南北朝探訪

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小林教授
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南朝

●新田義貞(1302〜1338)

南北朝時代・南朝の武将。

このひと、木曽義仲に似てる。激似。

源氏の大将で、同じ源氏のライバルがいる。

皇子の命令を受けて挙兵。

敵の本拠地に突入して政権を滅亡させる。

味方であったライバルは敵になる。

北陸地方を地盤として忠勤に励み独自の次期天皇候補を応援。

しかし天皇(法皇)に切り捨てられ都落ち。

都の女性に未練を残しつつ 態勢を立て直すため北陸方面に向かう。

少人数で水田地帯を移動中、雑兵によって殺される。

ああ、そっくりだ。

● 宗良親王(1312〜1388)

後醍醐天皇の皇子。護良親王の弟。後村上天皇・懐良親王の兄。

南朝の武将にして歌人。

西日本に派遣された懐良親王と同じくオヤジの命令で東日本に派遣され、信州の山奥・伊那谷をアジトにして、半世紀に渡り北朝と戦い続ける。

「信濃宮(しなののみや)」と呼ばれる。

武将として生きたが、同時に歌人としても一流で、歌集も(信州で)出している。

我を世に在りやと問わば信濃なる いなと答えよ嶺の松風}

俺のことを「あいつはどこにいるのだろう」と聞く奴がいたら、「伊那」ではなく「いない、そんなやつはいない」と答えてくれ、嶺の松風よ。

伊那谷(長野県)

懐良親王(1329〜1383)

「日本国王」。

後醍醐天皇の皇子。護良親王・宗良親王・後村上天皇の弟。

オヤジの命令で8歳で九州に行き、30歳で九州制圧。

のべ40年間も九州を治め続けた豪傑。

南朝は、途中から全然ダメな状態だったが、この人のいた九州だけは、南朝勢力、えらい元気だった。

中国の皇帝(建国直後の明の洪武帝)にお願いして、「日本国王」の称号までもらってしまった。

この人が南朝のアトを継いで天皇になっていれば、北朝、勝てたかどうかわからない。

日本国王となり勢いさかんな彼のライバルは30才年下の14才の将軍・足利義満。

懐良親王の死後、「日本国王」の称号を受け継いだのはその足利義満だった。

北朝

足利尊氏(1305〜1358)

南北朝時代・北朝の武将。

このひと、源頼朝に似てる。激似。

源氏の大将で、同じ源氏のライバルがいる。

皇子の命令を受けて挙兵。

味方であったライバルは敵になる。

天皇(法皇)と対立。

戦争は弱い。大敗北を喫し切腹寸前で思い止まる。

優秀な弟の活躍もあり勢力拡大。

征夷大将軍になり、自分の武家政権をうち立てる。

対立した弟を殺す。

ああ、そっくりだ。

足利義満(1358〜1408)

「将軍さま」。

祖父は足利尊氏。

義満は南朝を滅ぼし、全国を制覇。

ついでに北朝(の後小松天皇)も滅ぼして、自分が天皇になろうとした人。

中国の皇帝にお願いして「日本国王」の称号をもらった。

アニメ「一休さん」の登場人物として印象深いなあ。

一休さん15歳のとき、51歳で死去。

天皇交替計画達成の直前だった。

おまけ

●一休宗純(1394〜1481)

「一休さん」。

父は後小松天皇(北朝)。

弟は称光天皇。

オトナの都合で幼児期に寺に入れられる。

当時のくさった仏教界や権力者に逆らい続け、自由に生きた。

ナマグサ坊主。

88歳で死去。

のちアニメになる。筆者も幼少のみぎり見た。

アニメでは将軍さま=足利義満と「とんち勝負」をしたりしているが、『天皇位を狙う男』と『天皇の長男』の対決なんだよね、これ。

ほのぼのムードで「これは一本取られた」なんて言ってるけど、実はハードな政争ドラマだったんですね、これ。

●(教授謹製南北朝トランプ