智の館2
納諌 第8章


司馬徽
求めて得ては価値がない


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。




司馬徽
貞観年中。太宗は使者を派遣して西域にいたり葉護可汗を国主として立てさせようとした。
その使者が戻らぬうちに別の者を西域に派遣して多くの金や絹を持たせ、西域の国々を巡らせ馬を買わせようとした。
それに対して、魏徴は諌言した。
今、使者を派遣したのは葉護可汗を国主として立てる事が名目であります。まだ、可汗が立つことが定まらないのに、別の使者が西域諸国を巡って馬を買わせています。
陛下の意思は可汗を立たせるのが目的ではなく、馬を買うことが目的であると、西域の者たちは思うでしょう。
ですから、可汗が首尾よく立つことが出来ましても、彼らは陛下に対してそれほど恩を感じないでしょう。もし、立つことが出来なければ逆に陛下に深い恨みを持つようになるでしょう。
他の異民族の国々がこの事を聞けば我が国を重んじないようになりましょう。
かの国を安寧にならせれば、諸国の馬はこちらが求めなくとも、あちらからやってくるようになりましょう。

魏徴

太宗
むむむ。
昔、漢の文帝に千里の馬を献上した者がありました。それに対して文帝は『私は平時の行幸には一日三〇里、行軍には一日五〇里。前には天子の旗があり、後ろには添え車がある。私一人が千里の馬に乗っていったいどこへ行こうというのか』と言って、馬を献上した者に道中の費用を補償して帰らせました。
また、後漢の光武帝に千里の馬と宝剣を献上した者がありました。光武帝は馬は太鼓を乗せる車を引かせ、剣は騎士に賜りました。
今、陛下がなされることの全ては、みな過去の聖王達よりも越え勝っております。それなのにどうして、この事に関してだけは漢の文帝・後漢の光武帝の下になろうとなさるのですか?

魏徴

太宗
むう。
魏の文帝が西域の大きな珠を買い求めようとしました。その時、家臣の蘇則が言いました。『もし、陛下の恩恵が世界中に及んだならば、珠は求めずとも自然にやってくるでしょう。求めて得たのでは貴ぶ価値がありません』と。
陛下はたとえ漢の文帝の優れた行いを慕うことが出来ないにしても、蘇則の正言を恐れないでよいものでしょうか?

魏徴

太宗
私が誤っていた。
馬を買いに向かわせた使者は直ちに止めさせよう。




司馬徽
太宗のように名馬を求めるのは君主としてよくあることじゃ。しかし、魏徴はそれでは価値がないと言い切ったのじゃ。求めずして向こうからやってくる。それこそが君主の徳であり力量を示すことになることを言ったのじゃ。
うむ。
確かに名馬にしても家宝にしても求めたくなる気持ちはわしにも判る。しかも、なんでも意のままになる皇帝ともなれば魏徴のように諌言してくれる者がいなければその欲望は際限ないものになってしまうな。それは亡国への道じゃ。
わしも慎むようにしなければ。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ

鏡秋雪
飛覇帥さんを慕って、名馬を献上します。
ほう・・・・。なんかうさんくさいな。
飛覇帥

鏡秋雪
こちらです。しかも実物大です。
馬ではなく象ではないか。それに、実物大じゃと?まったく使い物にならんではないか。
飛覇帥

鏡秋雪
小さい象だけに、『この小僧!』って感じですか?
・・・・・・・・。
(絶対、落ちてないぞ、このギャグは・・・・)

飛覇帥






原文
第八章
貞観中、使を遣はして西域に詣り、葉護河干立てしむ。未だ還らざるに、又人をして多く金帛を賚し、諸国を歴て馬を市はしむ。魏徴諌めて曰く、今、使を発するは、河干を立つるを以て名と為す。河干未だ立つを定めざるに、即ち諸国に詣りて馬を市はしむ。彼必ず以て意は馬を市ふに在り、専ら河干を立つるが為めならずと為さん。河干、立つを得とも、則ち甚だしくは恩を懐はざらん。立つを得ざれば、則ち深怨を生ぜん。諸蕃、之を聞かば、且に中国を重んぜざらんとす。但だ彼の土をして安寧ならしめば、則ち諸国の馬、求めずして自ら至らん。
昔、漢文、千里の馬を献ずる者有り。帝曰く、吾、吉行は日に三十、凶行は日に五十、鸞輿、前に在り、属車、後に在り、吾独り千里の馬に乗りて、将に以て安くに之かんとするや、と。乃ち其の道里の費を償ひて之を返せり。又、光武、千里の馬及び宝剣を献ずる者有り。馬は以て鼓車に駕し、剣は以て騎士に賜ふ。
今、陛下の凡そ施為する所、皆ハルカに三王の上に過ぎたり。奈何ぞ此に至りて、孝文・光武の下と為らんと欲するや。又、魏の文帝、西域の大珠を市はんことを求む。蘇則曰く、若し陛下、恵、四海に及ばば、則ち求めずして自ら至らん。求めて之を得るは、貴ぶに足らざるなり、と。陛下縦ひ漢文の高行を慕ふ能はずとも、蘇則の正言を畏れざる可けんや、と。太宗、遽に之を止めしむ。