智の館2
政体 第2章


司馬徽
事なかれ主義が国を滅ぼす


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

王珪
太宗の兄、建成に仕えて非常に重用された。
太宗暗殺を建成に勧めた罪で流罪になるが、その後、実直さを認められ魏徴と共に諌議大夫に任じられた。
太宗配下の優秀な人材の中で、「悪を憎み善を好むという点で誰よりも一日の長がある」と自らを評するほど正義感あふれる人物だった。




司馬徽
貞観初年。太宗は王珪に語った。

太宗
中書省が出す政策に間違いがないかチェックするために門下省を置いたのだが、遠慮があるようだな。その機能を果たしているとは言えぬな。
御意・・・。
王珪

太宗
人の意見というのは一致しないのが当たり前なのだ。国の政策について意見をぶつけ合って欲しいのに、自分の足らない部分を指摘されることを嫌ったり、自分の考えに反対する者は自分を憎んでいると誤解をするようだ。他にも、人間関係が悪くなるからといって、口をつぐんだり、相手の面目を失わせたくないと思って、明らかに非があることを正そうとはしない。
これは国を滅亡させる政治だ。
隋の役人達も事なかれ主義でお互いの意見をぶつけ合わなかった。表では服従し、陰では悪口を言う。これを憂慮すべき事態だとは思わなかったのだ。
後にあのような大乱があり役人達も大変な苦労をすることになった。もちろん、死んだ者もいただろう。
配下の者たちにはぜひとも私心を除き去って公のために尽くし、堅く正しい道を守って、全てを隠すことなく善い考えを言い合うようになって欲しい。
上の者も下の者もむやみに他人の意見に同意することがあってはならん。
そなたからもそのように指導してくれ。
承知いたしました。
王珪




司馬徽
役人同士の人間関係を気にするあまり、国の政策に誤りがあっても指摘をしない。これは国を滅ぼす憂慮すべき事態なのじゃ。政策を実施するところは意見をぶつけ合って、よりよい政策が実施できる様にしなければならんのじゃ。
ふむう。
どこぞの国のように事なかれ主義ではいけないということじゃな。
わしも部下たちの動きを見て気をつけるようにしなければ。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ

鏡秋雪
どうせ、私が意見を言ったところで・・・・。
ふむ。秋雪はいじけているぐらいが丁度よいな。
うむ、これからも、そのように秋雪だけは口を慎むように。
他の者はどんどん、わしに意見をしてくれ。

飛覇帥

鏡秋雪
なんでやねん。







原文
第二章
貞観元年、上、黄門侍郎王珪に謂ひて曰く、中書の出す所の詔勅、頗る意見同じからざる有り。或は錯失を兼ねて是とし、相正すに否を以てす。元、中書・門下を置くは、本、過誤を相防がんことを擬す。人の意見は、毎に同じからざる或り。是非とする所有るは、本、公事の為めなり。或は己の短を護りて、其の失を聞くを忌み、是有り非有れば、咸以て怨と為す有り。或は苟くも私隙を避け、顔面を相惜み非を知れども正さず、遂に即ち施行する有り。一官の小情に違はんことを惜み、頓に万人の大弊を為す。此れ実に亡国の政なり。
隋日の内外の庶官政、依違を以て禍乱を致す。人、多く深く此の理を思ふ能はず。当時、皆、禍は身に及ばずと謂ひ、面従背言し、以て患と為さず。後、大乱一たび起り、家国倶に喪ぶるに至りて、身を脱するの人有りと雖も、縦ひ刑戮に遭はざるも、皆辛苦して僅かに免れ、甚だ時論の貶黜する所と為れり。卿等特に須く私を滅して公に徇ひ堅く直道を守り、庶事相啓沃し、上下雷同する勿るべきなり、と。