刺の数だ。
県庁1階には、「観光土産」の名刺が4種類。車座集会では、参加者1人1人に直通のファクス番号入り名刺を配る。
1日換算で230枚という途方もない数字は、田中が長野県の“広告塔”を自認していることの証しでもある。
田中のセールスポイントは奇抜な発想と行動力。台風で橋が落ちるとヘリコプターで降り立ち、地震が起きると物資を携えてさっそうと現れる。
農家のいでたちで観光バスに乗り、ガイド役を買って出る。著名な知事だから、メディアが取り上げる。計算し尽くした行動に見える。
見る人が首をかしげるような行動も無いではないが、田中の後援会長・穂苅甲子男(81)は
<
「自ら有名になることで長野にプラスになると考えている」
と擁護する。
しかし、それが法や制度への問題提起を意図している場合、あつれきを生むこともある。
2003年9月26日。会見で、田中は
<
「好きな村に税金を払いたい」
と突然、長野市から泰阜村への住民票の移転を宣言。その足で約200キロ離れた同村に向かい、転入届を出した。
“サプライズ効果”はてきめんだったが、事態は予期せぬ方向に進んだ。
長野市が
<
「村に生活実態はない」
と異議を申し出、選挙人名簿の二重登録を巡る裁判では、村側が敗訴。
結局、移転は取り消された。
「手助けしたいと思う市町村に税金の一部を納めたい」という田中の主張には、理解を示す人が少なくなかった。田中を責めた長野市長の鷲沢正一(65)ですら、当初は「一部共感できる」と述べていた。
一方で、住民票移転後、撤回を直言したある有識者によると、田中はこう言ったという。
<
「ここで引いたらひよったと思われる。
いざとなったらバイクで通う。
じいちゃんばあちゃんの同情を買えるから」
「問題提起」が長野にプラスになったのか。
田中の行動に対する評価は定まっていないが、法にのっとり、業務を進める行政の立場では、この上ない迷惑となった。
田中の言動が反響を呼んだものの、その後は“尻すぼみ”ということがままある。
04年1月には「信州」への県名変更を検討すると発表したが、名刺や県庁の組織名に「信州」を使い出した程度で、組織的な検討はされていない。
田中が泰阜村への住民票移転を決めたのは、同村の在宅福祉政策を紹介する民放特番を両親が見て、感銘を受けたのがきっかけだった。田中は1度も村に住民税を納めることなく、両親が住む軽井沢町に住民票を移し直し、事態は収束した。
両親が100万円を村に寄付したのは、それから3か月後のことだ。
(敬称略)
2005年11.09
産経新聞百条委 知事後援会の飲食費負担 証言真っ向対立
田中康夫知事の後援会が「長野県調査委員会」委員らの飲食代を負担した問題で、県議会の調査特別委員会(百条委員会)が七日開かれ、会合に出席した元委員二人が証人として尋問を受けた。
証人尋問では、自ら記者会見を開いてこの問題を明らかにした醍醐聡・東大大学院教授が
「あってはならないこと」
と証言。
これに対し、前県副出納長で県顧問弁護士の松葉謙三氏は
<
「後援会が費用負担しても委員会の独立性は害されない」
と延べ、知事後援会の飲食費負担問題を巡る証人二人の発言は真っ向から対立した。
問題となっているのは、昨年三、八月に都内で飲食を伴って開かれた二回の会合。
<
「選挙区内での寄付行為を禁じる公選法に抵触する」
という百条委の委員の指摘に対し、松葉氏は
<
「違反に該当するとは思わない。倫理的にも問題はない」
と述べた。
また、松葉氏は長野五輪招致に伴う問題を解明する長野県調査委員会の調査対象に、知事の後援会の男性会員が含まれていた問題について、
<
「だれから聞いたか忘れたが、すでに男性は後援会の会員ではないと聞いたので、問題はないと考えた」
と証言。
さらに、
<
「税金で飲み食いするよりマシだ」
とも発言し、
<
「醍醐氏とは相当考えが違う。
私は実務家で、実質的に問題があるかどうかという観点でやっている。
知事から調査に介入されたわけでもないのに、会見までして騒ぐのは理解に苦しむ」
と、横に並ぶ醍醐氏を批判した。
一方、「問題あり」との立場をとる醍醐氏。
委員就任に当たり、知事が選んだイラストと「知事特命」の文字が書かれた名刺が準備されていたエピソードを披露し、
「県ではなく、知事個人から委嘱を受けているような気がしてならず、知事と委員会の関係に終始問題を感じていた」
と証言、「長野県調査委員会」の独立性に、当時から疑問を感じていたとの考えを示した。
醍醐氏はさらに、松葉氏が一時、県職員と同委員を兼任したことについても、
「独立していなければ第三者機関にならない。
自分がどう思うかではなく、県民がどうみるかが問題で、利益相反が起こる可能性があるなら、その段階で解消せねばならない。
兼任は常識としてあり得ない」
と批判した。
百条委における弁護士委託契約を県と結んでいる松葉氏に対し、百条委は「妥当でない」とする統一意見を表明している。
- ◇ 《百条委員会》
地方自治法100条で定められた、議会が関係者に出頭や記録提出を求めて自治体の行政を調査する権限。
正当な理由なく出頭などを拒むと刑罰の対象になる。
長野県議会は7月に25年ぶりに設置、8日の開催が16回目。
これまで調査対象4項目のうち、知事後援会の元幹部が県幹部らに下水道事業の入札制度変更を働きかけた問題など2項目の審議が終了。
結果は来年2月議会に報告される。
2006年1.24
産経新聞【田中知事フラッシュバックダイアリー】(5)
発言二転三転し仰天答弁 問責決議には“対決姿勢”
【平成14年3月5日】午後0時、県議会一般質問が休憩となり、報道対応。暴力団関係者から献金だけでなく、名簿の提出を受けていた点に、「しなやか会(知事支援の政治団体)では関与しておりません。飯田の勝手連が受け取った。法的な問題はないわけですけども。(しなやか会では)名簿での組織固めはやってきておりません」。同1時、議会再開し、県廃棄物事業団が下伊那郡阿智村に計画している廃棄物処理施設の進捗(しんちょく)がすすまないことについて一般質問。「飯田市三穂地区について、(住民の)合意が得られていないことが原因」。
【6日】午前10時から県会一般質問は続き、政策に絡む発言が二転三転した例を挙げての質問に、「いったん決めたことをそのまま行うのではなく、まさに人間は県民もまた考えを深め進化するのでございます。その中で、ご意見が出てくれば、よりよき県民益になる」と答弁し、議場はざわめく。
【7日】午後2時32分、県外の活動が目立つが、県内に軸足を−と求める一般質問に「まさに県民益を実現するために公務を行い、同時にその発想、実行を豊かにするためにも、国への政策提言、知事会のみならず学識経験者との勉強といった県外での活動も必要」。
【9日】飯田市立三穂小学校体育館で阿智村の廃棄物処理施設計画について住民意見を聴く会に出席。午後3時35分、「きょう改めて意見を聴いて、まだ解決せねばならない問題が数多くあることは認めざるを得ない。きょうをもって終わるわけではなく…」と締めくくる。
【18日】 県会定例会本会議での採決。知事の施策で県政停滞−との異例の知事問責決議を受け、午後5時10分、会見開始。「とてもありがたいエール… (中略)私は常々、スピーディーな県政、決断と改革ということを申し上げてまいりまして。それが『早すぎる』というようなことで、常に言われていたわけですね(中略)両輪の片方(県議会)が片方(知事)の責任を問うならば、もう片方(議会)の責任を問うということは、県民に委ねられるのか。私に委ねて、それを私が問え、と促してくださっているのか」と改めて対決姿勢を表明。「(議会は)『資質、資質』とおっしゃいますが、知事の資質の代替案というのは果たしてどこにあるのか、ということはご提示いただいていないと、私は少なくとも思っています(中略)知事の資質の代替案というのが果たしてなんであるのか」と口をとがらす。
【26日】午後3時33分、土本俊和信大教授と懇談。まちづくりをめぐる懇談に「市民の過半数が望んでいることとは違う答えが繰り返し出てくるなら、ぼくは大変危険なテロリズムであったり、力で組み伏す、本来の市民のために還元したような君主とは違う君主の世界を招くと思う。それを防がなきゃいけないのが今、曲がり角にある民主主義。日本だけではない課題…」。同4時31分、長野高校新聞部の女子生徒二人が取材。「君のパパやママが払った税金だから」と名刺を渡す。知事観を聞かれ、「知事らしさって何かな、と思うよね。誰が決めるの? 知事の理想像ってあるんでしょうか。確たる形があるのは偶像崇拝になって危険だな、と思うんだよね(中略)皆が納得できることを行ってくれることが、知事に求められることだと思うんだよね」。
【29日】午後2時31分、仮設表現道場で会見開始。かつてこの道場を言葉の“ガチンコ相撲”を行う場と位置づけていたことを質問され、「そんな言い方をしましたっけ? この会見の場で? ガチンコ相撲ですか?(中略)幻覚としてお聞きになったのでは? そうでなければ、大変失礼、幻聴ですか…」と話す一方で、「ガチンコ相撲をとる場所である、というのは本来、私が望んでいた、開かれた“表現者”の活動の場とは違う意味合いで道場がとらえてられている点はあろうかと思う…」。(肩書、名称などは当時のままです)
6月14日(水)
夕方の帝国ホテル。時間があったので、はじめてオールドインペリアルバーに入ってみた。
落ち着いた雰囲気で、すでに多くの客がカウンターで飲んでいた。ビールを注文し時間を過ごす。
聞いたところでは、ここのクラブサンドが美味しいのだという。いつかゆっくり来たいもの。
午後5時から富士の間で行われた新党日本のパーティに出席。
招待状が来ていたのだが、昨日になって田中康夫さんから時間があればぜひとのメールが届いた。
会場にはざっと500人ぐらいいただろうか。
最初の1時間では田中さんから政策・理念の説明などがあった。
テレビカメラが多いのは、今夏に行われる長野県知事選挙に田中さんが再出馬するか、本人から何らかの表明があるかもしれないと判断してのことだろう。
午後6時前に第1部が終わり、懇親会までの時間をロビーで過ごす。
個人的には何だか同窓会のような様相あり。
筆坂秀世さん、佐藤優さん、辻元清美さん、勝谷誠彦さん、佐高信さん、南美希子さんなどなど。
2部の会場に入るとき、そこで田中さんが客を招き入れていた。
眼が合うと真面目が一転してひょうきんな表情に変った田中さんが、これまた声色も変化して
<
「ねぇ〜元気〜」
。
たまたま今日の「ザ・ワイド」のCM中に草野仁さんが
「田中さんって、同和予算にもきっぱりとした態度を取ったのを知って驚きましたよ」
と言っていたので、そのことを伝える。
<
「長野県ではどのマスコミも報じないんだよ〜。まるで北朝鮮状態だから」
とのこと。
<
「草野さんにも渡しておいて」
といつものように名刺を出してきた。
かつて寿司屋にいたとき、たまたま田中さんが入ってきた。
わたしが家人を紹介すると、
<
「田中です」
と名刺を渡すほどだった。
会う人誰にでも名刺を配るのは田中スタイルとしてもはや有名だ。
政治家では亀井静香さんにご挨拶。
筆坂さんが
<
「経済政策では共産党とあまり変らないんですよ」
と言っていた。
そういえば久々にお会いした小林興起さんの『主権在米経済』(光文社)も、小泉政治の問題点を剔抉した好著だ。
乾杯の挨拶は菅原文太さん。
久しぶりに雑談。「息子さん元気?」と聞かれたので、近況を伝えると、しみじみとした口調で
「いいなー」
。
文太さんの息子さんが5年前に事故で亡くなったことを思い出した。「生きている」ことが貴重なのだ。
出席者に配られた田中さんの新著『日本を』(講談社)は、「ヤッシー流!日本復活構想」とある。
全国でただ1県、5年連続で県の借金を減らしたのだから大したもの。
序章の「怯まない」「屈しない」「逃げない」を読めば、知事選挙に出るかどうかは自ずからわかること。
途中で会場を後にして、筆坂さん、勝谷さんと新宿。
勝谷さんがオーナーの「東京麺通団」で美味しいつまみで日本酒を飲む。勝谷さんは打ち合わせのため先に店を出た。
さらに歌舞伎町にある民商関係の店に。記者も合流してカラオケ。
有田芳生
「全国でただ1県、5年連続で県の借金を減らした」というのは大ウソです。
田中康夫が6年間知事をやって、最後の年の長野県の財政状況は全国最悪ワーストワンでした。
あと、田中の政策が共産党と同じだというのは当然の事です。
田中与党は共産党であり、二期目の知事選では共産党が田中支援のビラを撒きまくってました。
共産党が組織的に「組織選挙」をやって田中を当選させています。
(筆坂や有田は「中身は共産党」だけど「共産党組織に入れない」存在)
なお、知事が名刺をばら撒くのは「選挙ビラ」のかわりに配布しているからです。
税金で何種類も大量に印刷するんですから、安い選挙ビラです。
2006年6月15日
田中知事、台湾旅行のあと、公務休んで帝国ホテルで資金集めパーティー
田中知事は6月10日(土)福岡空港から、信州ブランド宣伝などのため台湾に行き、6月13日(火)成田空港に帰ってきていたが、翌日の6月14日(水)は「公務なし」となっていた。
海外旅行で疲れたので休んでいたのかと思ってたいのだが、そうではなく東京の帝国ホテルで、会費二万円で新党日本の資金集めパーティーを行なっていた。
田中知事の日程
http://www.pref.nagano.jp/governor/schedule1.htm
鳩山由紀夫さんなども出席し、盛会だったようだ。
新党日本「日本を変える意志の集い」のご案内
http://www.love-nippon.com/kaisai.htm
田中知事はクレームを付けることによってホテルの料金を踏み倒すことで知られている。
注文の難しい田中知事だが、今回はクレームのネタは見つかったのだろうか?
田中知事、噂の”ホテル・クレーマー”振りを公的に”自白”
田中県政追撃コラム&取材メモ
2005年3月15日
蛇足だが、澤田祐介副知事は13、14日と人間ドックに入っていた。
Posted by tuigekiat 16:10
■2006年6月15日 (木)「小泉的なもの」退場後の反動は意外と大きいかも。
帝国ホテルで小一時間口述を続けたあと夏にJTBパブリッシングから創刊される新雑誌の連載の打ち合わせで編集長の秋田守さんとT嬢。
そもそも帝国ホテルにやってきたのは17時から開かれる新党日本のパーティに顔を出すためだったのだが結局前半の田中康夫さんの講演などは殆ど聞けずじまいに。
パーティは盛況。
知事選に関する発言があるかと長野からのメディアも殺到。
何人もの記者が探りを入れてくるがあたしゃな〜んにも知りませ〜ん。どははは。
有田
芳生 さんと筆坂秀世さんが話し込んでいるのを発見。「元共産党員どうしが何の陰謀ですか」と割り込み『東京麺通団』http://www.mentsu-dan.com/shop/shop_tokyo.htmlへ拉致。
パロマス渾身の新メニューの冷し麺「夏腰」(ナツコシ)を試食してもらうも好評。
まもなく店頭にデビューします。お楽しみに。官邸周辺が北朝鮮関連で動き急な話は明日。
勝谷誠彦の××な日々。http://www.diary.ne.jp/user/31174/
勝谷誠彦
田中知事の取り巻きはIT音痴だった ボランティアは難しい
斉藤要03:05 07月13日 2006
僕はこの1年と数ヶ月、田中康夫長野県知事が代表を務める「チームニッポン」にてボランティアとしてインターネットを中心に協力していました。
しかし、田中氏の先進的なイメージとは異なり、周囲の人間はITの知識がなさすぎ、結局、サイトが改善されることもなく、徒労感ばかりが残る結果となりました。
僕がチームニッポンを知ったのは、2005年の3月上旬。『週刊SPA!』における同名の連載記事です。
記事ではインターネットを利用した活動も予定している、と紹介されておりました。
前々からネットを利用した政治活動に興味があったので期待し、
「韓国やアメリカであったようなネットのムーブメントを興せないか?」
とメールを送りました。
するとチームニッポン編集長の平山誠氏から
<
「協力して欲しい」
という返信が届きました。記載された携帯電話番号に連絡してみると平山氏が出て、話すことができました。
翌日、届いたメールには
<
「金曜日はお電話ありがとうございました。ちょうど長野で田中氏と打ち合わせ中でした。できれば明後日3/16(水)お会いできると幸いです。場所は当方でよろしいでしょうか?」
と書かれており、さっそく会うことにしました。事前にチームニッポンにも入会しました。
◇「テレスポット」が運営母体
チームニッポン事務局は東京都港区新橋にあるビルの4階で、ごく普通のオフィスといった感じ。
同室には株式会社テレスポットという平山氏が代表を務める広告代理店が同居しており、事実上の運営母体となっていました。
テレスポットで作ったと思われる田中知事のポスターや等身大ポップ、長野県関連の物品等も置いてあります。
そこで平山氏と、ネット担当の若月英生氏にチームニッポンの理念や運営方針を聞きました。
詳細は省きますが
「いずれチームニッポンから議員を出したい」
とのことでした。
ネットについて話が触れたときです。まず、既にサイトに設置されていた掲示板をリニューアルしたい、と言われました。
実際、かなり簡易型のタイプであり人気が出なさそうでしたので、幾つかアイディアを提案していました。
そうしていると、平山氏は
<
「2ちゃんねる型の掲示板を作れないか」
と言い出したので
<
「ああ、あめぞう型のことですね」
というふうに応じました。
(※あめぞう型とは2ちゃんねるに代表される巨大掲示板システムのこと)
平山氏はパソコンでヤフーを開き「あめぞう」で検索して2ちゃんねるとは別にある、あめぞう型の巨大掲示板サイトを表示しました。
<
「こういうのがイイんだよ!」
といった感じで発言されていたかと思います。
(画面に表示されたスレッドは「阪神大震災は笑えた!」という有名な不謹慎スレッドだった)
この辺りから嫌な予感がしていました。
そもそも何故、匿名性が高く荒れる可能性もある巨大掲示板を設置したいのか。僕は止めたほうがいいと反対し、受け入れられました。
驚いたのは
<
「ブログでサクラをやって欲しい」
と頼まれたことです。
反対すると、
<
「目的を達成するには汚いこともするべき」
等と反論されました。
後日、メールで
<
「良い方向への修正は全権ご依頼いたします」
と言われたので、僕は我慢しながらも協力することにしました。
◇メディアとは完全に別人になる田中康夫
ネットに限らず、チームニッポンが主催するトークイベント「田中康夫塾」の準備などに関わっていきました。
その際、同イベントの次の日に、田中知事がオーマイニュースのオ・ヨンホ代表と会談すると聞き、知事に尋ねてみたら
<
「一緒に行こう」
と誘われて僕は会談に同席できることになりました。
更にイベント終了後、田中知事と会食を同席する機会がありました。食事中も電話をしたり、かなり忙しいそうな感じでした。
テレビ等とはまったく違っていて、大きな声で怒鳴ったり!初対面の人に「お前」等と乱暴な言葉遣いをする人でした。
ちょっとガックリしました。メディアを通してみる田中知事とは完全に別人です。
僕への感謝状
次の日、約束どおり、ホテルにて、田中知事とオ・ヨンホ代表との会談に同席できました。車でホテルへ行く途中、感謝状を貰いました。
といっても、平山氏から手渡しで貰い、田中知事は
<
「あ、渡されちゃったよぉ」
という感じでした(実際にそう言ったかは忘れた)。だから、何に貢献したから貰ったのかは自分でも分かりません。
会談で、確か田中知事は、
<
「(JANJANの)竹内謙は鎌倉市の記者クラブを開放したと言うが、鎌倉市には最初から記者は駐在していない。長野県の脱記者クラブ宣言とは違う」
「(ビデオニュースドットコムの)神保哲生は記者クラブ体制に挑戦してない」
など、徹底して批判していました。
他にも宮台真司、堀江貴文などが矢先に立たされていました。途中、僕にオ・ヨンホ代表に質問する機会も与えてくれました。
貰ったオ・ヨンホ代表の名刺
会談を終えると、田中知事は次の目的地に行きました。僕は事務局でネットに関する会議をするため、平山氏の車に乗せてもらって向かいました。
ショックだったので今でも覚えているのですが、平山氏は運転しながら
<
「オーマイなんとかってやつ?ありゃダメだ」
と言って自分で貰ったオ・ヨンホ代表の名刺も
<
「いらない」
と僕にくれました。
平山氏は、後に、衆院選(昨年9月)で、北関東の比例名簿1位で新党日本公認候補として出馬する人物なのですが、田中知事とはずいぶん考え方が違う、と思いました。
その後は、何度か「田中康夫塾」を繰り返し、事務局で平山氏、若月氏とネットの議論をしました。
そのうち新党日本が結党されて、党のサイトの製作にも関わったのですが、僕のアイディアは、ほとんど受け入れて貰えませんでした。
◇「リンクするには相手の許可が必要」
チームニッポンのサイト、新党日本のサイト、共に平山氏の側近と思われる若月氏が最終的な権限を持っていました。
結局、両サイトとも、若月氏のセンスで作られていきました。
当初から僕が提案していた韓国の「ノサモ」やアメリカの「ムーブオン」「Mozilla」等を参考にしたアイディアはもちろん、サイトデザインの修正や誤字の修正、リンク切れの修正願いすら聞き入れてもらえませんでした。
例えばトップページに6つあるメニューのうち6つとも全て、リンク切れしています
会員登録して全文をお読みください。
※ 田中知事の取り巻きはIT音痴だった ボランティアは難しい
これ面白いインナー情報でして、まあ平山さんて人も、とんだお調子もんで、今時、ネットでサクラやれなんてどういうセンスをしてらっしゃるんでしょう。
これ、つい去年の話ですよね。
ま、田中の人となりを知っているわれわれにしてみれば、さもありなん、という感じですが。
一つ気になったのは、この記事の右上に、当時の名刺が飾ってあるんだけど、つまり、週刊SPA!と田中が立ち上げた政党は、ずぶずぶの関係ということですよね。
所で平山さん、あなたの所の「ボランティア」さんですか? 2ちゃんの地方自治板を荒らし回っているのは。
2006年7月17日
「チームニッポン」の驚く内情!元ボランティアがレポート
田中知事が代表になっている「チームニッポン」で、インターネット関係のボランティアとして活動していた斉藤要さんという方が、その驚くような内部情報を下のところで書いている。
My News Japan
http://www.mynewsjapan.com/aboutus.jsp
田中知事の取り巻きはIT音痴だった ボランティアは難しい
斉藤さんは最近までの一年数カ月間「チームニッポン」で活動していて、内部事情に詳しい。
田中知事だけでなく、田中知事側近の平山誠氏(チームニッポン編集長・新党日本総務局長)の驚くような実態が書かれている。
─ その抜粋 ─
◇「テレスポット」が運営母体
チームニッポン事務局は東京都港区新橋にあるビルの4階で、ごく普通のオフィスといった感じ。
同室には株式会社テレスポットという平山氏が代表を務める広告代理店が同居しており、事実上の運営母体となっていました。
驚いたのは「ブログでサクラをやって欲しい」と頼まれたことです。
新橋にある「テレスポット」が入っているビル。左側の白っぽい建物。
◇メディアとは完全に別人になる田中康夫
テレビ等とはまったく違っていて、大きな声で怒鳴ったり!初対面の人に「お前」等と乱暴な言葉遣いをする人でした。
ちょっとガックリしました。
メディアを通してみる田中知事とは完全に別人です。
現在「チームニッポン」のホームページにアクセスし、メニューをクリックしても
404 File Not Found
--ページが見つかりません--
ほとんどのページがリンク切れでこんな表示が出る。
当ブログ関連記事
Posted by tuigekiチームニッポン・ブログが批判意見(当ブログ)をアクセス禁止で排除
2005年9月9日
at 18:29
知事のパネルなど撤去 県庁内や現地機関に指示
信濃毎日新聞6月24日掲載
http://info.shinmai.co.jp/2006chijisen/2006/06/24_001769.html
田中知事が8月の知事選への立候補を表明したのを受け、県は23日朝までに県庁知事室前に置いてあった知事の等身大の写真パネルや、表現センターに掲示していた知事執筆の雑誌や夕刊紙のコラムのコピーなどを撤去した。
現地機関にも、知事のパネルなどを撤去するよう指示した。
県秘書チームは
「県が知事の選挙運動を行っているとの疑いを持たれないため」
と説明している。
知事室前のパネルは「スキー王国NAGANO」のPR用で、コラムのコピーは県の部長会議の配布資料。
いずれも公職選挙法で制限されている立候補予定者の「文書図画の掲示」に当たる可能性があるとし、撤去を決めた。
同様に、知事の活動を写真で紹介する県ホームページ上の「フォトダイアリー 知事の1日」も、知事選終了まで更新しないとしている。
また、毎月1回程度ずつ開いてきた「車座集会」や「ようこそ知事室へ」も当面、開催しない。
県庁受付では希望者に知事の名刺を渡していたが、出馬表明前の5月下旬から中止している。
2006年7月27日
豪雨災害県職員4400人派遣問題──その実態
市町村の足手まといにも
県職員は、いきなり派遣されても現地の様子がわからないので単独では動けない。したがって、地元の市町村の職員が案内することになる。
市町村は受け入れるための計画を、なにより先に立てなければならなかった。
県職員でもできるドブさらいや、畳を上げるなどの簡単な作業をすることになる。
県職員がいるのは22日、23日の二日間だけなのでその間にできる簡単な仕事を優先しようとする。その結果、大事な仕事が後回しになった。
いくら災害とはいえ、人の家に勝手に入り、家財道具を動かすのは問題だ。消防や警察だって勝手にやると問題になる。
その辺どうやったのかまだわかっていない。今後トラブルが浮上してくるかもしれない。
県職労はその問題を当局に指摘したのだが、とにかく派遣したい─で押し切られた。
二日目には作業の段取りがうまくつかなくて、諏訪湖の葦の片付けやごみ掃除をする職員もいた。こういった仕事は地元の業者の仕事にもなる。それを取り上げることにもなる。
近くの学校では中高生たちがクラブ活動をしていたし、被災していない多くの住民は普段どおり買い物やテニスのラケットなどを持って歩いている人がいて、なんでこんなことをやらなければならないのか?と緊急性に疑問を持つ職員がいた。
この日の職員の日当は、休日を振り替える形なので県財政から余計に出費されることはないが、県内各地から被災現場までの交通費は県費から出される。
これがいくらになるかは、いろんなところで聞いたが、見当もつかない
─ということだった。
勤務地から現地へは駐車場がないのでなるべく電車で行くように
─という指示が出ていたが、二日目は車で行く職員が多かった。
という声があるかと思えば、いや、最初から車で行った人のほうが多かったのではないのか?という人もいたりしてバラバラだった。
つまり、統制はとれていなかったということだろう。
現場に行った人の感想では、人力では多量の土砂に太刀打ちできず、重機がなければ話にならない。
重機は職員には操作できず、結局何のために行ったのか?
現地ではこんなこともあったようだ。
- 「やる気の無いやつは帰れ!」といった体育会系のノリではっぱをかけられた。
- 衣服の胸のあたりにガムテープを張り、そこに所属と名前を記入させた。
- 市民に行き会ったら「県職員です。清掃作業にきました」と挨拶するように言われた。
- 一方で、職員は普段首からぶら下げている名札があるので、それを着用するように─との指令も出ていた
という。
こんなものをつけていると下を向いて作業をするのに邪魔ではないか
─などいう声も出ていた。
帰るころに名簿が回ってきて、出欠チェックをしていた。
これも、
そんなもの何千人も行ったのにチェックなんてできない
─という声もある。
県職労と当局の話し合いではそういうことはしないことになっていたそうだ。
さらに、知事の名刺を配っていた職員がいたという噂があり、これについては県職労が確認作業をしている。
とにかく、現場はかなりの混乱だったようだ。
今回の災害についての感想をある人はこんな風にメールしてきた。
Posted by tuigeki伊那市の宮田村境の近辺の農道の土砂災害による通行止めや、伊那・駒ヶ根IC間の高速道路の不通、辰野PAの土砂崩落対応など、以前の建設業では考えられない対応の遅さが気になりました。
責任施行や縄張りという物が壊された結果、投資効果や責任意識の無い危険な現場に向かおうという意識が働くはずも無く、経費の担保もされないうちに危険な個所での作業が行なわれないのは当然だと思うからです。
以前であれば、災害の恐れが出た時点で、「まともな」土建屋なら危険な個所を自主的に巡視し、土石流の発生などがあり、消防団等が対応に走り出したときにはいち早く重機を現場に投入し、土砂の撤去や流路の確保を行なった事でしょう。
農道の事例であれば、おそらく、様子見を入れて、農道の通行止めは精々一日といったところだったでしょう。
その他の被災事例を見ても、災害原因の除去のタイミングが遅く、被害が長期化・深刻化している様子が伺われます。
体力の無い業界に、調子よく対応を要請しても、無理な物は無理、ですし、こんな時ばかり、と、言われるのは仕方の無い事です。
箕輪町での天竜川堤防の決壊も、自主判断や先見性の欠如した上層部がはびこった結果としか、思えません。いくら協定書を強調したところで、前提となっている確率雨量が書き換えられる状況であれば、それに沿う事が果たして妥当なのでしょうか?
大体、釜口水門の放水量を増やすチャンスは、少なくとも10時間以上の猶予があったはずです。それで、諏訪の水害がなくなったとは言いませんが、湖面の水位30センチメートルのアドバンテージと下流に対する危機分散を図れた事は間違いないと思います。
結局ツケをを支払うのは自分達である事を、県民として心していく必要を強く感じました。
なお、この災害対応の為の様々な委託業務(測量や調査)の発注については、不落が予想されます。
平時で100%の組織が災害時に十分に機能するはずがありません。
バッファーオーバーフローにより、不可解な行動を起こしかねません。この災害により、心を病む人が増えない事を願います。
また、災害に関係したテレビ会議を庁舎内で放映するのですが、そのばかばかしさに呆れました。
大体、報告といっても、FAXなどの文書で済む程度の事を、雁首を並べて語り合っているのです。
知事が対極的な視野から、市町村への要請を依頼するでもなく、県の対応方針を統一するでもなく、眠そうな所長・副所長を20人作り上げた災害対応は適切といえるのか?
疲労と不眠は、適切な判断を鈍らせる事を知らないのでしょうか?
知事の我侭(パフォーマンス)を満たす為に、行なっているとしか思えず、被災者・被災個所への配慮はまるで感じられませんでした。
本来であれば、諏訪・上伊那・下伊那の各地方事務所長・建設事務所長に対して、
諏訪の災害を早急に解決する為に、放水量は増やす。ゆえに、天竜川の堤防の見回りを強化しろ。
とか、指示・命令する場所なのではないか?と、思いました。
at 01:09
2006年8.19
パフォーマンス終了 自らカウントダウン
「田中康夫知事の在任期間は今日を含めて後14日です」
県庁1階のガラス張り知事室に、田中知事退任までの「カウントダウン表示」が登場。
去りゆく名物知事を惜しむかのように、見物に訪れた観光客らの注目を集めている。
ガラス張り知事室は、9月1日に新知事に就任する村井仁氏が廃止の意向を明言しており、“風前のともしび”状態。
お盆が終わった17日以降も、県内外から記念撮影や見学に多くの人が訪れ、田中知事の就任当初を思わせるような観光名所になっている。
県秘書チームによると、カウントダウンの表示は、田中知事の指示で16日に掲示されたという。
その横には、土曜や日曜でも、田中知事の4種類の名刺を受付でもらえる−とするお知らせも。
任期満了の今月いっぱいで配れなくなる、大量の名刺の「在庫処分」も着々と進んでいるようだ。
産経新聞
2006年09月13日
では、下記に、先週の田中康夫さんについての記事を載せておきます(サービス)。
↓
長野県に棲息していたカモシカ知事のヤッシー、選挙に敗れたため、とうとう「ガラス張りの部屋」を追い出されてしまいました。
さすが自然界、とても厳しいです。
上野動物園のパンダ、東山動物園のコアラと並んで、長野県庁のカモシカは、日本の三大人気動物のひとつでした。
夏休みになると、家族連れでごった返し、子どもたちの歓声が途切れることないほど、人気を博していました。
……ということが本当かどうか、先週末、長野県庁を訪れてみました。
驚きました。ガラス張りの知事室の前には……、誰もいません(涙)。
室内には、片付け作業中のスタッフがひとり。ガラス戸には、〈カモシカの人気は、あと10日です〉という悲しい〈お知らせ〉が貼ってありました。
間違いました。〈任期が10日〉です。
さて、ガラス窓に眼を凝らすと、〈受付で、田中知事の名刺をプレゼント〉とも書いてあります。
これはチャンスです。かなりの希少価値です。早速、県庁受付に向かいます♪
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脱力「あの〜、知事の名刺っていただけるんですか?」
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職員「は、はい」(微笑)
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脱力「残っていますか?」
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職員「たくさん、あります」(苦笑)
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脱力「みなさん、もらいに来ないんですか?」
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職員「……(笑)。はい、どうぞ」
ということで、微妙にはにかみながら、親切な受付職員、なんと3種類もの「カモシカ名刺」をくださいました。
選挙違反の臭いがしましたが、まぁ、いいです。動物ですし……。
愛され続けて6年。長野県民はついに、カモシカ知事への鳥獣保護法の適用を取り止めました。カモシカ知事、次はどこに移送されるのでしょうか(涙)?
【週刊プレイボーイ:2006年9月18日】 uesugitakashiat 09:37
田中前知事の名刺00〜05年度で46万枚
2006年11月29日
田中康夫前知事が在任中の00〜05年度に発注した名刺の枚数が計46万枚だったと、28日に開かれた県議会決算特別委員会で県側が明らかにした。
県によると、田中前知事は在任中、児童が描いた絵や、県のマスコットキャラクターの入ったものなど22種類の名刺を作成。
県のPRなどの意味を込め、来庁者らにも配布していた。
年度ごとでは、00年度1万枚、01年度8万枚、02年度4万枚、03年度8万枚、04年度10万枚、05年度14万枚で、最近は特に増加。
中国語やスペイン語、韓国語などの名刺もあった。
費用は総額約151万円で、単純計算で1枚3円程度になる。
村井仁知事の名刺の発注枚数は、就任後の約3カ月で1500枚前後だという。
| 00年度 | 1万枚 |
| 01年度 | 8万枚 |
| 02年度 | 4万枚 |
| 03年度 | 8万枚 |
| 04年度 | 10万枚 |
| 05年度 | 14万枚 |
東知事の名刺は折らない…
NewsX東国原知事の名刺は折らない―。
元長野県職員で田中康夫前知事(50)の名刺を折り曲げたパフォーマンスで知られる藤井
世高 さん(65)が、インタビューに答え「東さんには成功する可能性がある」
とエールを送った。
何かと康夫氏と比べられる東国原(そのまんま東)知事だが、藤井さんは
「2人は似ているようで全然違う」
と指摘。
「東さんは職員に名刺は配らないでしょう」
と語った。
JR長野駅前の取材場所に
「2年以上、散髪にも行ってない」
というひげ伸び放題の藤井さんが姿を現した。
そして緊張の一瞬。記者は恐る恐る名刺を差し出した。「ありがとう」。藤井さんは名刺を“折り曲げる”ことなく笑顔で受け取ってくれた。
2000年10月26日。この日が初登庁の田中康夫新知事(当時)は、各部署をあいさつ回りした際、職員に自分の名刺を配って歩いた。
新知事の想定外?の行動に戸惑う職員。藤井さんは、康夫氏に食ってかかった。
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「社長が部下に名刺を渡すようなもの。そんな会社は倒産する」
と、名刺の受け取りをいきなり拒否。
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「なぜ倒産するのですか?」
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「社員の中で社長を知らない人がいるということになりますから」
というけんか腰の応酬の末、藤井さんは
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「これはないことにさせていただきます」
と名刺を2つに折り曲げた。
04年、県の信用保証協会の会長を務めたのを最後に公職を退き、「庭いじりの日々」という藤井さん。しかし、地方自治への関心は変わらない。
今月、宮崎では東国原知事が当選した。しがらみのない著名人知事の誕生は、7年前の“康夫フィーバー”をほうふつさせる。
もし東国原氏が藤井さんに名刺を差し出したら―。
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「出し方にもよるが…」
藤井さんは一瞬、猛者の目になったが、すぐ笑顔で続けた。
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「東さんは名刺を配るようなまねはしないでしょう。彼は当選証書をもらってすぐ県議会議長、副議長にあいさつした。あれが正しい」
藤井さんは
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「康夫さんと東国原さんは似ているようで、共通点は『マスコミに出ていた人』というだけ」
と話す。
00年の長野知事選で、康夫氏には連合が推薦。県内最大手の八十二銀行頭取だった茅野実氏も支援した。
藤井さんは
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「当初、『泡沫(ほうまつ)候補』扱いで何もバックボーンのない東さんと、康夫さんは違います」
と振り返る。
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「康夫さんは長野に来ても『嫌いな場所には住まないよ』と、通勤に4時間半かかる泰阜(やすおか)村に引っ越す人。
東さんは『宮崎に骨を埋める』と公言し、そのために離婚までした。任期途中で新党を立ち上げ、東京に出たりしないでしょう」
知事として成功するために東国原氏は、どうあるべきか。
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「半年後に人を動かせるようになること。知事は指揮者のような存在。康夫さんは自ら演奏するタイプだった」
タレント知事というレッテルをはがし、壁を乗り越えるのは容易ではない。
藤井さんには忘れられない一コマがある。
県職員として大阪国体を訪ねたとき、開会宣言をした某タレント知事が大きなメモ書きを広げたことだ。
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「あんな短いスピーチで、10列くらい後ろにいた私にも内容が見えるくらい大きな平仮名が書かれていた。職員の苦労を感じました…」
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「とりあえず可能性は感じる人」
と東国原氏を評価する藤井さんだが、1つ引っかかることがあったという。
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「鳥インフルエンザの視察で、『ヘリコプターが使えると(職員は)誰も教えてくれなかった』とマスコミの前で漏らした。
あれでは部下のメンツは丸つぶれ。気を付けないと」
とチクリ。
名刺を折り曲げたときの殺気をうかがわせた。
- ◆藤井 世高(ふじい・ときたか)
- 1941年9月4日生まれ。長野県出身。65歳。東京教育大(現筑波大)卒業後、65年長野県職員に。教育次長を経て、99年4月企業局長。02年3月退職。同年4月県文化振興事業団理事長。03年6月、田中康夫知事に指名され県信用保証協会長。04年5月退任。現在は長野市内の自宅で妻と2人暮らし。これまで多忙だったためリタイア後、自動車免許を取得。趣味は囲碁。
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20070129-OHT1T00118.htm
2007年02月01日
新味なし、都知事選候補にみられる、日本政治の沈滞
田中康夫を持ち上げるAERA
読まれればOKの週刊朝日
東京都知事選(3月22日告示、4月8日投票)をひかえて、石原慎太郎都知事(74)の対抗馬探しがにぎやかだ。
だが、いま騒がれている顔ぶれをみると新味に欠ける。
筑紫哲也氏(71)、久米宏氏(62)、菅直人民主党代表代行(60)、海江田万里前衆院議員(57)、小宮山洋子衆院議員(58)、蓮舫参院議員(39)それに、我らが長野県前知事、田中康夫・新党日本代表(50)だ。
政治の沈滞を感じる。日本の首都東京の、首長候補にこんな人たちの名しか挙がらないのか。
いずれも高齢で、旬を過ぎた人たちばかり。政治と世の中全体に活力がなくなっているせいか。
この内の誰が出ても、わくわくするような期待感はない。
筑紫哲也氏は71歳だという。私の個人的思い入れで言えば、筑紫のイメージはもっと若いものだ。
71歳の筑紫は筑紫ではない。政治家だって多選は批判されるのに、TBS「NEWS23」のメインキャスターをもう18年もやっている。
いつ降りるのか?などという記事が週刊誌やスポーツ紙に出るようになってからも何年もたつ。
71歳の筑紫が74歳の石原と都知事を争う─のは陳腐を通り越して醜悪だ。
若き日の筑紫だったら、これをなんと言う!
まさか、高齢社会の象徴としてよろこべとは言わないだろう。
日本に若手の政治家はいないのか?と見渡すと、田中康夫だという。嗚呼、絶句!
いま発売中の週刊誌各誌で、都知事選を扱っている。ほかはどうでもいいが、リベラルで売っている(はずの)AERA [2月5日号]が「田中康夫」に見開き2ページを割いているのはどういうわけだ?
その見出し。
<田中康夫のターゲット−都知事選なのか、参院選なのか>
と来たもんだ。
田中康夫の正体を完全に見誤っている礼賛記事なのだが、こんなのを見たら軽薄な進歩的ブンカ人は田中康夫ってまだまだイケるのか?なんて勘違いしちゃうじゃないか。
ほかの週刊誌では、その他大勢の中の一人なのに、なぜAERAではこうなのか?
救いは02年夏の長野県知事選に出馬した市川周さんの批判的コメントが比較的長く使われていることか。
「長野経済は田中県政によって修復不可能なまでの打撃を食らって散々な状況。みんな、それを分かっているのかなあ」
「支持した人さえあきれる行政能力のなさ。そんな人の名が挙がるのは東京のマスコミが検証しないから」
厳しくも的確なコメントだ。
市川さんは以前からこう言っていたはずだが、よく載せたもんだ。初めてではないか、マスコミでここまで書かれるのは。
ところが、このコメントのすぐ後に、「市川氏は石原都知事に近い一橋総研のメンバー」と、さも石原よりの人だから田中に厳しい─と言わんばかりの記事構成。
慎太郎は盤石ではない。「変化」を求める声に都知事選「あの人」がきっと立つ
と有田
芳生 さんや室井佑月さんらが出馬表みたいなのに◎○△などの印をつけて本命、対抗と予想していた。田中康夫の本命度が高かった。室井さんは、先日出ていたテレビ番組で、そのまんま東知事当選の話題中
「田中知事が当選した時には長野県の県議は名刺を破った」
などと言っていた。
これは県議ではなく、職員が折っただけ。
こういう基本認識すら怪しい人がする予想に信憑性はなく、読まれればOKの視聴者代表の戯れごとでしかない。
室井さんには丁重に間違いをお知らせしたメールを送っておいたが反応はなし。
都知事候補に、若い気の利いたのがいればいいのだが、昨今はそういうのは政治になんか首を突っ込まないらしい。ITだの株だので、金儲けに向かうようだ。
考えてみるに、昔は金なんかあっても使い道はそうはなく、したがって儲けようとも思わなかったのだが、近頃は金に対する欲求が高くなっているような気がする。
それはそれとして、いっそのこと、村上龍なんてどう?けして新しくはないが、これまで出なかった名ではないか。──と、書いてみたものの出ないよな。
作家の評価が確立していれば出るとソンだもの。言ってみただけです。
作家、タレント、ジャーナリストで使い古されたものが政治家になる─という構図。政治家ってその程度のもの。
やじ馬的には田中康夫が都知事になれば混乱して面白い。いっそのことやらせてみたら─とも思う。そうすりゃわかるでしょ。
田中康夫としては、都知事候補として名を売って、参議院選を有利にしたいってとこじゃないのかな。


