智の館2
論択官 第10章2


司馬徽
六正と六邪


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。




魏徴
それゆえに説苑にこのように言っております。
『人臣の行いに六正があり、六邪がある。六正を修めれば栄え、六邪を犯せば辱めを受ける』
ふむ。六正とは?
太宗

魏徴
第一。物事の兆しが現れる前に国家の存亡の分かれ目にかかわるか否かを見抜き、前もって事が起こらぬ時に押さえ、主君には何も心配させずに栄える地位に立たせる。このような者を聖臣と呼びます。
第二。何事にもとらわれず、わだかまりの無い心で善を行い道に精通し、主君に優れたはかりごとを進言し、主君の美点は推奨し従い導き、主君の欠点は正して救う。このような者を良臣と呼びます。
第三。朝は早く起き夜は遅く寝て仕事に精を出し、賢者を勧める事に怠らず、度々過去の聖人の立派な行いを申し上げて主君の心を励ます。このような者を忠臣と呼びます。
第四。事柄が成功するか失敗するかを観察し、早く危険を察知して防ぎ、食い違いを修正し、災いの原因を断ち、災い転じて福とし、主君には少しも心配させないようにする。このような者を智臣と呼びます。
第五。法律を尊重し、賢人を推挙し、職務に精励し、高禄を辞退し、賜物を人に譲り、衣食は倹約を旨とする。このような者を貞臣と呼びます。
第六。国家が乱れた時、へつらう事をせず、進んで主君の怒りを恐れずに諌める。このような者を直臣と呼びます。
では、六邪とは?
太宗

魏徴
第一。官職に安住して俸禄だけを欲張り、公務に精励せず、ひたすら周囲の情勢をうかがっている。このような者を具臣と呼びます。
第二。主君の行為や言葉はすべて善であると褒め、ひそかに主君の好むものを突き止めて主君に勧めて主君の耳目を喜ばせ、主君に迎合してやたらに気に入られるようにし、主君と共に楽しんで後の害などは少しも心配しない。このような者を諛臣と呼びます。
第三。心の中は陰険邪悪であるのに表面を取り繕い、立派な人物を嫌い、自分が推挙する人物は長所だけを伝え、自分が推挙したくない人物は短所だけを伝えて、主君の賞罰をねじ曲げ、命令を実行させないようにする。このような者を姦臣と呼びます。
第四。知恵は自分の非をごまかすのに充分であり、その弁舌は自分の主張を通すのに充分であり、内では骨肉の間柄を離間し、外では朝廷内の揉め事を作り上げる。このような者を讒臣と呼びます。
第五。権勢を自分の思うままにし、自分の都合がよいように善悪の基準を変更し、自分を中心に徒党を組んで私財を富まし、自分勝手に主君の命令を変更し、自分の地位や名誉を高める。このような者を賊臣と呼びます。
第六。へつらいの言葉によって主君を不義に落としいれ、仲間同士がグルになって賢者を排斥して主君の目をくらまし、白も黒も一緒にし、是非の区別をなくし、主君の悪事を国中に広め、四方の国々までも聞こえさせる。このような者を亡国の臣と呼びます。
説苑にこのように言っております。『賢臣は六正の道を離れず、六邪の術を行わない。だから主君は安泰で、民はよく治まり生存中は喜ばれ、死後も慕われる。これが人臣の術である』と。
ふむ。
太宗

魏徴
礼記に言っております。『はかりの分銅と竿が間違いなくかかっていれば重さをごまかす事は出来ない。墨縄が正しく張られていれば曲直をごまかす事が出来ない。コンパスと定規が正しく用いられていれば四角と円をごまかす事は出来ない。君主が礼に明らかであれば、姦詐によってごまかす事は出来ない』と。
このようであれば、臣下も誠か偽かを知ることは困難ではありません。
また、手厚い礼を設けて待遇し、法律をもって制御し、善を行った者は賞を受け、悪を行った者は罰を受ければ、臣下はどうして善を行う事に努力しない事がありましょうか。どうして主君のために力を尽くさない事がありましょうか。
わが国家は忠良の臣を進め、不肖の臣を退けようと思う事十余年でありました。
もし、賞を疎遠の者に忘れずに与え、罰を天子に親しまれている貴い身分の人にも公平に加えるなら、邪と正の区別が隠れるところが無く、善と悪とが自然に明らかに分かれるでありましょう。
もし、美しい布を愛して衣服に作りかえることをしないように、美官を惜しんで人に与えようとせず、官にふさわしい人を選ぶのではなく、人のために官を選ぶ。
愛してはその者の欠点が判らず、憎めばその者の長所を忘れてしまい、私的な感情のまま心の邪な者を近づけ、公正の道にそむいて忠良の者を遠ざければ、いかに朝早くから夜遅くまで怠らずに精励しても、天下の平安を得る事は出来ません。
うむ。まさに魏徴の言うとおりだ。
太宗
太宗は魏徴の進言を喜んで受け入れた。




司馬徽
六正六邪を引き合いに出しながら、賞罰の大切さを説いた魏徴。それを受け入れた太宗。どちらも立派じゃのう。
なるほど〜。
組織の中にはいろんな人がいますからねえ。みんな六正に近づけるように賞罰をきちんとしないといけませんね〜。

鏡秋雪

司馬徽
よいぞ、よいぞ
と、いうわけで、飛覇帥さんは賊臣に認定しますね。
鏡秋雪

飛覇帥
『第五。権勢を自分の思うままにし、自分の都合がよいように善悪の基準を変更し、自分を中心に徒党を組んで私財を富まし、自分勝手に主君の命令を変更し、自分の地位や名誉を高める。このような者を賊臣と呼びます』って、わしはそんなに欲深ではないぞ!!
あ・・・では、禿臣に認定!!
鏡秋雪

飛覇帥
なんやそれ!!(怒)






原文
第十章
貞観十四年、特進魏徴、上疏して曰く、臣聞く、臣を知るは君に若くは莫く、子を知るは父に若くは莫し、と。父、其の子を知る能はざれば、則ち以て一家を睦まじくする無し。君、其の臣を知る能はざれば、則ち以て万国を斉しくする無し。万国咸寧く、一人、慶有るは、必ず、惟れ良、弼と作るに藉る。俊乂、官に在れば、則ち庶績其れ煕まり、無為にして化す。故に尭舜文武、前載に称せらるるは、咸、人を知るは則ち哲なるを以てなり。多士、朝に盈ち、元凱、巍巍の功を翼け、周邵、煥乎の美を光にす。然れば則ち四岳・九官・五臣・十乱は、豈に惟だ之を嚢代に生じて、独り当今に無き者ならんや。求むると求めざると、好むと好まざるとに在るのみ。
何を以て之を言ふ。夫れ美玉明珠、孔翠犀象、大宛の馬、西旅のゴウは、或は足無きなり、或は情無きなり、八荒の表に生れ、途、万里の外に遥なるに、重訳入貢し、道路、絶えざる者は、何ぞや。蓋し中国の好む所なるに由るなり。況んや従仕する者、君の栄を懐ひ、君の禄を食む。之を率ゐて与に義を為せば、将た何くに往くとして至らざらんや。
臣以為へらく、之と与に忠を為せば、則ち龍逢・比干に同じからしむ可し。之と共に孝を為せば、曾参・子騫に同じからしむ可し。之と与に信を為せば尾生・展禽に同じからしむ可し。之と共に廉を為せば、伯夷・叔斉に同じからしむ可し、と。然れども今の群臣、能く貞白卓異なる者罕なるは、蓋し之を求むること切ならず、之を励ますこと未だ精ならざるが故なり。若し之を勗むるに忠公を以てし、之を期するに遠大を以てし、各々分職有りて、其の道を行ふを得、貴ければ則ち其の挙ぐる所を観、富みては則ち其の与ふる所を観、居りては則ち其の好む所を観、学べば則ち其の言ふ所を観、窮すれば則ち其の受けざる所を観、賎しければ則ち其の為さざる所を観、其の材に因りて之を取り、其の能を審かにして以て之に任じ、其の長ずる所を用ひ、其の短なる所を掩ひ、之を進むるに六正を以てし、之を戒むるに六邪を以てせば、則ち厳ならずして而も自ら励み、勧めずして而も自ら勉めん。
故に説苑に曰く、人臣の行に、六正有り、六邪有り。六正を修むれば則ち栄え、六邪を犯せば則ち辱めらる。何をか六正と謂ふ。一に曰く、萌芽未だ動かず、形兆未だ見はれざるに、照然として独り存亡の機を見て、豫め未然の前に禁じ、主をして超然として顕栄の処に立たしむ。此の如き者は聖臣なり。二に曰く、虚心白意にして、善に進み道に通じ、主を勉めしむるに礼義を以てし、主を喩すに長策を以てし、其の美を将順し、其の悪を匡救す。此の如き者は良臣なり。三に曰く、夙に興き夜に寐ね、賢を進めて懈らず、数々往古の行事を称して、以て主の意を励ます。此の如き者は忠臣なり。四に曰く、明かに成敗を察し、早く防ぎて之を救ひ其の間を塞ぎ、其の源を絶ちて、禍を転じて以て福と為し、君をして終に已に憂無からしむ。此の如き者は智臣なり。五に曰く、文を守り法を奉じ、官に任じ事を職り、禄を辞し賜を譲り、衣食節倹す。此の如き者は貞臣なり。六に曰く、国家昏乱するとき、為す所、諛はず、敢て主の厳顔を犯し、面のあたり主の過失を言ふ。此の如き者は直臣なり。是を六正と謂ふ。
何をか六邪と謂ふ。一に曰く、官に安んじ禄を貪り、公事を務めず、代と沈浮し、左右観望す。此の如き者は具臣なり。二に曰く、主の言ふ所は、皆、善しと曰ひ、主の為す所は、皆、可なりと曰ひ、隠して主の好む所を求めて之を進め、以て主の耳目を快くし、偸合苟容し、主と楽を為し、其の後害を顧みず。此の如き者は諛臣なり。三に曰く、中実は*険ぴ(けんぴ)にして外貎は小謹、言を巧にし色を令くし、善を妬み賢を嫉み、心に進めんと欲する所は、則ち其の美を明かにして其の悪を隠し、退けんと欲する所は、則ち其の過を揚げて其の美を匿し、主をして賞罰、当らず、号令、行はれざらしむ。此の如き者は奸臣なり。四に曰く、智は以て非を飾るに足り、弁は以て説を行ふに足り、内、骨肉の親を離し、外、乱を朝廷に構ふ。此の如き者は讒臣なり。五に曰く、権を専らにして勢を擅にし、以て軽重を為し、私門、黨を成し、以て其の家を富まし、擅に主命を矯め、以て自ら貴顕にす。此の如き者は賊臣なり。六に曰く、主に諂ふに佞邪を以てし、主を不義に陥れ、朋黨比周して、以て主の明を蔽ひ、白黒、別無く、是非、間無く、主の悪をして境内に布き、四隣に聞えしむ。此の如き者は亡国の臣なり。是を六邪と謂ふ。賢臣は六正の道に処り、六邪の術を行はず。故に上安くして下治まる。生けるときは則ち楽しまれ、死するときは則ち思はる。此れ人臣の術なり、と。
礼記に曰く、権衡誠に懸かれば、欺くに軽重を以てす可からず。縄墨誠に陳すれば、欺くに曲直を以てす可からず。規矩誠に設くれば、欺くに方円を以てす可からず。君子、礼を審かにすれば、誣ふるに姦詐を以てす可からず、と。然れば則ち臣の情偽は、之を知ること難からず。又、礼を設けて以て之を待し、法を執りて以て之を禦し、善を為す者は賞を蒙り、悪を為す者は罰を受けば、安んぞ敢て企及せざらんや、安んぞ敢て力を尽くさざらんや。国家、忠良を進め不肖を退けんと欲するを思ふこと、十有余載なり。
若し賞、疎遠を遺れず、罰、親貴に阿らず、公平を以て規矩と為し、仁義を以て準縄と為し、事を考へて以て其の名を正し、名に循ひて以て其の実を求めば、則ち邪正、隠るる莫く、善悪自ら分れん。然る後、其の実を取りて、其の華を尚ばず、其の厚きに処りて、其の薄きに居らずんば、則ち言はずして化せんこと、朞月にして知る可きなり。若し徒らに美錦を愛して製せず、人の為めに官を択び、至公の言有りて、至公の実無く、愛すれば則ち其の悪を知らず、憎みて遂に其の善を忘れ、私情に徇ひて以て邪佞を近づけ、公道に乖きて忠良を遠ざくれば、則ち夙夜怠らず、神を労し思を苦しめ、将に至治を求めんとすと雖も、得可からざるなり、と。太宗、甚だ之を嘉納す。