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パール・バックが住んでいた館
-中国・鎮江(チェンチアン)-
名作『大地』も ここで執筆したそうです
パール・バックが住んでいた館 正面
パール・バックが住んでいた館 側面
 鎮江ではさんざんでした。揚子江から立ちのぼる水蒸気が都市全体を覆ってい て、それが霞のようで、今までに経験したことのないような蒸し暑さでした。集中豪雨のような汗で、絶えず水分を補給していないと倒れてしまいそうでし た。

 鎮江二中という、日本でいえば高校にあたる学校を所用で訪ねたのですが、そこで思わぬものを見ました。校庭に隣接する場所に、パール・バックの住んで いた館が昔のまま保存されているのです。名作『大地』もここで執筆したそうです。

 鎮江二中は百十数年の歴史を持つ学校ですが、パール・バックはこの館に住み、十年ほどこの学校で英語の教師をしていたそうです。学校関係者や地元の人たちも、そのことをたいそう誇りにしていました。それにしても、激しい文化大革命を経て、このようなものがよく残ったものだと思います。

 一般公開はしていないようでしたが、内部を案内してあげるということで館まで出向いたものの、たまたま鍵を持っている人が不在で、見ることができず残念で した。
追記
 鎮江在住の知人に パール・バックのことを調べてくれるように 頼んでおいたところ、以下のような意味の返事が届きました。
  • パール・バックに関する資料は少ない。彼女が〈大地〉の中で書いた中国は、1949年以前の中国のことで、たくさんの外国人があの本で中国のことを認 識していた。だから、最近 何年も前から中国では、彼女のことは許されるようになった。

  • パール・バックの書いた中国は、中華人民共和国としての中国ではないので許されるようになった、という意味のように思えます。パール・バックは 生後3か月から15歳まで鎮江で生活し、それから進学のためにアメリカに渡り、卒業後また鎮江に戻って英語の教師をしていた。私が現地で聞いた話によると、宣教師である父親の仕事の関係で、鎮江に住居をもとめたということでした。

[文・写真とも] 青猫さん 1999.7.31.撮影


Copyright © 青猫+ヒントブックス 1999
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