智の館2
求諌 第7章


司馬徽
魏徴のようにせよ


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。

房玄齢
当初から太宗に従い、帷幄の中にあって策をめぐらし太宗をよく補佐した。秦王府十八学士の冠首とされる。唐の諸制度も杜如晦との名コンビで作り上げ、貞観の治の立役者の一人といってよい。




司馬徽
貞観十六年。太宗は房玄齢たちに語った。

太宗
自己を知る者は明と称すべきである。しかし、それはまことに困難なことである。
名文章家や名職人は自分が優れており、他の人は自分には及ばないと思っている。もし、その名文章家や名職人が出来具合を考え、まずいところを指摘や叱責をすれば本当の姿があらわになる。
この事を考えると君主においては正しい諌めをする家臣を得て、自分の過失を数えさせるべきである。
私は一日のうちに無数にある政務を一人で聞いて取りさばいている。だから、心配して力を尽くしても全てに最善な選択をしているということは出来るはずはない。
いつも思うことは魏徴は事あるごとに諌め正し、それが多くの私の過失を示してくれた。それは鏡が形を映して美も悪も残らず現すようなものであった。
太宗は杯をあげて房玄齢たちに賜り、魏徴のようにせよと激励した。
御意。
房玄齢




司馬徽
魏徴は事あるごとに諌めてくれる非常に得がたい人材だった。太宗は誰にでもそのように諌めてくれることを望んで部下を励ましたのじゃ。
ここまで徹底して部下に意見を言わせようとする君主はそうはいないだろうな。だからこそ、名君といえるのだろうな。
飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ
で・・・・。そろそろ、術を解いて欲しいのじゃが・・・・。
飛覇帥

鏡秋雪
私を気絶させるか、己の気合で解くしかありませんよ。
気合なら負けぬぞ!
ウオリャー!

飛覇帥

鏡秋雪
くっくっく。
気合が足りないようですね。(にやり)
うぬぬぬ。
飛覇帥






原文
第七章
貞観十六年、太宗、房玄齢等に謂ひて曰く、自ら知る者は明なり。信に難しと為す。属文の士、伎巧の徒の如きに至つては、皆自ら己が長は、他人は及ばずと謂へり。若し名工・文匠、商略詆訶すれば、蕪詞拙跡、是に於て乃ち見はる。是に由りて之を言へば、人君は須く匡諌の臣を得て、其の愆過を挙ぐべし。一日万機、独り聴断す。復た憂労すと雖も、安んぞ能く善を尽くさん。常に念ふ、魏徴、事に随ひて諌諍し、多く朕の失に中り、明鏡の形を鑒みて、美悪畢く見はるるが如し、と。因りて觴を挙げて玄齢等数人に賜ひ、以て之を勗めしむ。