智の館2
任賢 第6章


司馬徽
当代の名臣


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

虞世南
当初、隋の煬帝に仕えたが、虞世南が真正直すぎるため使いこなすことが出来なかった。
体つきが弱々しく着物の重さにも負けそうであったが、心は剛直で太宗を遠まわしに諌め、その言葉は太宗の治世に大いに役立った。
虞世南が亡くなった時、太宗は「当代の名臣であり、人間の手本である」とその死を悼んだ。




司馬徽
虞世南は太宗に見出され、昇進して秘書監になった。
太宗は暇があれば虞世南を呼び出し談論し、共に経書や史書を学んだ。
虞世南は体つきが弱々しく着物の重さにも耐えかねるようであったが心ばえは剛直で屈せず、談論が過去の帝王の得失に及ぶごとに、遠まわしに正しい戒めをして、太宗のために役立つことが多かった。
太宗は侍臣に語った。

太宗
私は暇があれば虞世南と古今の政治を語り合っている。その時、私に一言でも善があれば虞世南は喜ばないことはなかった。また、一言でも間違いがあれば残念がらないことはなかった。
最近、こういうことがあった。
太宗はその時のことを語り始めた。
太宗は戯れに一つの詩を作った。

太宗
(うむ。少しばかり軽薄で派手な表現じゃが、こんなものであろう)
陛下。
陛下のこの御作品は巧みではございますけれども、その体が雅正でございません。
上が好むものは下は必ずまねをするものでございます。この文が一度行われますと、恐らく世間はなびき従うことになるでしょう。そのため、軽薄な風俗になることは国を治める上で利益にはなりません。
今後、このような詩を作り続けなさいますなら、命をかけてお願いし、詔をお受けいたしません。

虞世南

太宗
うむ。私が誤っていた。
よく、言ってくれた。
この出来事を群臣たちに語った後、太宗は全員に語りかけた。

太宗
虞世南の言葉は誠意にあふれていた。私は虞世南を褒め称えよう。
群臣たちがみんな虞世南のようであるなら、天下はよく治まらないという心配はないであろう。
太宗は虞世南に絹百五十段を贈った。
太宗はある時、虞世南の優れた点を語った。

太宗
虞世南には五つの優れたものがある。
一つ徳行、二つ忠直、三つ博学、四つ詞藻、五つ書翰である。
虞世南が世を去った時、太宗は直筆の詔を下された。

太宗
虞世南は私にとって一つの体と同じである。政治上について私が行き届かないところを補って諌め、いかなる日も忘れることはなかった。
実に当代の名臣であり、人間の手本である。
私に小さな善があればさらに立派になるように助成し、私に小さな悪があれば、嫌な顔をしてもかまわず諌めてくれた。
ところが今は亡くなってしまった。文学館の中に虞世南に匹敵する人がいなくなってしまった。
誠に痛惜の言葉がない。




司馬徽
虞世南のように小さな出来事から諌めたり、褒めたりというのはなかなか難しく出来ないことじゃな。ささやかな変化を見逃さず君主に適切なアドバイスが出来る得がたい人材であったといえるのう。
うむ。
確かに、小さな事で諌められたら嫌になってしまうことがあると思うが、それが大事に発展する前に諌めてくれているのだと考えればいいのかも知れぬなあ。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ

鏡秋雪
諌言大臣から一言ございます。
ほう、なんじゃ?
飛覇帥

鏡秋雪
小さな事から諌めなければならない事は今回のお話で分かりましたよね。
だから、なんじゃ。はっきり言え。
飛覇帥

鏡秋雪
飛覇帥さん。毛生え薬を続けましょうね。継続は力なりです。
むむむ!
言っている事に一理あるが・・・・

飛覇帥

鏡秋雪
しかし!禿げは所詮、禿げ!
蛮族は蛮族!
現実を見つめましょう。
貴様〜!
斬首っ!

飛覇帥

鏡秋雪
けけけ。
秘技。無想転生!
ぬう。またしても怪しげな技でかわしおって・・・。
飛覇帥






原文
第六章
虞世南は、会稽余姚の人なり。貞観七年、秘書監に累遷す。太宗、万機の隙毎に、数々之を引きて談論し共に経史を観る。世南、容貌懦弱にして衣に勝へざるが若しと雖も、而も志性抗烈にして、論じて古先帝王の政を為すの得失に及ぶ毎に、必ず規諷を存し、補益する所多し。
太宗、嘗て侍臣に謂ひて曰く、朕、暇日に因りて虞世南と古今を商略す。朕に一言の善有れば、世南未だ嘗て悦ばずんばあらず。一言の失有れば、未だ嘗て悵恨せずんばあらず。近ごろ嘗みに戯れに一詩を作り、頗る浮艶に渉る。世南進表して諌めて曰く、陛下の此の作工なりと雖も、体、雅正に非ず。上の好む所、下必ず之に随ふ。此の文一たび行はるれば、恐らく風靡を致さん。軽薄俗を成すは、国を為むるの利に非ず。賜ひて継ぎ和せしむれば、敢て作らずんばあらず。而今よりして後、更に斯の文有らば、継ぐに死を以て請ひ、詔を奉ぜざらん、と。其の懇誠なること此の若し。朕用つて焉を嘉す。群臣、皆世南の若くならば、天下何ぞ理まらざるを憂へん、と。因りて帛一百五十段を賜ふ。
太宗嘗て称す、世南に五絶有り。一に曰く、徳行。二に曰く、忠直。三に曰く、博学。四に曰く、詞藻。五に曰く、書翰、と。卒するに及び礼部尚書を贈り、諡して文懿と曰ふ。太宗、魏王泰に手勅して曰く、虞世南の我に於けるは猶ほ一体のごときなり。遺を拾ひ闕を補ひ、日として暫くも忘るること無し。実に当代の名臣、人倫の準的なり。吾に小善有れば、必ず将順して之を成し、吾に小失有れば、必ず顔を犯して之を諌む。今、其れ云に亡す。石渠・東観の中、復た人無し。痛惜豈に言ふ可けんや、と。