智の館2
論尊師伝 第2章


司馬徽
師を置くべし


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。




司馬徽
貞観六年。太宗は詔を出して言われた。

太宗
私はこの頃、歴史を学んでいるが、昔の明王や聖帝には必ず、師や補佐役がいた。今の制度には三師の位がないが、これはよくない事だと思う。
なぜかと言えば、黄帝は太顛に学び、尭は尹寿に学び、舜は務成昭に学び、禹は西王国に学び、湯は成子伯に学び、文王は子期に学んだ。
聖人たちはそれぞれの師に出会わなければ功業は天下に顕れず、名誉は後世に伝わらなかったであろう。
まして、わたしは百王のあとから出て、聖人のような智を持ち合わせていないのだからなおさらだ。もし、師傳がいなかったらどうして万民を治めることが出来るだろうか。
詩経に『過誤せず、遺失せず、昔の礼楽制度により従う』と言っているではないか。そもそも、学ばなければ古の道に明らかではない。それなのに、政治をよくして太平の世を作り出そうとしてもできない事である。
直ちに法令を改めて、三師の位を置くべきである。
御意。
大臣




司馬徽
太宗は一人の才能の限界を熟知して、師を置く事でよりよい政治を実現しようとしたのじゃ。
ふむふむ。
わたしもいい補佐役を設置しなければなりませんね。

鏡秋雪

司馬徽
よいぞ、よいぞ
じゃ、補佐役に飛覇帥さんを・・・
鏡秋雪

飛覇帥
お^^
ついに、わしの出番か!
いえ、黙って座っていてください。邪魔ですから。
鏡秋雪

飛覇帥
ぐはっ






原文
第二章
貞観六年、詔して曰く、朕、比、経史を尋討するに、明王・聖帝、曷ぞ嘗て師伝無からんや。前に進むる所の令、遂に三師の位を覩ず。意ふに将に未だ可ならざらんとす。何を以て然る。黄帝は太顛に学び、*せんぎょく(せんぎょく)は録図篆に学び、尭は尹寿に学び、舜は務成昭に学び、禹は西王国に学び、湯は成子伯に学び、文王は子期に学び、武王はクワク叔に学ぶ。前代の聖人、未だ此の師に遭はざりせば、則ち功業、天下に著れず、名誉、千載に伝はらざりしならん。
況んや朕、百王の末に接し、智、聖人に周からざるをや。其れ師伝無くんば、安んぞ以て億兆に臨む可き者ならんや。詩に云はずや、愆らず忘れず、旧章に率由す、と。夫れ学ばざれば、則ち古の道に明かならず。而も能く政、太平を致す者は、未だ之れ有らざるなり。即ち令に著して三師の位を置く可し、と。