智の館2
論尊師伝 第4章


司馬徽
教育係の重要性


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

王珪
太宗の兄、建成に仕えて非常に重用された。
太宗暗殺を建成に勧めた罪で流罪になるが、その後、実直さを認められ魏徴と共に諌議大夫に任じられた。
太宗配下の優秀な人材の中で、「悪を憎み善を好むという点で誰よりも一日の長がある」と自らを評するほど正義感あふれる人物だった。

魏王泰
太宗の次男。李泰。
士を好み、文を善くし、魏王府に文学館を置いて学士を集めた。
皇太子の承乾の奇行が目立つようになると、次期皇帝を目指して策謀。しかし、事は露見して承乾と同様に幽閉された。

房玄齢
当初から太宗に従い、帷幄の中にあって策をめぐらし太宗をよく補佐した。秦王府十八学士の冠首とされる。唐の諸制度も杜如晦との名コンビで作り上げ、貞観の治の立役者の一人といってよい。




司馬徽
貞観十一年。太宗は礼部尚書の王珪に魏王の教育係を兼ねさせる事にした。
太宗は房玄齢に語った。

太宗
古来、帝王の子は宮中の奥深いところに生まれ、世間のことを知らない。そして、成人になった後、威張って気ままな行動をしてしまうものだ。それゆえに身を誤り、家をくつがえす者が次々と現れ、自身を正し救う事が出来た者は少ない。
私は今、子供たちを厳しく戒め教えて皆その身の安全を得させようと思う。
王珪は久しく我に仕えており、その心は甚だ剛直で、志が忠孝にあることをよく知っているので、選んで我が子の師としたのである。
そなたは魏王泰に語って欲しい。『王珪に会うごとに私に対面する時のように尊敬を加えるべきで怠りなまけてはならぬ』と。
御意。
房玄齢
王珪もまた、師の道を守って屈することなく、時の人はこれを善しとした。




司馬徽
王珪のような正義感があふれる人物を教育係にするのはよいことじゃな。
そうですね。
子供は何でも吸収しますから、立派な人格者を教育係に置けば立派な人格者になる事になるでしょうね。(って同じコメントしか出来ない話が続いてますね最近・・・・)

鏡秋雪

司馬徽
よいぞ、よいぞ
(わしもそう思うぞ・・・・)

琵琶侍
拙者。琵琶侍じゃぁ。
♪オレは李世民〜。中国屈指の名君さ。息子のために正義感たっぷりの先生をつけてやったぞ、言うじゃなぁ〜い〜♪
べぇぇーん、べべぇぇーん
(琵琶の音色)。
おや、本気でレギュラー狙いですか?
鏡秋雪

琵琶侍
でも、やっぱり、謀略で長男を陥れようとする息子に育ってしまいましたから〜〜!
残念〜っ!
唐太宗、斬りっ!
う〜ん。たしかに教育って難しいですね。いい御両親なんですけどねえ。
(流し目)

鏡秋雪

飛覇帥
だ〜か〜ら〜〜!
俺を見るな!俺を!






原文
第四章
貞観十一年、礼部尚書王珪を以て、魏王の師を兼ねしむ。太宗、尚書左僕射房玄齢に謂ひて曰く、古来、帝子、深宮に生れ、其の人と成るに及びて、驕逸ならざるは無し。是を以て傾覆相踵ぎ、能く自ら済ふこと少し。我、今、厳に子弟を教へ、皆安全なるを得しめんと欲す。王珪は、我久しく駆使し、甚だ剛直にして志忠孝に存するを知り、選びて子の師と為す。卿宜しく泰に語るべし。王珪に対する毎に、我が面を見るが如く、宜しく尊敬を加ふべく、懈怠するを得ざれ、と。珪も亦師道を以て自ら処り、時議、之を善しとす。