秦
- ●始皇帝
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「中国」の創始者。ファーストエンペラー。
何百年も続く強国がいくつも並び立っていた中国大陸を初めて統一した。
各国バラバラだった単位・文字・カレンダーなど全て統一。各国国境の長城を破壊した。
彼の支配した時間は短かったが、国境の消えた世界を経験した人々は 秦帝国滅亡後も元の国々に戻ろうとはしなかった。
「中国」がここに誕生したのだ。
さて、
- ●趙高
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始皇帝の側近。宦官。始皇帝が病死した時、近くに居たのは趙高だけだった。
遺言状には最も優秀な皇子・扶蘇(ふそ)に皇帝の位を譲る、と書いてあったのだが 趙高はこの遺言をすりかえた。あやつりやすいアホ皇子・胡亥(こがい)に位を譲る、と書き換えたのだ。
皇帝の死に立ちあったのは趙高だけ。世間をあざむきまんまと権力を手に入れてしまった。
欲望は巨大だが政治能力は全くお粗末な趙高。
結局、次々と反乱が発生し、その醜い心にふさわしい末路をむかえることになった。
このとき反乱をおこしたのが「項羽と劉邦」。
おぶち首相が倒れたとき、思いついてこの項目を書いた。
- ●李斯
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始皇帝の宰相。
ライバルである遊説家を叩き落し秦の知恵袋として天下を得た。
- ●胡亥
- ●章邯
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秦末反逆者
- ●燕の荊軻
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秦から指名手配されていた親友に頼んで彼の首をもらい、犯人の首を献上すると見せかけて始皇帝に接近。斬り付けるが失敗。
- ●楚の項燕
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楚の名将。軍亊的に優れていて秦の軍とわたりあったが、楚が政治的に失敗したため戦死。
- ●韓の張良
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韓の貴族の子。滅亡した祖国の復讐のために策略をめぐらせる。怪力の男を使って行進中の始皇帝の車に鉄槌を投げ込むが、失敗。準備していた逃走経路で脱出。
- ●斉の徐福
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斉の人。始皇帝が欲しがっていた「不老不死の薬」〜東の海のむこうの蓬莱島にそれがあると嘘をつき、膨大な資金と若い子供たちを要求。船に乗って出航し、そのまま帰らなかった。日本にたどりついたという伝説がある。
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秦末群雄
張楚
- ●楚の陳勝
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楚の小作人。姓は陳。名は勝。字は渉であると伝えられる。大志を抱く。
「いずれ偉くなったら…」という発言を笑われて「小鳥に大鳥の気持ちは解らない」と答える。
労働のために秦に動員された人達のまとめ役になる。
期限までに現場へ行かなければいけないのに、増水のために道をふさがれる。
「何もしなければ遅刻の罪で死刑。逃亡の罪でも死刑。反乱の罪でも死刑。だったら反乱しよう」。
「王様も貴族も人種が違うわけではない」。
かつての楚の人々が呼応し反乱は成功し、反乱軍の王になる。
国号を張楚とし、以後陳王と呼ばれることになる。
しかし秦主力の章邯将軍に陳勝軍は敗れ、崩壊。
混乱のなか殺害された。
流賊であった劉邦や、項羽も陳勝の傘下に入ることで活動を開始したのだから 失敗したとはいえ彼の反乱の意味は大きかった。
- ●楚の呉広
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楚の小作人。陳勝と共に反乱をおこす。
- ●楚の周文
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楚の遺臣。陳勝の配下となり反乱をおこす。
陳勝軍の主力を率い秦の首都を攻め落とそうとするが 秦の名将・章邯に敗れ、自刃。
趙
- ●武臣
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陳勝の武将だったが独立。
燕
- ●韓広
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武臣の武将だったが独立。
魏
- ●張耳
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魏の遺臣。
- ●陳余
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西楚
- ●楚の項梁
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楚の名将・項燕の子。陳勝の反乱に呼応し挙兵。
陳勝の死後は反乱軍の首魁のひとりとなり范増を登用。
懐王を擁立。武信君となる。
しかし秦の名将・章邯に敗れ死亡。
- ●楚の項羽
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楚の名将・項燕の孫。若き貴公子。無敵の将軍。陳勝の反乱に呼応し挙兵。陳勝の死後は楚の王族・懐王を擁立。秦の主力・章邯将軍を倒す。しかしその隙に劉邦は秦本国に攻め込む。劉邦に功績をかっさらわれた項羽は怒るが劉邦にうまくだまくらかされる。始皇帝の阿房宮を焼き尽くし各国の実力者を従え「覇王」となる。上品で頭脳明晰、強くて颯爽とした若き覇王・項羽だったがその分優秀な人材を集めることができなかった。海千山千の劉邦たちに欺かれる事も多く人望を失う。戦えば必ず勝つが政略的に追いつめられ反項羽連合軍に包囲される。包囲軍から祖国・楚の歌が聞こえてきたときに項羽は自分の敗北を確信した(四面楚歌)。祖国へ帰ろうと逃亡するが祖国の人々に会わせる顔が無い事に気づく。
以下略。
- ●楚の范増
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楚の遺臣。
項梁の配下となり作戦をたてる。
楚の最後の王・懐王の孫を楚王とする。
- ●楚王・心
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楚の最後の王・懐王の孫。
庶民として生活していたが范増の発案により探し出され即位。
懐王と称する。
漢
- ●楚の劉邦
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初老のやくざ。姓は劉。名は邦。字は季。陳勝の反乱に乗じて子分どもをひきつれ旗を揚げる。
陳勝の死後は楚の懐王に従う。
秦の主力軍と反乱軍主力の項羽が戦う間にチョロチョロっと横道を抜け、がらあきの秦本国を攻撃。
秦を滅ぼした功名は彼のものとなった。
「秦に最初に突入した者に秦を与える」という懐王の約束があったため「秦の王」になる資格を得た。
項羽の反発があったため秦王にこそなれなかったが秦の領土のひとつ・漢の王となった。
元々がまともに働いたこともない「やくざおやじ」の劉邦のこと 下品で欲深かったが庶民的でこだわりが無くアンチ項羽派を多く受け入れた。
優秀な部下たちを使いついに天下を取った。
自分の無能を認め部下の能力を認める事って、なかなかできない事なんだけどね。
計略の張良、経営の蕭何、用兵の韓信などの部下は有名。
- ●韓信
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匈奴
- ●単于
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朝鮮
- ●衛満
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朝鮮王。
「項羽と劉邦」と同時代人。
当時の朝鮮は戦国七雄の一国「燕(えん)」の支配下にあった。
その燕は秦の始皇帝に滅ぼされ、秦は劉邦に滅ぼされた。
燕を獲得した劉邦は、燕を幼馴染の廬綰(ろわん)に与えた。
しかし廬綰は裏切り、逃亡したので燕は空白地帯になった。
ここで登場するのが燕人衛満。
支配者のいなくなった燕の一部、朝鮮をまんまと占領してしまい 既成事実として朝鮮王になってしまった(前194年)。
彼の一族は80年あまりの間朝鮮を支配したが 孫の衞右渠の代に漢王朝に攻撃され、滅亡した(前108年)。
彼の王朝を「衞氏朝鮮」と言う。
箕氏朝鮮も衞氏朝鮮も中国人が支配する国であって いわゆる朝鮮人は「支配下の原住民」にすぎないんだよね。
朝鮮人による最初の国の成立は 高句麗の建国(前37年?)を待たなければならない。
「朝鮮半万年(5000年)の歴史」などという言葉があるらしいが 中国ですら4000年の歴史と言っているんだし、サバ読みすぎ。