智の館
王安石の新法


司馬徽
王安石の新法



王安石の新法ってよく出てくるが、実際はどんな法律だったのだろうか?
飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ。
王安石の新法について判りやすく説明をしてくれているサイトがあるぞ。金岡新さんが運営している『世界史講義録』じゃ。このサイトの一部を引用して解説いたそう。
ほう。
では、早速、解説してくれ。

飛覇帥




司馬徽
王安石の新法の目的
 財政再建のために一番簡単な方法は増税です。しかし、ただ増税するだけでは一時的に財政難をしのげても長い目で見れば人民の生活は疲弊する。王安石は貧しい人々の生活を豊かにすることを考えた。景気がよくなり、貧困層が豊かになれば自然に税収は増える、こういう発想をしたのです。なかなか偉い。




司馬徽
青苗法(せいびょうほう)
 青苗法は政府が農民に低金利で金を貸す法律です。
 大きな土地を持っていない限り自作農はかつかつの生活をしているものが多かった。自分の土地を持っていてもそれだけでは足りないものは地主・形勢戸から農地を借りている場合も多いのです。
 農民というのはサラリーマンと違って、決まった収入が毎月あるわけではない。米を作っているのなら、収穫は秋だけだ。収穫をしたら早速政府に税を納め、土地を借りていたら小作料を地主に支払う。さらに米を売ったお金で必要最小限の生活道具や農具を買わなければならない。そして、最後に残った収穫物を翌年の秋まで食べつなぐ。これが翌年の収穫までもてばいいんですが、そうはいかない場合も多い。不作の年であれば、食料用の米もすぐになくなってしまう。そうなると借金をして生計を立てなければいけない。農民が借金をする先は地主です。
 この地主からの借金の利子が高かった。いちど借金生活にはまってしまうとなかなか抜けられないものです。秋の収穫のあと、税、小作料、それに借金と利子を払うともう自分の取り分がなくなる、また借金する。最後には借金が払えきれなくなって、わずかばかりの土地も売り払って隷農か浮浪者に転落していくことになる。

 こんなふうに自作農が没落すると、政府からすれば課税対象者が減るわけです。自作農を没落させず、ばりばり働いて収穫あげて、しっかり納税してもらわないと困る。

 そこで、自作農救済策として政府が地主よりも低金利で農民に金を貸すことにした。低金利といっても20%から30%の利子だったというから、現在の目で見れば結構高利ですね。それだけ地主の利子が高かったということでしょう。

 青苗法は新法の中でも成果を挙げたものの一つでした。





司馬徽
均輸法(きんゆほう)
 均輸法は漢の武帝の時代におこなわれていますが、それと同じと考えて結構です。物価の安定と流通の円滑化のために政府が市場価格の安いときに物資を買い上げ、高い時期や他の地方に転売して、商人の中間利潤をできるだけ押さえようとしたものです。物価が安く安定してくれれば貧しい民衆にはありがたいわけで、生活も楽になりますね。




司馬徽
市易法(しえきほう)
 市易法は青苗法の都市版と考えたらわかりやすい。
 都市には零細商人が多数います。かれらは豪商たちの買い占めや価格操作のために、圧迫されていた。市易法は政府はそういう中小零細商人に低利で営業資金を貸し出すものです。




司馬徽
募役法(ぼえきほう)
 募役法。これはややこしい。税の納め方なんですが、今だったらサラリーマンなら給料を受け取るときに自動的に税金は引かれている。自分から払いにいく必要はありません。自営業の人だったら確定申告とか自分で税務署へいって手続きをしなければなりませんが、税務署に一日出かけていくくらいで、そんなに手間がかかるものではないです。

 これが、農業社会ではどうか。中国のように広大な国ではどうなるか。
 一軒の農家に村全体の税を徴収して、しかもそれを県の役場まで運ぶ仕事が割り当てられる。これを職役といって、大変な仕事だった。職役が当たったら家がつぶれる、といわれていた。何が大変といって、とにかく金がかかる。租税を役場に運ぶといっても、田舎だったら役場まで何日もかかる場合もずいぶんある。しかも米、小麦やその他の現物を村の分全部まとめて輸送するのですから、量は莫大。この輸送費用を職役に当たった農家が自己負担で運ばなければならない。おまけに輸送途中にいたんだり目減りした分も、輸送担当の農民の負担です。
 職役が当たったために、自分の土地を売って費用を捻出する、ということもしばしばあった。自作農が没落してしまうんですね。

 政府は決められた税額が納入されればそれでよい、そのために農民が没落してもそれは政府のあずかり知らぬこと、というのが基本的な態度でした。
 ただし、官戸、官僚をだした家ですね、これには職役が当たらない特権がありました。

 王安石はこの職役の重さを解消するために、農家全体から免役銭を徴収して、その金で職役を担当する者を雇わせた。毎年、一軒の農家に重い負担をさせるのではなくて、広く薄く負担させたわけだ。これが募役法。



司馬徽
保甲法(ほこうほう)
保馬法(ほばほう)
 保甲法と保馬法は、上の四つとは違って直接農民や商人を救済する政策ではありません。軍事に関するものです。
 保甲法は農家を組織して自警団を作らせたもの。遼や西夏と接する地方では軍事訓練もおこなって軍事費の削減をめざしました。保馬法はこういう農家に軍馬を飼育させたものです。




司馬徽
いかがかな?理解できたかの?
うむ。
財政再建は今の世でも改革の焦点であるが、社会的弱者を救済することによって財政再建をするという王安石の考え方は今でも通用する点があるな。
時期に王安石ブームなんていうのも起こるかも知れぬな。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ。