2008年 1月のことば
直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです
気ぜわしい年末から年始へと一気に時がすぎていったように感じます。年々そのスピードは増してくるように感じる。それは年のせいだ
ろうか。いや、それが原因で速いのではない。年末が近づくと日本中がイルミネーションで飾られてくる。公園や道路の街路樹に始まり、ここ何年かは一般のお
宅でもキラキラきれいなイルミネーションを飾られています。みなさんのご近所にもかならず一軒や二軒はいらっしゃるのではないでしょうか。お参りに伺って
いるご門徒さんのお宅でもイルミネーションを飾っていらっしゃる方がおられます。日中伺うのできれいに光っているところは見れないのが残念です。イルミ
ネーションの点灯から、クリスマスの準備へと突入し、クリスマスを無事にむかえたと思ったら、今度は急いでお正月をむかえる準備に取りかからなければ間に
合わない。おっと待ったお正月の前日には大晦日、大晦日には年越しソバを食べてお寺に除夜の鐘をつきに行かなければ、それがすんだらその足でまっすぐ神社
にお参りをしなければそして朝をむかえたら『明けましておめでとう』ということにでもなりましょうか。これらはよく見かける日本の年末年始の風景ではない
でしょうか。よくよく考えてみると、これらはすべて宗教行事であります。クリスマスはイエス・キリストのお誕生日をお祝いしたもの。除夜の鐘は仏教行事。
神社への初詣では神道行事。おおかたの人はこれらの行事を何の違和感、抵抗感もなく行われているのではないでしょうか。何でも柔軟に解釈し受け入れて自分
流にアレンジ出来る日本人の宗教観の無さにつくづく感心させられるのが、私なりの年末年始の印象です。 朝のテレビ番組を見ていると、『占い』をやってい
ます。チャンネルが違うと全く逆のことを言っていたりします。そうすると自分に都合の良いほうだけを信じることにしてみたり、自分勝手に解釈して良いこと
だけ信じるんだという方も多いのではないでしょうか。自分に都合の良いことしか選べない。都合の悪いことは避けて通りたい。悪いことを言われると気になっ
て仕方ない。どうして私はそうなんでしょうかと仏様に訪ねたならば、私の本性は煩悩しか持ちえない愚かな凡夫であると智慧の眼をとおしてみせてくださるの
であります。
かなしきかなや道俗の
良時・吉日えらばしめ
天神・地祇をあがめつつ
卜占祭祀つとめとす (親鸞聖人御和讚より)
阿弥陀様の真実の世界に親鸞聖人御自身を照らし合わされて詠まれた詩であります。我が事としてよくよく味合わせていただきたいものです。なんまんだぶ