記念艦”三笠”紀行

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小林教授
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「横須賀」

神奈川県横須賀市。

地元の小泉さんが総理になって話題の。

自衛隊や米軍の基地の町として有名だ。

ここに、記念艦三笠(みかさ)がある。

横須賀中央駅から商店街を海に向かって 歩いてゆくと遊歩道。

道沿いに行くと三笠公園。

古い戦艦の姿が見えてきた。


三笠は日清・日露戦争で使われた軍艦。

明治維新の志士たちがまだ現役の時代。

江戸時代の泰平の世から 文明開化により急激な西洋文明受容。

日本はわずか数十年で信じられないような 変化を遂げた。

時代劇の世界で生まれ育った人間が 近代的な鋼鉄の戦艦を当然のように操縦している。

それが明治。


写真は左舷後方から見た三笠。

横ににょきにょき飛び出しているのは砲門。

いちばん前といちばん後ろの甲板に 主砲があるんだけど、この写真では見えないね。

2本のマストと2本の煙突が見える。

世界史上初の鋼鉄戦艦同士の決戦を演じた三笠。

清朝とロシア。

ふたつの帝政巨大国家と戦った船は 歴史遺跡として保存されている。

「船に乗れ」

とにかく乗ってみよう。係留されているように見えるけど、この船よく見ると地面に埋まってます。

階段で乗り込めるよ。船が苦手な人でも安心。揺れません。ていうか、動きません。

右舷は海。

左舷は陸地とつながっています。

さあ、乗り込みましょう。

近くで見ると、かなり巨大な「建造物」だとわかりますよ。

これが動いて戦っていたんですから。

「艦橋」

前部マスト下に艦橋がある。

写真は左後方から撮影。

第二次大戦中の戦艦大和あたりとは違うなあ。

まあ、大和見たこと無いんですけどね。

最上段の柵で囲まれた屋上部分が艦橋。

中段がフライイング・ブリッジ。

下段の円筒形をした部分が司令塔。


司令塔の中から前方を見る。

敵の砲弾から身を守るため分厚い装甲で まるく囲われている。

周囲を見るには狭い隙間から覗くしかない。

しかもここの空間自体が狭い! 数人入っただけで満員。

エレベーターより狭いんじゃないか? 閉所恐怖症の人にはつらいんじゃないでしょうか。

日本海海戦ではここにも破片が飛び込み 数人が負傷している。

中央に舵輪(だりん)。

取り舵いっぱい!とか言ってみる。


司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」で 「高所恐怖症の者なら気が遠くなるような露天台」 と表現された艦橋に立って前方を撮影。

屋根はナシ。砲弾が近くに落ちれば 水しぶきがザブザブ降りかかる。

伝声管を使って指令を伝えた。

狭い。

しかも観測機器(測距儀)が設置されているので なおさら狭い。

ちなみに前方に見える陸地は埋立地で、 たしか米軍の施設がある。


侵攻してくるロシア・バルチック艦隊との決戦時、 旗艦だった三笠の艦橋には

などがいた。

木製の床板には、それぞれの立っていた位置が プレートで示されている。

東郷は戦闘中一歩も動かなかったそうだ。


乗り出して前方を見る。

甲板と前部主砲が見える。

右側は海。左は三笠公園。

第二次大戦敗戦後、 この三笠は荒れ果ててしまい、艦上の設備は取り払われ、あろうことかダンスホールとして使われていたとか。

しかし、心あるアメリカ軍人がその様子をみて心を痛め、復元整備を始めた、といういきさつがあった。…という説明書きが展示されていた。

「弾痕」

甲板上に展示してある燈篭(とうろう)。

日本海海戦で 砲弾や破片を浴びてボコボコ穴のあいた 被弾鉄板を使って作られている。

怖いなあ。

今の日本でも、 侵略されれば戦うしかないんだろうけど。

いやだなあ。

この燈篭に火を灯したら イヤな光が漏れるんだろうなあ。


右舷砲門(副砲)。

被弾箇所には写真のようなペイントによる表示がされている。

もう、艦内どこへ行ってもこの表示ばかり。

で、プレートが貼ってあって 「だれそれが死んだ」とか書いてある。

さらっと書いてある所が尚更怖い。

あと、忘れちゃいけない。

海戦終了後、三笠は佐世保港内で 火薬事故のため爆沈。339人が死んでいる。

のち引き揚げられ、 今も横須賀で見ることができるんだけど。

三笠は巨大な墓標でもある。

「船内」

船内には展示物がたくさん。

やっぱりあちこちに被弾表示が…。

置いてあった来訪者名簿をパラパラとめくって読んでみたら、ほんの少し前に来て記帳していた人(子供らしい)が東郷の似顔絵を描いていた。

これが東郷かよって思うくらい かわいく描いてありました。

他にも、バルチック艦隊との戦闘を解説する展示などがたくさんあります。


「皇国の興廃この一戦にあり…」の 額縁が写っている。

この時、日本はマジで滅亡の危機だった。

正確な自己認識と的確な状況判断により 圧倒的不利な防衛戦争に勝利した日本。

しかし、この後日本人の知性は停止してしまう。

理念や気合いを過剰に信奉する精神主義。

現実を軽視し雰囲気に流される。

柔軟性を失い行き着いた先は みなさんご存じの通り。敗戦後・そして今も 思考停止の状態は続いているのかも。

精神主義的理想主義とか馬鹿げた復古主義とか。

「船は今も…」

船を降りて、前方から全景を撮影。

対面してみると、砲塔の様子がよくわかります。

記念館として、今後も横須賀の名所であり続ける事でしょう。

後方から撮影。 東郷平八郎の銅像。

「おまけ」

おまけ。

東京・原宿にある「東郷神社」。

東郷平八郎を祭っている神社です。

竹下通りから少し道を逸れた所にある。

階段を少し登っただけで街の喧騒が嘘のように 静かな境内が開けている。

この日ちょうど神社では結婚式が行われていて 俺は遠巻きにしばらく眺めていました。

神社には日本海海戦の展示物があるので 機会があったら見に行ってみてください。

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