2006年  6月のことば
直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです 

当 たり前のことに 感謝できたらいい人生に なりそうだなあ

 研修会と名のつくものに出席しなければならないことがよくあります。自ら望んで参加する研修会や講演会もありますが、多くは行きた くないけど行かない訳にはいかないだろうというものであります。昨日も研修会に出席した二日間ある中の一日目だけであるが、日頃私の出席する研修会は男性 が企画立案し運営・進行するものがほとんどでありますが、昨日の研修会はすべて女性が企画立案、運営・進行までしている研修会でした。男性と女性とでこん なにも内容や運営・進行に違いがでるものなのかと驚いた。気配りとおもてなしの心のこもった研修会だったように感じた。私のような男性ばかりで企画すれば もっと合理的で事務的な研修会になっていただろうと思う。研修会は毎年の行事であり当然開催されるものであり、開催をすれば出席の義務があるものは出席し て当たり前である。当然最初から最後までいるのが礼儀であり研修を受ける意味がない。終わったら主管した者への労いは人として当然しなければならないこと である。当たり前という感覚で『研修会』をとらえたならばこんな感じ方だろう。昨日は、そんな傲慢(ごうまん)な感覚で私はすべて事を進めていたんだと教 えてもらったように思いました。 研修会の話題で余計なことを書いてしまいました。
 さて、日々の暮らしの中でいつもと変わらない毎日を送る中で、日々繰り返される日常に対してひとつひとつ感動し、感謝しているでしょうか?さだまさしの 歌に『関白宣言』というのがあります。
・・・・・子供が育って年をとったら
俺より先に死んではいけない
例えばわずか一日でもいい
俺より早く逝ってはいけない
何もいらない俺の手を握り
涙のしずくふたつ以上こぼせ
お前のお陰でいい人生だったと
俺が言うから必ず言うから・・・・・
(作詞・作曲・唄 さだまさし)

この唄の主人公は、人生の最期をむかえる時はあなたのお陰でいい人生だったとふり返りたいと言っているのであります。なにが良くてなにが悪いのかはわかり ませんしどんな人生かも知りませんが、感謝せずにはおれない人生だったと言いたいのだそうであります。日々の暮らしがすべてあらゆるご縁によって成り立っ ていた私、当たり前に毎日がやってきていたのではなかったという事に感謝せずにはおれない人生を送ることが出来た私であります。 関白を宣言していながらも、連れ合いに対してあなたなしでは生きていけないと自分を吐露する男性の唄なのであります。「女性蔑視の唄だ!」と騒がれました が、ほんとは寂しがり屋の男が一緒に居てくれる事に感謝している唄なのでありましょう。当たり前の日暮らしと思っていた事が、あなたを通して当たり前では なかったと教えられました。そう味わえばなんとも有難い歌詞ではないですか。              なんまんだぶ

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