智の館2
政体 第11章


司馬徽
減税こそ最大の善政


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。

房玄齢
当初から太宗に従い、帷幄の中にあって策をめぐらし太宗をよく補佐した。秦王府十八学士の冠首とされる。唐の諸制度も杜如晦との名コンビで作り上げ、貞観の治の立役者の一人といってよい。




司馬徽
貞観八年。太宗は房玄齢たちに語った。

太宗
私が住んでいる宮殿は隋の文帝が建造したものである。建てられてから四十余年経つが痛んだところは少ない。
一方、太子の承乾が住む宮殿は煬帝の作ったものである。工匠たちが多くの新奇を求めたので破損した箇所が多い。
今、改築を考えているが、この煬帝の宮殿に似てしまう事を恐れるのだ。
昔、魏の文侯の時、税収が二倍になりました。それについて祝いの言葉を言った者に対して文候は答えました。『人民がそれほど増えていないのに収入が二倍になった。これは税の取立てが厳しいからである。たとえば皮を作るようなものである。大きくすれば薄くなり、小さくさせれば厚くなる。人民を治めることもまたこのようである』と。そうして文候は税金を軽減したので魏の国は大いに治まりました。
今、私が考えますに陛下が世を治めて多くの異民族も来朝して服従しました。天下はすっかり安らかになりましたが、ぜひとも今日の治道を守って人民の生活を豊かに厚くするようにすべきでございます。そうすれば充分足りることになりましょう。

魏徴




司馬徽
やはり、新奇を求めたものは痛むのが早いのう。気をつけたいものじゃ。
そして、魏徴が進言した、人民の生活を豊かに厚くするようにということは治道の基本というべきじゃな。
うむ。
わしも人民の生活に気を配るようにしよう。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ
それにしても、この太宗と魏徴の会話ってかみ合っていないような気がするのだが・・・。
飛覇帥

鏡秋雪
そんなことありませんよ。
飛覇帥さんの頭のネジが緩んでいるから理解できないんですよ。
なんじゃと、貴様。
飛覇帥

鏡秋雪
ほら、そこにネジが落ちてますよ。きっと、飛覇帥さんの頭から緩んで落ちてきたんですね。
こんなところに、いつの間にネジが・・・・
飛覇帥

鏡秋雪
私が元に戻して差し上げましょう。(にやり)
痛たたた。
ネジは痛いぞ!
こら!ドライバーでつつくな。頭が禿げる!

飛覇帥






原文
第十一章
貞観八年、太宗、房玄齢等に謂ひて曰く、我が居る所の殿は、即ち是れ隋の文帝の造りし所なり。已に四十余年を経るも、損壊の処少し。唯だ承乾の殿は、是れ煬帝の造りしもの。工匠多く新奇を覓め、斗キョウ至小なり。年月近しと雖も、破壊の処多し。今、改更を為さんとし、別に意見を作さんと欲するも、亦、此の屋に似ることを恐るのみ、と。
魏徴対へて曰く、昔、魏の文侯の時、租賦歳に倍す。人、賀を致すもの有り。文侯曰く、今、戸口加はらずして、租税歳に倍す。是れ課斂多きに由る。譬へば皮を治むるが如し。大ならしむれば則ち薄く、小ならしむれば則ち厚し。民を理むるも亦復た此くの如し、と。是に由りて魏国大いに理まる。臣、今之を量るに、陛下理を為し、百夷賓服す。天下已に安く、但だ須らく今日の理道を守り、亦之を厚きに帰すべし。此れ即ち是れ足らん、と。