2007年 12月のことば
直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです
北海道テレビ放送の深夜番組に『水曜どうでしょう』というのがあり、その番組の企画で大泉洋などが四国八十八箇所を巡拝するという
ものがありました。中学生の息子とつれあいと一緒に笑いながら見たりしたものです。四国八十八箇所巡りは年配の人に限らず若い人でもバイクや徒歩で巡る人
も多いように聞きます。歩くと総行程一二〇〇キロ、掛かる日数はおよそ四十日だそうであります。なんとこれを書くことで知ったのですが、四国八十八箇所の
お寺はすべて真言宗のお寺で高野山につながっているのだ思っていたら曹洞宗や臨済宗、比叡山の天台宗のお寺もあり、なんと踊念仏の一遍上人の時宗のお寺も
入っているのだそうです。今月はいい勉強をさせていただきました。その霊場巡りをする際にお遍路さんの白装束や金剛杖に『同行二人(どうぎょうににん)』
と書かれています。意味は一人で四国八十八箇所をめぐっても、常にお大師さん(弘法大師)と一緒にいる想いで巡礼しているということであり、同行二人のも
う一人は弘法大師以外でも、亡くなった家族や先祖、帰依する如来や菩薩などのことを想っても良いとする教えもあるのだそうです。四十日間一二〇〇キロの旅
をするのなら途中でくじけそうになったりもするでしょうから、そんな時にいつも弘法大師さんや家族が一緒にいてくれるんだと思えば頑張ろうという気持ちに
もなれるのでしょう。人は心細いときに支えてくれる誰かがいてくれるというのはどれほど心強い事でしょうか。
夜、戸締まりをするのに暗い寺の中を歩いていると外で風がビュービューと吹き、建物はきしんでミシミシと音をたてています。あまり好きな仕事ではないで
すね。人間は本能で暗闇が怖いのだそうです。一人で暗い所にいるとまわりが見えなくて心細く不安になり恐ろしささえ感じてきます。しかし、二人でいると暗
いことに変わりはないのですが、心細さは無くなります。この娑婆世界の中で生きる私の本当の姿は、煩悩の闇によって真実の道が見えない状態でありましょ
う。暗闇は足もとが見えず心細く一人では歩めません。この私に煩悩の闇を打ち破り歩む道を照らしてくださる真実まことの救いの灯が如来様であります。お念
仏をいただく日暮というのは、煩悩の暗闇を歩む私に、道を照らし示してくださる真実まことをいただいて闇に惑いながらも歩ませていただく、その歩みを進め
ることが出来るのは一人ぼっちではなく如来様が私にいてくださるおかげなのだと言えるのでありましょう。また、煩悩の闇の中にいる自覚がない者も、煩悩が
煩悩と見えたときそれは如来様の智慧の光のおはたらきであり、私は一人ぼっちではなかったとよろこばせていただけるのではないでしょうか。 なんまんだぶ