智の館2
求諌 第3章


司馬徽
直言しない宰相は死すべき


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

杜如晦
当初から太宗に従い、房玄齢から『王佐の才』があると高く評価された。
房玄齢が企画力に優れていたのに対して、杜如晦は決断力に優れ、軍事、政治に多難であった太宗の治世の初期をよく支えた。




司馬徽
貞観二年。太宗は左右の待臣に言った。

太宗
賢明な君主は自分に短所や失敗があることを思い、それを改めるように臣下の諌言を聞き入れるからますます善良になる。
暗愚な君主は自分の短所や失敗をかばって、臣下の諌言を聞き入れないからいつまでも暗愚なのである。
隋の煬帝は自分の才能を自慢して威張り、短所や失敗をかばって、臣下の諌める言葉を拒否した。このような君主の意に逆らって諌めることは困難であっただろう。だから、宰相の虞世基がそれをおしてまで直言しなかった事は深い罪にならないのではないだろうか?
昔、殷の微子は紂王を諌めて用いられなかったので狂人の真似をして命をまっとうした。それに対して孔子は微子を仁であると言った。
で、あるならば、煬帝が臣下に殺された時、虞世基は一緒に死ぬべきであったのであろうか?
孝経に『天子に君主の過失に対して容赦せず激しく諌める臣があれば、たとえ無道な天子であってもその天下を失うことはない』とあり、孔子が『剛直であるなあ史魚という人物は。邦に正しい道が行われている時にも矢のように真っ正直であり、邦に道が行われていない時にも身の危険を考えずにやはり矢のように真っ正直であった』と称しました。
だから、虞世基は煬帝が無道であるからと言って、臣下として諌言をしないでよいと言うことが出来ましょうか。どんな無道な君主であっても諌めなければならないものでございます。
ところが、虞世基は口を閉じて何も言わず、高い地位にありながら将来を考えず安楽を求めました。また、諌言が聞き入れられないと言っても辞職して隠退しようともしませんでした。微子が狂人の真似をしてその地位から去ったのとは物事の道理が同じではございません。

杜如晦

太宗
ふむ。なるほど。
昔、晋の恵帝と買后が皇太子を廃しようとしました。この時、司空の張華は諌めることが出来ずにへつらい従っておりました。その後、超王倫が兵を起こして買后を殺した時、張華を捕らえました。その時、張華は『天子と買后が太子を廃しようとした時に、私は何も言わなかった訳ではない。しかし、当時は何を言っても聞き入れられなかったのだ』と言いました。しかし、『公は三公である。諌言が聞き入れられないのであればどうして身を引かないのであるか』と言うと、張華は答える言葉がありませんでした。とうとう、張華は斬り殺され、一族は皆殺しの憂き目にあいました。
杜如晦

太宗
うむ。その事は私も知っている。
古人が言いました。『盲人がつまずきそうな時に手をとってやらず、転んだ時に助け起こしてやらないくらいなら、付き添いなどはいらないではないか』と。ですから立派な君子と言うものは、国家の重大な事件に直面してもその心を動揺させることがない人物なのであります。
張華は史魚のように剛直で意志を曲げないことによって節義を全うすることが出来ませんでした。また、微子のように宰相の地位を引いてその身をまっとうすることも出来ませんでした。
王と臣下の節義はすっかり地に落ちてしまったのでございます。
虞世基はその位が大臣宰相であり、煬帝に対して諌め言うことができる地位にありながら、とうとう一言も強く諌めることがありませんでした。当然、煬帝と共に死ぬべきでございます。

杜如晦

太宗
そなたの意見は正しい。
人君というものは忠良なる宰相の補佐の助けによって、はじめて身も国も安寧になることが出来る。
煬帝は下に忠良の臣なく、その身は過ちを聞くことがないために、悪が積み重なり禍が充満して滅亡したのではないだろうか。
もし、君主の行うことが的を得ず、臣下もまた正しく諌める事がなく、ただいいかげんに君主の意にへつらって君主の行っていることは全て立派であると言ってばかりいたら、その君主は暗愚であり臣下はおべっか使いである。このような状態では危険と滅亡は目の前にある。
私は、君主と臣下がそれぞれに公平な道を尽くしてお互いに戒めあって努力向上して国を治めようと思っている。
そなたたちはそれぞれが誠意ある直言を尽くすことに努力して私の悪い所を正し救うべきである。
直言して私の意見に逆らったからと言って、たやすく怒って罰することはしないようにするから、どんどん意見を言って欲しい。




司馬徽
賢明な君主は諌言を聞くからますます賢明になり、暗愚な君主は諌言を聞き入れないからいつまでも暗愚なのである。という太宗の言葉は君主に限らず、人間として心に刻まねばならぬ心構えじゃのう。
確かにその通りじゃ。わしも他の人の意見にしっかりと耳を傾けるようにしよう。
飛覇帥

司馬徽
もう一点は、とても意見を聞きそうもない煬帝に対して、何も言わなかった宰相の虞世基。彼は殺されるほどの罪があったのだろうかという問いかけに対して、杜如晦はきっぱりと罪はあったと断言したのじゃ。意見を聞かないのは君主の罪じゃが、意見を言わないのは部下の罪ということじゃな。
うむ。確かに、意見を言ったら殺されそうな君主を相手に意見を言うのは勇気がいるからなあ。しかし、太宗のように意見をちゃんと聞いてくれる君主の前で意見を言わないのは部下の怠慢であることは間違いないだろうな。
飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ

鏡秋雪
では、私が飛覇帥さんのために張り切ってバリバリ諌言いたしましょう。
いや、もう、聞きたくないのじゃが・・・・。
飛覇帥

鏡秋雪
そんなんじゃ駄目ですよ。さあ、言いますよ。覚悟を決めてください!
まず、その1!
鏡秋雪の諌言は延々と4時間続いた・・・・。
もう、許して(涙)
飛覇帥

鏡秋雪
まだまだあああ。
その1032!
(くっくっく。これだから諌言大臣はやめられねぇな)
諌言大臣、鏡秋雪の天職なのかもしれない。






原文
第三章
貞観二年、太宗、侍臣に謂ひて曰く、明主は短を思ひて益々善に、暗主は短を護りて永く愚なり。隋の煬帝、好みて自ら矜誇し、短を護り諌を拒ぎ、誠に亦実に犯忤し難し。虞世基、敢て直言せざるは、或は恐らくは未だ深罪と為さざらん。昔、微子、佯狂にして自ら全うす。孔子、亦、其の仁を称す。煬帝が殺さるるに及びて、世基は合に同じく死すべきや否や、と。
杜如晦対へて曰く、天子に諍臣有れば、無道なりと雖も、其の天下を失はず。仲尼称す、直なるかな史魚。邦、道有るも矢の如く、邦、道無きも矢の如し、と。世基、豈に煬帝の無道なるを以て、諌諍を納れざるを得んや。遂に口を杜ぢて言ふ無く、重位に偸安し、又、職を辞し退を請ふ能はざるは、則ち微子が佯狂にして去ると、事理、同じからず。昔、晋の恵帝・賈后、将に愍懐太子を廃せんとす。司空張華、竟に苦諍する能はず、阿隠して苟くも免る。趙王倫、兵を挙げて后を廃するに及び、使を遣はして華を収めしむ。華曰く、将に太子を廃せんとするの日、是れ言ふ無きに非ず。当時、納れ用ひられず、と。其の使曰く、公は三公たり。太子、罪無くして廃せらる。言既に従はれずんば、何ぞ身を引きて退かざる、と。華、辞の以て答ふる無し。遂に之を斬り、其の三族を夷ぐ。
古人云ふ、危くして持せず、顛して扶けずんば、則ち将た焉んぞ彼の相を用ひん、と。故に君子は大節に臨みて奪う可からざるなり。張華は既に抗直にして節を成す能はず、遜言して身を全くするに足らず、王臣の節、固に已に墜ちたり。虞世基、位、宰補に居り、言を得るの地に在り、竟に一言の諌諍無し。誠に亦合に死すべし、と。
太宗曰く、公の言是なり。人君必ず忠良の補弼を須ちて、乃ち身安く国寧きを得。煬帝は、豈に下に忠臣無く、身、過を聞かざるを以て、悪積り禍盈ち、滅亡斯に及べるならずや。若し人主、行ふ所、当らず、臣下、又匡諌すること無く、苟くも阿順に在り、事、皆、美を称すれば、則ち君は暗主たり、臣は諛臣たり。君暗く臣諛へば、危亡遠からず。朕、今、志、君臣上下、各々至公を尽くし、共に相切磋し、以て理道を為すに在り。公等各々宜しく務めて忠トウを尽くし、朕が悪を匡救すべし。遂に直言して意に忤ふを以て、輒ち相責怒せざらん、と。