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智の館2 |
論尊師伝 第5章

司馬徽 |
教育係の地位は高く |
登場人物紹介

太宗 |
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。 |

長孫無忌 |
太宗の長孫皇后の兄。当初から太宗に従い、各地を転戦した。
高宗の時代になると政治の中枢に座ったが、則天武后が高宗の皇后に立てようとする動きに反対したため、讒言に遭い謀殺された。 |

房玄齢 |
当初から太宗に従い、帷幄の中にあって策をめぐらし太宗をよく補佐した。秦王府十八学士の冠首とされる。唐の諸制度も杜如晦との名コンビで作り上げ、貞観の治の立役者の一人といってよい。 |

司馬徽 |
貞観十七年。太宗は長孫無忌と房玄齢に言った。 |
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太宗 |
三師は徳をもって人を導き教えるものである。もし、師の格式が低く卑しければ太子は手本として法則を取るところがない。
そこで、太子たちが三師に接するときの礼節を記した書を作って欲しい。 |
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御意。 |

長孫無忌 |
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それによれば三師が来たときは太子は御殿の門まで出て迎え、先に三師を拝する。そして、三師が答拝する。
門々ごとに太子が三師に先に入ることを入ることを譲る。
三師が着座した後に太子ははじめて着座する。
太子が三師に与える書状には前に太子の名と惶恐と書き、後にも太子の名と惶恐再拝と書く。 |
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司馬徽 |
こうして、太子にも三師を尊敬するようにこのような約束事を作ったのじゃな。
ちなみに惶恐とは恐れてかしこまるという意味じゃ。 |
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ふむ。私も三師置きましょうかね。 |

鏡秋雪 |

司馬徽 |
よいぞ、よいぞ |
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太師に天海さん、太傳に雪斎さん、太保は玄以さんってことで。 |

鏡秋雪 |

天海 |
ありがたき幸せ。 |
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板部岡江雪斎 |
お任せください。 |
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前田玄以 |
全身全霊で職務をまっとういたします。 |
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飛覇帥さんは太禿ってことで |

鏡秋雪 |

飛覇帥 |
それって、なんちゅー役職じゃ! |
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原文
第五章
貞観十七年、太宗、司徒長孫無忌・司空房玄齢に謂ひて曰く、三師は、徳を以て人を導く者なり。若し師体卑しからば、太子、則を取る所無からん、と。是に於て、詔して、太子の三師に接する儀注を撰せしむ。太子・殿門を出でて迎へ、先づ拝す。三師答拝す。門毎に譲る。三師坐す。太子乃ち坐す。三師に与ふる書は前に名惶恐とし、後に名惶恐再拝とす。 |
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