智の館2
君臣鑒戒 第2章


司馬徽
身分が低かった時を忘れない


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

房玄齢
当初から太宗に従い、帷幄の中にあって策をめぐらし太宗をよく補佐した。秦王府十八学士の冠首とされる。唐の諸制度も杜如晦との名コンビで作り上げ、貞観の治の立役者の一人といってよい。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。




司馬徽
貞観十四年に高昌国が平定されたので太宗は宴会を開いた。その時、太宗は房玄齢に語った。

太宗
もし、高昌国が唐に対して臣下としての礼を守り不遜なことをしなければ滅亡する事はなかっただろう。私は一国を平定した後、ますます心配し恐れる心を持つ。今、この長久にして偉大な国家建設の事業をやり遂げようと思えば、ただ、得意になって威張りわがままな行為をしないようにと戒めて、自分の驕慢になりがちな心を抑え、忠直な言葉を聞き入れて自分を正しくし、こびへつらう者を避け、賢良な臣下を用い、つまらぬ輩が立派な君子をおとしめるような事を言わさないようにしなければならない。
こういう事を戒め守っていくならば国家の平和を維持していけるのではないだろうか。
御意。
房玄齢
魏徴が進み出て言った。
古来の帝王を見てみますと、乱世を治めて王業を始める時には、必ず自身から戒め恐れ、身分の卑しい者の意見も取り入れ、誠意ある正しい言葉に従っていました。しかし、天下が安定してしまうと情欲のまま行動し、おべっかを聞くのを楽しんで満足し、正しい諌めを聞くのを嫌がるようになります。
張良は漢の高祖の智謀の臣であります。高祖が天子になり本妻の長子を廃して愛姫の庶子を立てようとした時、本妻呂后の頼みにもかかわらず、張良は『陛下は苦難の時は私の策略を用いてくれましたが、天子となり愛姫への愛情から太子を変えようという際には口先だけの弁論ではどうにも諌める方法がありません』と言ってこの問題に関わりませんでした。
今の陛下の功徳の盛んな事を申しましたら漢の高祖など足元に及びません。陛下が天子の位に就かれてから十五年。陛下の御徳は広く天下に行き渡っております。さらに今、高昌国を平定したにもかかわらず、国家の安危を御心にかけられ、今も忠良の臣を納れ用い、臣下が直言する道を開こうとされています。これは天下にとって最高の幸福でございます。

魏徴

太宗
うむ。
私はこういう話を聞いた事がございます。
昔、斉の桓公が管仲・鮑叔牙・ネイ戚を招いて酒宴をしました。

魏徴
魏徴は語り始めた。

桓公
鮑叔牙よ。私のために寿を祝ってみないか?
鮑叔牙は杯をささげて立ちあがった。
はい。
どうか、公には内乱で国外に亡命し苦労していた時の事を忘れる事がないように。

鮑叔牙

桓公
うむ。
管仲は戦に敗れ、捕らえられて今にも殺されそうになった時の事を忘れる事がないように。
鮑叔牙

管仲
うむ。
ネイ戚は貧乏で車の下で牛に餌をやっていた時を忘れる事がないようにあってほしい。
鮑叔牙

ネイ戚
はい。
桓公は自席から退いて、鮑叔牙に再拝した。

桓公
私と二人の大夫と、あなたの言葉を忘れる事がなければ国家に危険はないであろう。
魏徴は語り終えた。

太宗
うむ。
私もまだ天子にならない身分の低かった時の事を忘れまい。
そなたたちも鮑叔牙の人柄を忘れないようにして欲しい。




司馬徽
普通の人間ならば一国を手に入れて有頂天になるところじゃが、太宗はそうはならずに我が身を省みて気を引き締めたのじゃ。
うむ。
得意の絶頂で反省するとは、なかなかできる事ではないな。わしも気を引き締めなければ。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ

鏡秋雪
飛覇帥さんが反省できるように、今日はゲストの方を招きました。琵琶法師様です。
ほう・・・・。
飛覇帥

琵琶法師
べぇぇーん、べべぇぇーん
(琵琶の音色)

鏡秋雪
いかがです?
琵琶の音色はなかなか心が休まるのう。
飛覇帥

琵琶法師
♪オレは飛覇帥〜。天下統一の覇者って、言うじゃなぁ〜い〜♪
べぇぇーん、べべぇぇーん
(琵琶の音色)
こやつ、もしかして・・・
飛覇帥

琵琶侍
でも、所詮はただのハゲオヤジの蛮族ですからぁ〜!
残念〜っ!!
こやつ!
斬首っ!

飛覇帥

琵琶侍
切腹っ!
ぬう。先を越されるとは。
飛覇帥

鏡秋雪
いやー。涙が出る、いいお話でしたね。
どこがじゃ!
飛覇帥






原文
第二章
貞観十四年、高昌平ぎたるを以て、侍臣を召して宴を賜ふ。太宗、房玄齢に謂ひて曰く、高昌若し臣の礼を失はずんば、豈に滅亡に至らんや。朕、此の一国を平げ、益々危懼を懐く。今、克く久大の業を存せんと欲せば、惟だ当に驕逸を戒めて以て自ら防ぎ、忠謇を納れて以て自ら正し、邪佞を黜け、賢良を用ひ、小人の言を以てして君子を議せざるべし。此を以て之を守らば、安きを獲るに庶幾からんか、と。
魏徴進んで曰く、臣、古来の帝王を観るに、乱を撥め業を創むるときは、必ず自ら戒懼し、芻蕘の議を採り、忠トウの言に従ふ。天下既に安ければ、則ち情を恣にし、欲を肆にし、諂諛を甘楽し、正諌を聞くを悪む。張良は、漢王の計画の臣なり。高祖が天子と為り、当に嫡を廃して庶を立てんとするに及び張良曰く、今日の事は、口舌の能く争ふ所に非ざるなり、と。終に敢て復た関説するところ有らず。況んや陛下功徳の盛んなる、漢祖を以て之を方ぶるに、彼は準ずるに足らず。位に即きて十有五年、聖徳光被す。今、又、高昌を平殄したるも、猶ほ安危を以て意に繋け、方に忠良を納用し、直言の道を開かんと欲す。天下の幸甚なり。
昔、斉の桓公・管仲・鮑叔牙・ネイ戚の四人飲す。桓公、叔牙に謂ひて曰く、盍ぞ寡人の為に寿せざるや、と。叔牙、觴を捧げて起ちて曰く、願はくは、公、出でてキョに在りしときを忘るる無く、管仲をして、魯に束縛せられしときを忘るる無からしめ、ネイ戚をして、車下に飯牛せしときを忘るる無からしめんことを、と。桓公、席を避けて再拝して曰く、寡人と二大夫と、能く夫子の言を忘るること無くんば、則ち社稷、危からざらん、と。太宗、徴に謂ひて曰く、朕、必ず敢て布衣の時を忘れざらん。公等も叔牙の人と為りを忘るるを得ざれ、と。