9.非情城市
この旅のメインイベントともいえる、九?への旅である。駅から特急電車で40分、そこからバスで20分。そこにベネチア映画祭のグランプリ作品、非情城市のロケ地がある。
そもそも私が台湾に行きたいと思うきっかけになったのが、この「非情城市」だった。
当時携わっていた情報番組の中で、「アジアのフロントライン」と称して韓国・北朝鮮、中国・台湾、中国・香港の<国境>を取材し特集しようという話が持ち上がった。国際派のデスクが乗り気だったが、実働部隊である我々若手は、一体どのような切り口で撮ったらいいのか分からず迷いがあった。ある日若手だけで飲みに言った時、先輩の女性ディレクターが酔いも手伝い泣きながら「非情城市を見たか?日本がアジアに何をしたのかを突き詰めることなく、どうして<国境>の人々にカメラを向けられるのか」と言った。その日から非情城市という映画がずっと気になっていた。
ようやく非情城市を見る機会に恵まれた。その映画は台湾の2・28事件とよばれる、
中国共産党による台湾知識人などの大弾圧事件を扱ったものだった。意外にも日本人と台湾人はとても打ち解け、引き上げる日本人を涙ながらに見送る様子が描かれていた。こんなにアジアで嫌われている(?)日本人は、台湾ではなぜ受け入れられていたのか。台湾の人は今もなぜ(他の国に比べて)日本に好意的でいてくれるのか。一度台湾の雰囲気を肌で感じてみたいと強く思ったのだ。
バスが長い坂道をくねくねと登る。はるか上界に突然浮き上がるような街が見えてきた。
急な傾斜地に広がる小さな町だ。周りに日本人がいない。そのかわり、台北からやってきたカップルやカメラ小僧が道連れで、なんとなく嬉しい。
メインストリートは全て階段だ。まゆこが小柄で助かった。ひたすら上り詰め頂上に立つ。そこにはお宮があった。その前で写真を撮ってもらう。私がこの旅で最も気に入っている写真がそこで撮れた。万由子の表情がすごくいい。愛想笑いではなく、本当に嬉しそうで晴れやかで、達成感すら感じられる。やはり子どもは分かっているのだと感じる。市内から出たちょっとした冒険。長い坂道を登りきって、最も来たかったところに立った。その嬉しさを、万由子も確かに共有していた。
階段沿いには古くノスタルジックな民家が建ち並ぶ。そこはすでに民家ではなく、観光客相手の喫茶店になっている。そこでゆっくりと海を眺めながらお茶を飲んだ。ぜいたくな時間が流れていった。何がわかったというわけではないし、分かるはずもない。でもここに万由子と来れたことが、素晴らしい。
その夜、万由子が大泣きし、我々は食事に出ることができなかった。万由子も疲れたんだろう。いっぱい見て感じて、興奮したのだろう。色んなことを考えているんだろう。
家に二人閉じこもったまま、この「泣き」をやられたら、すごくきつい。
だがここでなら、いつまでも抱きしめて付き合える。泣き疲れて眠るまで、ずっと優しく撫でてあげられる。