智の館2
君道 第4章


司馬徽
天下を守るのは難しい


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。




司馬徽
貞観十一年。魏徴は太宗へ手紙で上奏した。

魏徴
古来から帝位に就いた者は子孫が栄え、永遠に帝位が継承されることを願うものです。しかしながら終わりをまっとうした者は少なく、近年は特に国家の滅亡が連続しております。その理由は何でございましょうか。それは国家の繁栄を求める方法が誤っているからであります。その見本が近いところにあります。
昔、隋は天下を統一しその兵力は強大で30年の間にその威風は万里を超えて及びました。ところが、これらはことごとく他人の所有になってしまいました。
あの隋の煬帝はわざと暴虐な政治を行って滅亡したのではございません。国力の富強をたのみにして国中の美女を集め、国外の珍品を求め、宮殿を壮麗に構築し、人民を苦しめたのです。
煬帝は表面は威厳を示していても心の中は疑い深く、邪悪な者が栄達し、忠正の者は殺されてしまい、上下はお互いに隠しあい、君臣の間の意思が通じなくなりました。
そのため人民は耐え切れず各地で蜂起し、とうとう、煬帝はつまらぬ男の手にかかって命を落とし、隋朝の子孫は絶滅し天下の笑いものになってしまいました。誠に痛ましい限りです。

陛下は苦しみ溺れている人民を救い、天下を安定に導きました。もし、隋が滅び、唐が天下を得た理由を良くお考えになれば日々慎み深くし、人から立派だと褒められてもうぬぼれることなく、粗末な宮殿が安全であることをお考えになれば陛下の徳は人民に染みわたり、無為にして天下は治まることでしょう。これが最上の天子の徳でございます。
もし、陛下が創業の困難をお忘れになり、天命はいつまでも唐にあると思い込み、土塀にまで華麗な装飾を施したり、ただでさえ広い宮殿を拡張したり、あらゆる場面で贅沢するようになれば人民は天子の徳を認めません。これが下なるやり方でございます。
例えるなら火がついた薪を背負って火を消そうとし、湯を注いで沸騰を止めようとするようなものです。

誠に帝王の位というものは得がたくして失いやすいものでございます。そのことをよくよく、考えなければならないことでございます。
同じ月、魏徴は再び太宗へ手紙で上奏した。

魏徴
私はこういう言葉を聞きました。「木の高長を求める人は必ずその根本を堅固にする。流れが遠くなることを欲する人は必ずその源泉をさらって深くする。国を安んじようと思う者は必ずその徳義を積み重ねる」と。
倹約を心がけて奢侈を戒めることを考えず、その欲望を抑えられないのはそれは根を切って木を茂らせようとし、源泉をふさいで水をあふれさせようとするのと同様でございます。
始めを善くする者は誠に多いのですが、終わりまで善くしおおせる者は極めて少ないものでございます。
なんと天下を取ることは易しく、天下を保ち守ることはこんなんなのではございませんか。
昔、天下を取った時には徳が余りあって、今、天下を守るのに足らないというのはどうしたわけでございましょう。

そもそも、天下を取ろうとして深く思い悩むときは必ず誠意を尽くして下の者を厚く待遇するが、ひとたび全てを得てしまうと人に対して傲慢になります。
誠意を尽くせば蛮族が相手でも親密一体になり、傲慢になれば肉親でさえも赤の他人となります。
人民の心が離れてしまってはいかに厳しい刑罰で取り締まり、威怒でおどして恐れふるえさせても、当座の罪を逃れることだけを考えて陛下になつくことはありません。表面はおとなくし従っているようでも心の中では服していません。
実に恐るべきは人民であります。
船を載せ浮かべるのも水であれば、船を転覆させるのもまた水でありますから、よくよく、慎まねばなりません。ですから、次の10の事が肝要でございます。
1、欲しいものを見たときは足ることを知って自らを戒める。
2、営造するときは止めるを知って民を安んじることを思う。
3、高く危ういことを思う時には謙遜して自己をむなしくする事によって自らを処することを思う。
4、海があらゆる川よりも低いところにあることを思う。
5、遊び楽しみたいときには限度があることを思う。
6、怠ける心配があるときは始を慎み終を敬することを思う。
7、耳目を蔽いふさぐもののあることを心配するときは虚心に臣下の言を受け入れることを思う。
8、讒言をする邪悪な臣下があるのを恐れるときは身を正しくして悪を退けることを思う。
9、恩恵を与えようと思ったときには喜びによって賞を誤ることがないようにと思う。
10、罰を加えようと思ったときには怒りによってむやみに刑を与えることがないように思う。
この十思を守り、才能のある者を任用し善者を選んでその言葉に従えば、智者はその知力を尽くし、勇者はその全力を尽くし、仁者はその恩恵を広め、信義ある者はその忠節を捧げ、みなが国家のために奔走いたしますから、何も言わずとも世の中が自然に治まります。
太宗は自身で魏徴への返事をしたためた。
そなたの誠は真心を極めている。そなたの手紙を読み倦むことを忘れいつも夜半まで考えている。
そなたが一身の利害を省みない義が重いのでなければ、どうしてかような良きはかりごとを示して、私の及ばないところを正してくれるだろうか。

三国時代を統一した晋の司馬炎は天下統一を果たした後、贅沢にふけった。彼に仕えた三公の一人の重臣が自宅に戻るとこう言った。
「私が主上にお目にかかるごとに主上は国家を治める遠大なはかりごとを論ぜず、平凡な話をするだけだ。あれでは子孫のためにならぬ。息子のお前はまだ、禍を免れることができるだろうが、孫たちは必ず乱に遭って死ぬであろう」と。
果たして、この重臣の孫は無実の罪で殺害された。
史官たちはこの重臣を先見の明があったと褒め称えるが、私はそうは思わない。この重臣の不忠の罪は大である。
人臣たる者、進んでは誠を尽くそうと思い、退いては君の過ちを補うことを思い、君の美徳を助けて成就させ、君の悪を正しく救うべきである。
しかし、この重臣は三公という高い地位にありながら、進んでは諌言することなく、退いては陰で君の悪口を言う。これのどこが明智なのだ。
転んだ時に助け起こしてやらないくらいなら、付き添いなど要らないではないか。

そなたの手紙を見て私はその過ちを知った。必ずこの手紙を机に置き、定規のように性格を直す戒めとしよう。
そなたがさらに良きはかりごとを申すことを私は待っている。
直言して隠すことあるな。私は虚心に志を静かにして慎んで立派な言葉を待っているぞ。

太宗




司馬徽
太宗の特長は家臣たちの諌言を好んで聞いたことじゃ。この手紙にもそのことがありありと示されておる。意見を言わぬ部下は不忠であると言って、積極的に意見を求めたのじゃ。
ふむ。
長い文章であったが学ぶべき点が多くある。今後の治世にいかして生きたいものじゃ。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ

鏡秋雪
コホン。
では、私が飛覇帥さんにご意見を申し上げよう。
却下っ!
飛覇帥

鏡秋雪
なんでですか。そんなんじゃ、いい君主になれませんよ。
今のお前の目は泳いでおる。なにかよからぬギャグを考えた証拠じゃ。
よって、意見がある者は魏徴のように手紙で上奏せよ!

飛覇帥

鏡秋雪
今日はギャグはなしです。(某印炊飯器のCM口調)
・・・・どうあっても、ギャグを入れたいらしいな・・・・
飛覇帥







原文
第四章
貞観十一年、特進魏徴上疏して曰く、臣、古より図を受け運に膺り、体を継ぎ文を守り、英傑を控御し、南面して下に臨むを観るに、皆、厚徳を天地に配し、高明を日月に斉しくし、本枝百世、祚を無窮に伝へんと欲す。然れども終を克くする者鮮く、敗亡相継ぐ。其の故は何ぞや。之を求むる所以、其の道を失へばなり。殷鑒遠からず、得て言ふ可し。
昔在、有隋、寰宇を統一し、甲兵彊盛に、三十余年、風、万里に行はれ、威、殊俗を動かす。一旦挙げて之を棄て、尽く他人の有と為れり。彼の煬帝は豈に天下の治安を悪み、社稷の長久を欲せず、故らに桀虐を行ひ、以て滅亡に就かんや。其の富強を恃み、後患を虞らず、天下を駆りて以て欲に従ひ、万物をツクして自ら奉じ、域中の子女を採り、遠方の奇異を求め、宮苑を是れ飾り、臺シャを是れ崇くし、徭役、時無く、干戈、オサメず、外、厳重を示し、内、険忌多く、讒邪の者は必ず其の福を受け、忠正の者は其の生を保つ莫く、上下相蒙ひ、君臣道隔たる。民、命に堪へず、率土分崩し、遂に四海の尊を以て、匹夫の手に殞し、子孫殄絶し、天下の笑ひと為れり。痛まざる可けんや。
聖哲、機に乗じ、其の危溺を拯ひ、八柱傾きて復た正しく、四維絶えて更に張り、遠きは粛し迩きは安きこと、期月を踰えず、残に勝ち殺を去ること、百年待つ無し。今、宮観臺シャ尽く之に居る。奇珍異物、尽く之を収む。姫姜淑媛、尽く則に侍す。四海九州、尽く臣妾と為れり。若し、能く彼の亡ふ所以を鑒み、我の得る所以を念はば、日、一日を慎み、休しと雖も休しとする勿く、鹿臺の宝衣を焚き、阿房の広殿を毀ち、危亡を峻宇に懼れ、安処を卑宮に思はば、則ち神化潜通し、無為にして治まらん。徳の上なり。若し成功を毀たず、即ち其の旧に仍り、其の不急を除き、之を損じて又損じ、茅茨を桂棟に雑へ、玉砌を土カイに参へ、悦びて以て人を使ひ、其の力を竭さず、常に、之に居る者は逸し、之を作る者は労するを念はば、億兆悦びて以て子のごとく来り、群生仰ぎて性を遂げん。徳の次なり。若し、惟れ聖も念ふ罔く、厥の終を慎まず、締構の艱難を忘れ、天命の恃む可きを謂ひて、採椽の恭倹を忽せにし、雕牆の靡麗を追ひ、其の基に因りて以て之を広め、其の旧を増して之を飾り、類に触れて長じ、止足を思はずんば、人、徳を見ずして、労役を是れ聞かん。斯を下と為す。
譬へば薪を負ひて火を救ひ、湯を揚げて沸を止むるが如し。暴を以て乱に易へ、乱と道を同じくす。其れ則る可けんや。後嗣何をか観ん。夫れ事、観る可き無ければ、則ち人怨み神怒る。人怨み神怒れば、則ち災害必ず生ず。災害既に生ずれば、則ち禍乱必ず作る。禍乱既に作りて、而も能く以て身名全き者は鮮し。天に順ひ命を革むるの后、将に七百の祚を隆んにし、厥の孫謀を貽し之を万葉に伝へんとす。得難くして失ひ易し。念はざる可けんや、と。
是の月、徴又上疏して曰く、臣聞く、木の長ぜんことを求むる者は、必ず其の根本を固くす。流の遠からんことを欲する者は、必ず其の泉源を浚くす。国の安からんことを思ふ者は、必ず其の徳義を積む、と。源深からずして流の遠からんことを望み、根固からずして木の長ぜんことを求め、徳厚からずして国の治まらんことを思ふは、臣、下愚なりと雖も、其の得可からざるを知るなり。而るを況んや明哲に於てをや。人君、神器の重きに当り、域中の大に居り、将に極天の峻を崇くし、永く無疆の休を保たんとし、安きに居りて危きを思ひ、奢を戒むるに倹を以てするを念はず、徳、其の厚きに処らず、情、其の欲に勝へざるは、斯れ亦根を伐りて以て木の茂らんことを求め、源を塞ぎて流の長からんことを欲する者なり。凡百の元首、天の景命を承けて、殷憂して道著れ、功成りて徳衰へざるは莫し。始を善くする有る者は寔に繁く、能く終を克くする者は蓋し寡し。豈に其の之を取ることは易くして、之を守ることは難きならずや。昔、之を取りて余り有り、今、之を守りて足らざるは、何ぞや。
夫れ殷憂に在りては、必ず誠を竭して以て下を待ち、既に志を得れば則ち情を縦にして以て物に傲る。誠を竭せば則ち胡越も一体と為り、物に傲れば則ち骨肉も行路と為る。之を董すに厳刑を以てし、之を振はすに威怒を以てすと雖も、終に苟くも免れて仁に懐かず、貎恭しけれども心服せず。怨は大に在らず、畏る可きは惟れ人なり。舟を載せ舟を覆す、宜しく深く慎むべき所なり。奔車朽索、其れ忽せにす可けんや。人に君たる者、誠に能く欲す可きを見れば、則ち足るを知りて以て自ら戒むるを思ひ、将に作す有らんとすれば、則ち止まるを知りて以て人を安んずるを思ひ、高危を念へば、則ち謙沖にして自ら牧ふを思ひ、満溢を懼るれば、則ち江海の百川に下るを思ひ、盤遊を楽しめば、則ち三駆以て度と為すを思ひ、懈怠を憂ふれば、則ち始を慎みて終を敬するを思ひ、擁蔽を慮れば、則ち心を虚くして以て下を納るるを思ひ、讒邪を懼るれば、則ち身を正しくして以て悪を黜くるを思ひ、恩の加はる所は、則ち喜びに因りて以て賞を謬る無きを思ひ、罰の及ぶ所は、則ち怒に因りて刑を濫にする無きを思ふ。此の十思を総べ、茲の九徳を弘め、能を簡びて之に任じ、善を択び之に従へば、則ち智者は其の謀を尽くし、勇者は其の力を竭くし、仁者は其の恵を播き、信者は其の忠を効し、文武争ひ馳せ、君に在りては事無く、以て豫遊の楽を尽くす可く、以て松喬の寿を養ふ可く、琴を鳴らし垂拱し、言はずして化せん。何ぞ必ずしも神を労し思を苦しめ、下司の職に代り、聡明の耳目を役し、無為の大道を虧かんや、と。
太宗、手詔して答へて曰く、頻りに表を抗ぐるを省するに、誠、忠款を竭し、言、切至を窮む。披覧して倦むを忘れ、毎に宵分に達す。公が国を体する情深く、匪躬の義重きに非ずんば、豈に能く示すに良図を以てし、其の及ばざるを匡さんや。
朕聞く、晋の武帝、呉を平げしより已後、務め驕奢に在り、復た心を治政に留めず。何曾、朝より退き、其の子劭に謂ひて曰く、吾、主上に見ゆる毎に、経国の遠図を論ぜず、但だ平生の常語を説く。此れ厥の子孫に貽す者に非ざるなり。爾が身は猶ほ以て免る可し、と。諸孫を指さして曰く、此れ等必ず乱に遇ひて死せん、と。孫の綏に及び、果して淫刑の戮する所と為る。前史之を美め、以て先見に明かなりと為す。朕が意は然らず。謂へらく曾の不忠は、其の罪大なり、と。夫れ人臣と為りては、当に進みては誠を竭くさんことを思ひ、退きては過を補はんことを思ひ、其の美を将順し、其の悪を匡救すべし。共に治を為す所以なり。曾、位、台司を極め、名器崇重なり。当に辞を直くして正諌し、道を論じて時を佐くべし。今乃ち退きては後言有り、進みては廷諍する無し。以て明智と為すは、亦謬らずや。顛りて扶けずんば、安んぞ彼の相を用ひん。公の陳ぶる所、朕、過を聞けり。当に之を几案に置き、事、弦韋に等しくすべし。必ず彼の桑楡を収め、之を歳暮に期せんことを望む。康きかな良きかなをして独り往日に盛んに、魚の若しく水の若きをして遂に当今に爽は使めざらん。嘉謀を復さんことを遅つ、犯して隠すこと無かれ。朕将に襟を虚しくし志を静かにして、敬みて徳音を佇たんとす、と。