
司馬徽 |
貞観十四年。魏徴が上表文を奉って言った。 |
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天下が安らかに治まるのは、忠良の臣が補佐しているからです。優れた賢人が官に居ればいろいろな功績が広く天下に及び、陛下が何もなさらなくとも自然と治まります。
昔の聖王たちが称揚されますのは、みな人を見る目があり、多くの優れた賢才を朝廷に登用したからであります。
賢人はただ、昔の時代だけに生じ、現代には居ないという事がありましょうか。それは、賢人を求めると求めないと、好むと好まないとにあるだけでございます。 |

魏徴 |

太宗 |
うむ。 |
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美玉明珠や孔雀翡翠、サイや象、大宛の名馬。これらは足が無かったり、心が無いものであります。これらが遠い最果ての地から、いくつもの通訳を介して入貢し、それらのものが道路に続いて絶えないのは何故でしょうか?
これは、中国の好むところであるからです。
ましてや陛下にお仕えしている者は陛下を慕い、陛下から俸禄を頂いているのでありますからなおさらであります。
これらを率いて共に義を行ったならどこまでも向上する事が出来ます。 |

魏徴 |

太宗 |
ふむ。 |
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私が思いますに、共に忠、孝、信、そして清廉に行えば、家臣たちは過去の名臣たちと同じようになる事が出来ます。
それなのに今の群臣たちに貞正潔白が衆に優れた者がまれなのは、思うに求める事が熱心ではなく、励ます事が専一ではないからであります。
もし、これを忠実公正によって励まし、遠大を期待し、各々が職分にあって道を行う事ができ、地位が高い人は挙用する人を見、富んでいる人はその与えるところを見、家に居ては何を好むか見、学べばその言う意見を見、卑賤の人はその為さない所を見、その才能によって採用し、その能力をよく調べて任用し、その長所を用い、その短所をかばい、六正によって進め六邪によって戒めたならば、厳しくしなくとも、自分から励み、勧めなくても自分から努力するようになるでしょう。 |

魏徴 |

太宗 |
ふむ。 |
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