智の館2
論択官 第7章


司馬徽
地方官の重要性


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

馬周
長安に旅行に来ていた時にひょんなことから太宗の知遇を得て門下省へ詰めることになった。後に中書令と太子右庶子と吏部尚書を兼ねて唐になくてはならない存在になった。




司馬徽
貞観十一年。馬周が上表文を奉って申し上げた。
天下を治めるものは人を根本といたします。人民たちを安楽にさせようと思いますならば、それはよい刺史と県令を得る事であります。
今、県令の数は非常に多く、全てが立派な人物であるというわけには行きません。しかし、もし、州ごとに良き刺史を得たならば、州内の人民は残らず生き返ることでしょう。
天下の刺史が全て天子の御意にかなった良い刺史でありましたならば、陛下は朝廷の上で正座して安心して見ている事ができ、人民たちが安らかではあるまいかという事を心配する必要はございませんでしょう。

馬周

太宗
うむ。
古来から郡の太守と県の長官とは賢く徳のある人物を精選いたします。
抜擢して官位を進ませ、宰相にしようとするものがあったならば、必ずまず試みに県令として直接人民を治めさせました。あるいは、郡守から朝廷に入って宰相および司徒・大尉となった者もおおくありました。
朝廷は内官だけを重んじて、地方官の刺史・県令はその選考を軽んじてはいけません。
人民がまだ充分に安らかにならない理由はほとんどこの点に原因がございます。

馬周

太宗
うむ。馬周の言うことはもっともだ。
刺史は私自身で適任者を選ぼう。県令は京官の五品以上の者に命じて各自一人ずつを推挙させよう。




司馬徽
君主はどうしても、身近な大臣とかの要職について考えがちだが、地方官に良い人物を得る事こそが国家の安定につながるという馬周の考えなのじゃ。
なるほど、まったくその通りじゃ。
自分の分身として地方の政治を任せるのだからそういう配慮は必要じゃな。
政治に限った話でなく、仕事も任せられる人間に他の仕事を任せれば効率が上がるのう。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ

鏡秋雪
飛覇帥さん。そういえば、私に領地を与えてもらってないじゃないですか。私が治めればその地方の人民は安心して暮らせますよ。
ぎく。
ついに気づいてしまったか。給料だけでごまかそうと思っておったのに。

飛覇帥

鏡秋雪
じゃ、日本地図持ってきましたから、私にどの国を与えてくれますか?
ここら辺かな?(仙台あたりを指差す)
いや、もっと下が良いだろう。
飛覇帥

鏡秋雪
じゃあ、ここら辺かな?(房総半島を指差す)
いや、もっと下が良いだろう。
飛覇帥

鏡秋雪
下って、海じゃないですか!
いや、地下1キロメートルより下がお前の領土じゃ。掘削して適当に暮らせ。出入り口はふさいでおくから。
飛覇帥

鏡秋雪
ぐはっ!それって幽閉?






原文
第七章
貞観十一年、侍御史馬周、上疏して曰く、天下を理むる者は、人を以て本と為す。百姓をして安楽ならしめんと欲せば、惟だ刺史と県令とのみに在り。今、県令既に衆く、皆賢なる可からず。若し毎州、良刺史を得ば、則ち合境蘇息せん。天下の刺史、悉く聖意に称はば、則ち陛下、巌廊の上に端拱す可く、百姓、安からざるを慮らざらん。古より、郡守・県令、皆、賢徳を妙選す。遷擢して宰相と為す有らんと欲すれば、必ず先づ試みるに人に臨むを以てす。或は二千石より、入りて丞相及び司徒・大尉と為る者多し。朝廷は必ず独り内官のみを重んじ、刺史・県令は、遂に其の選を軽くす可からず。百姓の未だ安からざる所以は、殆ど此に由る、と。太宗因りて侍臣に謂ひて曰く、刺史は朕当に自ら簡択すべし。県令は京官の五品以上に詔して、各々一人を挙げしめよ、と。