智の館2
君道 第3章


司馬徽
創業と守成。どちらが難しい?


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

房玄齢
当初から太宗に従い、帷幄の中にあって策をめぐらし太宗をよく補佐した。秦王府十八学士の冠首とされる。唐の諸制度も杜如晦との名コンビで作り上げ、貞観の治の立役者の一人といってよい。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。




司馬徽
貞観十年。太宗は大臣たちに尋ねた。

太宗
帝王の事業の中で創業と守成とどちらが困難であろうか?
それはなんと言っても創業でございましょう。
国家創業の時には天下は乱れ、各地に群雄が割拠する状況で戦争や謀略によってやっと平定できるのです。
私たちもまさに命がけの連続でした。そういう点で創業のほうが困難でございましょう。

房玄齢

太宗
ふむ。
いやいや。私は守成の方が困難であると断言いたします。
そもそも、天子の位というのは天が授け民衆が与えたものでございます。よって、それほど困難とは言えませぬ。
しかし、天子になってしまうと気持ちが緩み、自分が贅沢な暮らしをするために民衆に重い負担をかけて苦しめるようになってしまいます。
国が滅びるのは常にこういう原因から起こります。完成されたものを緊張感を持ち続けて維持していくというのは実に困難であると申せましょう。

魏徴

太宗
ふむ。二人の言い分はもっともだ。
房玄齢は昔から私に従って天下を平定し、艱難辛苦を経験し、九死に一生を得た。創業の困難を実際に見ているから創業のほうが困難だと言ったのであろう。
御意。
房玄齢

太宗
魏徴は私と共に天下を安定を図りながら、今ここで気を緩めたら滅亡へ突き進んでしまうと心配している。だから、守成の方が困難だと言ったのであろう。
御意。
魏徴

太宗
今となっては創業の困難は過ぎ去った。
これからはそなたたちと力を合わせ心して守成の困難に立ち向かいたいと私は思う。




司馬徽
創業と守成。どちらも難しいものじゃ。
創業は困難に対して一致団結しやすい、いわば陽性の困難であるが、守成は自分の欲望を抑えたり、部下の離反を招かぬように心を砕いたり、こちらは陰性の困難と言えるのう。
守成の難しさはいつの時代でも同じじゃのう。
ふむ。
わしも創業から守成へ頭を切り替えてこの困難を乗り越えなければならないな。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ
ところで、なんで秋雪はそこで刀を研いでおるのじゃ。
飛覇帥

鏡秋雪
え?
頭をつけ替えるんでしょ?私が飛覇帥さんの首を切ってつけ替えてあげますよ。
違うだろうがっ!
飛覇帥







原文
第三章
貞観十年、太宗、侍臣に謂ひて曰く、帝王の業、草創と守文と孰れか難き、と。尚書左僕射房玄齢対へて曰く、天地草昧にして、群雄競ひ起る。攻め破りて乃ち降し、戦ひ勝ちて乃ち剋つ。此に由りて之を言へば、草創を難しと為す、と。魏徴対へて曰く、帝王の起るや、必ず衰乱を承け、彼の昏狡を覆し、百姓、推すを楽しみ、四海、命に帰す。天授け人与ふ、乃ち難しと為さず。然れども既に得たるの後は、志趣驕逸す。百姓は静を欲すれども、徭役休まず。百姓凋残すれども、侈務息まず。国の衰弊は、恒に此に由りて起る。斯を以て言へば、守文は則ち難し、と。
太宗曰く、玄齢は、昔、我に従つて天下を定め、備に艱苦を嘗め、万死を出でて一生に遇へり。草創の難きを見る所以なり。魏徴は、我と与に天下を安んじ、驕逸の端を生ぜば、必ず危亡の地を践まんことを慮る。守文の難きを見る所以なり。今、草創の難きは、既に以に往けり。守文の難きは、当に公等と之を慎まんことを思ふべし、と。