智の館2
論択官 第6章


司馬徽
まず、行いを見よ


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。




司馬徽
貞観六年。太宗が魏徴に言った。

太宗
古人が次のように言った。『王者は官のためにその官にふさわしい人を選ぶべきである。軽々しくすぐに用いてはならない』と。
私は今、一つの事を行えば天下の人に見られ、一つの言葉を出せば天下の人に聞かれる。だから、徳のある立派な人を用いれば善を行うものは進んで善に励む。
もし誤って悪人を用いれば不善の者が争って進み出てくる。
賞がその労に当たっていれば功のない者は自然に引き、罰がその罪に当たっていれば悪を行うものは恐れ慎むようになる。だから賞罰というものは軽々しく行ってはならず人を用いるには、ますます慎んで選ぶべきことだという事が判るのである。
人物の邪正を見抜くということは古来から困難であります。それゆえ功績を調べて選び出し、その善悪を考察します。
今、人を求めようと思えば必ず詳しくその人の行いを尋ね調べるべきであります。
もし、その行いの善である事を知って、その後に用いたならば、仮にこの者が仕事を成し遂げる事が出来ないにしても、これは才力が足りないというだけで大きな害とはなりません。しかし、誤って悪人を用いた場合には、もしその者に仕事を処理する才能があれば害をなす事が極めて多いと存じます。
乱世には才能だけを求めて、その徳行を考慮しませんが、太平の世には必ず才能と徳行を兼ね備えた人物が現れるのを待って、始めて任用すべきでございます。

魏徴




司馬徽
ここでは賞罰の大切さと人を任用するに当たって、徳行を見極めてから行う事を語っておるな。
『行いの善である事を知ってその後に用いたならば仮にこの者が仕事を成し遂げる事が出来ないにしても、これは才力が足りないというだけで大きな害とはなりません』という魏徴の意見は見るべき点があるのう。
なるほど、わしもまず、その者の行いを見て任用してみる事にしよう。
飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ
そろそろ、太平の世になった事だし、秋雪も用済みじゃな。
飛覇帥

鏡秋雪
いいんですかぁ?そんなこと言って。
なんじゃと?
飛覇帥

鏡秋雪
『信長の野望・革新』が発売になりますよ。私の力なしで天下統一は出来ませんよ。
もう信長の野望はやらないアル。
アルベルト

鏡秋雪
げ!!いきなり顔が西洋人!
しかも語尾の『アル』って何?(笑)
しかし、貞観政要はまだまだ続くぞ!
飛覇帥






原文
第六章
貞観六年、上、魏徴に謂ひて曰く、古人云ふ、王者は須く官の為めに人を択ぶべし。造次に即ち用ふ可からざ、と。朕、今、一事を行へば、則ち天下の観る所と為り、一言を出せば、則ち天下の聴く所と為る。徳好の人を用ふれば、善を為す者皆勧む。誤りて悪人を用ふれば、不善の者競い進む。賞、其の労に当れば、功無き者自ら退く。罰、其の罪に当れば、悪を為す者誡懼す。故に知る、賞罰は軽々しく行ふ可からず、人を用ふることは弥々須く慎んで択ぶべし、と。
徴対へて曰く、人を知るの事は、古より難しと為す。故に績を考へて黜陟し、其の善悪を察す。今、人を求めんと欲せば、必ず須く審かに其の行を訪ふべし。若し其の善を知りて然る後に之を用ひば、縦ひ此の人をして事を済す能はざらしむとも、只だ是れ才力の及ばざるにて、大害を為さざらん。誤りて悪人を用ひば、縦し強幹ならしめば、患を為すこと極めて多からん。但だ乱代は惟だ其の才を求めて、其の行を顧みず。太平の時は必ず才行倶に兼ぬるを須ちて、始めて之を任用す可し、と。