米国ホスピス・ボランティア体験 ・・レポート・・


はじめに

これは、(財)松下政経塾発行の月刊誌「地域から日本を変える」(95年4月号)に掲載された私のレポートです。(内容は、若干変わっています。)これを短縮した記事が、(財)青少年国際交流推進センター発行の「マクロコズム」(95年3月号)にも載っています。   米国ノースカロライナ州の「デューク大学付属病院・がんセンター」「トライアングル・ホスピス」「ホスピス・オブ・ワシントン(ワシントンDC)」で、患者を精神的に支援するボランティアとして活動したのは、93〜95年の2年間でした。すでに年数が経たちましたが、、現在でも参考になる部分があると考え、掲載します。

1)米国ボランティア事情

米国社会は、ボランティアなくして成り立たない。日本では、役所や公共機関の職員がするであろう仕事も、米国ではボランティアがしている。「政府を当てにしていないんです。地域住民一人ひとりのニーズに合った細やかなサービスを行政に求めるのは無理です。自分の住む地域を良くしたかったら、自分で行動するのが当然でしょう」。ボランティアセンターの職員の言葉だ。「ボランティアが雇用の機会を奪っている」という議論すらあるが、地域社会への無償貢献を当然とする意識は、中流以上の米国人の間に深く根付いている。年齢が若い程、その意識は薄れると言われているが、日本と比べれば意識の差は大きい。

2)豊富で専門化されたボランティア活動

ボランティア業務紹介をする「ボランティア・センター」も民間の非営利団体だ。人口20万人の地方都市ダーラム(NC州)でも千種類以上のボランティア活動がある。その中から、各人の興味、専門、特殊能力に合ったものを無料で紹介している。選択の幅が非常に広いので、社会人も退職者も専門を活かして活躍できる。興味のある分野を実践で学ぶための手段としても、広く積極的に利用されている。未成年や高齢者用に、専門のボランティア・センターもある。

3)ホスピス・ボランティア

私は、このダーラムで、入院がん患者訪問ボランティアとホスピス・ボランティアを週3日、2年間していた。志願者は、面接と人物調査に加え、前者は8時間、後者は19時間の養成訓練を受ける。訓練は、医師、看護婦、医療ソーシャルワーカー、心理カウンセラー、牧師らを講師とする内容の濃い実践的なものだ。ホスピス・ボランティアは、こうした医療スタッフと連携を取りながら、チームの一員として活動をしている。スタッフの補助ではなく、患者と家族を精神的に支える無償スタッフとして、高い地位と権限を与えられている。ホスピスの保有する患者の個人情報もボランティアは、すべて知ることができる。それだけ「プロ」意識も要求されている。

4)デューク大学付属病院

私が、がん患者を病室に訪ねたデューク大学付属病院(全米でも五指に入る病院で最先端医療を誇っている)には、66種類600人のボランティアが働いていた。エイズを病む新生児を優しく抱っこするのも、外来の待合室で飲み物を配ったり、昼食を買ってきてくれるのもボランティアだ。犬が好きながん患者を病室に訪ねるボランティア犬も3頭いる。病人に見えない化粧法や治療で抜けた頭髪を美しくカバーする方法を教えるボランティアもいれば、喜劇のビデオとビデオデッキを病室まで運ぶボランティアもいる。至れり尽くせりぶりは、例を挙げればきりがない。

5)ボランティアだからできること

こうしたボランティアの発展の理由の1つに、米国人の知人らは、米国社会における家庭崩壊を挙げる。確かに入院患者に家族が付き添っていることは珍しい。闘病中の離婚率も高い。しかし家族の絆が強い場合でも、他人(ボランティア)だからこそできることは意外に多い。患者から聞く悩みには、家族に言えない内容のことも少なくない。看病に疲れた家族に心身の休養を取ってもらったり、気分転換のために映画やゴルフに行ってもらうこともボランティアの大切な役割だった。

6)ホスピスに流れる時間

米国では在宅ホスピスが中心だ。ほとんどの小都市でサービスを受けられるが、入院施設は数が限られている。私が3ヶ月間働いた「ホスピス・オブ・ワシントン」も首都で唯一の入院施設だった。そこでは、在宅ケアが極めて困難になった癌患者とエイズ患者が最後の日々を静かに送っていた。患者の死は日常だったが、ホスピスは穏やかであたたかい空気に満ち、時間はそれぞれの患者のペースに合わせてゆったりと流れていた。

7)ホスピス・ケアの目指すもの

スタッフやボランティアは、患者の死ぬ運命を憐れむことがない。生き、病み、(老い)、死ぬことは、自分も含めたすべての人がたどる「人の生の自然な道」と見るのが、ホスピスの基本的な姿勢だ。その道のり(生)を、人間としての尊厳と大切な人間関係を保ちながら、可能な限り快適に、意味のあるものになるように、患者と家族を手伝うのがホスピス・ケアだ。誰もが目線の高さを合わせて、患者や家族の悩みをとことん聞いた。長く歩かなかった患者が歩きたいと望めば3人で支えた。患者の小さな喜びを、スタッフもボランティアも自分のことのように喜び合った。

8)エイズ患者を看取る

私は、ホスピスで、家族も来ず一人で臨終を迎えようとしている患者の手を握って話し掛けるということを何度かした。若いエイズ患者が、息を引き取るのを見た。点滴もカテーテルもなく、自然で安らかな臨終に、死への恐怖感や嫌悪感は、少しも湧かなかった。痛みにうめいていた患者は、話し掛け手を握ると、静かに安堵の表情を浮かべた。看護婦は、脈や血圧を計る代わりに、時々来ては患者に頬ずりをし、キスをし、死は少しも恐くないことを、既に意識なく見える患者の耳元でささやいた。その時、患者の表情が和らぐのを見た。

9)私が得たもの

私の死生観、価値観は変わった。「人は死ぬ」と心底から知った。「死は安らかでありえる」ことも。その時から何が大切で何が無駄かが、急にはっきりと見えてきた。すべてはシンプルで透き通って見えた。大切と思えるものごとは、たった2つになった。「奇しくも同じ時を生きている人間」と「自分はどう生きるか」だ。生は、それまでになく明るく輝いて見え、私は自分の内に勇気と力が溢れるのを感じていた。

10)平等に与えられる機会

ボランティアの機会は、本人が希望さえすれば、私のように英語能力の劣る外国人にも、補聴器を付けた高齢者にも、身体に障害のある人にも、会社員にも未成年者にも、平等に与えられる。日本では、ボランティアの種類が厳しく制限されているだけでなく、年齢制限すらあったりする。様々な問題を抱える米国社会の中で暮しながら、私は、このボランティアの制度に心からの感謝と敬意の念を抱いている。




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