欽明王朝

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小林教授
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●注

古代史なので推測・空想で書いてます。まるまる鵜呑みにしないでね。

生没年とか根拠薄弱だし。

あまり本気になって「あなたの説はすばらしい」とか言われても困る。

批判されるのならまあいいけど。

欽明王朝

●欽明天皇(510〜571)(在位535〜571)

継体天皇の息子。母は仁賢天皇の娘・手白香(たしらか)姫。

善光寺縁起によると、インドから渡ってきた仏像「善光寺如来」は一度聖明王の百済に滞在したという。

聖明王はインドの月蓋長者の生まれ変わりだ、と書かれている。

百済にご利益をもたらしたのち、「日本へ行く」とのお告げを出す如来。

残念がりながらもお告げに従い聖明王は豪華な船をしたてて如来を日本の欽明天皇のもとに送り出す…という物語。

仏を追って海に飛び込み多くの百済宮廷の人々が死んだ…と書いてある。

船は難波(いまの大阪市)に到着。初めて見る仏像に仏教導入派の蘇我稲目と仏教反対派の物部尾輿が対立。

尾輿は如来を難波の堀江(いまの大阪)に投げ捨て、仏罰により滅亡。

仏は宮廷に帰ってくる。その後尾輿の息子物部守屋が仏像を壊そうとするが壊れず、やはり難波の堀江に投棄。

守屋は仏の使いである聖徳太子と蘇我馬子により滅ぼされる。

堀江に沈む如来像を信州から上京してきた本田善光(よしみつ)という男が発見し故郷信州に持ち帰り祭ったのが「善光寺」なのだという有名な話。

●敏達天皇(538〜585)(在位571〜585)
●用明天皇(553〜587)(在位585〜587)
●崇峻天皇(557〜592)(在位587〜592)
●推古天皇(554〜628)(在位592〜628)
●舒明天皇(593〜641)(在位628〜641)
●皇極天皇(594〜661)(在位641〜645・654〜661)
●孝徳天皇(597〜654)(在位645〜654)
●天智天皇(626〜671)(在位661〜671)
●弘文天皇(648〜671)(在位671〜672)
●天武天皇(622〜686)(在位672〜686)
●持統天皇(645〜702)(在位686〜702)
●文武天皇(683〜707)(在位702〜707)
●元明天皇(661〜721)(在位707〜715)
●元正天皇(680〜748)(在位715〜724)
●聖武天皇(701〜749)(在位724〜749)
●孝謙天皇(718〜770)(在位749〜758・765〜770)
●淳仁天皇(733〜765)(在位758〜765)

蘇我氏

●蘇我稲目(506〜570)
●蘇我馬子(551〜626)
●蘇我蝦夷(587〜645)
●蘇我入鹿(〜645)