2008年   4月のことば
直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです 

網 の目ひとつだけ取り出せない 無数の縁に結ばれている

 この「今月のカレンダー」も二〇〇〇年の一月から書き始めて、数えてみるとなんと今月で百号になりました。全くめくられないカレン ダーに何とか注目してもらいたくて、これを配付し始め、一年、二年と経つうちに「これってお寺のカレンダーの文句なんだね」と気付いてもらい、今では「こ れ読むの楽しみにしているんだよ」と有難い言葉をいただいたりするようになりました。続けることは大事なことなんだと改めて思わせていただいています。
 さて、今月の法語は「つながり」「ご縁」ということについてですが、いのちの連鎖と今の私をつなげて考えてみると、「不思議」「たまたま」「ごくごく稀 に」「偶然に偶然が重なって」ということが頭の中に浮かんでくる。私には両親がいます。その両親にはそれぞれ両親がいます。そのそれぞれの両親には、また それぞれの両親がいます。さかのぼっていけばずっと続いて、当たり前ですが一人に二人ずつ親がつながっているのであります。これは今の私が存在するための いのちのつながりであって、私の連れ合いにはまた、違ういのちのつながりが存在しているのであります。全ての人に一人ひとりのいのちの連鎖が存在して、そ れ同士が関係しあっている。また、地球上には現在およそ六十六億以上の人が生活しているそうですが、私が一生の中で出会うことのできる人はいったい何人く らいなんだろうか。世界中の人に会うことはまず物理的に不可能、日本に住む人全てに会うことも出来ない。北海道の人全ても無理、室蘭市内の人これも無理な 気がする。六十六億の人に六十六億通りの人のつながりがあって、その六十六億のつながりが複雑にからみあって、その中に私は存在して、その中で私はささえ られて生きている。時間をさかのぼって考えてみても、今を生きる人と人とのつながりの中で考えてみても、本当に多くの人のおかげの中で暮らしている。目に 見えないご縁の中でしか生きていけないのがこの私でありました。そう、お陰様であります。  『お陰様』を見失った中で日暮しをすると、「私は私」「あな たはあなた」「それぞれでいいじゃない」「別に関わらなくても」「干渉しなくても」「ほっといて下さい」私さえよければいいじゃないか、私だけで何がいけ ないといったものの見方や考え方が出来るようになるのでしょう。世界中の全ての人が本当の「お陰様」に気付くことが出来たならば世界は変わるでしょう。     なんまんだぶ

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