「ルポ・ 日本の生物多様性 保全と再生に挑む人びと」

【目次】  
ルポ1◆海鳥を大量死させているのはだれ? 〜水産大国ニッポンが抱える混獲問題
  オロロン鳥を見にいく/「潜水追尾型」が狙われる/潜水艦まで一網打尽/隠蔽体質を払拭するには

ルポ2◆ジュゴンは軍隊と共存できない 〜基地建設に揺れる「北限の生息地」
  基地の眼前に「北限の生息地」/なぜ沖縄のジュゴンを守るのか/軍事空港が生息地を直撃

ルポ3◆あなたもなれる! カヤネズミ調査員 〜生物多様性保全のための環境教育とは?
  宙に浮かぶ巣/どこが環境に優しいの?

ルポ4◆古代湖を侵入種から守る 〜バス・ギル駆除と再放流禁止条例
  侵入種たち/侵入種再放流禁止条例/求められる「効果」

ルポ5◆五〇年前の川を取り戻せ 〜自然再生技術の確立をめざす
  蛇行復元実験の現場へ/自然再生技術の確立をめざす/イトウ「復活」はなるか

ルポ6◆ディアハンターは鹿を絶やさない 〜野生動物保護管理の成果と課題
  狩猟者が担う保護管理制度/シカ個体数をなぜ下げる?/「有効活用」に向けて

ルポ7◆クワガタムシ・カブトムシ輸入超大国ニッポン 〜在来種に迫る「遺伝子汚染」危機
  農水省が輸入を「解禁」/在来種の遺伝子が「汚染」される/希少種絶滅に向けてとどめの一押し

ルポ8◆猛獣マネジメントいたします 〜自己防衛と春期捕獲に託すクマとの共存
  ヒグマ五五二頭、ヒト五三万人/ヒグマ対策マニュアル/害獣か保護獣か/専守防衛? それとも先制攻撃?/鍵は雄グマの捕獲数/キムンカムイ

ルポ9◆「オミヤゲ盗掘」から高山植物を守る 〜入山規制が拓く「花の山」との新しいつき合い方
  石灰岩植物の山/年間九〇人限りの学習登山/現れ出した成果

ルポ10◆移入種大国から環境立国へ 〜目標は「持続可能な利用」
  キーウィを探しにゆく/侵入種が追いつめた「飛べない鳥」/終わりのない戦い/キーワードは「サステイナブル」/移入種としての鱒をどうみるか/サステイナブルな社会を目指す技術


「ルポ・ 日本の生物多様性 保全と再生に挑む人びと」 平田剛士・著

はじめに

 題名に「生物多様性」とあるのを見て本書を手にとってくださった読者のみなさんには、本書の著者、つまりわたしが、研究者でもなんでもない、ただの取材記者に過ぎないということをまずお断り申し上げておきたい。本書は希少動植物保護の問題や、移入種問題などを扱っているけれども、わたしには保全生物学はおろか、これまで生態学、獣医学、遺伝学、園芸学、地理学そのほかの専門教育すら受けた経験がない。ふり返ると一〇年あまり前、ただ興味のおもむくまま、おっかなびっくりこの分野に首を突っこみはじめたおり、それはアイヌモシリ(「人の静かな大地」という意味のアイヌ語。北海道のこと)の阿寒湖畔の雪深い森の中で生態学者たちのグループが行なっていた野生エゾシカの群れの生け捕り調査の取材だったが、「個体群」「テレメ」「拮抗剤」などといった専門用語が飛び交う現場で、いちいちそれらのコトバの定義や意味(時には漢字や英単語のつづりまで)を聞き直しては、必死にメモをとらなければならなかった。同じようなことはじつは現在も続いていて(「あのォ、MVPって何の略でしたっけ?」)、本書のための取材時にも、フィールドに連れていってくれたり研究室でインタビューに応じてくれたりした専門家のみなさんにはずいぶん無駄な「講義」をさせてしまったと思う。
 だが、そんな特別授業のおかげもあって、自然環境にかかわるいろいろな問題を取材したり原稿を書いたりする時に心すべき指針のようなものをいくつか身につけることができた。そのひとつとして、いま最も大切だと考えているキーワードが、この「生物多様性」だ。
 この用語、多くのみなさんはすでにお馴染みに違いない。念のためにその出自をおさらいしておこう。前著(『エイリアン・スピーシーズ 在来生態系を脅かす移入種たち』緑風出版、一九九九年)に引き続き同じ文献の同じ箇所からの引用で恐縮だが、保全生物学者の鷲谷いづみさんはこう解説している。
〈「生物多様性」という用語は、種の大量絶滅・衰退と生物学的侵入による生物相や生態系の全地球的規模での急激な変質という「危機」的な事態を憂慮する生物学者によって、問題を科学的に捉えると同時に危機を回避するための目標を明示する言葉として、一九八〇年代の後半に作られたものである。〉(「生物多様性とは何か――[危機]が生んだ科学用語」『生物の科学遺伝別冊 No.9 』収録、裳華房、一九九七年)
 つまり「生物多様性」は、最初からはっきりひとつの目的をもって生み出された戦略的な新造語なのだ。ふつう「多様性」と聞くと、「多様性に富んでいる」とか「多様性に乏しい」とか、何か目盛りを読んで度合いを調べる測定器のようなイメージが思い浮かぶかもしれない。でもひとたび頭に「生物」がくっついて「生物多様性」というひとつの用語として使われるや、「もうこれ以上この目盛りを下げるようなことをしてはダメ」という戒めの意志が色濃く浮かび上がってくるのだ。
 この「生物多様性」を取材や執筆の指針にするとはどういうことだろうか。それは、その地域の社会の“ふるまい”が妥当かどうかを、「生物多様性」が含み持つ目的意志――〈問題を科学的に捉えると同時に危機を回避する〉こと――に照らして判定するということである。この場合、判定者がプロの科学者である必要はない。科学者ではないわたしは、自分自身が直接的に〈問題を科学的に捉える〉ことはできない。けれども、全国を旅しながら現場を訪ね、あれこれ見聞きすると、目の前の生物多様性が人びとのふるまいによってこれからどうされようとしているのか、判定することはそれほど難しくないのだ。
 当然ながら、注意すべき落とし穴もある。「生物多様性」というコトバは今では非常にポピュラーになって、役所でも企業でも、だれもかれもが企画書に「生物多様性を守るためにこのプロジェクトを立ち上げました」「生物多様性に配慮した工法を採用しています」などとしたためるようになっている。そのようにすると納税者や顧客やメディアによくウケる。結果として予算がつきやすいのだ。一般にコンサルタントや企画課員たちは文才に非常に長けているので、彼らの仕上げた素晴らしいドキュメントにばかり目を奪われていると、うっかりゴマカされてしまいかねない。真贋を見分けるのに、「なされようとしていることに科学的裏付けは十分だろうか」と疑ってかかる目は欠かせない。
 もうひとつ。「生物多様性」について書かれた教科書や論文はたくさん出ているが、あれこれ読み比べてみると、この言葉の意味をズバリ簡潔に説明する肝心の「定義」がどうも一通りではないということに気づくだろう。教科書を執筆するくらいのプロの専門家たちの間でも、解釈に“多様性”がみられるのだ。思うに、このような解釈の自由度があったからこそ、この用語は短時間のうちにいろいろな主義・価値観の人びとに重宝され、世界中に広まっていったのだろう。開発系の役所や企業が企画書類に多用しているというのもこの効果による。
 では、わたしが本書で指針として使う「生物多様性」の定義は何か? これはハッキリしておかなければならないだろう。前著では
〈生物多様性とは地球上の生命の総体を意味し、したがって、すべての植物、動物、微生物、これらすべての生物の遺伝子と生物を取り巻く自然環境からなる複雑な生態系を指す。〉
 という定義をプリマックほか『保全生物学のすすめ』(文一総合出版、一九九七年)から引いた。本書ではもうひとつ、生態学者の平川浩文さんによる次の一文をエッセンスとしてつけ加えたいと思う。
〈生物多様性の保全とは、多様度の高い自然を作ることでも、多様度の高い自然を守ることでもない。各地それぞれ特徴ある在来の自然を守ることであり、その自然を構成する在来の植物や動物を失わないことである。それが結局、生物世界の多様性(生物多様性)を保全することになり、またそれが生物自然の保全に関する我々の自然な価値観に適うのである。〉(平川浩文「多様性、高きがゆえに尊からず――生物多様性の保全とは何か」『北海道におけるギャップ分析研究報告書―新たな生物多様性保全戦略にむけて――』収録、北海道ギャップ分析研究会、二〇〇二年)
 〈各地それぞれ〉、つまりあらゆる場所で〈在来の自然を守る〉ことが大事だとする平川さんのこの解釈には、現状に対する強烈な危機感が込められている。この危機感をわたしも忘れずにいたい。繰り返しになるが、自分勝手な環境破壊を続けてきたいままでを反省し、もうこれ以上同じことを続けていてはダメだという自戒する意志こそ、「生物多様性」の本質なのだ。
 さて、こんなふうに生物多様性をとらえると、それを保全する活動もやっぱり〈各地それぞれ〉で進めることが肝要だと気づく。もちろんそこには人の暮らしがあり、人と自然との関わり方も千差万別だ。それぞれ特徴ある状況の中で、保全のために必要なこともまた、さまざまであろう。
 わたしはこれから、読者のみなさんを小さな旅にお連れしたいと思う。北海道から沖縄県まで、海や山や川を訪ね回りながら、これまでの環境破壊の傷跡を見学し、また各地さまざまなやり方でその“治療”や、残されている生物多様性の保全に取り組んでいる人たちに会いに行って話を聞くことにしよう。
 生物多様性のためのそうした活動は、ある場所ではすでに成果が出始めているけれど、別の場所ではようやく芽吹いてきたばかりで、花が咲き実がつくのはまだこれから、ということもある。人間と野生動物との生活圏が重なる地域で、両者の間のあつれきを低減させると同時に野生動物の群れを健康な状態に維持しようとする「ワイルドライフ・マネジメント(野生動物保護管理)」は、一部地域ながら実際に機能し効果を上げ始めている好例だろう。他方、いかに科学的な裏付けを重ねたとしても、複雑な自然を相手にしているのだから、いつも人間の想定通りに進むとは限らないが、失敗を恐れず、むしろ失敗を糧に恒常的に素早くハンドルを切りながら最善の結果にたどりつこうとする「アダプティヴ・マネジメント(順応管理)」についてもご紹介できるだろう。
 また、地域の人びとがそれぞれ自分の身の回りの生物多様性を思いやるとき、その保全をだれかに強いられていると感じてしまっては活動は長く続かないと、読者のみなさんはこの旅を通じて次第に気づかれると思う。生物多様性をこの先長く保全していくには、地域の自然に関わるなるべく多くの人びとが、誇りを持って自発的にこの活動に取り組めるよう工夫する必要がある。その鍵として、本書では「サステイナブル(持続可能な)な管理」という概念を、先進国ニュージーランドのやり方を例にご紹介したいと思う。
 前置きがすっかり長くなってしまった。支度はよろしいだろうか。
 ――では出発しよう。

注 「個体群」は〈一定時間内に一定空間に生活する同種の生物個体の集まり。出生率や死亡率・分布様式その他によって特徴づけられる。〉(三省堂『大辞林』)、「テレメ」はラジオ・テレメーター(radio telemeter =電波傍受装置)の略称、「拮抗剤」は麻酔薬の効果を減じる薬剤、また「MVP」はminimum viable population size =最小存続個体数の略号。

(C)2003 Hirata Tsuyoshi, All rights reserved.


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