北海道のミルクはお好きですか?
対豪EPAにサバイバル迫られる酪農家たち
平田 剛士(2007-02-22 18:23)
近く始まる見通しの日豪EPA(経済連携協定)交渉で、もし農産物関税が撤廃されれば、北海道が被る打撃は1兆3716億円に上る……。こんな試算が公表されて危機感が高まる中、北海道江別市の酪農学園大学でこのほど、「新しい日本酪農を求めて! 生産調整・EPA時代の将来展望」(主催・酪農学園ミルク産業活性化推進会議)と題するシンポジウムが開かれた。
日豪両政府は今年からEPA交渉を始めると約束。オーストラリア政府が輸出農産物の関税完全撤廃を強く求めているのに対し、日本政府ははっきりした態度を示していない。日本経団連は工業製品輸出増を見込んで早期締結を求めている。
この流れに北海道農業界は戦々恐々としている。乳製品・小麦・砂糖・牛肉といった主力農産物が、オーストラリアと正面から競合するからだ。もし関税が撤廃されて安価な(おまけにBSE未発生なことなど安全性が高いイメージもある)オーストラリア産物が店頭に並べば、太刀打ち不能とみる関係者は多い。
特にダメージが懸念されているのが酪農業だ。北海道では年間382万トンの生乳が生産され、これは全国生産量の46%を占める(2004年)。道庁の試算では、自由化されれば道内の酪農生産額は3割に縮小し、関連産業や地域雇用分も合わせて8657億円もの損失が予想されるという。
この日のシンポジウムでも、JA北農中央会の永井則夫専務理事は「(自由化されれば)国内価格の大暴落は必至。(農業を保護する補助金などの)追加支援がなければ全てオーストラリア産に置き換わりかねない。交渉がスタートしたらデモや座り込みも辞さない覚悟です」と悲壮な決意を語った。
しかし、より説得力を感じさせたのは、コストをそぎ落とし、消費者を味方にできれば、北海道でも酪農業が生き残るチャンスは十分にある、と前向きに論じた酪農家や研究者たちのほうだった。
「酪農大国」ニュージーランドに学ぶべきだと語ったのは、同大学の荒木和秋教授(酪農畜産営農システム学)。同国では1980年代の行政改革で農業補助金が全廃され、酪農家は究極の低コスト化を余儀なくされた。しかし、おかげで現在は生乳生産コストを北海道の3割という低さに抑え、競争力を得た。
荒木さんは日本の酪農の経営形態を同国と比較分析。「通年舎飼い」(ニュージーランドでは集約放牧)、「高価格資材を農協を通じて購入」(低コスト資材を自己調達)、「普及所・農協の指導」(コンサルタント・銀行が指導)といった要素について、農家に予算を消化するよう仕向ける日本の補助金制度そのものが生産コストをつり上げている、と指摘した。
また、一軒の酪農家にまるでぶら下がるように、乳業メーカーや地域経済や農協(その下にさらに飼料・農機・肥料・薬品メーカーや建設業者など)が居並んでいる北海道型の農業構造を、芥川龍之介の『蜘蛛(くも)の糸』になぞらえ、システム転換の必要性を訴えた。
すでに「転換」し始めた酪農家もいる。足寄町(あしょろちょう)放牧研究会の吉川友二さんは、ニュージーランドで学んだ後、2000年6月から同町内で放牧酪農を始めた。
牛を放牧せずに畜舎で飼い(=舎飼い)、「濃厚飼料」(トウモロコシなどの穀物)や、刈り取った牧草を発酵させて作る「サイレージ」に頼ると、面積当たりの飼育頭数や1頭当たりの乳量は増やせても、コストもかさんで、トータルでは「1のエネルギーを投入しても、0.7のミルクしか収穫できません」(吉川さん)。
しかしじょうずに放牧すると「1のエネルギー投入で2を収穫できる。荒れ地に牛を放しておくと、牛が自分で耕して、どんどん牧草地に変わっていきます。放牧酪農は奇跡の農法だと思うのです」と、実践者の立場から放牧酪農の優位性を説明した。
放牧と聞くと粗放な伝統農業と思いきや、実は十分な国際競争力を発揮しうる最新技法だと言えそうだ。
さて、ここまで読み進んで「北海道の酪農って全部放牧じゃなかったの?」と疑問に思った読者もおられるだろう。「だって牛乳パックに放牧のホルスタインがのんびり草をはんでいるイラストが描いてあるじゃない?」。そんな声が聞こえてきそうだ。
「これはある種の偽装でしょう。実態は大半が舎飼いなんだから」と指摘したのは荒木さん。パネル討論の座長から消費拡大のアイディアを問われて、答えた。いまミルクは、舎飼いも放牧も一緒くたに、各農家が搾った生乳をホクレン(農協連合)が一括集荷して乳業メーカーに分配している。これでは消費者は「放牧牛乳」を選べない。
こんな「偽装」は国際競争力をうんぬんする以前の問題だが、荒木さんは「(現行システムから脱皮して)生産者が消費者に直接、自由にミルクを売れるルートを作らないと、酪農家の自立は図れない」と述べた。
そう。コスト削減も重要だが、酪農に限らず、近い将来価格競争にさらされた時、消費者の支持なしに国内農業は生き残れないし、生き残る意味もない。
では日本の消費者は「味方」だろうか。
吉川さんは「日本でBSEが出た時、ファミレスに『国産牛肉は使用していません』と張り紙されているのを見てショックだった」と語った。レストラン側は「安全宣言」のつもりだったかも知れない。でもそこには、苦しんでいる自国農家に対する応援の気持ちが一切ない。それが悲しかったという。でも、その悲しみに気づいたお客がレストラン内にどれだけいたか。
EPA交渉は、決して農家だけの問題ではない。「乳製品が安くなればラッキー」と考えて国内農業を切り捨てる道を選ぶのか。それとも、農家が消費者の食卓を支え消費者が農家の経済を支える「相互依存の関係」を、この機会にもう一度強く結び直すのか。
消費者もまた「食べ方=生き方」を問われている。
(「オーマイニュース」サイト閉鎖にともない2009年4月10日にウェブサイトに掲載しました)
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