智の館2
君臣鑒戒 第1章


司馬徽
善の積み重ねが大切


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。




司馬徽
貞観六年。太宗は大臣たちに語った。

太宗
私はこういう話を聞いたことがある。
『周王朝も秦王朝も天下を得たという事実には格別の違いはない。しかし、周は善を行うことに努め、功と徳とを積み重ねた。それが七百年もの長きにわたって続く王朝が出来た基礎になっている。秦の場合は程度を超えた贅沢放題をして、刑罰を行うことを好み、わずか二世で滅亡した』と。
善を行う者は寿命が長く、悪を行うものは寿命が短いのではないだろうか。
御意。
大臣

太宗
私はこういう話も聞いたことがある。
『桀や紂は帝王である。しかし、地位も身分もない男に、お前は桀紂のような男だと言えば、それを恥辱に思う。また、顔回や閔子騫は地位も身分もない男である。しかし、帝王に向かってあなたは顔回や閔子騫のような人だと言えば、それを栄誉に思う』と。
これは帝王たる者として深く反省すべきことである。
私はこの事を自分の手本として戒めとしている。
しかし、いつも古代の聖王に及ばずに世間から笑われるのではないかと私は恐れ心配している。
私はこういう話を聞いたことがあります。
昔、魯の哀公が孔子に語りました。『世間には物忘れのひどい人もいるもので、引っ越しをした時、こともあろうに自分の妻を置き忘れてしまった者がいる』と。それに対して孔子は『物忘れということでしたら、もっとひどい者がおります。昔の桀紂の行いは自分の妻どころか己自身を忘れてしまったのですから』と。
どうか、陛下にはこのような話があるということを念頭において頂きますように。そうすれば恐らく、後世の人に笑われることはないでありましょう。

魏徴




司馬徽
周も秦も王朝が始まったという点では一緒だが、その後の政策によってその寿命が定まった。太宗はそのことを思い反省して、政策に生かしていったのじゃ。
例えに出てくる顔回、閔子騫は孔子の弟子で徳行に優れた人物じゃ。
うむ。
善政を心がければ長く世を保つことが出来るというわけじゃな。わしも心に刻もう。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ
それにしても、魏徴は政体編の13章とまったく同じ言葉を話しおるな。さすがにネタ切れか?
飛覇帥

鏡秋雪
飛覇帥さんも、ネタ切れですしね。
ここは、司馬徽に期待しよう。
飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ。

鏡秋雪
(やっぱり、それで終わりかよ・・・・)
飛覇帥






原文
第一章
貞観六年、太宗、侍臣に謂ひて曰く、朕聞く、周秦、初め天下を得たるは、其の事、異ならず。然れども、周は即ち惟だ善を是れ務め、功を積み徳を累ぬ。能く七百の基を保ちし所以なり。秦は乃ち其の奢淫を恣にし、好んで刑罰を行ひ、二世に過ぎずして滅ぶ。豈に善を為す者は、福祚延長にして、悪を為す者は、降年永からざるに非ずや。朕又聞く、桀紂は帝王なり。匹夫を以て之に比すれば、則ち以て辱と為す。顔閔は匹夫なり。帝王を以て之に比すれば、則ち以て栄と為す、と。此れ亦帝王の深恥なり。朕毎に此の事を将て、以て鑒戒と為す。常に逮ばずして人の笑ふ所と為らんことを恐る、と。
魏徴曰く、臣聞く、魯の哀公、孔子に謂ひて曰く、人、好く忘るる者有り。宅を移して、乃ち其の妻を忘る、と。孔子曰く、又、好く忘るること此よりも甚だしき者有り。丘、桀紂の君を見るに、乃ち其の身を忘る、と。願はくは、陛下、毎に此の如きを慮と為すを作さば、後人の笑を免るるに庶からんのみ、と。