智の館2
論太子諸王定分 第5章


司馬徽
地方に出す時は充分に教育してから


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。
博学で書道の大家。
秦王府の時代から太宗に従い功績をあげた。太宗が即位してからは諌議太夫として直諌して太宗から重んじられた。
後に高宗が武后を立てようとすることに反対したため左遷され、その地で没した。




司馬徽
貞観年中。太宗は皇子の年少の者に都督や刺史を授けた。チョ遂良が上表文を奉ってお諌め申し上げた。
昔、漢は郡国制によって人民を治めました。そして、天子の直轄地には諸子に領地として与え、周の封建制度をまじえて用いました。
我が大唐の郡県は秦の郡県制度に依っております。そして、皇子は幼年で刺史を授けられる者があります。陛下は肉親の方々によって四方を鎮撫し防御なさろうとなされる思し召しでございましょう。聖人が制度をおつくりになる道は前人の功業よりも広大でございます。
しかし、愚かな私の考えから見ますれば、まだ、充分ではないところがございます。

太宗
ふむ。どういうことか?
なぜかと申し上げれば、刺史は人民の模範となるものであり、万民は立派な刺史を仰ぎ見て安心いたします。刺史に一人の善人を得れば州内の人民は生き返った思いをいたします。
一人の不善の人に出会えば一州残らず疲れ苦しみます。
ですから、人君は人民をいつくしんで常に人民のために賢者を選んで刺史といたしました。
良い刺史は黄河が沿岸九里の広さを潤すようにその州内ばかりでなく都までも善政の恩恵を受けるといいます。
漢の宣帝は『自分に協力してこの天下を治めるものはただ善良な地方官だけである』と言っております。
私の愚かな考えといたしましては陛下のお子様のうちで年齢がいとけなくて、まだ民を治めることが出来ない者はしばらく都に留め置いて経学(儒学)を教えるようにお願いいたします。
そうしますれば、一つには天の威を恐れて法禁を犯さなくなりましょう。二つには常に朝廷の礼儀を見て自然に言行が立派になりましょう。このようにして長い間の習慣となり、自然に人柄が判り、州を治めることが充分にできるという事を確かめてから地方官としてお出しになされていただきたいものです。
後漢の明帝・章帝・和帝の三帝は子弟をよく愛しました。これより以後、それを手本とし、諸王子を諸侯に封じました。それぞれ、国土を保有しましたが、幼少の者は召して都に留め、礼法を教え、恩恵を施しました。ですから、三帝の在位中、諸王は数十人から百人もありましたが、二人の王が悪かっただけでした。その他は良い感化を受けて皆善人となりました。
これは前代の事を明らかなしるしがあります。
ただ、陛下の詳察されん事をお願い申し上げます。

太宗
ふむ。もっともだな。




司馬徽
地方官の重要性を説いて、刺史に我が子を任命するときは充分に教育を施してからというチョ遂良の意見はもっともじゃな。
広い国土ではどうしても目が届きにくいものじゃから、充分に人を選んで地方官に任命したいものじゃ。
なるほど。
地方を委任するときには充分に人物を見て決めねばなりませんね。

鏡秋雪

司馬徽
よいぞ、よいぞ
では、飛覇帥さんにも勉強してもらわなきゃいけませんね。
とてもそのままでは人前には出せませんから(笑)

鏡秋雪

飛覇帥
なんじゃと!
お手!
鏡秋雪

飛覇帥
ばう
(しまった、またつい、お手を・・・・)
こんな、犬みたいな領主じゃ、民がかわいそうです。
(・_・。)(._.。)(・_・。)(._.。) ウンウン

鏡秋雪

飛覇帥
やらせといて、そりゃないだろ!(怒)






原文
第五章
貞観中、皇子の年少き者、多く授くるに、都督・刺史を以てす。諌議大夫*ちょ遂良(ちょすいりょう)、上疏して諌めて曰く、昔、両漢、郡国を以て人を理む。郡を除く以外には、諸子を分立し、土を割き疆を分ち、周制を雑へ用ふ。皇唐の郡県は、粗ぼ秦の法に依る。幼年にして或は刺史を授けらる。陛下豈に骨肉を以て四方を鎮扞せざらんや。聖人、制を造る、道、前烈に高し。
臣の愚見の如きは、小しく未だ尽くさざる有り。何となれば、刺史は師帥にして、万人瞻仰して以て安し。一の善人を得れば、部内蘇息す。一の不善に遇へば、闔州労弊す。是を以て、人君、百姓を愛恤し、常に為めに賢を択ぶ。或は称す、河は九里を潤ほし、京師、福を蒙る、と。或は人、歌詠を興し、生ながら為めに祠を立つ。漢の宣帝云く、我と理を共にする者は、但だ良二千石か、と。
臣の愚見の如き、陛下の兒子の内、年歯尚ほ幼にして、未だ人に臨むに堪へざる者は、且く請ふ京師に留め、教ふるに経学を以てせん。一には則ち天の威を畏れ、敢て禁を犯さざらん。二には則ち常に朝儀を観ば、自然に成立せん。此に因りて積習し、自ら人と為るを知り、州に臨むに堪ふるを審かにして、然る後遣りて出でしめよ。
謹みて按ずるに、漢の明・章・和三帝、能く子弟を友愛す。茲より已降、以て準的と為し、封じて諸王を立つ。各々土を有つと雖も、年尚ほ幼少なる者は、召して京師に留め、訓ふるに礼法を以てし、垂るるに恩恵を以てす。三帝の世を訖りて、諸王数十人、惟だ二王のみ稍や悪し。自余は*そん和(そんわ)染教して、皆善人と為る。此れ則ち前事已に験あり。惟だ陛下詳かに察せよ、と。太宗、之に従ふ。