2004年 12月のことば
直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです 

後 姿を 見送ってくださる 温かい おもてなし
 
   学生時代のことだが今でもなぜか覚えていることがあります。大阪の伊丹空港でのことである。大きな看板がいたるところにある中にミニ知識を教えてくれる 広告看板がありました。『御馳走』とは主がもてなすためにおいしい食材を走り回って用意することであるというようなことを書いてあったのであります。「御 馳走」とはおいしい料理のことだと単純に思っていたためか妙にこのことを覚えています。面白いもので人にはなぜだかわからないけど忘れられない事柄という のがあったりしますよね。このことは私の中で無意識に「馳走」「もてなし」の心を忘れてはいけないと思って覚えていたのでしょうか。いやいやそんな気配り のできる私ではありませんが。表は見えても裏は見えてこない《おもてなし》おもてじゃないうらのこと、見えてこない裏の部分の心配りのことなのだろうか。 そんなことではないのだろうけれど何となくそれらしく聞こえてくると思うのは私だけなのだろう。 先日ある友人が「明日魚釣りにいくんですよ。釣れたらす ぐに電話しますから夜集りませんか。」と誘ってくれた。その夕方になっても電話はなく、釣れなくてパーティーは中止かなと思っていたら電話がきた。大きな ソイが2匹釣れたというのであります。「いま刺し身にしていますから来ませんか」とお誘いである。早速お刺し身に合いそうなワインをもってお邪魔した。知 人の家には車庫の屋根の上に手作りの部屋があり薪ストーブをおいてベンチにテーブルと立派なバーベキューハウスとなっているのであります。そこでパー ティーをするべく主が包丁をふるいお刺し身を造ってくれたのでありました。「そっちがクロソイ、こっちがシマソイで、こっちの方が甘くて、そっちのほうが こりこりしてるでしょう」と解説までしてくれるのであります。いただいてみるとこれがじつに新鮮でおいしい。そりゃそうですその日の午前中まで海の中で自 由に泳ぎ廻っていたのですから。さて、主殿はというと、いっこうに箸をつけずニコニコとお酒を飲みながら馳走しているのであります。実は主殿は生ものがダ メなのだそうであります。美味しい刺し身をふるまうために朝早くから釣りにいき自分でさばいておろして馳走してくれたのであります。御馳走してもらった側 をよろこばせるために奔走してくださったのであります。目に見えてこない温かいおもてなしであります。
 私が日頃心がけていることに夜お客さんを玄関まで見送った時、玄関の電気を消すのは出来るだけそのお客さんが遠くに行かれてからにしているつもりです。 玄関の戸が閉まってすぐに電気を消されたのでは足もとが暗くて危ないし、気持ちもさみしくなるので、ささいなことですが・・・       なんまんだぶ

 pict/icon17_h.gif icon17_new.gif