2005年 10月のことば
直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです
少子高齢社会がいよいよ加速しはじめている昨今ですが、先日のニュースで日本の人口五人に一人が六十五歳以上になったと報じていま
した。日頃お参りに伺うお宅などでは昼間の時間帯でお勤めに出られたりなどしているせいもあるでしょうが、多くの方がいわゆる高齢者の方であります。日本
全体でみれば五人に一人になるのでしょうが、過疎化の進む地方に行けば高齢者の割合はどんどん高くなっているのでありましょう。高齢社会をむかえてくれ
ば、一人暮らしや介護を必要とされる高齢者の増加などにより、その取り組みや対応策にいよいよ《いのち》のあり方や《いのち》の尊厳が問われる時代に待っ
たなしでなってきているのではないでしょうか。
さて、いただきものの《いのち》とはどのようないのちなのでしょうか。いま生きている私の《いのち》は、生きている物を口にすることで生きながらえてい
る《いのち》であります。生き物の《いのち》を頂くことで生きながらえている私の《いのち》という捉え方と、仏様からわたしにあたえられた《いのち》、仏
様によってこのわたしが生かされているという捉え方とがあろうかと思います。どちらも私が私自身の力で生きているんじゃないといういただき方が根底にあり
ます。
毎月第四水曜日に北湯沢温泉にある「北湯沢リハビリセンター」というところで法話会を開いているのですが、その最初と最後にいつも『生きる』という歌を
集まってくださった方と一緒に歌うのであります。どうして歌い初めてかは忘れてしまいましたが、いまも歌い続けています。曲名はあまりにストレートな曲名
なのですが、歌いながら「あぁ〜そうだったなぁ」と、忘れていたことをまた気付かせてくれる歌なのです。
生きる
生かされて 生きてきた
生かされて 生きている
生かされて 生きていこうと
手をあわす 南無阿弥陀仏
このままの わがいのち
このままの わがこころ
このままに たのみまいらせ
ひたすらに 生きなん今日も
あなかしこ みほとけと
あなかしこ このわれと
結ばるる このとうとさに
涙ぐむ いのちの不思議
なんまんだぶ