2004年 6月のことば
直枉会発行の直枉カレンダーの月々の法語を私なりに味あわせていただくページです  

地獄はありません つくりさえ しなければ
   今朝、うちの中にクモがいました。天井から糸を垂らしてぶら下がっているところを私が見つけてしまったのであります。私はクモを見つけた瞬間いろんな事 を考えました。《よく世間で言うのは、朝のクモは殺しちゃいけなかったんだっけかなぁ?夜のクモだったかなぁ?》(しかし、私は全くそんな事は気にしない からいのでありますが、迷信を信じる人ならそのとおりにするんだろうなぁ。いろいろと規制されて大変だろうなぁ!と変な心配をしてしまいました。)また、 思ったのは芥川龍之介のあの有名な小説「蜘蛛の糸」の話のことでありました。主人公のカンダタがこの世においてクモを助けた事があり、そのとこをご存じ だったお釈迦様が、極楽からクモの糸で引き上げようとされたお話であります。大泥棒だったカンダタでもクモを助けた報いを受けたのだから、私もむやみに殺 生などせず逃がしてやろうかなぁ?どうしようかなぁ〜と思ったのであります。実はクモをつぶすと気持悪いということもあったのですが、結局ティッシュにく るんで外に逃がしてやりました。この世で悪い事をするとその報いで来世で地獄におちる、この世でいい事をしたならば極楽にいける。そんな地獄極楽の話をよ く聞いたものですが、地獄はこの世が終わってからの次の世の事なのでしょうか。源信和尚(恵心僧都)の『往生要集』に地獄のありさまが詳しく述べられてい ます。あんな地獄、こんな地獄、筆舌につくしがたい地獄が示されているのでありますが、「地獄はありませんつくりさえしなければ」と今月の法語がありま す。さて、ではどのようにいただけばよいのでしょうか。「地獄の特訓」「地獄の様相」「地獄の日々」地獄とつく言葉はいろいろあります。世界の中には地獄 にたとえられる悲惨が状況がたくさんあります。極楽とは悟り真実の世界の事をいい、地獄とは迷い煩悩の世界の事をいうのであります。すなわち仏様の真実に よって迷いの存在である私が明らかにされるのであります。極楽という悟りの世界が、迷い苦しみ自分がつくり出す地獄の世界に住まざるを得ない自分である事 を知らしめ、その私を真実まことの世界に生まれさせると誓われたのが阿弥陀様のおはたらきであります。迷いを迷いと信知せしめる真実まことの世界が浄土で あり、迷っている私が地獄そのものであり、作り出している張本人であります。
 カンダタはクモの糸をのぼり極楽に行こうとするのですが自分だけが助かりたいという欲をおこし蜘蛛の糸は切れてしまいまた地獄へ逆戻りしてしまうのであ ります。私が今朝クモを逃がした一番の理由は何だっただろう。  なんまんだ


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