関係者名簿
| 会長 | 安川英昭 | セイコーエプソン経営 |
| 副会長 | 鷲沢正一 | 長野市長 |
| 副会長 | 近藤光 | 連合長野会長 |
| 階級 | 名前 | 肩書き | 献金額 |
|---|---|---|---|
| 後援会派会長 | 島田基正 | 県議・建設会社「第三木材」経営 | |
| 会長 | 穂刈甲子男 | 建設会社「林友」経営 | 64万円 |
| 事務局長 | 小林誠一 | 下水道工事会社「トーヨークリエイト」経営 | 120万円 |
| 事務局次長 | 吉江健太郎 | 松本市議会議員 | |
| 役員 | 吉田総一郎 | 吉田興産社長(長野市)長野五輪招致に関与・帳簿疑惑 | 五輪御殿で知事を接待 |
| 副会長 | 山根敏郎 | 県内大手ゼネコン「守谷商会」経営 | 130万円 |
| 副会長 | 平野稔 | 平安堂会長 | 50万円 |
| 副会長 | 樫山高士 | エムケーカシヤマ社長 | 5万円 |
| 副会長 | 宮ノ尾秀日人 | 信州ヤナセ社長 | |
| 副会長 | 星野佳路 | 星野リゾート社長 | |
| 副会長 | 向山信二 | 流通経済研究所長 | 30万円 |
| 副会長 | 宮沢マサ代 | 建設会社「川西木材」経営(上田市) | |
| 会計責任者 | 塩沢壮吉 | ベイクックコーポレーション株式会社 | 100万円 |
| 会計実務責任者 | 川上守俊 | ||
| 会計実務責任者 | 宮沢幸治 | 上田勝手連 | |
| 幹事長 | 茅野俊幸 | 曹洞宗瑞松寺(松本市) | |
| 企画室長 | 吉沢敬太郎 | 無職 | |
| やっしープロジェクト責任者 | 松田隆 | 元電通社員(松本市)鹿児島ラーメン桜島 |
年表
事件の経過
しらかば帳:豪雨災害からの復旧と同時進行で… /長野
◆豪雨災害からの復旧と同時進行で進んだ知事選。注目の投票率はどのくらいか。投票率が低迷する小諸市は、96年10月の知事選が64.50%(県計70.71%)、00年10月が61.78%(同69.57%)。前回は67.60%(同73.78%)で、市郡別の最下位だった。名誉ばん回に小諸商工会議所は投票率アップの「選挙セール」を展開中。期日前投票や6日に投票し、もらった「投票済証」で買い物すれば割引などサービスが受けられる。さて効果は。(正)
毎日新聞2006年8月6日
「田中県政」どう審判 きょう投開票
2006年8月6日
知事選は6日投票され、即日開票される。
17日間の選挙戦の最終日となった5日、前自民党衆院議員の村井仁氏(69)、現職で3選を目指す田中康夫氏(50)の両候補は30度を超す暑さのなか、都市部を中心に支持を訴えた。
「必要な公共事業をしてこなかった」
などと県政運営を批判する村井氏に対し、田中氏は県債残高の減少など2期6年の実績を強調し、さらなる借金の縮減を主張した。
6日は接戦の行方とともに、投票率の増減も注目される。
村井氏は同日午後、長野市のびんずる祭りの会場を訪れ、応援に駆けつけた小渕優子・衆院議員、鷲沢正一・長野市長らとともに市街地を練り歩いた。白いシャツは汗でびっしょりになった。
JR長野駅前での演説で、「田中さんは借金を減らしたことを自慢するが、仕事をしなければ減るのは明らか」と、田中県政の福祉や公共事業政策を批判。「色々な意味で田中県政は破綻(は・たん)している。明日、県民には賢明な選択をしてもらいたい」と締めくくった。
一方の田中氏も午後、長野市内を遊説。「未来の子どもたちに借金の山は残しません」と呼びかけ、借金縮減の必要性を繰り返し訴えた。
夕方にはびんずる祭りの会場に現れ、祭りの衣装を着た若者らにビラを配ったり、握手をしたり。周りから「ヤッシー」と声がかかると、写真撮影にも応じていた。
田中氏も長野駅前で演説し、「身近になった県政を昔に戻すのはもったいない」と語り、教育や福祉に重点を置いた施策を進めると約束した。
朝日新聞
康夫候補 大接戦に「3選よろぴく」
最後のお願いをする田中康夫氏
任期満了に伴う長野県知事選は6日、投票、即日開票される。
3選を目指す無所属現職の田中康夫氏(50)と元自民党衆院議員の無所属新人、村井仁氏(69)の一騎打ちで、大接戦が予想されている。
選挙戦最終日の5日も激しく競り合い、両氏ともに夏祭り会場を訪れて最後の支援を訴えた。
<
「田中康夫でございます。よろぴく!」。
田中氏はカモシカの着ぐるみ「ヤッシー」とラストスパート。事務所から、夏祭り「長野びんずる」会場を経由してJR長野駅まで約2・5キロ。約1時間かけて練り歩いた。
県議会と対立し不信任決議を受けて失職して行われた02年の前回選挙では、県議らが支援した女性弁護士にダブルスコア以上の票差で圧勝。
しかし、今回は、田中知事誕生に大きく貢献した元八十二銀行頭取、茅野実氏ら支援者が離反、支持率の低下も指摘され、「大接戦」が予想される。
告示直前には県内を豪雨が襲った。現職として被災現場視察などの公務に時間を割き、本格的な選挙戦を始めたのは20日の告示日から9日後の29日。
陣営関係者は
「正直、焦りを感じた」
と打ち明ける。
田中知事自身も
「選挙戦が1週間しかできなかった」
。
それだけに、この日も髪を汗でぐっしょりと濡らしながら、ひたすら有権者と握手を繰り返した。
≪村井陣営に小渕氏ら≫
村井氏は
「日ごろ鍛えているので、元気です」
と汗をぬぐいながら、応援に駆け付けた小渕優子衆院議員とともに、長野市内の夏祭り会場を回った。
衆院議員だった昨年夏、郵政民営化関連法案に反対票を投じ、直後の衆院選には立候補せず、政界を引退。
今回は自民党県連や公明党県本部、連合長野の推薦を受けての出馬となった。
反田中の県議らにも支えられ、支持者からも
「最初は高齢で勝負にならないとの声もあったが、安定感と人柄の良さが伝わってきた」
との声が聞かれる。
田中氏の人気を支えているとされる女性票を切り崩そうと、この日は小渕氏、これまでも猪口邦子少子化担当相、北海道の高橋はるみ知事が応援に入った。
「小渕さんだ!」
と小渕氏を携帯電話のカメラで撮影する有権者も多く、村井氏は
「あすは小渕優子って書かないでね」
とジョークを飛ばした。
2006年8月6日
SPORTS NIPPON
結果が出るまえに‥‥ No.201
本日、午後11時くらいには知事選の結果が出るものと思います。
結果が出る前に、ここに自分の思いを書き留めておきたいと思います。
私は、議員としての役割は、行政のチェックと広報・県民の声の橋渡し役であると何度も訴えて来ました。
しかしながら、結果としてきちんとしたチェックをすればするほど、対立と言われ、更には議会が何でも反対しているかのように言われて来ました。
如何にも我々が悪い事をしているかのような雰囲気の報道を目にし、本当に残念でした。
私達の歯止めが無かったら、今どう成っているのでしょう。
形を変えた、利権型政治であり、中央集権、独断政治が現状だと思います。
彼の登場により、県議会も変ったし、日の当たらない所にも目を向けた事も事実だと思います。
しかし、今まで日の当たっていた大部分を日陰にしてしまったというのが田中県政でした。
これでは、何の意味も無いのです。
全体に日の当たる県政でなくては成らないと思っています。
彼の口にしている事が、本当に実施されているのなら、私達議員も誇りに思うし、何よりも職員さん達がもっと胸を張っているでしょう。
田中氏を応援した後援会幹部だって誇らしい筈です。
彼と接したこの3年3ヶ月、彼の行政運営は自分益にしか見えなかった。
もっともらしい事を並べ、人を踏み台にして自分を善人らしく見せる。
『善人田中康夫』という虚像をメディアに流す事に終始したように思う。
実像を知り、身近に居る職員や議員、市町村長はどうしても反感を感じてしまうという事に成ってしまいます。
しかし、頑張って来たつもりなのですが、県民の皆さんに伝わっていないという事かも知れません。
彼の言葉に『後戻りさせない』というのが有ります。
村井さんが当選すれば後戻りするというのが彼の言い分かも知れませんが、後戻りする筈が有りません。
県議の多くが入れ替わり、その殆どが改革の志を持って立候補しているのです。
更に、市町村の改革が後戻りしていますか。
どんどん前に進んでいます。
その改革を望んでいる方達が、田中氏にNOと言っているのです。
改革に反対しているのではなく、独善的な手法や人間としてのずるさに反感を持ったのです。
何よりも『人』を大切に出来ない人がどんなに奇麗事を並べても、信頼できる言葉として受け止める事が出来ないというのが私の本音です。
職員さんも議員や市町村長と協力して事業を進めたいと思っているのですが、情報提供すると怒られる。
県議や市町村長の言葉など聞く必要が無いという指示が出る。
とても辛かったと思います。
私は、多くの職員さんと議論をして参りました。
私の言う事を理解出来ているのですが、本音を言えないもどかしさを感じ取る事が出来ました。
私も、職員さんの立場を考えればそれ以上言えない。
お互いに消化不良の3年3ヶ月だったと思います。
私の原村での行政経験では無かった事でした。
行政と議会は互いに緊張感の有る中で、協力して自分の住む地域を良くしようという志の方の集まりだと思います。
この3年間はチェックだけに終始し、県の広報も出来なかったし、聞く耳を持たない県に県民の声を届ける事も出来なかった。
残り少ない任期ですが、何とか納得の行く議員活動をしたいと思っています。
もし田中さんが勝つような事が有ったら、私は批判を受けようとも、彼の出して来た議案に反対はしないと決めています。
それが、県民の判断だからです。
この選挙戦の行方は、まったく読めない状況です。
しかし、私は絶対に村井さんが勝つと思っています。
私の持つ情報では、田中有利という情報も有りますが私は信じません。
この戦いは『正義』の戦いなのです。
もし負けるような事が有れば、私の正義は否定された事に成ります。
私の考え方を変えなければ成らないのだと思います。
私は、村井さんの『誠実・謙虚』に期待をしています。
そして、皆で力を合わせて本来の改革が出来る事を望んでいます。
後戻りの心配など私にはまったく有りません。
私達が絶対にさせません。
あと数時間で結論が出ますが、本当の意味での『私利私欲の無い改革県政』が誕生する事を、強く願っています。
2006年8/06
長野県民のこころを信じましょうよ
投稿者:上伊那投稿日:2006/08/06(Sun) 19:30 No.376
清水県議さん日記を読ませていただきました。この暗黒の3年3ヶ月の思いは、よくわかります。信州知事に身近に接してきた県議さんの心がよく理解できます。しかし、今日の結果で、清水県議さんは、信州知事の出した議案は全て賛成するかのような日記でしたが、…チョッと待ってください。
ならば、3年前の県議選では、県民の選択は、信州知事チルドレンを落としました。
多様な選択肢があるはずです。長野県知事選挙の結果は、今の時点では分かりませんが、結果は結果として、県会議員がしっかりチェックしてくれなくては、私たち長野県民はどうしたらよいのでしょうか?
私は信州県民ではありません。長野県民です。
長野県民の将来のためにも、信州県知事提案議案全てを賛成するなどとは言っていただきたくありません。
是是非非の立場で、しっかりとチェックしてこそ、県会議員です。
しっかり頼みますよ!
大丈夫!
清水保幸2006年8/06(Sun) 19:40 No.377
彼はもう議案を出せない人に成ると思います。
もう直ぐ結果が出ます。
私も長野県民を信じます。
村井さんが知事に成っても、今までと変りません。
県民の為の是々非々は貫きます。
御安心して下さい。
少し投げやりだったかもしれませんが、今は大丈夫!
やる気が湧いて来ました。
4時間後が楽しみです。
有難う御座いました。
Re: 長野県民のこころを信じましょうよ
岳麓人2006年8/06(Sun) 21:37 No.379
知事の退職金(全国3位の高額)を全額、災害の義援金にしてくださるよう県議からも要請してください。
無理!
清水保幸2006年8/07(Mon) 00:08 No.384
それは無理でしょう。
彼がそんな人柄なら、こんな問題は起きません。
彼のそんなところが嫌われたのではないでしょうか。
新しい長野県の未来に
投稿者:上伊那投稿日:2006/08/06(Sun) 23:23 No.380
おめでとうございます。長野県民の良識が示されました。
県知事と県議会は県政の両輪と言われます。しかし、馴れ合いにならず、それぞれの権能を生かし、新しい、そして将来に希望の持てる長野県を築き上げてください。むしろこれからが、県議会のしっかりとしたチェック機能が働くか試されると思います。
…しかし、あの「のらりくらり」と言うか、訳の分からない横文字、不誠実な議会答弁を聞かなくても良くなるかと思うと、心から「乾杯!」といわせていただきます。新しい長野県の未来のために、しっかりと頑張ってください。
それにつけても、退職金5千万円は、返さないのでしょうか?
泥棒に追い銭もやむを得ないのでしょうか?なにかやるせない気がします。
有難う御座いました。
投稿者:清水保幸投稿日:2006/08/07(Mon) 00:03 No.383
今度こそ『議論と対話の県政』を目指して頑張ります。
結果として勝つ事は出来たのですが、諸手を上げて『万歳!』とは言えません。
災害があった事も原因かもしれませんが、諏訪6市町村の内、原村を除いてすべて負けてしまいました。
彼の仮面を剥ぐ事が出来なかったという事だと反省しています。
では有りますが、災害に対する県職員さん方の頑張りや、彼自身の諏訪地区に対する対応を考えれば、それも仕方ない事かと思います。
まさに下諏訪町から始まった脱ダム宣言や田中派町長の誕生という特別な地域だったのかも知れません。
彼なりの努力の結果の票数だと思います。
村井氏の当選により、これから県議会議員の真価が問われるのだと強く感じています。
今日この時から、又、是々非々に戻ります。
真の改革に向けて頑張ります。
改めて『県民の為の是々非々宣言』を致します。
有難う御座いました。
無題
投稿者:愚県の民投稿日:2006/08/07(Mon) 11:22 No.388
やりましたね!!
今日から「愚県の民」の名前は 捨てます!!
あと4週間の残された期間 康夫ちゃん知事が
何か しでかすのではないかと 少し不安があるだけです。
http://www.yanbo.jp/bbs.html
2006年8.06
投票日
>午後2時現在の投票率は30・26%(前回39・77%)。
読売長野県知事選挙、投票が始まりましたね。
お昼の時点で、前回より9ポイントほど投票率が下がっていますが、まあ前回が異常だったというのと、最近は期日前投票などがあって、午前中の投票率は特に低下する傾向が強いことを思えば、夕方へ向けて持ち直すんでしょう。
村井派が期待する程の投票率の下げは無いですよ。あったとしても田中派だって組織票はしっかり持っているんですから。
でも考えてみると、4年は長いですよね。合衆国の大統領選だって、ブッシュが再選された時は、このアホが向こう4年間も世界のリーダーかよ、と暗然としましたが。2年ぐらいの所で、信任投票があるべきですよね。アメリカでは、それを中間選挙が担っているわけですが、それでも大統領を首に出来るわけじゃありませんから。
で、明日月曜日の日記は、選挙結果を受けて、今夜日付が変わった辺りに、ブログ&メルマガ供に配信、更新とさせて頂きます。
長野知事選、村井氏が初当選…田中氏3選阻む
フォトニュース 田中康夫氏を破り、支持者たちと万歳をする村井仁氏(中央)
長野県知事選は6日、投開票が行われ、新人の元防災相・村井仁氏(69)(無)が、3選を目指した現職・田中康夫氏(50)(無)を破り、初当選した。
田中氏のトップダウン型の政治手法が問われたが、村井氏は、県議会や市町村長と対立する田中氏の姿勢を争点化し、批判票の結集に成功した。
田中氏は「脱ダム」政策など公共事業を抑制して財政健全化を目指す「改革路線」の継続を訴えたが、及ばなかった。投票率は65・98%(前回73・78%)だった。
村井氏は、自民党県連と公明党県本部の推薦、連合長野の支援を受けて、県議や市町村議と連携した地域レベルの集会を開催。「田中知事が進めてきた改革を後戻りさせることはない」とも訴え、無党派層や自主投票の民主支持層の一部にも浸透した。
田中県政については、「自分の考え方、理念を県民に押しつけている」と批判。県内81市町村の意向を重視しつつ、税源・権限移譲など分権を進めるとし、「調整」と「改革」を両立させる姿勢を打ち出した。さらに豪雨被害を踏まえ、田中氏が推進する「脱ダム」などによる治水対策の再検討を訴えた。
2000年10月に初当選した田中氏は、約1兆6400億円あった県債発行残高を923億円削減した成果を訴え、「子供たちに借金の山でなく、緑の山を残そう」と主張。財政改革と環境重視の姿勢をアピールした。
しかし、初当選以来の有力支援者の多くが、強引な田中氏の言動などに反発して離れ、無党派層の盛り上がりは今ひとつ。陣営は「改革を後戻りさせてはならない」と訴えたが、大差で勝った過去2回の知事選のような支持の広がりにはつながらなかった。
2006年8月6日23時0分
読売新聞
2006年8.06
おめでとう、村井新知事誕生
2006年8月6日、新しい長野県の幕開けとなる新リーダーが決まった。
得票が612,725票対534,229票、僅差でなくはっきりと田中ノウと県民の皆さんは審判をくだした。
「村井仁新知事」当選おめでとう。
長野県民は最初の2年間はともかく、最後の4年間の田中康夫氏の私物化県政に苦しめられ、誠実で堅実な新しいリーダーを求められていただけに、良識ある長野県民が大勢いたことに喜びを感じている。
ともかく、一緒に戦い間違いの無い審判を下した同士の皆さんに「ありがとう。ご苦労様。」と感謝の気持ちを精一杯お伝えしたい。
田中前県政の功罪については様々な人が今後も検証され語り続けられると思うが、「罪」の多かった前県政の悪癖を悪戯に追うのでなく、正しい検証のもとで公平に県民の利益を最優先することが大切であろう。
田中康夫氏の「罪」は大小にかかわらず、機関において裁かれるものは裁かれ県民の皆さんに明らかされていくことであろう。
しかし、もうすでに県民の皆さんは裁かれたのである。
県民の審判が下された田中康夫氏は8月31日まで任期がある。
お盆をはさみ残り15日ほどの期間であるが、よもや人事や組織を動かすことはないと思われるが、また臨時議会などとサプライズな県政の置き土産はしてもらいたくないものだ。
良識ある県政運営のもとで任期を全うしてもらいたいものである。
いずれにしても壊されることはストップできた。壊された長野県を創り直す事は容易でなく、時間も掛かることであろう。
220万県民のためにお互いに真剣に取り組んでいかなければならない。
私たち県議会もまともに議論が出来ることに改めて喜びを感じている。
勿論「後戻り」することはありえないし、県議会も今日から新知事に対し「是々非々」で向き合うつもりである。
今までは田中氏の巧みな言葉遊びに負けないように勉強してきたが、これからは県民の皆さんのための長野県づくりのための勉強を更に積み重ね、悔いの無い県議会議員としての務めを果たして行きたい。
重ねて良識ある県民の皆さんと同士の皆さんに、「新知事誕生」に向けてご奮闘いただいたことに感謝申し上げ、ともに喜びを分かち合いながら、明日の新しい長野県の再生の夢を見ながら、久しぶりに心地よい疲れをとりながら休みたい。
「皆さんありがとう」
投稿日 2006.08.06
高見澤敏光http://tosimitu.blog.ocn.ne.jp/katsudo/2006/08/post_fb81.html
2006年8月6日
知事選終了
知事選が終わりました。結果はお陰様で村井仁候補が大差(私は大差と思います)で勝つことが出来ました。
これからの県政運営については未だ興奮冷めやらぬなかですから纏まったことは村井さんもインタビューでは話されていませんが、徐々にでてくると思われます。
とにかく、我々県議会議員もこれからはきっちりと県議会議員としての本来の職務を全うしたいと思います。県民の皆さんの目を意識し期待を裏切らない仕事をしていきたいと思います。
ところで“きたはらさん”上伊那の票の分析はまたの機会にさせて下さい。
お世話になった皆さんありがとうございました。
http://www.21styles.jp/adiary/diary1.cgi?id=next1&action=view&year=2006&month=8&day=6
長野県民の見識が問われる非常に重要な選挙だったと思います
村井新知事には県政の根幹から再度見直して欲しいと思います
聞かなければ判らない様な部署(まだ存在するなら)名から変えて欲しいものです
新知事の肩書きは過去の成果、長野県知事として今後の手腕に期待しています
清水県議も従来と同じ県民の為のスタンスを守り通して下さい
元県民8/7 7:32(月)
康夫劇場に「NO」…かつての支持者も次々離反
県議会との対立、過剰なパフォーマンスで注目を集め、3度目の選挙戦に臨んだ長野県知事の田中康夫さん(50)に、県民は「ノー」を突きつけた。
無党派のボランティアらの支援を受け、選挙ムードを盛り上げてきたこれまでとは大きく様変わりし、有力支援者らが次々と離反する中で初めて「守りの選挙」を強いられた田中さん。死者・行方不明者13人を出す豪雨災害も重なり、元防災相で経験豊かな村井仁さん(69)との激戦は、独自に掲げた「脱ダム宣言」の功罪も、厳しく問われた。
<
「信じられない」。
長野県松本市内の田中さんの選挙結果報告会場では、早々に、村井さんの当選が確実になると、テレビの前に集まった約100人の支持者からため息が漏れた。
田中さんは午後10時半ごろ、支持者の前に現れ、時折、目を潤ませながら
<
「6年前、『人に仕える知事になれ』と言われたが、6年間、人に奉仕する場を長野で与えてくれた。県民に感謝したい」
などと、かすれた声で語った。会見は8分間ほど。敗戦を認める言葉はなく、質問にも応じなかった。
<
「田中さんは、劇場型の状況でこそ生きる。仕掛け不足で盛り上がりに欠けた」。
田中陣営の一人は、今選挙戦をこう振り返った。
県議会の知事不信任に端を発した出直し選となった前回2002年は、知事に批判的な県議や市町村長らが擁立した対立候補に2倍以上の得票差をつけて圧勝。
長野市から約70キロ離れた村の屋外ステージで、支持者とともに祝杯を上げた。
しかし、今回は、豪雨災害の発生翌日という非常時の中での告示となり、田中さん独特の“選挙パフォーマンス”は影を潜め、選挙戦前半は被災地視察や県の対策会議に忙殺された。
陣営は当初、災害への対応をアピールすることで現職の強みを生かせると期待したが、正味8日間しか遊説できず、田中さん自身、
<
「(公務優先に)戸惑いはないが、複雑ではある」
と吐露したこともあった。
8人の死者が出た岡谷市の無職花岡岸生さん(72)は、県が、県職員延べ8000人以上を被災地に投入し、復旧にあたらせたことを踏まえ、
<
「田中さんだから、あれだけ多くの県職員を投入する態勢が取れた」
と評価した。
これに対し、同市の男性会社員(50)は
<
「きちんと砂防工事をしていれば、こんな被害はなかったのでは」
と指摘。
「脱ダム」への批判も各地で上がった。
こうした中、「反田中」の動きは、かつて田中さんを擁立し選挙運動を支えた人たちの間にも広がった。
「生みの親」ともいわれる後援会元顧問の茅野実さん(73)(元八十二銀行頭取)は6月、
<
「もうレッドカードを出させてもらうしかありません!」
と3選阻止を訴える意見広告を地元紙などに掲載した。
過去2回の選挙で田中さんを支援した弁護士の永田恒治さん(70)も、今回は村井さんの支援に回った。
永田さんは
<
「田中さんはパフォーマンスで長野を全国が注目する県にしただけだ」
と批判した。
松本サリン事件の被害者で、田中さんに請われて県公安委員を3年間務めた河野義行さんも「反田中」に転じた一人。
河野さんは今回の激戦の理由について、
<
「田中さんが言ったことを実行してきたか、県民はしっかり見ているという警鐘」
と話した。
2006年8月6日23時56分
読売新聞
2006年8-06
しなやか信州
今日、新しい長野県知事に村井仁さんが選出されました。
公職選挙法に詳しくないので、選挙期間中はどこまで書いて良いか分からなかったので、ブログには何も書きませんでした。
マスコミでは、今回の選挙を旧体制の組織の選挙 VS 市民運動・草の根選挙と報道していましたが、私は全く違う見方をしていました。
どれだけの人が、イメージのバブルに見切りをつけ、田中さんに愛想をつかしたかの投票だと思っていました。
(もちろん、青年会議所OBのような芯の細い候補ではなく、まともな対立候補が必要でしたが…。)
田中さんは、この6年間に、しなやか・はぐくむ・循環社会を唱えて県政を運営してきました?その主役として祭り上げられたのは、過去において、県庁から離れ県行政サービスが行き届かなかった、中南信の郡部の町や村でした。
林業育成や里山再生の理念の下に、しなやか信州を代表する担い手としてクローズアップされました。
メディアが注目するスローライフやロハス、NPOやボランティアを推奨する社会の風潮とも合わせて、木製ガードレールを旗印としたエコロジーをイメージ付ける戦略は脚光を浴びました。しかし、それが地に足を着けた活動でないのは明白で、未だに確かな産業として根ざす気配すらありません。(選挙戦後半、「木製ガードレール」を連呼する田中さんと、木製ガードレールにしがみつく後援会長の材木屋さんが哀れにさえ見えてきました。)
4年前の選挙では、中南信の郡部のほとんどで、田中さんが他の候補を抑えて圧勝だったのが、今回は、ほとんどの地域で敗北しています。
4年前も郡部においても組織選挙がなされていたはずですから、今回の村井さんの選挙戦略の効果ではありません。
ロハスやスローなイメージ戦略の一環として、田中さんのイメージづくりに利用されただけと気づいて、田中さんに愛想をつかした郡部の方の判断でしょう。
ロハス・スロー・しなやか・NPOは、イメージ戦略に過ぎず、ひとづくり・ものづくりに育っていません。
都会のインテリ?にとってはイメージで構わないかもしれませんが、そこで生活をする人々にとっては、生活に根ざし、生活を変える力にならなければならないのですが、田中さんはそれに無頓着だったし、あからさまに田舎を食い物にする田中さんの態度は大嫌いでした。
(神戸震災さえもと邪推してしまいます。)
今回の選挙では、「しなやか」等の耳障りの良い言葉が先走ることない「たくましい」社会を多くの人が望みました。
浮かんでは消えた多くの候補者の中で、たくましい社会の牽引役としは、村井さんは適任者でした。
これがイメージだけでは終わらないように期待しています。
P.S.
田中さん、最後に馬脚をあらわしました。
<
「今まで私を支援してくださった、全国・全世界の方々に感謝します。」
選挙敗戦の会見の最後に語った言葉は、知事としての6年間は、県民をさておいて、全国・世界に自分の存在を広く示したかっただけだと自ら総括してしまいました。
料理評論家やワインのソムリエを呼び寄せて「ジビエの信州」などと吹聴していたのが、今更ながら腹立たしく思い出されます。
全世界であなたに期待している人は多くないと思いますが、少なくとも長野県では、あなたを必要無しとしたのが、今回の選挙結果です。
この先は、日本国の政治でも国連NGOでもあなたが活躍できる場所に行ってください。6年間、お疲れ様でした。
山田建築設計室の晴耕雨読
2006年8月06日 21:58
長野に良識が戻った
これほどさわやかな思いで選挙結果を見ることは、これまであっただろうか。
長野県知事選で田中康夫現知事が敗れた。「エセ改革派」がいつまでも跋扈できるわけがない。長野県民の良識が戻った。
田中マジックによるマインドコントロールからようやく解放された、といっていい。
私的なことになるが、個人的にも4年間の胸のつかえが取れた思いである。
さあ、これからである。長野県政が「田中登場」以前の旧来型土建屋政治に戻ってしまったら、今回の知事選の意味はなくなる。村井仁氏の陣営はそこをきちんと見据えてほしい。
以上、当確の報を受けてのとりあえずの感想。
8月6日(日)
午前中に投票。
21時前に松本市の林友ホール。
勝谷誠彦氏も訪れて下さる。
21時45分から会見。
当選した人物ではなく、落選した人物の言葉が全国に生中継されるのも、考えてみれば凄い話だよね。
61万2725票に対して53万4229票。
翌日の第一面見出しが、「村井氏当選」よりも先に「田中氏3選ならず」と打たれている複数の全国紙。更に、最終版まで第一面には、当選した村井仁氏の写真ではなく僕の写真のみが掲載されていた全国紙も。
不思議だのぉ。
終始一貫して支援下さる上田市在住の宮澤マサ代女史が経営する川西木材のS氏が運転下さり、深夜に両親と共に軽井沢へ向かう。
途中の千曲川さかきパーキングエリアで、平山誠総務局長が運転する新党日本ロゴマーク入りの車に乗り換え、自宅。
2006年9.27
安倍首相が給与三割削減
安倍首相が、日本の財政危機に鑑み「塊より始めよ」との信念から、ご自分の給与を三割削減すると発表しました。
財政危機と言いながら、国会はもちろんですが、県や市町村など地方議会や霞ヶ関に象徴などが率先して財政改革のために身を切ることが大切だと思うのです。
給与や退職金も当然引き下げしなければならないでしょうし、議員の議席や、職員数も削減すべきです。
ところが、ほとんどの自治体では、自分のことはさておき…と 改革を訴えながら、その犠牲を市民に負わせることが多いのです。
議員削減に関しては、少数意見の切り捨て という大義名分の元、なかなか定数削減ができません。
小泉首相は、
「私も退職金はもらわないから、各都道府県の知事さんも退職金を返納してください」
と訴えたにもかかわらず、改革派とマスコミがもて囃した 田中康夫 前長野県知事は 在任期間6年で7000万円の退職金を受け取りましたが、マスコミはこのことにはふれません。
日本の最高指導者である首相が真っ先に、改革を訴える以上 身を切らなければ駄目! と決断し実行したことを高く評価します。
自分から改革をする姿勢が人を動かし改革を促進できると確信しています。
最終更新日 2006.09.28 08:52:37
知事の報酬・退職金を来年度見直しへ
12月21日(木)
「高すぎる」と批判があった知事の給与や退職金について、県は来年度、見直しに着手する方針を明らかにしました。
県議会の総務委員会で県側は、知事など特別職の退職手当について他県との比較を公表しました。
それによりますと知事の退職手当は任期4年で5184万円と全国2位、副知事も2995万円で全国4位と高水準にあることが分かり、議員からは批判が相次ぎました。
これに対し県側は、給与や退職金の支給基準を来年度、見直す考えを示しました。
今年8月に退職した田中前知事は退職金を全額受け取りましたが、村井知事はこの任期中の退職金の受け取りを辞退しています。
ABN長野朝日放送
県議会:県特別職、報酬引き下げ検討へ 厳しい財政状況で−−総務委 /長野
県議会総務委員会で21日、県は特別職の報酬について、引き下げを検討する方針を明らかにした。
知事の報酬が全国2番目に高いことや携帯電話の不正使用で問題になった前代表監査委員の退職金について、委員から「高すぎる」とされたことを受けて答えた。
県によると、4年間務めた場合の退職金は、知事が5184万円、副知事が2995万円、代表監査委員は1593万円となるという。
これについて、委員からは
「厳しい財政状況の中で高額すぎるのでは」
という意見が出た。小池茂見人事課長は
「来年度、報酬を検討する審議会で検討したい」
と述べた。
一方、同委員会では北陸新幹線の長野以北の並行在来線の問題で、県は経営分離のための基本スキームを10年度に決定するまでのスケジュールを明らかにした。
このため、08年度に基礎調査を行い、09年度に第三者検討委員会を立ち上げて協議するという。
また、現在はJRが経営している篠ノ井−長野駅間の経営をしなの鉄道に移管する問題についても解決を目指す。
【仲村隆】 毎日新聞2006年12月22日
知事退職金、全国2位5184万円 「高額すぎ」
知事の退職手当が本県は全国で2番目の高額であることが21日、県議会総務委員会に提出された県側の資料で明らかになった。
4年間の任期を務めた場合の退職手当は5184万円にのぼり、8月末で退任した田中康夫前知事には満額が支給された。
「高額すぎる」との総務委からの指摘を受け、県は知事ら特別職の退職金や月額給与の支給基準を見直す考えを示した。
長野県の知事の退職手当は、月額給与135万円の4年間(48カ月)分の合計額の8割が支払われる仕組み。
この基準に沿って支給すると、全国平均に比べ、退職手当は836万円高、給与月額も3万6000円高い水準になる。
給与月額の8割を支給している県は長野県のほかは青森、宮城など8県しかなく、33県が72%以下の水準に抑えている。
また、県副知事の退職手当(4年任期)も全国4位の2995万円で平均より555万円高、県出納長も8位の1747万円で、243万円高い。
知事の退職手当をめぐっては、県特別職報酬等審議会が今年2月に「給料月額の6割」に引き下げるよう答申したが、答申には政務調査費を議員報酬と合算する内容も含まれていたため、議会側が県提出の条例改正案を認めなかった経緯もある。
高額な現行の退職手当について、委員からは疑問の声が相次ぎ、県側は、報酬等審議会(現在は解散)のメンバーを新たに人選し直して、改めて知事ら特別職の退職手当、給与月額の水準について支給基準を見直すとの考えを示した。
(2006/12/22 10:47)
産経新聞
給与水準全国最低に 王滝村
2006年12月27日
県は26日、国家公務員の給与を100とした場合の地方公務員の給与水準を示す「ラスパイレス指数」の県内市町村分(4月1日現在)を公表した。
危機的な財政難で今年4月から25%の給与カットを実施している王滝村は67・5(前年比11・8ポイント低下)で全国最低だった。
村によると、職員の平均給与月額(42・3歳)は24万1800円という。瀬戸普村長は
「乾ききったタオルを絞りに絞っている状態」
という。
朝日新聞
2007年1月15日
ある議論
先日ある人と話をしました。その方が言うには「田中康夫は良かった」と言うのです。
何が良かったかについてお聞きしたら「それは政治に県民が関心を持った」というのが答えでした。
他県の選挙で今タレント候補が立候補し選挙戦が行われています。その方はそれも良い方向だと評価してました。
「県民の政治に対する関心が高まるから」 まあ前知事と同じ評価です。
私はこの人のような話を何度も聞きます。
前知事の時代身近にいて県政を見ていた証人である私にとって、前県政は決してすばらしい改革の県政ではありませんでした。
いつも思いつきばかりで何の結果もでない、ただ言葉遊びと「権力」というおもちゃを手に入れた子供がやたらめったら振り回し近くにいた人を傷つけた、その程度しか評価できません。
恐らく多くの県民の皆さんがそう思って今回知事交代となったはずです。
しかし、多くの県民の皆さんが県政に関心を持ったことは事実です。
ではもし何の結果も出せないが、おもしろい行動や言動で県民の関心を引きつける知事と、全く地味で着実に仕事はするのだけど、県民の関心を全く引き起こさない知事と比べたときどちらが良いのだろうか?
もちろん県民の関心を高めなおかつ仕事ができる知事が良いに決まってはいますが、現実にはそうはいきません。
私は月並みな結論ですが後者の知事を評価します。それは県知事だからです。
県知事は県行政のトップであり政治家です、であるなら行う行為は結果責任を伴います。
つまり結果を出さない行政のトップや政治家はその任にありません。
知事を政治家としてとらえるなら、政治家は当然多くの皆さんの注目を浴びるような意見の発信は必要だと思います、しかしそれはすべて結果があっての話です。
しかしタレントや評論家はどうでしょうか?その場合は結果責任は生じません。
あえて言えば「言った通りになった」かもしくは「違った」と論じるぐらいで結果としては責任は求められません。
場合によってはそれも致命傷の場合もあるかもしれませんが。
政治家と評論家の違いはここにあると思っています、究極政治家は当事者です、評論家は第三者です。
昔風に言えば「腹が据わっている」かどうかだと思います。
もちろん評論家の存在自体を無駄などと言う気はありませんが、責任が生じない分だけより大胆な予測ができるのだと思います、結果として時にはそれが世の中を引っ張っていくときもあるでしょう。
最初の話に戻りますが、ただ県民の関心が高いだけで良い知事だった、と言うことは言えないと思います。
どんな結果を出したか、これを考えて評価をすべきであり、県民的な関心の高低だけでは良し悪しは言えないと思います。
そして本質的に違う問題として 県民の関心の内容の問題です。
ぬいぐるみを着て甲子園で踊っていることに関心を持っている、この程度も「知事のすることだから県政への関心」というなら、もう議論にもなりません。
本当は田中知事は出直し選で80万票という空前絶後の得票を得たのですから、県民のバックアップを背に思い切った真の改革を断行すれば良かったのです、議会という知事に対しての抵抗勢力も唸ってしまうような改革を断行すれば良かったのです、しかし彼はその大量の得票を、何をしても良い信任票であり、フリーハンドの権限を得たと勘違いをしてしまいました。
ですから彼の“悪行”は平成14年後半から始まり平成15年には悪のりはピークに達します。
平成15年の県議選で過半数に近い大部分が是々非々を訴えて当選した新人と入れ替わった議会をリードして真の改革を進めれば、すばらしい県政であり名物知事になれたと思います。
しかし議会を敵にして大量得票を得た経験から、あくまでも議会を敵に回すことで人気の維持を図ったところに読みの間違いが起きてしまいました。
それが彼の人間的な限界だと思います。
前知事の評価はこのくらいにしておきますが、議会につても私は大きな懸念を持っています、それは村井知事になってなれ合い議会になっていないかという点です。
志昂会では知事選で村井さんをみんなで応援しました。
しかしそれは議会活動すべてで村井さんを認めたわけではありません。
いくら応援した知事であっても、おかしな点はきちっと取り上げ議論すべきと考えてます、それを私流に言えば「議会は基本的に野党である、しかし何でも反対の野党から 是々非々と言える野党までいる」という言い方になります、チェック機関である議会としては当然のスタンスです。
しかし今後議会が知事にすり寄っていきそれが県民の皆さんに見えたとき、また田中康夫的な人物が県政に再登場しないとも限りません。
このことは議会の学習能力の問題かもしれません。
http://www.21styles.jp/adiary/diary1.cgi?id=next1&action=view&year=2007&month=1&day=15#1_15