
司馬徽 |
杜如晦は京兆の万年県の出身で、武徳の初年に秦王府の兵曹参軍となった。その時、秦王府には多くの優れた人材が多かったが、他に転任させられる者が多くいた。 |
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太宗 |
房玄齢よ。これほど、人材が引き抜かれるとつらいものがあるな。 |
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秦王府から去る者が多くとも、それは惜しくはございません。ただ、杜如晦殿は聡明で見識に優れ、帝王の補佐としての才能がある人物でございます。もし、大王が諸侯で満足なさるのなら、彼を用いる場所はございませんでしょう。
しかし、帝王として天下を治めようと思いますなら彼以外に良い人材はおりませぬ。 |

房玄齢 |

太宗 |
ふむ。 |
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太宗は高祖に願い出て杜如晦を秦王府の直属の配下にした。
この時期、軍事と国政に問題が多かったが、杜如晦の裁決はよどみなく同僚から敬服された。
太宗が皇帝の地位についてからは杜如晦と房玄齢の二人は朝廷の政事にとりくみ、唐の諸制度はみな、二人が制定したものであった。
当時の人たちは房杜と並び称した。 |
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