智の館2
論太子諸王定分 第1章


司馬徽
私情を捨てて


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

李恪
太宗の三男。
年齢で言えば、皇太子の李治より年上であったが、腹違いという事で太子の指名を受けることは無かった。しかし、皇太子の李治が病弱なため度々後継者候補と目されるようになった。
それを恐れた長孫無忌の謀略により謀反の罪を着せられ誅殺された。




司馬徽
貞観七年のこと。

太宗
恪よ。斉州の都督に任命する。直ちに任地へ向かうように。
御意。
李恪
李恪は直ちに任地へ向かった。
その姿を見て太宗は左右の臣下に語った。

太宗
親子の情としては子の顔をいつでも見ることを望まない事があろうか。
ただ、家と国とは事情が違っている。太子(承乾)を定めたからには都から出して、郡国の長官とし、恪に早くから一定の分限があることをはっきりさせて、自らが太子となろうなどという身分を越えた望みを持とうする心を絶ち、私の死後、恪によく兄に仕えて身に危険が及ぶ憂いが無いようにさせなければならない。




司馬徽
太宗の親としての心情と皇帝としての心情を言い表しているのう。
国家の混乱を避けるためにこのような配慮も必要じゃな。
なるほど〜。
自らが皇太子と争っていますから、こういったことには敏感なんでしょうね。

鏡秋雪

司馬徽
よいぞ、よいぞ

飛覇帥
おい!いいかげんに、わしの褒章はどうなっておるんじゃ?
仕方ないですねぇ。
山田く〜ん。飛覇帥さんに座布団一枚!

鏡秋雪

飛覇帥
ここは笑点か!
(っていうか。座布団一枚でおわりかい!)






原文
第一章
貞観七年、蜀王恪に斉州の都督を授く。太宗、侍臣に謂ひて曰く、父子の情、豈に常に相見るを欲せざらんや。但だ家国、事殊なる。須く出して藩屏と作し、且つ其をして早く定分有らしめ、覬覦の心を絶ち、我が百年の後、其の兄に事へて危亡の慮無からしむべきなり、と。