智の館2
政体 第7章


司馬徽
人民は恐るべきもの


登場人物紹介

太宗
唐の2代目皇帝。
2代目といってもぼんぼんではない。父の代わりとして中国各地を転戦し唐の中国統一の最大の功労者。
兄と弟が自分を殺害しようとしていたことを知ると先手を打ってこれを討ち、父親を幽閉して皇帝の座につく。
長い中国の歴史の中でも屈指の名君として必ずその名は挙げられ、その治世は『貞観の治』と呼ばれ後世の手本とされた。

魏徴
太宗の兄に仕えて太宗暗殺を計画し積極的にこれを勧めた。しかし、これに失敗。逆に太宗に捕らえられた。
その見識の高さと剛直さを太宗に認められ大臣に抜擢された。その後も太宗を恐れることはなく諌言を繰り返し、太宗の治世を支え続けた。
魏徴が亡くなった時、太宗は「自らの過ちを正す貴重な鏡を失った」と嘆いた。




司馬徽
貞観六年。太宗は会議の席で重臣たちに語った。

太宗
過去の帝王たちの歴史を見ていると盛あれば衰がある。朝があれば夕暮れがあるようなものだ。
帝王が滅びるときは皆、臣下が君主の耳目を覆い隠してしまうために、君主は自分の政治の善悪を知ることができない。忠正の者は口を閉ざし、奸臣たちが君主の周りを取り囲むようになる。こうなってしまっては君主が自分の過失を知ることができないのだから国家が滅亡してしまうのは当たり前のことだ。
私は宮中の奥深くに居るようになってしまったから、天下で起こっている事を全て知ることができない。だから、私の耳目としての役割をそなたたちに分担してもらっているのだ。
今、天下は安定しているからといって、安易に思ってはならない。書経に
「君が徳をもって人民を愛すれば、民もまた君を敬愛する。君が無道であれば民は離反するから恐るべきものである」という言葉がある。天子というものは立派な道徳を持っていれば民衆は推し戴いて君主とする。しかし、天子が無道であるなら民衆はその地位を奪って捨てて用いない。
本当に恐るべきものである。
過去の国を失った帝王たちは皆、国が安らかな時に危険であった時を忘れ、治まっている時に乱れていた時の事を忘れてしまっていたのです。それが、国家を長久に維持することができない理由であります。
陛下は天下の富を全て手に入れて、国の内外が安泰でありながら、お心に政治のあり方を考え、常に薄氷を踏む思いで用心深く恐れ慎んでおられます。ですから、わが国家が存続する年数は自然に国威が輝いて長久になるでありましょう。
古語に
「君主は舟であり、人民は水である。水は舟を浮かべ載せるものであるが、一方また舟を転覆させるものである」とあります。陛下は人民は恐るべきものであるとお考えになっておられますが、まさしくその通りであります。

魏徴




司馬徽
貞観政要で何度も語られるのがこの人民の恐ろしさじゃ。
暴政を行わないのは君主の役割。暴政を行わせないように諌めるのが臣下の役割というわけじゃ。
暴政を行えば、君主という舟はあっというまに人民の海の中に消えてしまうのじゃ。
うむ。よくわかったぞ。
わしも人民に愛されるよき君主になるため、人民を徳を持って愛するようにしよう。

飛覇帥

司馬徽
よいぞ、よいぞ

鏡秋雪
げっ。いつの間にか正気に戻ってる!
ふふふ。
自由は死すとも飛覇帥は死なず。
板垣退助の名言じゃ。

飛覇帥

鏡秋雪
・・・・・
(うつむいて首を振る)

司馬徽
はあ・・・・
(深いため息)






原文
第七章
貞観六年、上、侍臣に謂ひて曰く、朕、古の帝王を看るに、盛有り、衰有ること、猶ほ朝の暮有るがごとし。皆、其の耳目を蔽ふが為めに時政の得失を知らず。忠正なる者は言はず、邪諂なる者は日に進む。既に過失を見ず、滅亡に至る所以なり。朕、既に九重に在り、尽くは天下の事を見ること能はず。故に之を卿等に布き、以て朕の耳目と為す。天下無事、四海安寧なるを以て、便ち意に存せざること莫かれ。書に云く、愛す可きは君に非ずや。畏る可きは人に非ずや、と。天子は道有れば則ち人推して主と為す。道無ければ則ち人棄てて用ひず。誠に畏る可きなり、と。
魏徴対へて曰く、古より、国を失ふの主は、皆、安きに居りて危きを忘れ、理に処りて乱を忘るるを為す。長久なること能はざる所以なり。今、陛下、富、天下を有ち、内外清晏なるも、能く心を治道に留め、常に深きに臨み薄きを履むが如くならば、国家の暦数、自然に霊長ならん。臣又聞く、古語に云ふ、君は船なり。人は水なり。水は能く舟を載せ、亦能く舟を覆す、と。陛下、以て畏る可しと為す。誠に聖旨の如し、と。