希少種イトウと酪農・漁業の共存図れ

上流と下流の「協働」に光明

平田 剛士(2007-01-31 08:29)

 北海道東部の陸上自衛隊・矢臼別(やうすべつ)演習場内を流れる風蓮(ふうれん)川に、札幌防衛施設局が砂防ダム15基を建設し、そのうちいくつかが絶滅危惧種イトウ(サケ科)の繁殖地を破壊している問題で、市民グループ「道東のイトウを守る会」(小林聡史代表)による勉強会が1月27日、地元・別海町(べつかいちょう)内で開かれた。「砂防対策を望んでいる」とされる河口部の漁家たちも多数参加し、流域で営農する酪農家たちや、イトウ保護を求める市民らと意見を交わした。

 風蓮川が流れ込むオホーツク海沿いの風蓮湖(面積約5600ヘクタール)は、アサリ、シジミなどの好漁場として知られるが、近年は流入する泥の堆積によってシジミ資源が激減し、2000年から周囲の全3漁協による禁漁措置が続いている。

 札幌防衛施設局の委託を受けてダム工事を進める別海町によれば、現行のダム建設計画は、演習場から風蓮湖に土砂を流出させないで欲しいという漁業者の要望を受けて、これまで立案・実行されてきた。

 ところが、この日の勉強会で講師を務めた北海道大学大学院環境科学院博士課程の野本和宏さんは、周辺の航空写真を示しながら「風蓮川流域で最も豊かな森林に覆われているのは他ならない矢臼別演習場です」と解説。北海道立水産孵(ふ)化場主任研究員の川村洋司(ひろし)さんも、自らのイトウ生息調査の結果をもとに、「現在の風蓮川でイトウの繁殖が確認されているのは演習場内とその周縁部だけ」と語った。

 この一帯ではパイロットファーム(1956〜64年)、新酪農村計画(73年〜)といった大規模酪農開発が国策として推進されてきた。いまでは、風蓮川は流域面積およそ580平方キロの大半が牧草地化されている。ところが演習場エリア(168平方キロ)だけは64年の開設以来、厳しい立ち入り制限が敷かれてきたせいで、結果的に自然環境が良好なまま保全されてきたのだ。

 勉強会に参加したある漁業者は、「昭和50年ごろに見学した時には、演習場内は泥濘(でいねい)がひどく、そこを装甲車などが走りまわって、ひどい荒れようだった」と証言したが、許可を得て昨年、場内の河川環境を調査した野本さんによれば、近年は演習場全域で側溝や浸透孔などの土砂流出防止対策が徹底され、植林による荒廃地緑化も進んでいる。お陰で場内の風蓮川水系にはイトウのほか、オショロコマ(サケ科魚類)、ニホンザリガニ、カワシンジュガイといった清流を好む種が生息していることを確認できたという。いずれも場外の風蓮川では消えてしまった生物たちだ。

 そんな「最後の聖域」のような場所を、まるで狙い打ちするように直撃しているのが、問題の砂防ダム群だ。

 そもそも砂防ダムには、風蓮湖を浄化する効果があるのだろうか?

 矢臼別を含むここ根釧(こんせん)地方の地表は、古い時代に堆積した火山灰層に覆われている。同演習場から流れ出る土砂の大半は非常に細かい粒子(浮遊砂やウオッシュロード)であり、川村さんによれば、同じ矢臼別演習場内の別寒辺牛(べかんべうし)川水系トライベツ川に建設された同型の砂防ダム(2003年完成)をめぐる調査結果から、水中で沈降しないこうした微粒子成分は、砂防ダムではほとんど食い止められないことが分かった、という。隣接して流れる風蓮川でも同様に、「砂防ダムでは漁業被害対策の効果は期待できません」と、川村さんは明言した。

 講師たちの解説を総合すれば、ようするに現在の矢臼別演習場は風蓮湖に土砂を流出させておらず、おまけにそれは砂防ダムとは別の対策の成果で、ダムは無用・無効どころか、イトウを頂点とする風蓮川最後の豊かな生態系を破壊してしまっている、ということだ。

 ちなみに、トライベツ川の砂防ダムのほうは、無効なうえにやはりイトウ生息地を破壊していることを政府も認め、06年秋から、堤体をまっぷたつに切断して幅2メートルのスリット(隙間)を開ける工事が始まっている。

 さてでは、風蓮湖のシジミを窒息させ、漁業者を苦しめている泥はどこから流れてきているのか。

 勉強会の参加者たちは、紳士的に名指しこそ避けたものの、「河畔林(かはんりん)を伐採して、牧草畑を川の縁ぎりぎりまで造成しているせいでは」「大雨で川が増水すると、湖内の漁網に家畜の糞尿(ふんにょう)が絡みつくこともあった」といった発言が続いた。

 光明は、下流の漁業者たちと上流の酪農家たちがいたずらに反目し合うのではなく、すでに同じテーブルについて議論を重ね、「協働」で風蓮湖の環境対策を実践し始めていることだ。

 「JAべつかい」など4農協、別海漁協など2漁協と別海町森林組合の計7団体は、3年前に風蓮湖流入河川連絡協議会を結成し、河畔への植樹活動などを進めてきた。

 別海町議で、同協議会会長を務める阿部政博さん(酪農業)は、「川のそばでは草地改良しないようにしたり、各農家の営農計画に植樹を認めて組合から苗木分を助成できるようにするなど、河畔林を蘇らせる工夫を凝らしたい」と話す。

 協議会副会長で、やはり町議の松原政勝さん(漁業)は、「シジミ漁を休業せざるを得なくなった時は悔しかったが、ようやく復活の兆しが見え、今春は調査捕獲できる見通しが立った。上流のみなさんの努力にたいへん感謝している」と、エールを返した。

 松原さんによれば、1980年代に「演習場の土砂対策を」と当局に要望した別海漁協はいま、特別委員会を設置して、場内の砂防ダム群の有効性をチェックし直しているという。漁協が要望を取り下げれば、ダムは根拠を失い、残り4基分の建設計画は止まる。すでに建設された15基のうち、イトウ繁殖に特に支障あるダムの改良(スリット化、魚道付設、撤去など)もスムーズに進むはずだ。

 流域の大半を占める酪農地帯での河畔林復元や水質浄化は、最上流部から河口域まで、大きな川をまるごと利用して暮らすイトウたちにも大きな意味を持つ。

 「森と川と海はひとつ」――。いつか風蓮川全域にイトウが戻ったとき、風蓮湖流入河川連絡協議会のこのキャッチフレーズが実現する。

(「オーマイニュース」サイト閉鎖にともない2009年4月10日にウェブサイトに掲載しました)

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