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様々な宗教から こころに響いた言葉 ('02.10.16) |

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色々な宗教には光を与えてくれる言葉があるはず |
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多くの日本人がそうであるように、私も宗教にはあまり縁がありません。しかし治らない病と生きる時、大きな困難の時、人は、宗教について深く考えることがあります。 |
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ここで紹介する禅僧ティク・ナット・ハンについて |
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最近、心理学の本からベトナム出身フランス在中の禅僧・詩人のティク・ナット・ハンを知り、その著書に驚いています。難解だと思っていた仏教の教えの真髄を小学生でもわかる易しい、しかし深く、美しく、心に染みとおる言葉で説いているからです。禅の修行(瞑想)も、微笑むこと、ゆっくりと意識して息をすること、心を込めて家事・雑事をすることなど、今すぐ始められるものでした。それはとても新鮮でした。 |
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追 記 (10月16日) |
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ティク・ナット・ハンの本は、「呼吸法」のコーナーと「こころに響いた言葉 U」のNo.48でも紹介しています。 |
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禅仏教の色即是空(相互共存) |
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『もしもあなたが詩人なら、この紙の上に雲が浮かんでいるのが、はっきり見えることでしょう。雲がなければ雨は降りません。雨が降らなければ、木は育ちません。そして木がなければ紙はできないのですから、この紙がこうしてここにあるためには、雲がなくてはならないのです。もしここに雲がなかったなら、ここにこの紙は存在しません。(略)この一枚の紙の中には、あらゆるものが入っているのです。ここにないものをひとつでも捜すことはできません。時間、空間、地球、雨、土壌の中の鉱物、太陽の光、雲、川、熱・・・すべてのものが、この一枚の紙の中に共存しているのです。(略)「ここにある」とは「ともにある」ことです。私たちが、あるいは、何かのものが、ただ自分だけで存在するということはありえないのです。私たちは、ほかのすべてのものとともに存在しているのです。一枚の紙がここにあるのは、ほかのあらゆるものがここにあるからなのです。』 |
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禅仏教の正念・「今、ここ」 |
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『皿を洗うときは、皿を洗うことだけをするべきです。(略)わたしがここに立って皿を洗っている―これは実際、驚くべきことです。そのとき、わたしは完全にわたし自身であり、呼吸をたどり、自分の存在や考えや行為に気づいています。こうすると、波にゆられるビンのように、あちこち心がさまようこともないのです。(略)もし皿を洗っているあいだ、食後のお茶のことばかり考えて、わずらわしいことのように急いで片づけてしまおうとするなら、(略)その時間は本当に生きているともいえないのです。実際それでは、皿を洗う時にいのちの奇跡を実感することなど、とても不可能です。皿を洗うことができなければ、おそらくお茶を飲むこともできないでしょう。お茶を飲みながら他のことばかり考えて、手にしたカップなどほとんど気づきもしないからです。このように、わたしたちは未来に心を奪われ、このひとときを本当に生きることができないでいるのです。』 |
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正念: 大切な時・人・ことは? |
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『皇帝の心に3つの問いが浮かびました。その答えを知ることができたら、もうどんな問題にも迷うことはないだろう、と皇帝は思いました。その問いとは、ことを行うのにもっとも適したときはいつか? ともにことを行うのにもっとも大切な人とはだれか? 常になすべきもっとも大切なこととは何か? というものでした。皇帝は国中におふれを出して、「この問いに答えられた者には、すばらしい褒美を与える」と告げました。 |
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慈悲について (5月23日) |
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『みなさんはレタスを植えて育ちが悪くても、それをレタスのせいにはしないで、なぜうまく育たないか原因を考え調べてみるでしょう。肥料が必要なのか、とか、(略)いろいろ考えてみて、決してレタスのせいにはしないと思います。 |
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慈悲: 自分を苦しめる人 (6月18日) |
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『慈悲の本質は理解する心であり、他人の身体的、物質的、そして心理的苦悩を理解する力です。(略)また自分を苦しみに引き込む人たちの苦悩も瞑想してみてください。他人を苦しめる人は必ず自分も苦しんでいるのです。(略)その人もまた犠牲者なのです。』 |
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仏陀の教え |
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『自分を守りいたわることがまず大切で、他人が彼ら自身の面倒をみることについては心配しなくてよい、ということです。他人のことを気にかける癖は、恨みや心配を生みやすいのです。 |
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仏陀の教え |
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『(コーサラ国の)王が王妃に尋ねた。「(略)あなたが一番愛しているのは誰なのか?」(略)王妃は仏教徒であったので「わたしが一番愛しているのは私自身です」と答えた。(略)次の日、二人は、仏陀に会いに行った。 |
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生死について(瞑想方法) (5月18日) |
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『自分が宇宙の中にあり、宇宙が自分の中にあることを、しっかり心にとめましょう。宇宙が存在してこそ自分も存在し、自分が存在してこそ宇宙も存在するのです。そこには誕生もなく、死もありません。あらたに生ずるものもなければ、消え去るものもないのです。』 |
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道元の「生死(しょうじ)」 (7月5日) |
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『「ただわが身をも心をもはなちわすれて、仏のいえになげいれて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがいもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもついやさずして、生死をはなれ、仏となる。」 |
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キリスト教:アッシジの「聖フランシスコの祈り」 |
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『主よ、貧困と飢えのうちに生き死ぬ 世界中の同胞のために働く私たちを そのことにふさわしい者にしてください 私をあなたの平和の道具としてお使いください |
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徳について(マザー・テレサの言葉) |
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『もしも私たちが謙遜ならば、ほめられようと、けなされようと、私たちは気にしません。もし誰かが非難しても、がっかりすることはありません。反対に、誰かがほめてくれたとしても、それで自分が偉くなったように思うこともありません。』 |
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新約聖書 ルカによる福音書 |
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『敵を愛し、憎む者に親切にせよ。のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取りもどそうとするな。 |
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新約聖書 マタイによる福音書 (6月13日) |
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『「私の父に祝福された人たちよ、さあ、世の初めからあなたがたのために用意されている御国(みくに)を受けつぎなさい。 |
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道教:老子の無為自然 |
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『欠けているから、完全になる。まがっているから、まっすぐになる。うつろだから、満ちる。古いから、新しくなる。少なければ得、多ければ失う。これが自然の法則である。』(22章。「老子・列子」。徳間書店発行。) |
