
司馬徽 |
貞観十七年。魏徴は病に倒れた。 |
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陛下。魏徴殿が病で倒れたそうでございます。 |

家臣 |

太宗 |
なんだと!して、病状は? |
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危険な状態だそうです。 |

家臣 |

太宗 |
確か、魏徴の家には正堂がなかったな。 |
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はい。質素に暮らすのが魏徴殿の望みでしたから・・・。 |

家臣 |

太宗 |
私の御殿を造るために集めた材木があったはずだ。それで魏徴の家に正堂を建ててやろう。 |
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しかし、それでは陛下の御殿の建設が・・・。 |

家臣 |

太宗 |
私のことはどうでもよい。魏徴のために正堂を早急に建ててやるのだ。 |
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御意。 |

家臣 |
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太宗の命令で魏徴の正堂は五日で完成した。
さらに太宗は宦官を派遣して魏徴の身の回りの世話をさせた。
しかし、魏徴は数日後に亡くなった。 |
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陛下!
魏徴殿が・・・・先ほど・・・・。 |

家臣 |

太宗 |
ああ・・・・魏徴・・・・。 |
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太宗は泣き悲しみ、司空の位を贈り、文貞と諡した。
そして、自分自身で魏徴のために碑文を作り、自ら石に書いた。 |
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魏徴が亡くなってから数週間後、太宗は侍臣達に語った。 |
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太宗 |
銅を鏡にすれば、人はそれに姿を映して衣服を正すことが出来る。
歴史を鏡にすれば、世の興亡盛衰を知ることが出来る。
人を鏡とすれば、その人を手本として善悪を知ることが出来る。
私は常にこの三つの鏡を持って自己の過ちを防いできた・・・。
ところが、今、魏徴が死んで、とうとう一つの鏡を失ってしまった。 |
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太宗は感極まって、しばらく涙を流して悲しんだ。 |
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太宗 |
魏徴だけが常に私の過失を明らかにしてくれた。彼が死んでからは後は、過ちを明らかにしてくれるものがない。
魏徴が死んでから今日まで、私は誰からも諌められることがなかった。
私の行動が、魏徴が生きていた時にだけ過ちがあって、彼が死んだ後は全て正しいということがありうるだろうか。
皆はむやみに従順にしているが、私の機嫌を損ねるのを恐れているのか?
臣下が言っても皇帝が聞く耳を持っていないと非難をするなら、私はそれを甘んじて受けよう。しかし、私が聞くように努力をしているのに誰も意見を言わないのはいったい誰の責任であろうか?
今後は各自がその誠意を尽くすように。私に過ちがあった時ははばからずに直言して隠すことがないようにして欲しい。 |
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