5. 淡水の夕日
ヒルトンに出鼻をくじかれたが、こんなところでへこたれてはいられない。
私達3人は、台北からMRT(地下鉄のようなもの)で北へ40分のところにある庶民の憩いの地・淡水に向かった。
地下鉄で切符を買う時に、義母のコミュニケーション力に驚いた。
目的地までは50元、日本円で約170円。私どもは100元札しか持っていなかった。
自動販売機にはお札を入れるところがない。また、二人分まとめて買うということもできない。私は100元札を握りしめて、若く英語の話せそうな人を探していた。
しかし義母はいきなりそこにいた兄ちゃんの肩をとんとんとたたき、「んんっ」と言いながら路線図の「淡水」を指差しした。そしてさらに「ふんっ」と言いながら100元札を見せた。それだけだった・・・。それだけで兄さんは、私達の「淡水に行く切符を買いたいが札しか持っていない。どうしたらいいか」という心の声を聞いたのだ。
兄さんは駅員が座っている地点を指差し、何かをふたつに割るような仕草をした。なるほど!駅員さんに両替してもらい、再び列に並んでめでたく切符をゲットする。
それまで私は年老いた(すみませーん)母と乳飲み子を抱え、一人仕切っているかのような気になっていたが、それは驕りだった。
「できる・・」。私は義母を見直した。
地下鉄に乗ったらすぐに、40代後半くらいの男性が席を立ち、我々に座るよう勧めてきた。日本とは大違いで驚く。妊婦として通勤していた時も、子供を抱っこして電車に乗っても、席を譲られるのはめったにないのだ。というか、「なんでこんなところに来るんだよ。のろのろすんなよ」という悪意さえ感じてしまい哀しい限りだ。
義母は「よかです、よかです」としきりに遠慮したが、男性の決心は固く、やがて私達はありがたく席についた。正面を見ると、シートの上の窓のところの「博愛座」という文字と、日本でもおなじみの老人やけが人、妊婦に赤ちゃん連れを描いたシールが貼ってあった。「お母さん、見てください。優先席のことを台湾では博愛座っていうんですね。」
そういってふと、自分の頭の上をみた。
あった・・。同じシールが。
なるほど、あのすばやい席の譲りはこのせいでもあったのか・・。
でもありがとうおじ様。優先席でもなかなか座れませんもん、日本では。
淡水に到着した。予想以上に、この終点で降りる人が多かった。
ここは「台湾のベニス」(笑)とよばれるところで、大きな淡水河が大陸と隔たる海へと注いでいる。その美しい夕景を眺めながら、豊富な魚貝料理をほおばるのが目的だ。
まずは紅毛城というところに徒歩で向かった。万由子はベビーカーに乗せた。
台湾はオランダに統治された時代があったが、その前にはスペイン人がこの地にやってきていた。紅毛城はスペイン人が台湾統治の拠点のために建設した城である。
紅毛城に行く途中には上野アメ横ばりの出店があり、それこそ食べ物から民芸品、お茶、雑貨などを売るだみ声、甲高い声があちこちからかかる。そんな雰囲気に没頭したい気持ちは山々だが、予想通り足場が悪い。歩道ががたがたなのである。ベビーカーがまるでロデオのようだ。万由子は大丈夫かな、これじゃ酔っちゃう。
そんな私を励ましたのは、お仲間がいっぱいいたことである。しかももっと大きなベビーカーにもっと小さな赤ちゃんを乗せた親子連れが、果敢に平気に往来していた。彼らは子連れに臆することなく、この「アメ横」でショッピングや食べ歩きを楽しんでいる。
そうだよね〜、大丈夫。あたし、ひどい親じゃないよね〜。
歩くこと20分、ついに紅毛城についた。がっ!!なんと、もう閉まっていた・・・。
ガイドブックをよく見ると、16:30までとある。今はすでに17:30である。
あちゃー、なんだ、開館時間とかあったんだ。がっかり。義母も心なしか疲労感を漂わせている・・。いきなり肩身の狭い私。
周辺にもスペイン人が建てた異国情緒の建物が色々あるのだが、ことごとく門が閉じており見られない。だが、一つだけ分かった。異国人がこの島を統治しようと思って建てたところだけに、眺めが最高なんである。さすがにいい所から取っていくものだなー。
仕方がない。夕日はもう落ちかけている。その景色だけは堪能しなければ。
川辺に出て見た。 わおー!!いいっ!!
河が海に注ぎ、地平線に向かって大きすぎるくらいのオレンジ色の太陽が、ゆっくりゆっくり沈みかけている。オレンジ色が水面に揺れている。
すごいよ万由子みてごらん。いい所に来たねー。まぶしいね。嬉しいね。
台湾でしか見られないという光景ではなかった。でも、わずか6ヶ月前に生まれてきた万由子と力を合わせてやって来た地で、二人で手に入れた光景。万由子がいるせいでどこにも行けないと、鬱々としていたのが今では信じられない。
ありがとう、万由子。ここにも着いてきてくれたね。
本当は屋台で食べ歩きして夕食を済ませようと思っていたのだが、すでに辺りは夕食目当ての地元の人々でごった返し、縁日状態である。そんな時のために考えておいた海鮮レストランに入る。日本語を話せる親切なおばさんが、一緒にいけすの魚を選び、台湾名物の料理に仕上げてくれた。蒸した海老、かに一匹を使ったおこわ、イカ団子スープ、そして青菜の炒めもの。どれも素晴らしかった。台湾ビールを注文したいところだったが、義母の手前、言い出せなかった・・。