
太宗 |
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。 |

虞世南 |
当初、隋の煬帝に仕えたが、虞世南が真正直すぎるため使いこなすことが出来なかった。
体つきが弱々しく着物の重さにも負けそうであったが、心は剛直で太宗を遠まわしに諌め、その言葉は太宗の治世に大いに役立った。
虞世南が亡くなった時、太宗は「当代の名臣であり、人間の手本である」とその死を悼んだ。 |

韋挺 |
若い時から太宗の兄(建成)と親しかった。
玄武門の変の後、流刑にされていたが、王珪の勧めにより官職に復帰した。 |

杜正倫 |
隋末の秀才として知られる。
魏徴の勧めによって中書侍郎に累進した。 |

姚思廉 |
隋に仕え、代王侑の侍読となった。
高祖が京師を占領した時に僚友は全て逃げ出していたが、彼一人は代王侑のもとに留まった。
太宗の時、弘文館学士に累官した。 |