チョウチョウウオ[蝶々魚]

(学名)Chaetodon auripes
(英名)Whitecollar coralfish


スズキ目チョウチョウウオ科

[分布]
千葉県以南;〜フィリピン
インドネシア
[環境]
浅海の岩礁(1〜10m)
サンゴ礁
[体長]  13〜20cm
[撮影地] 東伊豆
[深度]  15〜20m
[撮影者] H.Murayama

[特徴]
江戸時代の昔から古く日本人に
親しまれてきた元祖「
日本産チョウ
チョウウオ
」で、通称並チョウとも
呼ばれる。

低水温に強く、インドネシアなど
の亜熱帯海域から、
日本近海の
温帯域
にかけて広く生息する。
関東近辺でも幼魚、成魚を問わず
普通に見る事が出来る。


チョウチョウウオの数奇な運命、その1

チョウチョウウオ科の魚はカスミチョウチョウウオ
項でも記載したように、世界中で約100種類以上が
既に確認されています。日本近海に生息する種は
標準和名で上に何もつかない、普通のチョウチョウ
ウオと名づけられ、俗に”並チョウ”というあまり風采
のあがらない通称で呼ばれるそうですが、実はこの
魚にはあまり人に知られていない驚くべき過去が
あったようです。

文献17によると、この魚は意外にも古く18世紀の
江戸時代の頃から、日本のみならず西洋でも既に
知られていたようです。江戸時代と言えば皆さんも
ご承知の通り、鎖国の真っ最中、しかも現代のような
スキューバの装備もないような時代になぜこの魚が
知られていたのか、不思議に感じる人もいることで
しょう。まず、第一の疑問点については当時鎖国状態
の日本とも交易していたオランダ商人を経由して、
標本が持ち込まれ、それを基に当時の博物図鑑に
記載されたようです。第二の疑問点については、
この魚が比較的浅場の沿岸近くに住んでいること
から、江戸時代の漁師達が放った網に捕らえられる
ことが多く、他の食用の魚に比べると比較的派手な
この魚に興味を抱いたのではないかと考えられます。

ところで、この魚の学名は1901年までインド産の
コラーレバタフライ(英名:Collare Batterflyfish、
学名:Chaetodon collare)と同一され、同じ学名が
付けられていたそうです。旧学名が付けられたのは
明治時代の頃で上記に述べた江戸時代の名残から
オランダ経由でもたらされた極東地域のチョウチョウ
ウオが全て日本産として認識されていたことによる
ものとされています。現在、写真で比較するとこの
両者が別の種であることは容易に想像できますが、
旧学名が付けられた当時は、現在のような交通や
情報伝達手段もなく、もちろんカラー写真などもない
状況を考えると無理もないことかもしれません。

このように”並チョウ”と呼ばれるチョウチョウウオが
実は意外と由緒正しきハイソ?な魚だと知れば、
皆さんも見る目が変わってくるのではないでしょうか?

チョウチョウウオの数奇な運命、その2

日本のチョウチョウウオが”並”でないのは、何も
その歴史だけではないようです。

チョウチョウウオと言えば、一般に南の島のサンゴ礁
を彩る美しい体色をまず思い浮かべますが、それに
比べてこの魚はどちらかと言えば地味と言えます。

もともと、チョウチョウウオ独特の体型や模様、食性
はサンゴ礁に適した特徴を持っています。例えば、
その体型はサンゴ礁の大小さまざまな隙間に上手く
入り込み外敵から身を守るのに適しているし、派手な
体色も色あざやかなサンゴ礁では逆に周囲と同化
して目立ちにくくなります。また、食性に関しても
サンゴのポリプを食べやすいよう尖った小さな口を
持っています。

それに対して、日本のチョウチョウウオはそういった
特徴を変化させてまで、温帯の岩礁域に適応して
きたようです。冷たい冬の海水温にも耐え、食性も
ゴカイやエビなどの小動物を食べる肉食性に変わる
など、見事なまでによく日本近海の環境に適応して
います。

そう考えると、地味な体色もその方が日本の岩礁域
では目立ちにくいとも言えます。これからは、もう少し
”並チョウ”を見直してみてもいいかも知れませんね。


"目次"へ戻る

Hiroの海洋写真館